私をだめにする研二くんはちょっぴり意地悪「世の中やりたい事が溢れかえりすぎてる」
「うん、急にどうした?」
ソファにもたれ掛かりながら携帯から目を離すこともなく発した私の独り言は隣に座る萩原に拾い上げられた。たいした内容でもない、むしろくだらないくらいなのに本当に優しい人だ。その好意に甘えて私はこのくだらない言葉の続きを発した。
「ゲームもしたいし、撮り溜めたテレビも見たいし、この前買った本も読みたい。でもやりたい事がありすぎて何も進まないの」
「それは疲れてんじゃねぇの?」
無意味に画面をスクロールしてSNSに時間を費やす私を見て萩原はそっか〜と苦笑した後、ほらと私の目の前に手を差し出した。その意味が理解出来なかった私は片手をその手に乗せてみるけれど、けらけらと笑う彼の様子からどうやら正解ではないらしい。
「それも可愛いんだけどさ、手じゃなくて携帯」
「携帯」
オウムのように繰り返して画面を消した携帯を萩原の手に乗せれば、すっぽりと収まってしまった。彼の手が大きいことを改めて感じながら携帯がテーブルの上に置かれるのを見届けると、今度はおいでと両腕が広げられた。これは私も分かる。彼の膝の間に座ればいいのだ。
半ば条件反射のように座って背中を預けると彼の体温に包まれた。
「今日はこうやって見たかったテレビでも見ようぜ」
どれ見んの? とリモコンに伸びた手は私が温かさにほっとしている間に録画一覧を開いている。至れり尽くせりすぎて思わずくすりと漏れた笑みに、楽しそうだなと萩原もつられたように笑った。
「人をだめにする研二くん……いや、私をだめにする研二くんかな?」
振り返っていつもありがとうと伝えると、見開かれた瞳はすぐに逸らされ頬がわずかに赤く染まる。あーと言葉にならない声が聞こえたと思ったらそのまま肩口に顔を埋める彼に、しょうがないなとテレビに向き直った。顔を隠そうとするということは見られたくないのだろう。長い髪がくすぐったいけれど、甘えてくれるのは嬉しい。彼の手にあったリモコンを受け取ったあと、そっと頭を撫でると両腕で強く抱きしめられた。
「……なぁ、だめになったらずっと俺と一緒にいてくれる?」
いつもより少し低い、砂糖を溶かしたような声。再生ボタンを押してしまったけれど、その声のせいで私の意識はテレビではなく完全に彼の方へと向いてしまった。
「研二くんから離れられないって意味ではもうだめになってるよ。それに、研二くんがいないとテレビも見られないような人間だよ?」
「ははっ、確かにな」
「だから心配しなくて大丈夫」
「心配はしてないんだけどさ、お前のこと絶対離したくないなと思っちゃった」
「へ……?」
間抜けな声が漏れる私に愛してると告げた彼はそのまま首筋に口付けを落とした。突然の事に驚いて思わず離れようとしても、しっかりと腰に回された腕から逃げることは出来なかった。
「し、しないからね!? 今日はテレビ見るって研二くんも言ったでしょ!?」
「離したくないって言っただけなんだけど」
ようやく顔を上げた萩原はなに想像したの? と楽しそうに笑った。顔に集まる熱を無視してなにも! と答えると萩原はまた揶揄うような声で楽しそうに笑う。
「今日は一緒にテレビ見るけど、やりたいことリストに俺と一緒に寝るってのも追加しといて」
「寝るだけだからね……!」
「もっと分かりやすく言った方がいい? 俺とえっ――」
「言わなくて大丈夫です!」
もうテレビになんて集中出来るわけもなく、流し見をしながら眠くなるまで萩原とお喋りをして過ごすことになるのだった。