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    tooooruuuuakn02

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    tooooruuuuakn02

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    リクエストの「ハンルスでどちらかもしくは両方が空から降りる時のお話」です。
    ルスが降りる日で書かせて頂きました!ハンルスというかハンとルスっぽくて…すみませんー!
    突然降ってきてので、書いちゃいました!
    かなり捏造してます!

    ラブレター ルースターが空を降りる。
     別段驚くことでも、悲しむことでもない。当たり前に迎える、いつかの日が今日というだけだ。
     いや少し違う。正確には初めて聞かされた時にはかなり頭に来て、殴り合う寸前にまで口論になった気がする。
     ともかくも。大きな怪我もなく、大きな違反もなく、この大空を駆けた雄鶏は鋼鉄の翼を返却する。
     出会った頃はまだ飛行士として未熟も未熟な頃で、それがお互いに長いこと空を飛ぶものだから、いつしか長い付き合いになった。
     思えば、自分を押さえ込んだ飛び方が気に入らなくて、全力を出して飛べと突っかかるようになって。こちらの話しを聞いているふりをしながら、実は全て捨てていた男を掴むのは非常に大変だった。変化をもたらしたきっかけは、いつだったか。雄鶏が初めて命令違反をしたあの時か。
     少しずつ詰めたはずの距離は、気がつけばもうなくなっていて、でもこの関係に形はなく。互いに気軽に声をかけて、食事をして酒を飲んで。たまに、ベッドを共にする。
     もう歳だとか笑いながら、始まってしまえばひたすらに求め合うことにも、当てはまる言葉はおそらくあるのだろうけれど、結局は名前もつけずに毎度毎度、同じことを繰り返す。それは居心地が良くて、少しだけ寂しくて。けれど名前をつけた瞬間に壊れてしまいそうで、やはりお互いに適切な距離を保っている。
     そんな曖昧な関係は、この先どうなるのか。
     お互いに飛行士として空を飛んで、そんな姿に惹かれ続けた。空を降りたら、一体どうなるのか。
     空を切り裂いて音速の中を飛ぶ、その最後の景色を見つめるルースターは、何を思っているのか。
     いくら考えたところで、残念ながらハングマンにはわからない。
     繰り返される哨戒任務に発着艦訓練は、空母の周囲を戦闘機に乗って、まるで巣を守る蜂のように交代を繰り返して飛び続ける。
     最後の日、同じ所属部隊、同じ飛行グループ。
     誂えられたような今日の日を、ハングマンはルースターの斜め後ろを飛んだ。無駄のない動きと、滑らかな加速。彼を手本にすれば上達するとまで言わしめたその飛び方は、この日も変わらない。
     美しい夕日が、水平線に触れている。
     波立つ海面は穏やかではないけれど、片時も同じ顔は見せない煌めきは、きっと何物にも変え難い美しさだ。まるでルースターの花道だと、ハングマンは素直にそう思った。
     長い海上訓練を終える空母は、明日には軍の港に到着する。海を割って進む誇りある船は、ランディングギアを展開したルースターを、とうとう迎え入れる。
     ワイヤーをかけられず、もう一度飛べばいい。
     そんなことを思って、ハングマンは失笑した。
     あのルースターが、そんなことをするわけがない。
     角度と速度。見ているだけでわかる、確かな位置どり。全て完璧なそれは、今、ハングマンしか見ていない光景。愉悦にも感じられるそのひと時。
     彼の、教範通りの美しい着艦を忘れまいと、しっかりと目に焼き付けた。


     着艦したあと、ルースターは感謝を込めたように愛機を撫でて、そうして空を見上げていた。
     盛大にお疲れ様会をやりたいと、部隊の若い飛行士たちが口にしていたけれど、果たしてそれは隊長であるハングマンが許可しなかった。
