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    ●ゆあまい展示
    🦈『休日デートする話』
    フロイド編/18:00更新分

    ・WEBアンソロ参加作品
    ・プリオンリー『Kiss Petit』参加作品

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    フロイド先輩とデート≪食事≫●14:30ー遅めの昼食



    「あぅ…」

    室温は暖かいのに寒気がして、顔面蒼白になった。
    キッチンにやって来たフロイド先輩に勢い余って手を上げてしまったので。否、正確にはお尻と肩をお見舞いしてしまった。

    「き、嫌われたらどうしよう…」

    実は、今日のデートに向けて結構前から考えていた事があった。
    せっかく1日中一緒にいられるんだから、毎日学校に部活にお仕事にと何かとお疲れのフロイド先輩に、手作りのご飯を振舞ってあげたいと計画していたのである。
    なにせフロイド先輩はいつも私とグリムに美味しいご飯を作ってくれて、胃袋を鷲掴んで「このくらい大したことねぇし」と言って颯爽と帰っていくので。
    それが余りにも格好良くて、嬉しくて、いつしか私もフロイド先輩にご飯を作ってあげたいな、と思うようになったのだ。

    恋とは本当に不思議なもので。実家で母親の手料理を貪っていた頃は「私も結婚したら毎日料理をしなきゃいけないのかな、ヤだな」なんて宣う最低極まりない傲慢娘だった。
    それが今では自分から購買に行って「包丁が欲しいんですけど」と注文するまでになるとは。(ちなみにこの時「おや小鬼ちゃん。料理を始めるのかい?」とサムさんに聞かれ、雑談がてら初挑戦であることをカミングアウトしたらそっとピーラーを差し出され「これも持っていきな」とサービスしてくれた。さすがの先見力である)
    そんなこんなで初めて作る料理は何にしようかと考え、ここはやっぱり家庭料理及び花嫁修業の定番、肉じゃがにしよう!と決めて意気揚々と食材を買い込み練習を始めたわけである。
    (なお日本食ならではの調味料も、レシピ本も何故かミステリーショップにはあった。有難く拝借し、深くは突っ込まないようにした)

    「なんで本番で失敗するかな…」

    料理の経験はと言えば、小中学校の家庭科の授業と、林間学校で作ったカレーライスくらい。それも調理担当は手際が悪くて任せられないから、と私のことをよく知る友人は火起こし担当に任命した。つまり体よく追い払われた。
    こんな調子で、自分の鈍臭さに起因してあらゆることに自信がない私は、今でもフロイド先輩のようなドが付くイケメンに拾ってもらえたことが信じられないし、なんとか釣り合おうと思って奮起するも空回ってミスをすることも多かった。勉強だって容量が悪くて毎度デュースとテストの下位争いをしている。

    そして今回、いざ肉じゃがにチャレンジしようとレシピ本を開くも、まずじゃがいもの皮むきで詰んだ。
    練習段階で壊滅的にセンスがないことに気付いて、ほとんどの時間をこれの克服のための特訓に当てていたのに。いざ今日、フロイド先輩のために振舞うぞと意気込んだら、さっくり左手の親指の腹に切り込みが入ってしまった。そして諦めてピーラーに持ち替えて、ふんふん言いながら皮を剥いていたら突然背後から話しかけられ、今度はうっかり手の甲の皮膚を剥てしまいかけて心臓が止まりそうになった。

    フロイド先輩は今朝、眠い目を擦りながらオンボロ寮にやって来て、ゲストルームでいくらか甘い言葉を囁いたかと思えば、私を抱き枕にして昼寝(もはや二度寝)を始めてしまった。暫くは大人しく枕としての任を全うしていたけれど、正午を少し過ぎた頃にはさすがにお腹が空いてきて、そっと腕の中から抜け出したのだ。

    「悪いことしちゃったな」

    ぐっすり眠っていたから私が料理をしている間は起きてくることはないと高を括っていたのに、予想に反してさっさと昼寝を止めてキッチンまでやってきてしまった。そして先程私に追い返されて再びゲストルームに引っ込んでしまったわけである。
    申し訳ないとは思いつつも、これはフロイド先輩に手伝ってもらったら意味がない。
    それに、日本食である肉じゃがはきっと彼も知らないはずの献立で、私が作りきって和の味を知ってもらいたいと思うのもモチベーションの1つだから。

    「…よし」

    そして気合を入れ直し。先輩がキッチンを去ってからたっぷり1時間半後。レシピ本に記載された調理目安時間の実に3倍の時間をかけて、なんとかかんとか完成させてやったのだ。





    —コンコン、コンコン

    4回ノックした。
    これはモストロラウンジのVIPルームにお邪魔した際、アズール先輩に指摘されて覚えた。
    コンコンと2回ノックをした私に、中に居たフロイド先輩とジェイド先輩が揶揄うような声で「入ってまぁす♡(ます)」と返事をしてきたので「トイレじゃないんですから」とツッコミを入れたら、アズール先輩に呆れ声で「今のは監督生さんのミスですよ」と言われてしまったわけである。
    それが割に恥ずかしかったので、以降4回のノックを徹底するようにしている。職員室に課題を提出に行った時もトレイン先生に褒められたし。というのはさておき。

    ゲストルームの中から返事がなかったので「まだ寝ているのかしら」と口の中で呟いてそっと扉を開けた。
    すると、フロイド先輩専用区画にあるソファに寝そべった彼は、やる事がなくて暇なのか、ポリプスとかいうよくわからない生物のぬいぐるみを指先で弄ったり手の平で揉んだりしていた。
    ちら、と1度だけこちらに寄越してくれた視線はすぐに逸らされ、どこを見ているでもなくただ虚空を見つめるだけになってしまった。

