ぜんぶだめなんだ 夜になると嫌なことを思い出す。昔あった嫌なこととか、人とうまく関われないだとか、メンタルが不安定だとか、今考えたってどうしようもないことで頭が埋められる。そういう時は決まって酒を飲む。飲んだら気分が紛れるから、忘れられるから。今日もいつもと同じ、逃避のために酒を呷っていた。
「ミスタ、飲みすぎだ」
もう一杯、とつごうとしたらヴォックスに酒を奪われる。代わりにと、水を手渡された。
「まだのめる…」
「駄目だ、明日に響くだろう」
お前の二日酔いはタチが悪いからね、と酒を棚に仕舞われる。棚にしまったぐらいで飲めるの止められると思ってんのか。取り戻すため、椅子から立ち上がったがふらりと体が揺れる。思ったよりも酔っているらしい。倒れそうになったところを、ヴォックスの腕で支えられた。
「ほら、もう足元も覚束無いじゃないか 」
「…へーきだし」
「お前は…何をそんなに恐れているんだい」
話しか聞けないが、話は聞けるよと頭を撫でられる。その優しい手つきに思わず涙が零れた。止めなければと思っても、酒で緩くなった涙腺は止まってくれない。
「お、れ…なんにも、できない…」
「そんなことないだろう」
「できないよ。 ヴォックスにだってめいわくかけた」
「迷惑?」
「…めし、くわせて…それで、おなかこわさせたし、一緒にくらしてからも家事とかまかせっきりだし、それに…おれ、なにもかえせてない、し…」
「お前の家事レベルが最底辺なことは元から知っているから、なんの問題もない。 それに、ちゃんと返してもらっているよ。 私はお前がいてくれるだけで幸せだからね」
「しゅみわる…こんなんがいいなんてさ」
「そうかもしれないな。 他に都合のいい女だっているだろう。 それでもね、私はお前がいいんだよ。 だからそんな飲み方はよしておくれ、心配になる」
ふわっと体が軽くなったと思えば、ヴォックスに抱き抱えられていた。
「ちょ、っと…」
「ベッドまで運ぶぞ」
「待って、はきそ…ゆらさないで…」
「だから水を飲めと言ったんだ」
「だでぃ〜…おれじぶんであるける」
「歩けるやつは立ち上がっただけでふらつかないんだ、知っていたか?」
揺れに耐えていたら、ゆっくりとベッドに寝かされる。そっと布団越しに、胸の辺りをぽんぽんと叩かれる。
「今日は寝てしまいなさい、傍にいるから」
「…手、つないで」
「勿論」
そっと布団から手を出すと、自分よりも少し大きい手が優しく握ってくれる。柔く、確かに指を絡められ、ぽやぽやと胸が暖かくなるのを感じる。布団に入ったせいか、瞼が重く目が開いていられない。
「…いつもごめん」
「何がかわからないな」
「ぜんぶ…」
「いいさ、お前の話ならいつだって受け止めるよ。 だから安心しておやすみ」
落ちていく意識の中、優しい声に包まれて俺は意識を手放した。