     まだ任務中で、遠洋から戻る今が一番油断しやすい時。もう少し待てば陸なのだから、それまで待てと。言われたことを反故する部下たちではないから、渋々了解していた。でもお疲れ様でしたと労って、涙を堪える様子を咎めるつもりはない。
     空母に降りた彼の背を、真っ先に叩いたのは、間違いなく自分だったから。
     その時のルースターの表情は、よく覚えていない。
     ただ皺の増えた横顔に、夕陽の輪郭を湛えた鼻梁と光るような睫毛が、とても美しかったことは目に焼き付いている。
     お疲れ。
     いつも通りの、いつもの言葉。
     ああ、お疲れ。
     いつも通りの、いつもの返事。
     ただそこに、今日だけは。
    「楽しかった」
     と、万感の思いを込めたような言葉が続いた。
     ああ、本当に、今日で終わるのだな、と。
     少しだけ寂しく思ったのは、本当だ。
     いつか自分も迎えるだろうその日。多くの先輩、同期、早くも後輩が迎えたその日。
     何でもないはずのその日が、初めて重たく感じられた気がした。
     夜にかけての飛行訓練に入るグループが、続々とミーティングルームに集まるのを横目に。ハングマンは自室にいるのもなんだか落ち着かず、まるで若い頃のように艦内をウロウロと歩いた。
     高揚しているとは、少し違う。でも、昂った気持ちがあるのは事実。時折すれ違う仲間が会釈や軽い敬礼をする中、行き着いた先は甲板を一望できる上部デッキ。
     まだ戦闘機が飛ぶ前のそこは、風の音と波の音と、空母の唸るような音だけの世界。甲板の端に並ぶ戦闘機たちは、夜空へと舞う時を今か今かと待っている。
     夜の、誘導灯が光る中を降りるのが好きだと。ルースターは以前そう言っていた。おかえりと、言ってくれているような気がすると付け加えた顔は、照れくさそうに笑っていたと思う。
     無事の着艦は、甲板にいるクルー全員が願っていることだ。そう告げたハングマンに、それでもとルースターは目を細めて言った。「暗い中に輝いてる灯りは、やっぱり安心するよ」と。それはまだ子供だった頃の彼に植え付けられた、一種のトラウマなのだろう。癒えない傷は、年齢を重ねただけ誤魔化すのが上手くなり、気づきにくくなっている。けれど、やはりまだ、この年齢になっても癒えはしないのだろう。そう思う。
     緩やかに人が増えてくる甲板はもう直、轟音の響く訓練場と化す。
     そういえば、格納庫へと降ろされたルースター機体は、どうなるのだろうとふと考えが巡った。おそらくは優秀な整備士の手によって、あっという間に名前が書き換えられるのだろう。
     ブラッドリー・ブラッドショー"ルースター"は、永遠に機体に表示されなくなる。
     寂しいな、と。自分のことではないからこそ、そう思って。ハングマンは紺碧に染まる空を見上げた。
    「あー、いたいた」
    「……どうした?」
     聞こえた声に顔を向けると、フライトスーツ姿のルースターがいた。もう飛ばないのにそれを着るのかと笑いたくなったが、港に戻るまで彼は飛行部隊の一人だ。任務と訓練のスケジュール上、最後のフライトはもう終わったというだけで。もしも不測の事態が起これば、すぐさま空に飛ぶ命が下るだろう。
     それは決して、望んではいけないことだけれど。
    「部屋にいないから、どこほっつき歩いてるのかと」
    「偶には歩きたい時もある」
    「この艦の中を?」
    「そうだよ」
     有り得ない。そう呟いて笑うルースターは、どこか憑き物が落ちたように穏やかだ。それが飛行士ではなくなるからなのか、今は任務から外れているからなのか、ハングマンにはいまいち判別はつかなかった。
    「なんだ、用事か? 報告書の締切にはまだ時間あるぞ」
    「もう出しただろ。見てないのかよ」
    「知ってる。花丸つけて箱に入れた」
     はあ? と目を丸くするルースターに、さすがに冗談に決まってるだろうと笑ってやり。ハングマンは欄干にもたれるように背中を預けて、邪魔するものの少ない空を見上げる。
     その隣にやってきたルースターも、同じように背を預けて、星が目立ち始めた空を視界に入れている。空を見ていると見せかけて管制室を見ているとか、面白いことをしていなければ、だが。
