ラギー先輩とデート≪食事≫●12:45ー昼食
ラギー先輩におねだりをして初めて描いてもらった似顔絵。完成したそれが嬉しくて両手で持って眺めながらマーケットの中をルンルン歩く。
昔家族で行った遊園地で見て、その時はアトラクションに乗りたくて諦めたけれど実はずっと憧れていた。まさか彼氏と一緒に描いて貰える日が来るなんて!
ツイステッドワンダーランドにも似顔絵文化があって良かった。
「ほーんと嬉しそうッスねぇ」
「はい!」
「シシ。でも危ないからそろそろ仕舞いな」
ほい、と似顔絵師さんに貰った袋を先輩が差し出してくれたので素直に入れる。
どこに飾ろうか、額縁はどうしようか。細かいことはまた帰ってから決めよう。
「さて、そろそろメシにしたいところッスけど…ちょっと行きたい所があるんでテイクアウトにしても良いッスか?」
「行きたい所?もちろん良いですけど…」
「サンキュー。そう、メシ食うのにすげー良いロケーションがあってさ」
「え!楽しみ!」
ラギー先輩の素敵な提案に胸が躍る。どんな所だろうか。屋外で食べるなら手で持ちやすい物が良いよね。
ここに来た時から色々な食事の出店に目移りしていたので、いざお昼ご飯を選ぶタイミングになってもやっぱり迷ってしまう。
食べやすくて美味しそうだったのはサンドウィッチだけど学食に有るし、パスタもあったけどカトラリーの用意とかにちょっと手間取るかも。シチューやポトフのお店もほんわかした雰囲気で可愛らしかったけど、持ち運びには向かないかな。
「シシシッ悩んでるッスね〜」
「だってどれも食べたくて…」
「それはよく伝わって来るッスよ」
うんうん唸りながら数ある出店をキョロキョロとあっちを見たりこっちを見たり。
そんなことをしていれば何も言わなくても自分の考えていることが全部ラギー先輩に筒抜けだったみたいで、自分の落ち着きのなさにちょっぴり恥ずかしくなった。
彼もお腹がペコペコになってしまうだろうし、早く決めなければ。
「あ」
そう思った矢先、ある1つのお店が目に付く。
特徴的な大きなお肉の塊が吊るされた器材。少し離れた通路まで漂ってくるスパイスの香り。
サンドウィッチと似ているけれど若干違う。あれは…
「ケバブ!」
ハッピービーンズデーでカリム先輩が食べていたシャーワルマーだった。
あの時すっかり食べ損ねて、その後ふと思い立っては突然食べたくなる衝動に駆られたりもしたけど、結局食べられず終いのままになっていた。
ここで出会ったのも何かの縁!まさしくサンドウィッチ型でも食べられるし、屋外なら強い香りも気にならないし、ピッタリなのでは?
「先輩、ケバブ食べませんか!?」
「良いッスねぇ!というか、もう鼻と口がスパイスで満たされてて他は考えられないッス」
「ふふ、やったぁ」
獣人の彼にとって、このマーケットは天国であり地獄だったらしい。食べ物の良い香りをいくつもダイレクトに吸い込んで既に腹ペコ状態。
急いでお店に並んで、私はチキンにミックスソース、彼はビーフとチリソースを選んでゲット。
更に近くの他のお店で軽くデザートを用意して、マーケットの横道に逸れた私達は再び箒に跨った。
「危うく涎垂らすトコッス」
「あらら」
「我慢できないんでトバしますよ!しっかり捕まって!」
「きゃーーっ!」
本音は今すぐにでも食べ始めたいのをグッと堪え、マーケットを後にする。ラギー先輩が連れて行ってくれる所なら、きっと今買ったご飯が2倍にも3倍にも美味しくなるんだ。
まるでマジフトの試合中かと錯覚するほど箒をカッ飛ばし、ぐーぐー鳴るお腹の音を風が掻き消す。
…なら良かったけど、耳の良い彼に誤魔化しは効かなくて、あっさり指摘されては2人で爆笑しながら空の散歩を楽しんだ。
「どこ向かってるんですか?」
「んー?最初の2択のもう一方ッスよ。今は来た道戻ってます」
確かに、朝通ってきた丘の上を飛んでいる。間も無く転移用の新聞社の小屋を通り抜けるところで、別に誰がいるわけでもないのに手を振ってしまう。
ええと、もう1つの選択肢は“のんびりする”って言ってたな。どういうことだろう。街並みがのんびり?それともアルプスのような芝生に寝っ転がったりする?
