レオナ先輩とデート《戯れる》●11:30ー戯れる
予定があってもレオナ先輩が自力で起きないのはお約束なので、学校がある日の朝、ラギー先輩は毎日苦労しているらしい。
対して私は、彼を起こす仕事がなんだか新婚さんみたいでとても好き。
だから休日デートの時はいつもウキウキで、今日もその浮かれた私を見つけたサバナクロー寮生たちが「監督生ちゃんいっつも元気だね」「寮長に代わりにおはようって言っといて」「俺今度マジフトの稽古つけてくださいって伝言してほしい!」「つかその服寮長に貰ったやつ?良かったね」などなど口々に話しかけてくる。
その1つ1つがレオナ先輩と私を応援してくれている言葉だってわかるから、それぞれに答えながら寮長室まで歩くのもとても楽しい。
気付けばスキップまでしながら廊下を進んでいた。
「レーオーナさん、あーそびーましょ」
一応ノックをし、扉を開ける前に声を掛ける。
とは言え彼の耳に届いていないのは明白。敢えて子供のような声音で呼び掛けて、ちょっとのおふざけ。
それに満足したら堂々と扉を開けて部屋の中にズカズカ侵入していく。
レオナ先輩のお部屋は大体窓が開けっ放しだから、扉を開けると風が通り抜けて心地良い。それに乗って彼の匂いがふわっと香るから、安心とドキドキも同時に届けてくれる。
これも、私が彼を起こしに来るのが好きな理由の1つ。
11時30分。もうほとんど太陽も昇りきっていて部屋の中は明るい。
ベッドの上の彼の寝姿もはっきり見えるから、今日はどんな寝相かなと観察するのも面白いのだ。
「…んっふふ」
さて今日の寝相は。
大きな身体を扉側に向け、これでもかと丸めて小さくなっている。日差しが眩しかったのか、唯一用意しているタオルケットは顔に被さっていて表情が見えない。
苦しくないのかなと心配になるけれど、尻尾が薄くゆらゆら動いているからもしかしたら機嫌が良いのかも。愉快な夢でも見てるのかな。
普段は威厳たっぷりな頼れる寮長でも、こうして眠っている姿はかわいらしいネコちゃんにしか見えなくてつい心が擽られる。
何を隠そう私はネコ派だ。実家に置いてきてしまった愛猫が恋しい。
ただ、その寂しさを埋めてくれたのもレオナ先輩で、それを分かっているから、彼は私にだけはそのキュートな耳と尻尾を触ることを許してくれている。
「えい」
彼の後ろから、揺れる尻尾をそっと握った。力は込めず、緩く結んだ手の中で自由に動ける程度の幅は残している。すると手で作った輪っかの内壁にあっちこっちぶつかって動くので、擽ったいし手触りが良いし、何より可愛くて堪らない。
暫くそれをじっと享受した後、尻尾の先端に向かってスー…と手の輪っかを引いていく。こうすると滑らかでふさふさの毛を堪能できるので、夢中になって繰り返してしまう。
何度か往復し逆立った毛も整えたら、今度はベッドの反対側に回り彼の正面へ。
タオルケットえ覆われて見えない顔はそのままに、布を搔き分けて彼のライオンの両耳だけを取り出す。それがまた本当にキュートで大好きで、でも起きている時は物凄く擽ったそうにするから、無遠慮に触ってしまえるのは今しかない。
まずは外側の濃い茶色い毛をさわさわ。短くて柔らかい毛が生え揃っていて気持ちが良い。続いて。
「わ、わ、スゴイ、わぁ」
内側。毛の量が少し薄くなる、ネコちゃんで言うと外耳に当たる部分。
レオナ先輩の耳だとあまり目視できないからずっと気になっていたのだが、ついに触れてしまった。
コリコリした感触と、薄茶色の地肌にうっすら透ける血管。それでいて僅かにひんやりと冷たい。
本物のネコちゃんより毛量が多くて、でもほぼ同じ動きをするそれに懐かしくなって、ついつい撫でくり回したり、こしょこしょ指先で引っかいたりと好き放題してしまう。
寮生に毛玉のモンスターはいるけれど、耳は炎に包まれていてこうはいかなかったので。
「………イ」
「ぴゃ」
地獄の底から這い出るような声が聞こえた。次いで、レオナ先輩の耳をまさぐっていた私の両手首を一緒くたに掴まれる。
心臓がピンポン玉のごとく飛び跳ねた。
「…熱烈なお誘いだなぁ。ん?」
「あ、や、その」
「最高の目覚めだぜ、ダーリン」
「すみません調子に乗りました許して」
のっそり起き上がったレオナ先輩は私の両手を頭から外させると、片手だけで私の拳2つ分を強く握り、自分の方へグッと引く。当然バランスを崩した私は彼の身体へ倒れ込むようになり、衝撃に備え咄嗟に目を閉じた。
ぶつかる直前。手の平はパッと解放された。
自由になった両手の置き場を見失ったまま、今度は両肩を押さえられ、キャッチしたレオナ先輩の胸板に転がる。
「ひぇっ」
「っは、情けねえ声」
「びっくりしました!!」
「びっくりさせたんでな」
見上げると、寝起きだというのに美しすぎる整った相貌が数センチ先で笑っている。
ほんの少し目が開ききっていない様子が寧ろ気だるげで色っぽい。
「~~~、か、かお!洗ってきてください!」
まるで唇がくっついてしまいそうなその距離に耐えられず、思わずドン!と彼の胸を押しても、体幹は一切ブレていなくて少し悔しい。
子猫がじゃれついてんな、といった具合で私の頭をひとつ撫でたレオナ先輩は、そのまま立ち上がって洗面台の方に消えて行った。
「で?言い訳があるなら聞いてやる」
「滅相もございません」
「嘘はいけねぇな」
その通りだった。
自力で起きられなくて私に目覚まし代わりをさせているのはレオナ先輩の方だっていうのに。
そして彼の寝姿があまりに可愛らしくて、つい出来心でネコちゃんよろしく撫でくり回したくなっちゃっただけだというのに!
