👹夢①飲み会なんて、大学生にもなれば珍しいことでは無い。サークルでもゼミでも開かれるし、雰囲気も悪くしたくないから参加するのがいつもの事だ。別に飲み会が好きとか言うわけじゃないし、どちらかというとあの酒のノリは苦手だけれど、端っこで友達と話していれば時間が過ぎるから耐えられる。
「ねえ、週末の飲み会何時からだっけ?」
「19時!覚えとけよ」
「いいじゃん別に聞いたって」
授業が終わり、ゼミのメンバーが帰り支度を始める。あぁ、そういえばそろそろだっけ。いつもの居酒屋で、いつものメンバー。今回参加出来る子には仲のいい子もいるし、いつものようにその子と話してよう。最近は忙しくて時間が取れず、あまり近況を話せていなかった。荷物をまとめ終わると、先程まで考えていた友人と目が合う。
「あ! 週末の飲み会、わかってるよね」
「なにが?」
「なにがって! 彼氏の話聞かせてよね、出来たんでしょ?」
にやにやと笑いながら、友達に肩を叩かれる。確かに出来たけれど、惚気を進んで話すのはいささか恥ずかしくて、曖昧に笑って誤魔化した。
「まぁ、週末ね」
「絶対聞くから!」
そんなやりとりをしていると、スマホが震えホーム画面にメッセージが表示される。
『そろそろ学校は終わりかい? 迎えに行こうか』
噂とすれば、というやつだろうか。大丈夫だよ、と返事をし教室を後にした。
待ち合わせのカフェは最寄り駅の近くにある、個人経営のひっそりとした純喫茶。いつも彼はそこでコーヒーを飲みながら待っていてくれている。
「またせてごめんね!」
「あぁ、構わないよ。 今日も愛らしいね」
私を見つけたヴォックスは、ゆるりと目を細めた。その表情にドキッとしながら、向かいの席へと腰を下ろす。ヴォックスはつい最近出来た彼氏で、とある公園で出会った。所謂ナンパと言うやつで、初めは警戒していたがヴォックスの紳士な対応に絆されていってしまったのだ。ナンパをしたからといって、馴れ馴れしく近づかず、個人情報を探るようなことも無く、花が好きと言った私に公園内の季節の花を紹介し君に似合っていると微笑んでくれた。
「君さえ良ければだが、また来週ここで会えないかい。答えは今出さなくていいよ、私は待っているから」
そういって別れたヴォックスは、本当にこの次の週も公園にいて。私が見ていたのは数分のことだったけれど、何人かの女性に声をかけられ、その度に首を横に振っていた。恐る恐る近づけば、気づいたヴォックスはこちらに笑いかけ、来てくれたんだねと私の手を握る。それからトントン拍子に話が進み、今に至るというわけだ。
「あ、そういえばね金曜日は飲み会があって学校帰り会えそうにないの」
ぴくり、とヴォックスの眉があがる。
「飲み会か、君も大学生だからな。 しかし、心配だな…」
「何が?」
「こんなに魅力的な君が、知り合いとはいえ大人数の前でお酒を飲むのだろう? 控えめにしなくてはいけないよ、酔いにつけ込む輩はいるのだから」
「大袈裟だよ、ただのゼミの飲み会だし」
「男もいるんだろう?」
「いるけど、全然話さないよ。 いつも仲いい友達と隅っこで話してるだけ」
「そうか…。 でも、しかし…」
「これがはじめてじゃないんだから、安心して」
いつもはスマートなヴォックスが、子供っぽく口を尖らせていてつい笑ってしまう。絶対に飲みすぎないし、変なことは無いから、約束と小指を出せば渋々ながらに絡め取られる。なんだか新しい一面を見れたみたいでくすぐったかった。