期待値が上がって行く毎にどんどんお腹も空いてきて、今なら私もたんぽぽだって高級食材ばりに美味しく食べられる気がする。
「…聞こえます?」
「え?」
「まだ分かんないか」
「何がですか」
「んーん、もうちょい近付いたらまた声掛ける」
何やら彼には次の目的地への到着のサインが耳に届いているらしい。人間の私には当然聞こえるわけもなく、また声を掛けるというその言葉通りに大人しく待つことにする。
それにしても、こんなに耳が良いならさぞ便利だろうな。例えばどれだけ離れた場所からラギー先輩の名前を呼んでも、きっと気付いて駆けつけたりしてくれるのかも。
それってすごく…
「…かっこいいな」
ごくごく小声で、ぽつり呟く。また風に乗って流れたかと思いきや、彼の耳にはやはりバッチリ聞こえてしまっていて。
「はっ!?」と驚きの声を上げた彼は、マジフト部レギュラーとは思えないほど派手にバランスを崩して、箒から落ちかけた。
「あ、ほら、見えてきたッスよ!」
「!どこ、どこ?」
「よく見て、正面いっぱい!」
「え、!わぁ…!」
数分後、再び声を掛けられてラギー先輩の背中を避けるように身体を捩る。すると正面、500メートルほど先に美しい水平線が広がっていた。
左右に伸びる水色は昼の太陽の光を浴び、キラキラと輝いていて息を呑むほど見事である。
「海、来たかったんでしょ?」
「!」
そういえば、VDCの合宿中にデュースとエペルが海に行ったという話を聞いて、羨ましいと感じていた。
そしてそれをラギー先輩に零していて、でも学園から海まで距離があって自分1人では行けない。デートにしても先輩もずっとバイトやレオナ先輩のお世話で時間が取れないと断念していたのだった。
それからだいぶ日が経って、私だってすっかり忘れていたというのに、彼はこうして連れてきてくれた。
「まぁルークさんとエペルくんに先越されたのはちょっと気に食わねぇッスけど」
「あれは…あはは、ラギー先輩もそんな嫉妬するんですね」
「そりゃしますって!」
嘆きの島に行く道すがら、確かに海は通った。というか、海の下にS.T.Y.X本部があったんだから、最早海の下に潜ったと言っても良いかも。
鬼気迫る状況だったからまさか「海に来られて嬉しい!」と手放しに喜んでいられるわけもなく(多少は感動したけど)、そもそも私はラギー先輩と来たかったのだ。だからアレはノーカン。
それでも、先輩が不貞腐れているのが私にとっては物凄く幸せなこと。
だから安心させるように、先輩のお腹に回していた両腕の力を強くして、左のほっぺを彼の背中にくっつけた。
*
「とーちゃく!」
「わ、すごい…!」
砂浜のごく近くまで箒で飛んできた私達は、しかし砂浜には降りず、手前の芝生にいた。数メートルおきに芝生から砂浜に降りられる階段があって、自由に行き来できるようになっていた。
これだけ広い土地だというのに、今ここにいるのは私達2人だけで、まるで海が私達のものになったよう。
「そもそも人口が少ないから、海に人がいることも稀なんスよ」
「そうみたいですね。貸し切り…!」
「砂浜で食べるのも良いけど、今ちょーど真っ昼間で熱くなってるから後にして…まずはあっち行きましょ」
あっち、と指を指された先にあったのは、白い建物。サイズ感は今朝の小屋に近いけど、あれが神秘的だったのに対し、こっちは神々しいというか、ロイヤルというか。
触れずにじっと観察していれば、妖精か天使がやって来そうな、そんな雰囲気。
「見たことない?あれね、ガゼボって言うんスよ」
「がぜぼ」
「そ。まぁオレもここで見っけて、レオナさんに写真見せて教えてもらったんスけど」
「…何する所なんですか?」
「ん?休憩しながら景色を楽しんだりするんスよ」
「へぇ」
なるほど、つまり日本でいうところの東屋かな。ただ、柱も天井も全てが真っ白で清潔。ドーム型の天井には、それこそ天使や花の彫刻がされていてとても厳か。
こんな場所でケバブなんて食べて良いのかと腰が引けてしまうけれど、そこはさすがラギー先輩。何も気にすることなくズンズンとガゼボの中に入って行って、ベンチにどっかり腰掛けた。
「早くおいでー」
