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    Ren

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    Ren

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    『月と太陽』後日譚、その④
    三井さんと職場の同僚の湯田さんのお話。
    捏造モブさんがたくさん喋ります。流川があまり出てこない。

    #流三
    stream3
    #天上天下三井独尊6

    物件、間取り、家賃、立地 午前十時からの会議が終わり自席に戻ると、まるでそれを見計らったかのようにパソコンの社内チャットの新着マークが点灯した。
    『三井、今日ランチ行かない?』
     同期入社の湯田ゆだから昼食の誘いだった。
     二つ下のフロアの総務部で働く彼女の顔を久しぶりに思い浮かべた。
     丁寧に施された化粧、ブラウンの髪はきっと今日も美しく巻かれて、爪は今は青かピンクかオレンジか知らないが、攻撃力がありそうな長さのそれは隙なくつやつやに整えられていることだろう。
     ──オタクだけどな。
     ふ、と含み笑いをしながらキーボードを叩く。
    『ランチ同期会か?』
    『そうそう、そんな感じ。十二時にすぐ出られそ?』
    『いけると思う』
    『遅れそうなら直前でいいから連絡して。大丈夫なら十二時に一階のエントランスね』
     湯田のことだ、三井の今日のスケジュールを確認してから声をかけてきたのだろう。今日の三井の予定は一日社内で打ち合わせ三昧、外出の予定はない。
     新卒で入社したときに九人いた同期は、おおよそ十年の間に結婚や転職で会社を去り、ついに残るは二人だけ。だから仲間意識は強かった。
     お互い三十を過ぎて独身、相手はいないのか結婚しないのか、なんなら二人付き合えばいいのに等々、散々周りに突かれる時期はこのところようやく過ぎたようで、最近は身辺も静かになっていた。
     自分は結婚には縁遠い人生になるだろうと、とうに達観している。湯田自身はどう思っているかは知らないが、その個性の強烈さからなかなかしっくりくる相手に巡り会えない。湯田は一言で言えば、趣味と結婚したような女だった。

     急ぎの電話も入らず、約束通り十二時にすぐに席を立ち、混み合うエレベーターで一階に降りる。エントランスでは社の制服の肩にチェックの大判ストールを巻いた湯田がちいさく手を振っていた。
     身長百六十を超えるのに、細い脚を殊更長く見せるかのようにいつも高いヒールのパンプスを履いている。近くに寄ればかすかに甘い香水が香る。変人さを隠す完璧な鎧だった。
    「すこし歩くけど駅の向こうのイタリアンにしよう」
     有無を言わせず歩き出す彼女の横に並びつつ、手に持っていたスーツの上着を着る。十一月の晴れた日中。日は照っていても上着がないと心もとない季節だ。
     自社のオフィスから離れた店でランチをしようと言うとき、湯田はたいてい人に聞かれたくない話をするつもりでいる。
     最初に誘われたのは、入社して何年目だったか。深刻な顔で「三井にお願いがある」なんて言うから、何か男関係のトラブルにでも巻き込まれたのかと思い、本気で心配した。
     ところが「週末、一緒に行ってほしいカフェがあるの。奢るから」とテーブルに額を擦る勢いで頭を下げられた。そんなことかと快諾したら、その週の土曜日、なんとかというゲームのコラボカフェとやらに連れて行かれ、二時間待ちの末に味は普通なのに値段がやたらと高いカレーとコーヒーをご馳走になった。入店の際に店員に手渡された入場特典と記された封筒は瞬時に湯田にかすめ取られ、それを開封して中身を一目見た彼女は、ほう、とため息をついてそれまで見たこともない乙女な顔で「ありがとう、三井のおかげで推しが来た」ととても丁寧に言った。薄いプラスチックに印刷されたアニメ絵のキャラクター。三井にはそれにどんな価値があるのかわからなかったが、良いことをした気分にはなった。
     彼女はいわゆる二次元萌ばかりをしているオタクだった。

     湯田が見つけた穴場的なイタリアンは路地の奥にあって、昼食時におとずれてもいつもすぐに席に通される。
     前にここに来たときから随分と時間が経っていた。
     約一年半前、両親を急な事故で亡くし、忌引きが明けて仕事に復帰して間もない三井を湯田がここに連れてきた。
     ちゃんと食べな、と、食欲のない三井の目の前で大盛りパスタを平らげ、そして、借りたままになっている社員寮の部屋を引き払うかどうかを尋ねた。引き払って実家に戻るなら手続きはやっておくし、引っ越しも手伝うよ、と。
     鼻の奥がツンと痛んで、明太子パスタの塩味がすこし濃くなった気がした。
     見た目はシュッとした美人なのに、サバサバとして人との距離の取り方が上手な湯田が同僚でいてくれることを三井はありがたいと思った。湯田はおそらく湯田の好む世界を否定せずフラットに受け入れた三井を気に入ってくれている。