    「なぁ、ハングマン」
    「んー?」
    「俺さ、空に上がるようになってから、飛んだ日に毎回メモ取ってたんだよ」
    「ほお。そりゃマメなことだ」
    「だろ? まあ今日で最後だから、この分厚いファイルはもういらないわけなんだ」
     欄干に置かれるファイルは、確かに分厚い。一抱えはあるだろう。そんなものを抱えて、艦内をウロウロしていただろうルースターの姿を想像すると、少しだけ笑みが浮かんだ。
    「なんだ、海に捨てるのか? やめとけ、環境保護団体から槍玉に挙げられるぞ」
    「海に捨てるわけないだろ! まだ現役続行するハングマンくんに、是非譲ってやろうかと思って」
    「いらねぇ! 捨てづらいからって押し付けるな」
    「……チッ、バレたか」
     お前な、と半眼を向ければ、肩を揺らして笑っている姿がある。時間が経てば経つほどに見えづらくなる世界なのに、不思議とルースターの姿はしっかりと視認できている。
     そのルースターが重たそうなファイルを開いて、パラリと紙を捲る。潮風に当たってダメージを受けると思ったが、そのファイルを手離したいのなら傷んでも気にしないのかと、そう思って口出しはしなかった。
    「な、船が着くまででいいから、預かってくれないか」
    「なんで」
    「泣いちゃいそうだから」
    「なんだそりゃ」
     頼むよ。と紡がれた声は細くて、煩い風の音にかき消されかけていた。
     飛行士を辞めることを、後悔しているのか。そう問いたかったけれど飲み込んで。代わりに手のひらを差し出した。上に向けたそれの意味を、わからないわけがないだろう。
     ルースターはホッとしたように肩から力抜いて、重たいファイルを預けてきた。
    「いや、ふざけるなよ、何だこの重さは!」
    「筋トレにも使えるよ」
    「いるか!」
    「あはは。そう言うなよー」
     楽しげに笑うルースターの声は明るくて、本心はわからないけれど、空から降りることを後悔している様子は見受けられなかった。
     良かったと、そう思ったから。
     伸ばした指先で、温かな二の腕を叩いた。


     ・初めて空を飛んだ。自分が操縦して飛んだ。思ったよりも簡単に、空に上がることはできるんだな。
     ・ムカつく先輩が多すぎる。空は顔で飛ぶわけじゃないだろ。機体の軋む音がいつもと違ってたから整備に言ったら、迷惑そうな顔された。
     ・整備が破損パーツがあったって言ってきた。別の機体で飛んだ。同じだけど全然違う。コイツは癖が強めだ。
     ・久しぶりにフェニックスに会った。複座機のパイロットを勧められたらしい。すごいな、誰かの命を預かって飛ぶって、確かな力がなきゃできないだろ。
     ・なんかクソ生意気なヤツに絡まれた。コイツ、ビックリするくらい空を自由に飛んでる。すごい。
     ・最近あのクソ生意気なヤツと訓練で一緒になる。ハングマンって言うらしい。やっと覚えた。
     ・海への降下訓練。海水が冷たかった。こんなところに一時間以上あの人はいたのか。ああだめだ、考えるな。
     ・アンクルアイスの教え通り、教範の通りに飛んで良かったと思う。周りより少し早く昇格した。
     ・話に聞いてたより、飛べる距離は短い。もっと自由に飛べたらいいだろうなとは思うけど、ルールは守る。違反はしない。
     ・ハングマンに絡まれた。ムカつく。
     ・今日ちょっとだけ、オーバーランした。ワイヤー三本目だった。
     ・久しぶりにハングマンを見た。飛び方、顕著になったな。誰かを犠牲にするのは、どうなんだ。
     ・朝焼けの空を飛んだ。ルースターからのモーニングコールって言われたから、無線でとりあえず鳴いといた。すげー笑われた!
     ・食べると吐く。食べなくても吐く。何年振りにあの人が飛ぶところを見たんだろ。嫉妬なのか嫌悪なのかわからないけど、すごく自分が嫌だ。
     ・基地にアンクルアイスが来た! やっぱりかっこいい! 内緒だぞって、ドーナツくれた!