当のレオナ先輩はふてぶてしくソファに座り、左の膝の上に私を座らせて、あたかも私が悪いことをしたかのようにニヤニヤ笑ってこっちを見ている。
顎の下を撫でられ、首の後ろを擽られ、背骨に沿って背中を撫で下ろされて、さながら今度は私がネコになったみたいだ。
ふてくされて頬を膨らませ、言葉で形だけでも抵抗しているのは彼にはバレバレだろう。
でもそんな駆け引きすらも恋人同士の戯れの時間を過ごせている気がする。別にお互い本気で怒ったりなどしていない。
寧ろ心地良いくらいなのだ。
「私はこんなに甲斐甲斐しくお世話してあげてるのに」
「....…ほう?」
「耳と尻尾を触られたくらいで怒っちゃうなんて」
「なんて、…どうした?」
「...、……」
「ん?」
「…本物のネコちゃんみたいでかわいいっ!」
相変わらず至近距離で見つめてくる上に、甘くとろけるような声で私の話の続きを促されてしまえば、怒ったフリなんてすぐに崩れてしまった。
暫くは釣れない草食動物を演じるつもりだったのに、無念。
「かわいくてかっこよくて悔しいので、今日はこのまま私にお世話させてください」
「あ?」
「じゃあまずは」
「おい待て」
彼の静止も聴かずに一度ソファから降り、普段はあまり触らない棚の中に仕舞われている救急箱に手を伸ばした。
「は?おい、本当に何する気だ」
「何って、コレですよ」
箱の中からシルバーの爪切りを取り出して、掲げる。
彼は「げ」と分かりやすく眉を顰めた。
が、完全にネコちゃんを愛で隊モードになった私にそんな抵抗は効かない。
何がなんでもレオナ先輩の爪を切ってやる!
ソファに戻り、彼の目の前に座る。向かい合ってではなく、レオナ先輩の胸に背中を預けて脚の間にドスッ!と腰を下ろしたのだ。
少しお尻がハミ出して落ち着かなかったので、身体でぐいぐい押して彼をもっと深く座らせる。
良い具合に収まったのでまずはガシと左腕を掴み、自分の左脇にしっかり挟んで固定して。
付き合ってから数ヶ月が経つが、普段私からスキンシップすることはまだ少ない。
だからか、爪を切るためとは言えこんな風に無遠慮に身体を密着させてきた私に、レオナ先輩はどうやら戸惑ったよう。
爪切りという行為がキライでも、伸び放題のそれを無防備に差し出すしかなかったらしい。
観念して渋々力を抜いたレオナ先輩の、まずは親指を手に取った。
「良い子ですね、先輩」
「………」
「はい、次人差し指出して」
「……グルル」
「あ。怒らない。すぐ終わります」
私よりよっぽど太くて男らしい指を1本ずつ引っ張る。
狩りをする肉食獣にとって大切な爪をまさか傷付けたりしないよう、丁寧に丁寧に切っていく。
深爪は以ての外。でも長すぎてマジフトの邪魔になってもいけない。
爪の下の肉を軽く抑えながら慎重に、真剣に。
「…なぁ」
「……ちょっと…集中してるので…」
「楽しいのか、それ」
「ええとても」
「………」
諦めているとも、呆れているとも取れる気の抜けて掠れた声で話しかけてくる。
これがもっと別のタイミングなら盛大に取り乱していたと思うけれど、今の私にはどんなにセクシーな声が耳元で響いても集中を切らす要因にはならない。
左手が終わって、今度は右手。同じように自分の右脇に腕を挟みたくて、重心を丸ごと右へ移す。
「っ、おま」
「はいあと半分ですからねーじっとしててくださいねー」
「……、はぁ〜〜…」
せっかく大人しかったのに、右に移動した途端レオナ先輩の不機嫌度が少し増した。
それでも有無を言わさず黙々と作業をする私に負けたらしい。思いっきりため息を吐かれた。
1本、もう1本と切り進めていくうちにどんどん加減が上手くなっていく気がする。
本物のネコちゃんの爪切りではこうは行かず、もっと暴れたりどこまで切って良いかわからなかったりするもんだから、どんどん楽しくなってきてそろそろ終わってしまうのが少し名残惜しい。
「ラスト小指いきますよ」
「ん…」
「………はい、出来ましたー!」
「どーも」
「どうですか?ぐっぱしてください」
私に言われ、素直に両手を握ったり広げたりする彼が可愛い。
違和感も痛みも無さそうで一安心。最後のヤスリでの仕上げは拒否されてしまったが、概ね満足。
初めてにしては優秀な出来ではなかろうか。
「ったく物好きだな」
「そんなことありません。レオナ先輩のことならなんでも楽しいし嬉しいです」
「はいはい」
さてネコちゃんを愛で隊、任務完了である。
お掃除とかお洗濯とかお食事とか。今まではデートのついでにそういうお世話をラギー先輩の代わりに引き受けていた。でも流石に爪切りはラギー先輩だってやっていないだろうからこれは彼女の私だけの特権だ。
次のデートの時も、その次も。恒例行事にしちゃっても良いかもしれない。
…大胆なスキンシップはまだ恥ずかしいけれど、こうやって理由があるなら意識せずにくっつける。
レオナ先輩にとっても、苦手な爪切りが好きになるくらい嬉しいものであれば良いのにと思わずにはいられなかった。