     ランチメニューにさっと目を通し、湯田はボンゴレロッソを注文した。三井は懐かしくなって明太子パスタにした。
    「ね、三井に聞きたいことあるんだけど」
     以前三井を励ましたときとはまったく異なるらんらんとした瞳で、湯田が口火を切る。
    「三井さ、引っ越したでしょ、夏頃に。横浜の低層マンション」
     職権乱用だ。
     その時点で湯田の言いたいことがほぼ読めてしまった。
     自分の所属する営業部内に引っ越ししたことは言っていない。引っ越しのための休みも取っていない。ただ、湯田には連絡した。住民票の住所が変わるが総務宛になにか書類を出す必要はあるか、と。湯田はすぐに住所変更届のフォーマットをメールに添付してくれた。
    「あそこさ、最近出た新築の中でダントツ私的に一番だったのよ」
    「一番て、なにが」
    「結婚して子育てするのに、よ! 広さも間取りも! しかも今の職場までドアツードアで四十分。都会過ぎず田舎過ぎず、近くに大きな公園もあって、……もう、ホント理想的!」
     機関銃のように湯田の口からドドドと言葉が躍り出る。拾うのが間に合わない。
    「……おまえ、俺と同じマンション、買うつもりか?」
    「んなわけないでしょ! 子育てどころか結婚相手がどこにいるのよ」
     なにバカ言ってんの、と大きな口を開けて笑った。
     妄想癖は相変わらずらしい。
     ──湯田が二次元オタクだと判明するよりもっと前。
     オフィスからほど近いカフェで昼食後にコーヒーを飲んでいる湯田を見つけて声をかけたことがある。湯田はちいさな丸テーブルにカプチーノと雑誌を置いてページをめくっていた。目を細めて口元を綻ばせて。
     ファション雑誌のジュエリー特集でも見てうっとりしてるのかと思いきや、彼女の手にあったのは不動産雑誌だった。駅のスタンドで無料でもらえるようなペラペラのがいち、に、……三冊。
    「……彼氏と一緒に住む部屋でも探してんのか?」
     至福の表情を若干怪しみながら当たり障りのないセリフを投げかけた。
     湯田は、あ、三井じゃん、と言ったあと
    「ちがうよ?」
     とラメが控えめに光るまぶたをぱちぱちと開いたり閉じたりした。そして三井に向かい側の椅子に座るように言うと、怒涛のトークが始まった。
     結婚したらまずは高層マンションに住みたいんだよね。1LDKでいいの。だって新婚だもん。部屋数はそんなにいらない。駅近で、お互い通勤が便利なとこ。で、子供産まれるときに都心のはずれくらいに低層マンションを買うの。一軒家ほどは広くなくても、買い物にも通勤にも子育てするにも環境がいいところ。キッチンとリビングの間取りはその時々の流行もあるから、すぐにこれって決めるのは難しいんだけど……でも今の時点の希望はあるの。聞いてくれる?
     細い指先を胸の前で揃えて祈るように夢を語る女。
     来るかわからない未来のための妄想を繰り広げながら、物件の間取りを眺めるのを趣味にしていると知ったとき、おもしれー女、と三井の彼女に対する評価は爆上がりした。結婚や子育てを口にしつつも、まったく現実を見ていないその様子に、笑いが漏れた。こいつとはなんとなく気が合いそうだという予感が胸をよぎる。女性から好意を向けられることに長い間ずっと抵抗のある三井にとって、単にマシンガントークを受け止めてくれる相手と見なされていることが心地よかった。
     二人はその後、三井が予感した通り気の置けない同僚として何年も付き合いを続けるのだが、一方、結婚も子育ても間取りも実に具体的に思い描いていた人間に限って運命の相手には巡り会えない。早々に独身を覚悟した三井と二人で社に残っているのだから、神様はなかなか甘くない。
    「でさ、」
     運ばれて来たボンゴレロッソのソースを制服のブラウスに飛ばさないよう器用にフォークを操りながら、湯田のお喋りは止まらない。
    「気になるから突っ込んじゃうんだけど」
     口内にパスタを詰め込んだばかりの三井は無言でうなずいた。
    「あのマンション、家族物件だし場所がいいから値段も張るよね。三井、家族の扶養届けは出てなかったけど、結婚、とかじゃなくて一人で住んでるの? それか人に貸して家賃収入目的? いや、でも引っ越したんだよね?」
     明け透けに言えば、よく買えたね、ということだろう。親の遺産や実家を売って元手にしたのだと思われているのかもしれない。でも真実はそれのどれでもない。とんでもない資産を保有している年下の恋人がキャッシュで買った、と告げたら湯田はどんな顔をするだろうか。想像して、少し愉快になった。
    「自分で住んでる。けど、一人ではねぇな」
     ちょうどよい塩気のパスタを咀嚼して飲み込んで、答えた。
    「誰と、住んでるの?」
     湯田の大きな瞳がじっと三井を見つめる。言え、と強要もしていないし、言ってほしいと懇願してもいない。正直に答えるも答えないも三井の判断だよ、とその瞳は告げていた。それを好ましく思った。
    「──同性のパートナーと、って言ったら、おまえ引くか?」
    「ひっ!」
     湯田は目を見開いて引きつった声を上げた。
    「ひ?」
    「ひ、かないよ!!」 
     美しく巻かれた肩の長さの髪をぶんぶんと振り乱して頭を横に振る。
    「そっか」
     薄々気付かれてるとは思っていた。
     同期会と称して二人で飲みに行ったとき、挨拶のように「彼氏はできたのかよ」と毎回問う三井に「私のお眼鏡にかなう男がいないのよ」と湯田はいつも答える。「三井は? 理想の人は見つからないの?」聞き返す湯田はいつの頃からか、「彼女」という言葉を使わなくなった。
    「ど、どんな人、って聞いてもいい?」
     パスタを食す手は止まり、三井の方へと身を乗り出してくる。ブラウスのボウタイにソース付くぞ、と三井は肩を軽く押し返した。
    「いいけどよ、んー」
     しばし悩む。
     前に大学時代の友人に聞かれたときにも頭に思い描いた、三井が思う流川という男。
     心も体もでっかくてあったかい。たまに強引で、でも傲慢じゃなくて、自分に無頓着。三井にしか見せない子供みたいなところがとびきりかわいい。
     やっぱりこれじゃただの惚気だ。恥ずかしくて口には出せそうにない。
    「あー、おまえ今日何時に上がれる? 六時頃に車で迎えに来てくれる予定なんだけど、会うか? 湯田がいやじゃなきゃ、だけど」
    「会う! 会いたい、三井のだいじなひと!」
     即答だった。声が大きすぎる。半分椅子から立ち上がっている。どうどう、と落ち着かせるように腕を軽く叩いた。
    「言いふらすなよ」
    「なにを? 三井のこと? 当たり前じゃん! 見くびらないで」
     ようやく椅子に腰を落ち着けた湯田は再びパスタに手を伸ばす。
    「いや、それは疑ってはねーんだけどよ」
     あいつを見たらもしかして言いふらしたくなるかもよ、という言葉は飲み込んで、三井も目の前の明太子パスタに集中することにした。昼休みは有限だ。あまりのんびりはできない。