喫茶店をあとにすると、いつものように家まで送ると言われ、別れ際にキスをする。いつも学校終わりにあっているから、習慣のようになってしまった。ニヤつく顔を抑えながら、また明日と手を振り家のドアを閉めた。
■■
「それで!どうなの彼氏は!」
「どうなのって言われても…優しい人だよ」
「でもナンパなんでしょ? 遊ばれてたりとか」
「うーん…遊ばれてるんだとしたら、そうとうスマートな人だと思うな。 体目的とかじゃなくて、本当に余裕のある人って感じ」
「なにそれ、遊ばれてないって言いきれないの?」
「ん〜…あはは、なんというか…知的だし、スタイルだっていいし、本気にされるほど私魅力的じゃないから自信ないって言うか」
「そんなことないわよ〜!! 遊びだったらすぐ別れて!私と付き合お!」
「ええ? ふふ、心配してくれてありがとね」
「心配っていうか…。 ほら!他にも話あるんじゃないの、何したとかどこいったとか」
「ええー、恥ずかしいって」
飲み会の日になり、想定通り友達に根掘り葉掘りとヴォックスについて問い詰められている。それとなくかわそうとするがそれでは納得されず、結論としてはお酒の力に頼って出会いから話すことになってしまった。普段飲み慣れていないこともあり、足元が若干フワついている。
「ちょ、大丈夫?肩貸すよ」
「んん、ありがと…」
「こんなんでひとりで帰れんの? 私の家泊まれば」
「いや、その提案は遠慮しておこう」
聞きなれた声に顔を上げると、そこにはヴォックスが立っていた。
「ヴォ、…クス…?」
「あぁ、もうこんなに飲んで。 控えめにしなくてはいけないよと言ったのに」
「んん、そんなに飲んでないよ」
「嘘は感心しないな。 ほら、足元がふらついてるじゃないか」
「…もしかして噂の彼氏さんですか?」
「あぁ。 彼女が迷惑をかけたみたいだね、申し訳ない。 あとは私に任せてもらえるかな?」
「や、大丈夫です。 私の家近いし、彼氏とはいえ出会ったばっかの男に任せるの怖いんで」
「ふむ…私は穏便に失せろと言っているんだが、理解できないかい?」
す、とヴォックスの声に冷たさが混じった気がする。ふわつく頭を動かしながらヴォックスに目をやると、大丈夫だよを頭を撫でられた。
「なにそれ、怖。 話と違うんだけど」
「生憎、邪魔な虫は潰しておくタイプでね。 とはいえ、今は彼女が先決だ。 君との話はまた今度にしよう」
「今度とかねぇっての」
「あぁ、話し合い以外の方法をお望みか。 いいだろう」
「は? 何言って」
「ほら、帰るよ」
ふわりと足が浮き、ヴォックスに抱き抱えられていると気づく。緩やかに歩いてくれているからか、心地の良い揺れと暖かな体温に私は意識を手放した。
朝、起きると知らない家にいた。赤を基調とした壁紙と、アンティーク調の家具が目に入る。昨日飲み会に行って、その後…?
「あぁ、起きたみたいだね」
ドアに目をやると、ヴォックスがマグカップを持ってこちらに向かっていた。
「丁度珈琲をいれたんだが」
「あ、ありがとう…。 ねえ、ここって」
「私の家だよ。 君は昨日酷く酔ってしまっていてね、一人暮らしの家に返すのも不安だったから、失礼かとは思ったが連れ帰らせてもらった」
「そうだったんだ…。 ありがとう、私昨日のことあんまり覚えてなくて…」
「飲みすぎてはいけないよ、と忠告したのに。 悪い子だね」
ちゅ、とおでこにキスを落とされる。声のトーンからも、まるで叱られている感じがしなくて笑ってしまった。
「あぁ、そういえば昨日の友達」
「あ、あの子と会ったんだっけ?」
「もう会わないでくれるかい?」
「え」
急な展開に、頭がついて行かない。会わないでって、どうして?