    「……飛行に関するメモじゃないのかよ」
     少し頭が痛い、と額を抑えても書かれている内容に変化はない。
     下手というよりは豪快な文字は、軍支給のメモ帳に短い文を綴っていて、それを貼り合わせたのがこのファイルの中身だ。
     見られたくないのなら渡してこないだろうと、勝手に解釈し、部屋に戻ってコーヒーを用意しながら開いてみればこれだ。ドーナツのことなど全く空に関係ないし、ムカつくと言われるのは若干腹が立った。
     読み進める中、すっかりと温くなってしまったコーヒーを口にして、まだ続くページをパラパラと捲る。紙を何枚も貼るせいで一ページが非常にボリューミーだ。でも、不思議と汚いとか見づらいとかは思わなかった。
     おそらく、あまり溜め込まずに貼り付けて保管してきたのだろう。やはり意外とマメだ。今更に気付いたことに小さく笑って、ハングマンは全てに目を通していく。
     ルースターが歩んできた道が、確かにここにあるからだ。たとえ内容は、飛行に関係なくても。
     新米から中堅へと変わり、任務や仕事の内容に触れないものの、危険な場所に赴いている様子は、端々に感じられるようになった。
     そんな中、メモの中にマーヴェリックの名前が出てくる。
     ・生きて帰るつもりだったけど、こんなに早く、大した怪我もなく帰れるとは思わなかった。マーヴはやっぱりすごかった。
     例の日のメモ。そこには、二人の命を助けたハングマンの名前はない。あるのは、素直にマーヴェリックをすごいと称賛する子供のようなルースターの言葉。
     もう慣れたはずの、慣れたと思っていたはずの痛みが胸に走る。あの人のことは切り離して考えなければ、どうしたってルースターの根っこの部分に絡んでいるのだから、何においても敵うわけながない。
     ふーっと長く息を吐き出して、目に文字を追えと指示を出す。
     滑るように何度かなぞった文字が、ようやく頭に入ってくると、文面から感じられるルースターの意識が変わったような気がした。
     これまでのように、教範通りに飛ぶのを信条にしているのは変わらない。これはきっと、アイスマンからの教えで彼の飛行士の根源になっている。だから、基本的には変わらない。
     でも、ハングマンも見てきたから知っている。
     あの日を境にルースターは、必要とあれば自分の手でリミッターを外すようになった。
     ・空がすごく速く流れてく。音を置いてくるのが、気持ちいい。
     ・キャノピーいっぱいの空が好きだ。
     ・ハングマンと組んで複座機コンビとドッグファイトした。機体は二機で同じだけど頭数はあっちが倍。負けたくなかったから、かなり飛ばした。ハングマンが、できんじゃねーかって笑ってた。その顔でいたらいいのにな。
     ・ハングマンはいつだって全部完璧だ。自分でも言ってるけど、俺もそれは認めてるよ。でもそれはどうしようもない。ヘルメット取ったあとの後頭部の髪が、くるんって可愛いことになってたぜ!
     ・合同任務で来た基地に犬がいた。ハングマンがめちゃくちゃ嬉しそうだ。でも俺が飛びかかられて、顔舐められた。あいつすげー顔してこっち見てた。
     ・誕生日にコヨーテからケーキもらった! 少し歪な文字が書かれたチョコのプレートはハングマンがやったんだって。秘密だってさ。
     ・海に飛び込んでいい日だった。ハングマンと飛び込む高さ勝負した。ちょっと腹打った、痛い。
     ・コックピットにいたら、覗き込んできたハングマンにキスされた。なんで? 
     ・もやもやする。
     ・顔見ると腹立つから、模擬戦で負かそうとしたらくじ引きなのに全部アイツと同じチーム。なんでだよ!
     ・マーヴとまた飛べた。あの時みたいに、バカはやらない。貴重な時間を無駄にしない。
     ・模擬戦でハングマンに勝った!! yeah!!
     ・昇進した。
     ・もっと空にいたい。
     ・だめだ。もっと。
     ・マーヴが退役するって決めたらしい。信じられるか、あのマーヴェリックが軍のパイロットじゃなくなる。最後の最後までパイロットだったのは、本当にすごい。
     ・俺はちゃんと飛べてるか?