     午後六時五分。着いた、とスマホにメッセージが届く。
    『今会社出る。急で悪いけど同僚連れてく。挨拶だけしたらすぐ帰すから』
    『俺たちのこと、言ったの?』
    『そいつにだけな』
     やり取りはそこで終えて、昼に落ち合ったエントランスでまた湯田と会う。
     制服から私服に着替えた湯田は、上品なキャメル色のトレンチコートに身を包んでいた。化粧直しをしたのか、昼に振り乱していた髪先は落ち着き、くちびるはツヤツヤと輝いている。
    「おまえのその意味なく自分を着飾る能力にはほんと感心するわ」
    「は? なに、失礼! 意味はあるでしょ。隠してんのよ、本性を! 三井のパートナーに同僚がキモいオタクだと思われるよりよくない?」
     自分でそれを言うのか、と肩を震わせながらオフィスビルの自動ドアを抜ける。
    「車でお迎えなんて随分甘やかされてるね」
    「いつもじゃねえぞ? むこうが仕事休みでこの前買った車の一か月点検でディーラー行くって言うから、そのついで。今日だけ、な」
    「待って。マンション買って、すぐに車も? 新車? なに、どうなってるの。相手何してる人? 会社経営? 株? 株いっぱい持ってるの?」
     かなり年上のナイスミドルでも想像してるんだろうなぁと、また肩が震えた。
     数分歩いて大きな道路沿いの歩道に出た。
     路肩に停めた白い大型のSUV車のバックドアに寄りかかるように流川が立っている。三井を見つけて手を上げた。
    「え! あの人!?」
     湯田がボリュームコントロールの壊れた声を上げる。
    「そう」
     車内に上着はあるのだろうが、いつも薄着の流川は十一月の寒空の下でもフーディ一枚で三井を待っていた。聞けば寒くねえ、と答えるに決まっている。でもその手はおそらく冷たくなっていて、ああ、早く握ってあたためてやりたい、と三井を見つめる優しい表情に向かって歩きながら思う。
    「楓、こいつ同期の湯田」
     流川の目の前まで来て、湯田を紹介する。
     ユダサン、と流川は呟いた。脳内にインプットするようにちいさな声で。それから猫背がちな背中を丸めて丁寧に頭を下げた。
    「……ルカワデス。いつも寿さんがお世話になってます」
     おまえそんな普通の社会人みたいな挨拶できんのか、と感動を覚えていると、隣で湯田がぶるぶると震えていた。
    「ゆ、ゆ、ゆだです」
     噛みまくりながら雑に自己紹介をすると、三井の腕を強く掴んで、流川に背を向けた。
    「み、み、みついさん!」
    「はい、なんでしょう、湯田さん」
    「わ、わ、わたし、この人知ってる!」
     顔は背けたまま、後ろ手で流川を指さした。
    「あ、知ってたか? たまにスポーツニュース出てるもんな」
     うんうんうん、と首肯する湯田の肩で整え直した髪先がまた跳ねた。
     思った通り、というよりそれ以上の反応を見せてくれる湯田の慌てぶりが面白い。が、少々申し訳なくなってきた。
    「びっくりさせたな。質問は今度まとめて受け付けますので」
    「……ぜっったい! 近々、飲みに行こう、三井」
     息荒く、がしっと肩に乗った手が重かった。
    「なあ、言いふらしたくなったろ?」
     冗談めかして言えば、
    「そ、そんなことない! 約束は守る」
     急に我に返ったように、真剣な顔で湯田は三井をまっすぐに見た。
     よし、と笑ってうなずいて車に乗り込む。
     助手席の窓を下ろして「お疲れ」と手を振った三井と走り出した車に向かって、湯田はいつまでも深々とお辞儀をしていた。 


