赤井くんの鼻を触って元気をもらったので、赤井くんを甘やかすことにしました「それは一体どうしたんだ……?」
いつも落ち着いていて格好いい赤井くんは玄関で私を出迎えると目を丸くしていた。
「赤井くんが今日は10%の力で頑張って、残りは帰ってきてから赤井くんを目一杯甘やかすのに使ってくれと言ったんでしょ?」
私は中身がいっぱいに詰まった買い物袋を彼に見せるように掲げてにこりと笑った。
「だから、赤井くんを甘やかすためのものを沢山買ってきました」
ここ数日、テレビやSNSでは勢力の強い台風が来るという話題がひっきりなしに流れていた。強い台風が近付いている。つまり直撃する明日は仕事が休み(になると信じたい)と考えた私は明日一日引きこもるのに十分な食料と、ついでに酒やおつまみ、ケーキなど赤井くんを甘やかすことが出来そうなものを全力で買い込んできたのだ。
「今から赤井くんを甘やかします」
「ほぉ……それはどうやってかな?」
「どう、やって……」
明日の分の食糧を片付けて赤井くんに宣言したものの、どうと聞かれると具体的に言葉に出来る案を何も考えていないことに気付いてしまった。
「えぇと、お酒飲みます……?」
「あぁ、それで?」
この後どうするのかを考えながら、とりあえずウィスキーのボトルを取り出して、氷とグラスを用意した。赤井くんはいつもどうやって私を甘やかしてくれていたのだろう。考えれば考えるほど、いつも私は甘やかされてばかりで、今朝だって赤井くんが私を甘やかしてくれていた。私がされて嬉しいことは、はたして赤井くんも喜んでくれることなのだろうか?
氷を入れたグラスにとぷとぷとウィスキーを注いで赤井くんを見ると、私の次の行動を楽しみにしているのか、その口元は柔らかく弧を描いていた。どうぞとグラスを差し出すと、ありがとうと受け取って彼は早速口を付ける。ソファに腰掛けてウィスキーを煽る姿がこんなにも似合う男はそうそういないだろうと見惚れていると、次は? と赤井くんはもう一度たずねた。
「美味しいものを食べながら映画を見るとかどう?」
「いい考えだな」
それから私たちは買ってきたおつまみや昨日の夕飯の残りをテーブルに並べて映画を見た。一時間半と少しの映画はどうやって赤井くんを甘やかそうかと考えているうちに、全く頭に入ってこないままエンドロールを迎えていた。
「面白かったね」
「……君はずっと何かを考えてただろう?」
どうやら赤井くんにはバレていたらしい。素直に赤井くんをどう甘やかそうか考えていたと伝えれば、彼は楽しそうに笑った。
「ハハっ、君は俺にどう甘やかされたら嬉しいんだ?」
「赤井くんによしよししてもらうのも嬉しいし、今朝、君の鼻をつんつんさせてもらったのも嬉しかったよ」
「それじゃあ俺にも君の鼻を触らせてくれ」
すらりと長く伸びた赤井くんの指が鼻に触れて思わず目を閉じた。つんつんと私の鼻をつついた指は鼻筋をなぞるように滑り、少しくすぐったい。赤井くんもくすぐったかったのかとたずねる前に指ではない、なにか柔らかいものが触れた。驚いて目を開けると今朝、私に元気をくれた赤井くんの鼻がすぐ近くにあった。少し固い彼の鼻がすり、と擦り合わせられる。
「赤井くん」
「なんだ?」
「私を甘やかそうとしてない?」
「君を甘やかすことで俺も甘やかされているんだ」
納得がいくようないかないような言葉を吐いた彼は私の鼻先に柔らかい唇を押し当てると楽しそうな笑顔を浮かべた。映画を見ている間に明日は休みになると連絡がきていたはず。それならば、今日は目一杯赤井くんを甘やかして、甘やかされようと彼の鼻に口付けを返した。