ペシペシ自分の隣を手で叩いて示すその仕種が可愛くて、気にし過ぎかなと考えを振り切る。
私も着席して、箒を操縦する先輩の代わりに預かっていた昼食を渡す。
「はい、先輩の分です」
「ありがとね。ハロー!オレの可愛いケバブちゃーん♡」
我が子に向けるような猫なで声で紙袋を物色している姿が可笑しい。
笑いながら私も自分のケバブと、セットで買ったアイランを取り出して写真を1枚。最近マジカメに思い出投稿をしているので、それ用に。
「イタダキマース!」
ラギー先輩が手を合わせる。実は私がやっていたのを見て興味を持った先輩が、いつしか真似を始めてすっかり定着したもの。
「どういう意味?」と尋ねられて「食事に携わった全ての人と食材となった生き物や植物への感謝を示すんです」と説明したら、えらく感激した顔で「オレもやるッス!」と取り入れたのだ。過去、1回の食事を確保するのにも苦労していた彼にとって、その食に“感謝する”という行為には思う所があったのかもしれない。
日本文化に共感してくれることを喜ばしく思いながら、私も同じく手を合わせて、そして念願のケバブにかぶりついた。
「んんんおいしい!!」
「うめーーー!!!」
大好きなラギー先輩と、最高のロケーションで、ずっと食べたかったものを食べる。
こんなに幸せな時間が他にあるだろうか。食事はいつでも至福だけど、今日ばかりは極上の想いだ。
こんなにも美味しくて、こんなにも楽しい。
「ね、監督生くんの1口ちょーだい」
「じゃ交換にしてください」
「しょーがないッスねぇ~」
「どっちが!」
彼女の私相手にも強かに食事を狙ってくる先輩にあはあは笑いながら、口元へケバブを持って行ってあげる。
すると、まさか手ずから食べさせてもらえるとは思っていなかったのか「え、ゎ、へ」と情けなくオロオロし、そしてギュ!と目を瞑った。そのままガブリと1口。
「あーっ!食べすぎです!!」
「ほへんほへん(ごめんごめん)」
「私もいっぱいください!」
「んー」
口をもぐもぐさせながら「ほっひのはひもひへまふへ(こっちの味もいけますね)」と呑気に感想を零す彼。自分のケバブを差し出してくれるので、ありがたく頂戴する。
同じくらいガッツリ持っていってやりたくて大きく開いたつもりだけど、明らかに私の口の方が小さくて先輩の半分くらいしか食べられなかった。
「んんぐんぐ」
「シシシッ、そんな睨まないでください。こっちあげるんで」
「!!!」
ディップソース付きのフライドポテトとオニオンリング。
いつの間に買っていたのか。全く謎だけど、ちゃっかりサイドメニュー付きのセットで頼んでいたらしい。それを眼前にチラつかせられて飛びつかない訳もなく。
喜んで指で摘まんでケチャップやらマヨネーズやら、アボカドソースやらフムスソースやらに浸けて次々胃袋に放り込んでいった。
ジャンクフードって何でこんなに美味しいんだろう。最高の気分!
「あれ、監督生くん、ちょっとこっち向いて」
「ん、はい?」
「ちゅむ」
「!?」
もぐもぐぼりぼりポテトを食べていたら、唇の端に突然キスをされた。
なんで今!?予告してくれ!と思う間に彼は離れていって、シシシッと笑う。
「ソース付いてたッスよ~」
「おまぬけさん♪」と楽しそうに言いながら口の周りを舌でペロっとやる。
可愛いとセクシーを両立させたその顔で悪戯っぽく見つめられて。さっきまであんなにグルグル鳴らしていたお腹の音もピタリと止まってしまった。
女の子は恋でキレイになると言うけれど、最早ラギー先輩の顔を見れば満腹ホルモンも出るしビタミンもミネラルも接種できるのかもしれない。それくらい破壊力抜群で、あと4分の1ほど残っていたケバブは彼に献上した。顔が良いことに対する報酬です。お納めください。
「はぁ…いっぱいだぁ…」
「ん?お腹いっぱい?」
「どちらかと言うと胸ですかね…」
訳の分からない私の受け答えに首を傾げつつも、ラッキー♪と音符を飛ばしてケバブを頬張るラギー先輩は本当に可愛い。
どこかのタイミングで私も唇を奪えないだろうかと虎視眈々と狙いを定めるも、今は少しだけ重くなったお腹を手で擦りながら、風通しの良いベンチに身体を横たえた。