     渋滞気味の駅周辺を抜けてオリンピック公園を過ぎると次第にスムーズに車列が流れ出す。
     ちょうど美しく色づいているはずの公園の沿道の銀杏は、夜の始まりの濃色に溶けている。
    「急に悪かったな」
    「いいけど。驚いた」
    「うん、だよな。あいつにはたぶんほとんどバレてたし、知ってて欲しかったから」
     言いながら、そうか、と自分で納得した。知って欲しかった、自らが選んだ流川という最高にいい男のことを。
    「きれいなひとだった」
     流川が人の容姿を褒めるのは珍しい。容姿だけを言ったのではないかもしれないけれど。
     オタクだけどな、と言おうとして口をつぐんだ。湯田の名誉のために真実は心中に留める。
    「ヤキモチ焼かねえのか?」
     三井は正直、流川がメディア対応でテレビ局の女子アナに上目遣いでマイクを向けられてるだけで面白くない。心が狭いのだ。
    「きれいなだけじゃ焼かない。寿さん、あの人のこと信用してるってわかったし」
     赤信号で停車した車内。流川の左手が伸びてきて、手の甲で三井の頬をゆるりと撫でた。暖房の心地よい暖気と流川のくれる愛情が三井をふわりと包む。
    「今度、うちに呼ぶ?」
     社交性とバスケの才能をトレードして生まれてきたような流川だったが、妙なところでアメリカナイズされていて、驚くことに新居に親しい人を招いてもてなす習性が備わっていた。
     これまでに流川のチームメイトの仙道を二度、三井の友人の秋間を一度招いて食事をしている。
     湯田を誘えば緊張で引きつりながらも喜んで来てくれると思う。なんと言っても、流川と三井の新居は理想の住まいらしいから。
    「あぁ、いいな、それ。間取り鑑定してもらえっぞ」
    「マドリカンテイ?」
     首を傾げる流川の前髪がさらりと揺れた。

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