悪夢 おそらくこの空間は夢のようだ。
見覚えのない部屋は子供部屋のようで、カラフルなもので溢れている。ベッドに敷かれている布団は飛行機と青空の柄で、本棚には昔に読んだ犬と蛙の料理の話や、小さい生き物が大きなカステラを作ろうと奮闘する懐かしいもので沢山だ。
子供が一人入れそうなくらい大きな宝箱の中はおもちゃでいっぱいで、まだ使われていないのか綺麗に整頓されている。
そして、ベッドがあるというのに床のふかふかした芝生のようなカーペットで気持ちよさそうに眠っている、明るい髪をした少年──久楽間 潮が自身の身体を包きしめるように縮こまっていた。
凡そ歳は小学生に上がりたての頃だろうか。当時の彼は人と触れ合うことが好きで、誰よりも甘えん坊で構ってがりだった時期の潮だ。今とは違う、凄惨な事件が起きる前の“彼”だ。
「うーちゃん、起きてくれ」
「ぅう~……んんぅ」
幼子に巴投げをするわけにもいかないので、揺ら揺らと肩を押して起こすのを試みる。しかし彼は唸るだけで、再び一定に静かな呼吸を繰り返した。
気持ちよさそうに眠る潮を無理に起こすのは忍びないので、一先ず肩から手を放して頭に触れてみる。
子供特有の細い髪の毛はさらさらとしていて、今の潮も気を遣っていることもあり綺麗な髪をしているけれどまた違った良さがあった。柔らかくて、少し髪をかき上げただけで地肌に手の腹が当たってしまい、じんわりと熱が伝わってくる。
彼の肌に触れたのは、いつ振りだろうか。
久方ぶりの接触に、自覚した途端手が僅かに震えてしまう。恐る恐る触れていた手のひらを滑らせて、ふくふくとした頬に手の甲を当てる。
暖かくて、生きていて、確かにここにいる。これから起こることなんて想像もつかないくらい平穏で、当てた手の甲が潮も心地よいのかすり寄って甘えてくれる。
「でも、違うんだ」
これは潮であって、潮ではない。愛おしく守りたい欲が体の内側からせり上がってきても、それはただの幻影によって生まれた紛い物である。この子を守ったとして、今の潮が助かるなんて保証はどこにもないのだ。
小さな体を揺らさないよう慎重に抱き上げて、ゆっくりと部屋に置かれたベッドに横たわらせて丁寧に布団も掛けてあげる。
「むぅ……ちゃ、ん」
無垢で何も知らない、眠っていても分かるくらいの朗らかな表情。小さな口からぽつりと零れた名前は、果たして僕にあてたものなのだろうか。
ああ本当に、悪い夢だ。