     ・後輩の能力の高さに、初めて羨ましいって思った。
     ・ハングマンと飛んだ。うん、なんか考え込んでるのが馬鹿らしい。そんな時間勿体無い。俺が思うままに飛ぶ。
     ・マーヴと最後のドッグファイト。サイクロン大将が思いっきりやれって。一対一はほぼ互角。逃げ切れたし逃げられた。悔しい。この壁は越えられないみたいだ。
     ・ラストチャンスをもらった。本当に今日が最後。ハングマンとマーヴを追った。何をどうしたのか、思い出せないくらいに反射で動いてた。報告書にすごく困った。でも、勝てた。俺の囮にハングマンが間に合わせてきた。マーヴをキルした。俺じゃないけど、二人で勝ち取ったって言ってくれた。マーヴはすげぇ眩しい笑顔でハグしてきた。泣いてたのは見なかったことにする。
     ・部隊移動。笑える。俺が西でアイツが東。
     ・同じ部隊で、一緒に飛びたい。
     ・合同でも一緒になる機会が減った。仕方ないけど、少し寂しい。
     ・ハングマンの飛び方は、やっぱり俺には向かない。でも、参考にはなる。まだ、吸収できる。
     ・空を遠く感じる。
     ・今日は空に受け入れられてる。
     ・ムラがある気がする。少し機体に無茶させた。
     ・空が遠い。苦しい。上手く飛べない。
     書かれている日付を見て、ハングマンは小さく頷いた。同じ部隊に配属される、一年前。ルースターが空を降りると決める、二年前。
     そこから続く、苦しんでいる様子。体の不調ではなく、怪我でもなく、メンタルでもない。漠然とした空から突き放されたような感覚が、ルースターに襲いかかっている。
     ハングマンにもそんな時はある。見放されたように、上手く飛べないのだ。空気の壁が越えづらく、加速も滑らかにいかない。置き去りにした音がしつこく耳元に残るような違和感が、集中力を削ぐ。
     大抵の場合、ハングマンは捩じ伏せるように空を飛んだ。振り払って、それから逃れるように飛んだ。吹っ切れた気持ちはクリアになって、またいつもの空に戻る。
     ルースターもそれを繰り返し、けれどまるで足を掴まれてしまったかのように、定期的にもがいて苦しんでいる。
     上手く飛べないと綴る文字が、不安そうに見える。いや、不安だったのだろう、
     もう終わりなのか。もう無理なのか。
     迷えば次の瞬間には撃墜されるかもしれない世界で、そんな不安は邪魔しかならない。ずっとこれを抱えて、飛び続けていたのか。
     全く気づかなかったと、ハングマンは下唇を噛み締めた。何年、何十年。彼のことを見てきたというのか。それなのに、一番苦しんでいる時に気づいてやれなかった。
     もしかしたら、気づいてやれていれば。ルースターはまだ、空を飛べていたのではないか。
     可能性の一つに、大きく息を吐き出した。
     それはあくまで、かもしれない、の世界だ。更にその先に、もっと早くにルースターが降りることを選んだ可能性だってある。だから、気にしてはいけないと、頭を抱えた。
    「それだって、相談くらい、しろよっ!」
     悩みを打ち明ける間柄であると、思っていたからこそ。この相談を微塵も受けていない事実が重い。一人で悩んでいたって、解決まで大変な時間を要しただろう。堂々巡りをして、途方もない時間をかけたはずだ。
     そんな時間、無駄だったのではないか。話してくれれば、ルースターの何かを変えるきっかけを、与えられたのではないか。
     ――俺は、アイツの救世主なのに。
     ルースターを救えるのは自分だけだと、自負している。だからこそ、悔しさが募った。全く気づかなかった己の不甲斐なさと、気づかせなかったルースターのガードの強さに、ただただ憤る。
     頭を抱えてじっと見つめるルースターの文字は、やはりどこか怯えたように見えた。そっと指先でなぞって、その筆圧の強さに悔しさも感じる。唇をかみしめて、眉根をギュッと寄せて。なんで、どうして、と。自問自答していたのだろうと思う。
     過ぎたことは変えられない。それでも何か出来たのではと、後悔にも似た感情が渦を巻く。思考の波にのまれかけたその時、消灯を告げる音が艦内に鳴り響いた。
    「……続きは明日だ」
     パタンと閉ざしたファイルは、ルースターの心を閉ざしてしまったような気がする。逡巡して、ハングマンはファイルを抱えてベットに潜り込んだ。
     誰かが突然入ってきて、これを見るのは困る。だからだ。有り得ない事を言い訳に、ハングマンはファイルをそばに、目を閉ざした。


     無事に、空母が港に到着した。
     広い港には今か今かと、この時を待っていた人たちが溢れている。家族や恋人、友人。笑顔で手を振り、無事の生還を喜んでいる。
     それは艦に乗っている軍人たちも同じで。タラップが接続されるのを、まだなのか早くしろと待っている。
     我先にと集まるものだから、今現在、非常に廊下は混み合っている。毎度のことながら、この押し合いへし合いはいつまでも解消されない恒例行事だと、ハングマンは部屋の中で一人笑った。
     部隊ごとに降りるのではダメなのかと、毎年嘆願が出るにも関わらず解決されない。たまに一悶着が起きて殴り合いにまで発展してしまうから、困ったものだというのに。
     賑やかな廊下の様子を、容易に想像しながら。ハングマンはファイルをゆっくりと開いた。
     朝からいくつも仕事が重なり、ようやく自由になったのはつい先ほど。さっさと読んで、ルースターに返してしまおう。
     お前俺のこと好きだなと笑って、聞かれて困らないだろう書かれてる内容を、一つ二つ口にしてやろうか。
     ニヤリと笑って、悩みに悩むルースターの、最後の日までのメモを読んでいく。
     時折現れる、もう飛べないという文字に重たいものを感じながら、それでも空に焦がれて翼を広げ続ける雄鶏は、ある日を境にようやくまた自由になっていた。
    「同じ、部隊になった日」
     ・ハングマンと同じ部隊に配属された!
