一人ぼっちのクリスマスツリー ふう、と息を吐けば白く色づく。マフラーも手袋もなく、かじかむ手を擦り合わせる。
「最悪…」
ミスタはぽつりと零した。本当は今日はヴォックスとデートの予定だった。しかし、待ち合わせ場所についてから行けないと連絡があったのだ。浮かれて早めに待ち合わせ場所に着いてしまったミスタも悪い。でも、楽しみだったのだから仕方がない。ヴォックスの方も、仕事の都合で仕方が無いとはわかっている。しかし、大きなクリスマスツリーの前で、恋人達が仲睦まじく過ごしている中一人きりというのは如何せん心にくるものがあった。ヴォックスは来れなくなったのだから、すぐにその場を立ち去ればいい。そんなことはわかっていた。けれど、二人で見る予定だった街並みからはなかなか足を踏み出せない。
(綺麗だな…)
ぼうっと、クリスマスツリーを見上げる。一人でなら見る予定などなかったそれは、電飾がつけられキラキラと輝いている。オーナメントで飾り付けられたそれは宝物みたいだった。もうここに来てからどれだけ時間が経っているのだろうか。ぶるりと身震いをし、帰ろうと踵を返す。
「ミスタ!」
「へ」
声のする先へ目を向けると、そこにはいるはずのないヴォックスが息を切らして立っていた。
「仕事は…?」
「終わらせてきた。 お前からの連絡を見て、行かなければと思ってな」
見せつけられたそれは、もう数時間前のチャットだった。
『ツリー超綺麗だよ。 おすそわけ』
そんな文章とともに、キラキラと輝くツリーの写真が表示されている。
「あぁ…。 あんたも楽しみにしてたじゃん。 でも、わざわざ来なくても良かったのに」
嘘だ。来てくれて嬉しい。でも負担になってしまったのは心苦しい。きっと無理やり仕事を抜けてきたんだろう。無理をさせたい訳では無かった。
「馬鹿な坊やだ。 我儘ぐらい言いなさい」
ぼすりと、ヴォックスの胸に抑え込まれる。優しい手が頭を撫で、ぎゅっと腰を抱かれた。心地良さに目を細めるが、自分の体が冷えていることを思い出し急いで離れようとする。しかし、抱きしめる力が強くてそれは叶わなかった。
「ヴォックス! 俺冷えてるから」
「あぁ、そうだな」
「そうだな、じゃなくて離して。 ヴォックスまで冷えちゃうじゃん」
「このぐらい問題ないさ。 それより、愛しい恋人を抱きしめていたい」
細く弧を描く目に見つめられ、喉が詰まる。そんなことを言われたら何も言い返せない。
「…好きにすれば」
「素直じゃないな」
「うっさいんだけど」
そろそろと、ヴォックスの背に腕を伸ばし、弱く抱きしめ返す。
「今すぐにキスがしたいんだが」
「外で盛んないでよ」
「可愛いお前が悪いよ」
ちゅ、とキスが落とされる。
「だから外では!」
「外でなければいいのかい?」
「バカップルに見られたくないから」
「じゃあ場所を移そうか…と言いたいところだが、」
腰を抱いていたヴォックスの手が離れる。抱きしめていた手を剥がされ、そのまま指を絡められる。
「今はお前と街並みを楽しみたい。 どうせここ以外どこにも行っていないんだろう? せっかくだ、ホットワインでも探そうじゃないか」
「…呼び出しちゃったし、俺が奢るよ」
「いや、遅れてきたのは私だからな。 私が奢ろう」
いや俺が、私が、と言い合いながら夜の街へ足を進める。二人で飲んだホットワインは、深く甘い愛の味がした。