いいひとわるいひと「お前、ええ奴やな」
桐島が受け取ったアイスをぱくりと咥えてそう言った。当の本人は別段気にした様子もなく、ただ普通であるような態度でいて暑そうに手を使って扇いでいる。
ふらりと視線をアイスに移して同じようにぱくりと咥えると、ソーダの味が口に広がって夏にぴったりの味にほっと息をつく。
二つセットのアイスをただ分け与えただけで、桐島は自分を“ええ奴”を称してくれた。これが白くてもちもちした大福のアイスであれば納得できるが、端から二人で食べるような形状のアイスでそんなことを言われると少しだけ胸がざわつくのだ。
「俺、いい奴なんて言われたの久しぶりだよ」
「はぁ~? 俺が言うのもあれやけど、自分みたいなやつは常いわれとるんちゃうん」
「……野球始めてから、いい奴じゃなくなっちゃったのかもね」
いい奴と言われた経験はある。でもそれは幼いころの話で、自分が野球と出会ってメキメキ才能が伸びていくのが楽しくて、当時のチームメイトがついてこられなくなったあの日から言われることはなくなった。
ずるい、なんでお前みたいなやつが、天才、邪魔──俺一人が試合に出続けるのを、幼い彼らは納得できなかったらしい。わかりやすく俺を仲間外れにして、結局俺は仲直りする前にチームを退団してもう少し上のレベルでプレーすることを決めた。
新しい場所で才能を理由に邪険に扱われることはなくなった。でも、昔から人に興味はないし、誰かと切磋琢磨なんて言葉は俺には似合わなかった。
容姿や雰囲気で勝手にいい奴と思われて、実際の俺はいい奴じゃなくて勝手に幻滅される。マイナスからプラスより、プラスからマイナスに落ちる方が修復は難しいらしくて、俺はある時から表面上はいい奴を繕うようになった。
とはいっても全身全霊でいい奴ぶるわけではなくて、愛想良く笑うようになったくらいだ。嫌なことは断るし、友達みたいに冗談だって言える。
唯一、能力テストが終わった日にポロリと桐島たちの前で薄情な自分を出してしまい、それ以来は結構素の自分でいれるから気は楽で、その三人意外と行動することが多いからボロもあまり出ていない(加えて、俺以外の三人が曲者ぞろいだから必然的に俺がいい奴に見える)。
だからこそ、素の自分だった時に言われた「ええ奴」という桐島の単語に胸がざわついたのだ。
俺がまたしょうもないことを言ってしまったせいで、桐島は黙ってしまった。二人しかいないせいでちょっと、いやだいぶ居心地が悪い状況にどうしようかと思っていると、先に向こうが口を開いた。
「ええ子が野球なんか出来るわけないやろ。九人しか入られへんゲームやから蹴落としあいやし、毎回それに胸痛めてるような奴は野球なんかやらん方がええ」
そういってどこか遠くを見つめる桐島の視線の先に、誰が移っているのかはわからない。それでも、俺は桐島なりの答えが腑に落ちたのだ。
「それともなんや、自分はええ奴になりたいんか? やめといたほうがいいで。碌な奴ならん」
「はは、そうだね。悪い奴上等だ」
落としていた腰を二人してあげて、数分前に友達二人が歩いて行った方向を見やる。帰ってくる気配のない空気に、桐島は大きくため息を吐いて両腕を頭の後ろで組んで不満を溢した。
「凪と白旗どこまで飲みもん買いに行ってんねん。一生帰ってこんのかアイツら」
「涼しい室内に避難したのかも。俺らも行こっか」
桐島と肩を並べて歩くなんて、何も知らない奴からすれば驕りであり身の丈もしないとか言われそうだ。
それでも、俺は彼の友人の一人だと思っているし、彼もまた野球人には優しいから置いて行かれないように努力を重ねるだけ。
歪な形でも、それは悪い俺には丁度いいのかもしれない。