     ・階級は同じだから、隊長はどっちかがやれだって。秘密だけど、カードゲームで勝敗つけた。上には言えねえ。
     ・空が開けた。久しぶりだ。
     ・俺、飛べてる気がする。
     ・ハングマンがいることが安心するって、どうなんだろうな。
     ・風の変わり方も層の違いも、今すごくわかる。
     ・全部、俺が背負わなくていい。そんな気がする。
     ・俺が出来ないことはアイツに押し付けた。切り裂いて飛べよ。俺は出遅れる連中を抱えて飛ぶ。全員で帰る。それが俺の飛び方だ。
     ・ハングマンと一緒に飛べてよかった。
     ・ペアで飛んでる相手を僚機だって呼んでたけど、今になってわかった気がする。マーヴとアンクルアイスが、離れてても僚機って呼び合ってた意味。コイツになら、いつだって命を預けられる。
     ・昨日のテンションどうした。口が裂けても、アイツのことをウイングマンなんて呼ばない。ムカつく。
     ・部下が可愛い。たくさん教えたい。覚えてほしい。生きるために。
     ・俺の後ろを飛ぶだけで上達するとか、何言ってるんだ。ただ飛ぶだけで上手くなるわけないだろ。そこは考えろ!
     ・育成プログラムチームから声がかかった。
     ・現実がそこにある。
     ・空が好きだ。ここにいたい。
     ・どうしてずっといられないんだろう。
     ・父さんも、空が好きでしたか。
     ・アンクルアイス、俺は貴方のように飛べましたか。
     ・マーヴェリック、空は果てしなくて、怖くて、でも美しいところだね。
     ・覚悟を決めた。いつかはくるその日が、来ただけだ。俺は地上で、仲間を守る。
     ・空を、降りる。
     ・ハングマンと殴り合う寸前になった。あんなに怒るとは思わなかった。鼻で笑われると思ってた。決意が揺らぐから、泣きそうな顔で怒らないでくれ。
     ・フェニックスに、そっか、て言われた。なんか全部込められてた気がする。
     ・クールダウンしたら、ハングマンとちゃんと話せた。すごく苦しいハグをもらった。お疲れとか、辞めるなとか、もっと一緒にとか、聞こえた気がした。……気のせいだな。
    「気のせいじゃねーよ」
     ふ、と溢れる笑み。
     伝わっていた気持ちに、胸の内側が温かくなる。喧嘩しかけたことも、今ではいい思い出だが、年甲斐もなかったと思わなくもない、でもそれだけ悔しかったのだ。まだ一緒に飛べると、信じて疑っていなかったから。初めて同じ部隊に所属して、ハングマンもずっと同じ気持ちを抱えていたから。
    「俺も、お前にじゃなきゃ命を預けない」
     この先、地上と空とに分かれても、ルースターは命を預けると思ってくれるのだろうか。
     目で追う度に日付が新しくなるメモを追って、ハングマンの手はとうとう、最後のページを捲る。
     ・後悔していないかと聞かれたら、正直返答に困る。体は問題ないし、空が怖いわけでもない。けど、空に押し返されるのはわかるんだ。俺は多分、もう空にいられない。
     ・空が好きだ。
     ・飛行機が、戦闘機が好きだ。
     ・体にかかる重力も、振り回される遠心力も、一瞬の無重力も、浮遊感も。全部忘れたくない。
     ・このままどこか遠くに、飛んで行けたらいいのに。
     ・明日は最後の日。総括に、ハングマンと飛ばせてほしいって頼んだ。
     ・ハングマンと最後の空を飛んだ。やっぱりアイツの飛び方は、切れ味があってカッコいい。だから安心して、俺はいつものように飛ばせてもらった。空も海も全部綺麗だった。果てしないくらい何もない空と海の世界で、小さな空母を見つけた時の嬉しさは、言い表し難いな。帰る場所だ。おかえりって、手を振ってくれる人たちがいる場所。ありがとうただいま。全部を込めた俺の全力で、今まで積み上げてきたものを着艦に込めたよ。
     俺はやっぱり空が好きだ。
     ここにいられて幸せだった。
     諦めなくてよかった。
     ありがとう。


     じわ、と滲んだ涙を拭って。ハングマンはただ息を吐いた。
     こんなことを思って飛んでいたのかとか、詩的な事を恥ずかしげもなくとか、そんなことはどうでもよかった。