「昨日何かあったの…? 会わないのは無理だよ、学校もゼミも一緒だし、大事な友達だから無くしたくないし」
「ふむ、質問を変えよう。 彼女と金輪際話をしないか、私に囲われるか選んで欲しい」
「は…?」
「どうやらね、彼女は君に気があるようだよ。 同性だからといって、油断をしてはいけないね」
なんでもない事のように、ヴォックスは微笑んでいる。
「私としては厄介な存在を君の近くに置きたくない、しかし彼女以外にも今後君に魅了される人間は出てくるだろう。 ならば元より閉じ込めてしまえばいいと思ったんだ」
わかってくれるよね、と手を握られる。その手は優しいのに、決して振り解けない圧を放っていた。いつもとは違う雰囲気に、冷や汗が流れる。手汗が酷くて気持ちが悪い。
「冗談だよね」
「いや?」
するりと指を絡めて、彼と口元へと運ばれる。リップ音が嫌に響いた気がした。
「君は私のものだ、そうだろう?」
私は、とんでもない人に目をつけられてしまったのかもしれない。
ここに閉じ込められてから、どれだけ時間が経ったのだろう。時計もない、窓もないこの部屋ではそんなことすら分からない。結局大学には戻れず、家にも帰れない生活を送っていた。ヴォックスが言うには、大学は退学届を出したし家の契約は解約したらしい。私の部屋の荷物は、この部屋に閉じ込められた数日後にヴォックスが運んできた。変わらず赤を基調とした部屋に、不自然に私の家具が並んでいる。どうしてこんなことになったのだろう、公園に行ったことから間違いだったんだろうか。
コンコン、とノックの音が響く。いつもの生活。
「起きてるよ」
声をかければ、鍵があく音が聞こえヴォックスが部屋に入ってきた。
「おはよう、愛おしい子。 今日も愛らしいね、よく眠れた?」
「眠るぐらいしかやることないじゃない」
「なにか生活に不自由しているのかい? 君が望むものならなんでも用意するよ」
いつも通りの甘やかな瞳がこちらを見つめ、手の甲に唇が落とされる。
「だったら」
「だめだよ」
ひくり、喉が震える。
「外はだめだ」
ゴールドの瞳が私をつきさす。決して離さないと、逃がすことは無いと目が語りかけている。
「でももう、おかしくなっちゃうよ。 お願い、大学にも行かないし、友達の家に逃げ込んだりもしない」
「ほう…? 今その案が出てくるということは、少なからず逃げたいと思っているんだね」
無理やりに繋がれた手に力が入る。
「私がいるよ、他の人間なんて必要ないじゃないか。 君には私が、私には君がいれば問題ない。 二人は愛し合っているのだから、そうだろう?」
ヴォックスの声は酷く甘く、耳にこびりつく。酷く不快なのに、それでいいような気持ちにさせられる力を持っていた。
「わ、たしは…ヴォックスだけいれはいいかもしれない。 でも、ヴォックスは違う、だって、お金を稼ぐために私以外と会わないと成り立たないでしょ、私以外とも関係を持ってる、なら私だけ閉じ込められるなんて不平等よ」
頭が痛い。何かが私を侵食しようとしている。それでも、言葉にした、行動に起こした。何か好転してくれると信じて。
「あぁ、そんなこと」
くつくつと、笑い声が聞こえる。
「私にずっとそばにいて欲しいんだね、可愛いなぁ。 もちろんOKだとも、もうどこにも行かないと約束しよう」
「え…。で、も、生活のためには…」
「そんなこと些細な問題に過ぎない」
ヴォックスはおもむろに、自分の爪で指を引き裂いた。ぷつり、と赤い膨らみができあがる。
「さあ、口を開けて」
「な、に」
「何も怖くないさ、私と同じになるだけだ」
「なにいってるの」
「ずぅっと一緒にいよう、この後の百年も、千年も。 さあ、口を開けて」
ゆるり、口が開く。開けたいだなんて思っていないのに、何故か逆らえなかった。
「そう、いい子だ…愛しているよ」
舌に触れた血の味は酷く甘く感じた。