女心はなんとやら ウタが激怒してシャンクスとろくに顔を合わせず部屋に篭るようになって半月。何故ウタと喧嘩したのかはもう覚えてはいないが、流石にいい加減にしろとシャンクスは追加で頭をキレさせた。
ゴンゴンゴンと荒々しくドアをノックする。年頃の娘の部屋へ無理矢理押し入ることはしないが、「いい加減顔見せろ」と多少の覇気が漏れ出すような勢いを持ってシャンクスはドアと対峙した。
「ちゃんとご飯とか舟番とかの時には出てるでしょ! 放っておいて!」
これがただのクルーや反抗期を迎えた娘というだけならそれでも良いだろう。けれど二人の関係はそれだけではない。
恋人同士だ。
できることならいつだって腰を抱いていたいし、指だって絡ませたい。細い首筋に鼻先をうずめたいし、柔らかな髪を弄びたい。
それらを禁じられて半月。シャンクスとしてはよく我慢したと褒められたいほどだ。だというのにウタはまだダメだという。
ドアノブを握ったシャンクスは米神に青筋を浮かべる。
「どうしてもダメか」
「ちゃんと仕事しに出てるのに何がそんなに不満なの」
不満だらけだ。シャンクスはドアノブを握った手に力を込め、めしゃりと手の中のものを握りつぶした。
「えっ! 今ドアから聞こえちゃいけない音が聞こえたんだけど何ナニなに!?」
「…………」
「シャ、シャンクス?」
ベキ、メキメキとドアノブ周りの気が悲鳴をあげ、ボッコリと穴があく。
「あ……」
「やっちまった……」
壊れたドアを挟んで眉をハの字にした二人は空いた穴越しに目を合わせた。
「もー! シャンクス!」
ぷりぷり怒るウタを前に、つい先程までは怒りを募らせていたシャンクスもドアを壊したことからすっかり勢いを萎ませる。
「あー、ドアから離れてろ」
「はーい」
ウタは屈んでいた体勢から腰を上げると、壁のぎりぎりまで体を後退させた。
ガッ! バキン!
大きな音をたてて部屋の内側へドアが倒れてくる。その向こうには片足を上げたシャンクスが立っていた。
「私の部屋が使い物にならなくなった責任、どうとってくれるつもりなのか説明してよね、シャンクス!」
ふんと鼻を鳴らしたウタは、ベッドに置いていたクマのぬいぐるみを脇に抱え、仁王立ちした。
ウタの片胸がクマの赤い頭で押し上げられているのを視界におさめながら、シャンクスは「ドアのことは悪いと思ってる」と素直に謝った。
「それで、そいつは何なんだ?」
シャンクスがウタの脇に抱えられたクマを指差すと、ウタはよくぞ聞いてくれましたとばかりににやりと笑う。
「シャンクマだよ」
「シャンクマァ?」
「そう」
ウタはそう言うと両腕でクマのぬいぐるみを抱きしめた。ちらりと見えた左目のキズやマントを羽織っている姿から、そのクマが誰をモデルにして作られたものなのかは明白だ。
シャンクスがウタのいない夜を寂しく一人過ごしている間、ウタはこのくまに慰められていたらしい。そのことに気が付いたシャンクスは片眉をぴくりと跳ね上げてむっと口を引き結んだ。少しでも口元が緩んだら「浮気だ」と騒いでしまいそうだったのだ。
いくらなんでもぬいぐるみ相手に浮気だと詰め寄るのは格好がつかない。
「取り敢えず、ドア直すか」
そう言うとシャンクスはくるりとウタへ背を向けた。自分が本人をモデルにしたぬいぐるみを抱えていれば何かアクションがあるだろうと思っていたウタは反応の薄いシャンクスに、ぷくりと頬を膨らませる。シャンクスから自分のところへ来てくれれば許してあげようかなと思っていたのに、この反応はあんまりだ。
スタスタと資材の保管してある部屋へ向かうシャンクスの後ろをウタは無言でついていく。
シャンクスが部屋でウタを模したぬいぐるみを抱えていたとしたら、ウタは絶対に「私がこんなに寂しい思いをしてるのに、シャンクスはぬいぐるみで満足なの!?」と言う自信があるというのに。
悶々としている間にあっという間にたどり着いた資材置き場に顔を突っ込んだシャンクスが「まずいな」とすぐに引き返してくる。
「何」
思ったよりも低い声が出たことを恥じ、ウタは誤魔化すように咳払いをする。
「替えのドアがねえ」
「ええっ、それじゃぁ今日はドアなしで過ごせってこと!?」
いくら気心の知れた家族とは言え、年頃の娘であるウタはドアなしの部屋で寝ることに難色を示した。
「ばか、誰がんなことさせるか!」
「そ、そうだよね!」
「直るまでお前はおれの部屋を使え」
その言葉にウタはぱっと瞳を輝かせる。
「おれは夜番のやつの部屋を使うからよ」
けれど、続けて放たれた言葉にウタは「なんでだよー!」と唇を尖らせた。シャンクスとしてはドアを壊したこともあり、自分とまだ顔を合わせたくないというウタの希望を聞いてやったつもりだったのだが、ウタは一連の騒動ですっかりすっぽりそんなことを言った記憶を飛ばしていた。
「なんでシャンクスが出て行く話になるの」
だってよと言うシャンクスの言葉を塞ぐようにウタは口を開く。
「こんなに私が寂しい思いしてるってのに、何で一緒に寝てくれないんだよ、シャンクス!」
わんと吠えるウタに「お前が言うか!?」と悲鳴をあげそうになったが、歳上の矜持でなんとかこらえたシャンクスは「そうか、そうか。寂しかったよな」と言うとぬいぐるみを抱きしめたままのウタの体を抱き寄せた。
「おれも寂しかった。お前の部屋のドアを壊すくらいだ。分かるだろ?」
よしよしと背中を撫でるとウタはぬいぐるみから手を離してシャンクスの胴へ腕をまわす。ウタの胸とシャンクスの胸下の間でぬいぐるみが「きゅう」と苦しそうに挟まれている。
どうやらいくらシャンクスを模したぬいぐるみとはいえど、ウタのことを慰めることは出来なかったらしい。その事実になんとなく心を軽くされながらシャンクスは久々の恋人を堪能することにした。
ドアを壊したとベックマンに叱られるのはその後でもいいはずだ。