     コレが、空を飛んでいたルースターの気持ちだ。嘘偽りのない本音だ。
     ありがとうの文字を指でなぞって、一人これを書いていた姿を想像する。最後であっても、いつもの豪快な字。綺麗な言葉でまとめたのではなく、自分の思った事を思った通りに並べたメモ。
     誰に見せるわけでもなかっただろうそれは、ルースターの内側を象っているようだ。
    「おつかれ」
     そっと紙の束を手で押さえれば、分厚い弾力を強く感じた。泣き言を言った日も喜んだ日も、命ある喜びを綴った日も。全部ここにある。
     アビエイターであるルースターの、大切な記録だ。
     面倒でも持って帰って、しまっておけ。そう伝えようと紙を捲る。昨日の日付のメモは今見ていたページの中程にあったから、この先何があるわけでもない。まっさらな紙を目にして、背表紙にあたるプラスチックを閉ざせばいい。
    「……紙」
     捲ったページの裏側。一枚のメモ用紙が、折り畳まれて貼られていた。
     畳まれている部分はひらひらとしていて、簡単に開くことができる。注意書きとか、そんなものだろうか。それとも本当にただのメモか。
     指先でするりと撫でるように開けば、そこにはルースターの文字が踊っている。

     お前が鼓舞し続けてくれたから空を飛べた。
     だから俺はこの空を、お前と同じくらいに愛してる。

     ゆっくりと瞬きをした。
     何度も目で追った。
     少し乱暴にファイルを閉じて、小脇に抱えて。ハングマンは部屋を飛び出した。
     すっかりと静かになった廊下は、時折誰かの声が聞こえる程度。もう残っている者のほうが少ないだろう。
     ルースターはもう艦から降りたかもしれない。とっくに降りて、部下たちと酒場に繰り出しているかもしれない。
     それでもハングマンは、バタバタと狭い艦内を駆けて、まだ残っている仲間に、ルースターの居場所を聞いて回った。
    「ルースター!」
     昨日、ファイルを押し付けられた場所。そこに、ルースターはいた。
     もう少しだけ目に焼き付けてから降りたいと、そう言っていたと教えてくれたのは、整備の一人。ルースターの名前を消したくないんだよね、と笑っていた彼を信じてよかった。
    「ハングマン。まだ降りてなかったのか」
    「お互い様だろ」
    「そうだけど。……で、なに」
     明るい日差しの元、鈍い色を煌めかせるいつもの戦闘機は無言のまま鎮座している。チラリとこちらを見ただけで、壮観なそれを再び見下ろしているルースターの表情は、伺えない。
     それでも、ハングマンはもう一度、ルースターを呼んだ。
     ゆっくりと体ごと向き直る様子は、どこか不思議そうにこちらを見ている。なんの用だと、無言で伝えてきている。
     だからハングマンも無言のまま、片手で軽々とはいかなくても、顔の横あたりにファイルを掲げてみせた。当然ルースターの目はそれを追い、そして小さく笑うのと同時に目尻が下がったのが見えた。脱力したような様子に、気を抜いたと感じる。
    「わざわざ返しにきてくれたのかよ。捨ててくれてよかったのに」
    「捨てるわけねぇだろ」
    「仕方ない、クローゼットの奥深くにしまっておくよ」
     頂戴、というように手のひらが向けられた。
     でもハングマンが言いたいのは、そういうことではない。だから、自分の肩に乗せるようにして、ルースターの手から遠ざけた。
    「ハングマン?」
    「返さない。俺が全部もらう」
    「……えぇ、と」
    「お前が飛んできた時間全部もらう」
    「……マジか」
     手のひらが、ゆっくりと頭に回る様子が見える。
     困ったような、でもどこか嬉しそうな。そんな顔で、ルースターはへにゃりと笑った。
    「じゃあ、ハングマンの時間も頂戴」
    「欲しけりゃ勝手に持ってけ。生憎と俺は、こんなメモなんてとってないがな」
    「だよなぁ。……じゃあ、」
     吐息と一緒に消える声が、距離を詰めてきた。
     一秒にも満たないその、瞬きのような時間。
