大人のふりして「なんで!」
フーシャ村でシャンクスたちがいつか戻る日までマキノのところで留守番をしていて欲しいと告げられたウタは、船長に言われたことが信じられなくて右の靴底で地面をダンダンと強く叩いた。
「なんてだよ!」
ウタは子供ながらに赤髪海賊団のみんなが自分のことをいつかは船から降ろそうと思っていることを察していた。けれど、なんだかんだで毎回結局は一緒の船に戻ってきて航海を続けてきていたからこれからもそうなのだと信じていた。
それがどうして――。
「どうしてだよぉ」
ルフィがシャンクスの大切なゴムゴムの実を食べちゃったから?
「やだぁ~~」
それとも左腕が無くなっちゃったから?
「うそだっていって!」
それとももう、ウタのことがいらなくなっちゃったから?
「うああぁ~~!」
少女は紫の瞳を潤ませるとわあわあと大きな声で泣いた。本当は「分かった。待ってるね」ってシャンクスたちを困らせないように大人なふりして言いたかった。けれど、家族と離れ離れになってしまうんだと思うとそんな強がり出てこない。
「やだよ、家族と、シャンクスと離れるなんて、やだよ」
顔をぐしゃぐしゃにしてウタはシャンクスに飛びついた。少し前までは両手で優しく抱きしめてくれていたのに、もう今は右手が柔らかく頭を包むばかりだ。シャンクスは屈むと泣きじゃくるウタを膝に抱え上げた。
彼女と離れたくないのは男だって同じだった。
「……ウタ、おれの弱音を聞いちゃくれないか」
近くなったウタの耳へ囁くような声で語り掛けるシャンクスに、ウタは男の腕の中で頭を横に振る。また恐ろしいことを言われるような気がして、もうシャンクスが言う事なんて聞きたくなかったのだ。
けれど「お願いだ」と乞われると自分がシャンクスに意地悪をしているような気になってしまい、結局ウタはシャンクスのシャツを引っ張って涙を拭きながら「勝手にしゃべって」と話すのを許してしまう。
「ウタ、これは独り言だと思ってくれていい。……おれはな、お前に傷がつくのが怖い」
どんなに強くなっても顔に傷は作っちまったし、左腕だって無くなった。おれはいいさ、おれは。でもお前はだめだ、絶対にだめだ。
ぎゅっと抱きしめる腕に力を入れてそう語るシャンクスの顔はひどく傷ついていて、驚いたウタは袖口で濡れた目をごしごし拭いて男の顔をもう一度よく見た。まだ完全に癒えていない左腕が痛むだろうに、ウタが傷つくことを自分事のように嫌がるシャンクスに「傷がついたって、家族といられるならそれでもいい!」とはとても口にできない。
「シャンクス……」
ウタはそっとシャンクスの左目にできた三本の傷へ触れる。
海は危険でいっぱいな場所だ。どんなに名の知れた強い者だってあっという間に飲まれて藻屑になる。ウタの願いは危なくたってレッド・フォース号で家族と共にいることだけれど、シャンクスはどうにもそれに耐えられないらしい。大切な人の痛みになりたくなんてなくて、ウタは「仕方ないな」と言ってあげることにした。
でも一つだけどうしても確認しておきたくて、ウタはシャンクスの頬を両手で挟み小さな口を震わせて言葉を紡いだ。
「……ねぇ、シャンクス。みんなが、シャンクスが、わたしのことが嫌いになったとかじゃないんだよね? わたしのこと、いらなくなったとかじゃ、ないんだよね?」
声はがくがくと喉の奥で無様に揺れてまともな音になった気はしなかった。ぬぐって乾いたはずの雫が片目からぽろりと零れ落ちる。安心したくて言ったはずの言葉は、シャンクスを攻めるようなものになってしまった。
ウタの言葉にはっとしたシャンクスはひどく顔を歪めて「そんなことあるわけないだろ」と吐くように言うと、ウタの背中にあてていた手に力を入れてぐっと己に引き寄せた。
「お前はおれの――光なんだ、ウタ」
わたしにとってのシャンクスもそうだよと言いたいのにわなわな震える口はまともに動かず、ウタは言葉の代わりにシャンクスの首へ腕を回した。
*
「おれたちの大切な家族を宜しく頼む」
シャンクスは幼いウタの頭に大きな手をぽんと乗せるとマキノに挨拶するように促した。まだ心からは納得していないのかむっとした顔で俯いて小石を蹴っているウタに、マキノは「あらあら」とシャンクスの顔を見る。シャンクスは仕方が無いなとウタと目が合うように屈み、右手の小指を差し出した。
「お前はおれたち赤髪海賊団の大切な家族だ。ちゃんと迎えに来る」
「…………早く迎えに来ないと許さないんだからな、シャンクス」
ぐすりと鼻を鳴らして目を真っ赤にしたウタは眼前の指へ小指を絡めた。
「ああ、もちろんだ」
シャンクスの言葉と共にするりと離れた小指が寒くて、ウタは反対の手でその指を温めるように握りしめた。そして決意を固めたウタはマキノに向き直ると頭をぺこりと下げる。
「赤髪海賊団の音楽家、ウタです。今日から宜しくお願いします」
「ようこそ、フーシャ村へ。よろしくね、ウタちゃん」
はいと差し伸べられた手をぎゅっと握り返して、ウタはシャンクスの横からマキノの隣へぴょこんと移動する。マキノと手を繋いだままシャンクスを見上げると、寂しそうな顔をした男がそこには立っていた。