     潮の香りに混ざるルースターの匂いが、ハングマンを包んでいた。
    「これもらう」
    「高いぞ」
    「マジか」
     耳元で笑う声にハングマンも笑って、空いている手でルースターの背をあやすように叩く。久しぶりの密着は、心が落ち着くようだ。
    「この先のお前の時間が対価だ」
    「それは困った。お釣り出る? 俺あと百年くらい生きる予定なんだけど」
    「マジかよ」
     吹き出して笑えば、ルースターも体を揺らしている。冗談だとわかっていても、それがどこか照れ隠しなのはお互いにわかっているから、ふざけるなと笑うこともない。心地のいいやりとりは、二人が行き着いた場所にあった、大切な宝物だ。
    「仕方ないなぁ。残り百年、お前と歩いてやるか」
    「せいぜい遅れないよう着いてこい」
    「言うね。……これからは俺がお前を飛ばしてやるんだから、媚び売っとけよ」
    「ああ頼む。安心しろ、マーヴェリックみたいには飛ばないから」
     言い終わるのと同時に二人で笑い出して、ゆっくりと体を離す。
     差し込む日差しが眩しくて、揃って顔を顰めたらまた笑ってしまう。なんて顔をしているんだと、お互いに言い出すのだからどうしようもない。
    「なぁ、それ、本当に欲しいのか?」
    「ん? ああ、返さない」
    「なんで」
    「……自覚なしかよ」
    「うん?」
    「お前これ、もはやラブレターだぞ」
     かなり分厚いけどな。
     ニヤリと笑えば、キョトンとした顔にゆっくりと広がったのは赤い色。
     お前がこの関係に名前をつけたのだ。
     空を飛んでいた雄鶏は地上に戻って、これからは空を見上げて過ごす。その顔に悲しい色など乗せるものか。お前が作った道を俺が飛んで、まだまだ空を見せてやろう。
     今日は晴れの日だ。
     飛行士を辞めて、新しい一歩を踏み出す日だ。
     そして、名前のついた関係を始める日だ。
     でも今この時だけは。
    「お疲れ。よく飛んだな、ルースター」
    「……ありがとう。楽しかった」
     誇りを持って広げた翼を、ゆっくりの畳む雄鶏が口にしたのは、きっと、間違いなく本音。
     年相応に増えた皺をくしゃっとさせて、屈託なく笑った顔は少年のようだ。
     だからハングマンも、なんの心配もなく送り出せる。
     先に地上を歩く大切な人の、飛行士人生の無事の終幕と、これからの忙しいだろう毎日の幕開けに、心からの祝福を。


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    tooooruuuuakn02

    DONE【ハンルス】
    リクエストの「ハンとの約束を悪気なく本気で忘れるルス」
    「ルスの誕生日を間違えるハン」
    です!大変お待たせしました!
    合わせてしまいましたが前半が約束忘れたルスで、後半が間違えるハンです。
    一応、前半後半同じハンルスです。

    ルースター誕生日おめでとう!

    (なんでそれを忘れるの?な二人です。ただ本当にど忘れしただけです)
    それは大切なことなのです ルースターが来ない。
     約束の時間はとっくに過ぎて、もうじき針が一周するところだ。
     ポイント・マグー航空基地に来ていると連絡があったのは一昨日で、もっと早く言えよと悪態を吐いたのはその連絡をもらった数時間後。返信が遅れたのは、勤務をしていたのだから仕方がない。
     それに対して忘れてたと、ヘラリとした顔を容易に想像させる文面が届いて頭を抱えたのは、情けないことにいつもどおりだ。
     マメな連絡をアイツに期待するなと苦い顔で口にしたのは、長いこと友人をしているフェニックスだった。友人にはそうでも恋人には違うだろうと、高を括っていたのは果たしていつまでだったか。そのとおりでしたと負けを認めるような悔しさを滲ませながら、連絡不精なルースターと、大変に大雑把なやり取りで今までどうにかやってきた。
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