    「フロイド先輩…」
    「…なぁに」
    「ごめんなさい、あの、お待たせして…」
    「いーよ。なんか邪魔しちゃったんでしょ、オレ」

    わかりやすく意気消沈している。
    相変わらず手元は無心で動かしていて、ぬいぐるみは可哀想なくらい顔を歪ませていた。

    「あの、違うんです。すみませんせっかく来てくれたのに…1人にして…」
    「別に怒ってない」
    「怒ってなくても不貞腐れてます」
    「誰の所為だよ」
    「う゛」

    全くその通りのことを言われてしまって黙るしかなかった。そもそも彼に口で勝てるわけがない。
    埒が明かないので早々に観念して、持って来た品物を差し出した。
    ドン、とわざと圧をかけてお盆をテーブルに置くと、載っていた食器たちも合わせてカシャンと鳴る。その音に反応して、どこだかわからない一点を見つめていたフロイド先輩の瞳が、薄紫のテーブルの上に向けられた。

    「…?」

    ほかほかと湯気を立たせているそれを見て首を傾げる。その仕草が可愛らしくて絆されてしまいそうになった。けれど、拗ねてしまったウツボの機嫌を取り戻すにはきちんとした説明が不可欠なので。

    「ご飯、作りました。お腹空いたでしょう?」
    「………」
    「これ、私の国の家庭料理なんです。多分、ツイステッドワンダーランドには無いお味」
    「…うん、初めて嗅ぐ匂い」
    「んふ、ですよね。あの、いつもご飯を作ってくれるフロイド先輩にお返ししたくて、私も頑張ってみました」

    必死に言葉を紡いで真相を伝える。
    いつも美味しいご飯を食べさせてくれることへの感謝。和食を味わってほしいという願い。
    1人で完成させたかった意地。最後に、本当は自分だって1秒でも離れるのは寂しいという本音。
    全部暴露して「よかったら召し上がってください」とお箸…ではなくフォークとスプーンを差し出した。

    「…これ。小エビちゃんちの故郷の味なの」
    「はい」
    「料理できねぇくせに作ったの」
    「…はい」
    「オレのために…?」
    「はい、そうです」

    身体を起こして私の話を聞いていたフロイド先輩は、視線をお盆に向け、次に私の顔に向け、更に私の手元を見て、最後にお盆に戻した。そして、私の手からフォークを受け取りじゃがいもに差し込む。
    ホロホロと崩れて食べやすい大きさになったそれを唇に運び、一度すん、と香りを吸い込んだ。恐らく嗅ぎ慣れないのであろう味醂や出汁の香りに首を傾げてから、恐る恐る口の中に入れた。
    理想の柔らかさに煮えるようになるまで何度も練習したし、今日も何度も菜箸を突き刺して確かめた。そのおかげでいくつかのじゃがいもが穴だらけになってしまって、それは自分で食べた。
    ちなみに連日の失敗作の処理に付き合わされたグリムは「もう飽きたんだゾ!」と、毎日ツナ缶を食べているくせに偉そうに文句を言って、結果的に美食研究会の活動に精を出しているという具合である。
    しかし今気になるのはグリムより何よりフロイド先輩のリアクションなわけで。果たして何を言われるか。そろそろと彼の顔を見、そして言葉を失った。
    フロイド先輩が、これでもかとその大きなタレ目を見開いて、こちらをじっと見つめていたので。

    「っ…。ど、どうでしょう…?」
    「やばい」
    「え」
    「め…」
    「?」
    「…ちゃくちゃ美味しい、コレ!!」
    「ひぇっ」

    そう言って勢い任せに立ち上がったフロイド先輩は、そのまま私に抱きついてきた。
    巨体がのし掛かるようにぐっと体重をかけてくるのでたまったもんじゃない。
    「ギブ、ギブ」とペチペチ腕を叩いてやっと力を緩めてもらうと、私から身体を離した彼は流れるようにキスを落としてきた。

    「っ、へ?」
    「小エビちゃんありがと、好きだよ」
    「急…」
    「だって今思ったんだもん」

    つい数分前までぶすくれていたのが嘘みたいにニコニコ笑顔になった彼は、どうやら1口食べただけで相当肉じゃががお気に召したよう。
    「小エビちゃんも一緒に食べよ」と自分が座っていたソファの隣をポンポン叩いて私の着席を促し、食べかけの肉じゃがを「あーん」と口元に寄せてきた。
    だというのに、一緒に食べようと言ったわりには私に食べさせてくれたのはそれきりで。お盆に載っていた白米やお味噌汁とサラダも含め、あっという間に1人で残りを全て平らげてしまった。

    「んっふふ」
    「あにはらってんの(何笑ってんの)」
    「ふふ、かわいくて」
    「んあ?」

    元々気分の上がり下がりが激しい人ではあるけれど。
    それがこんな私の言動や手料理1つで簡単に左右されてしまうのが可笑しくて、子供っぽくて可愛らしい。

    「だから、可愛いのは小エビちゃんの方だって言ってんじゃん」
    「私?」
    「そーだよ、こーんな健気なコトしちゃってさ」

    口いっぱいに含んでいた食べ物をごくんと嚥下し、更に水を飲み。食事を終えた彼は満足したのか再び抱きついてくる。

    「あーあ、オレが何でもやってあげなきゃって思ってたのに、料理なんかできるようになったらオレの出る幕ねーじゃん」
    「そんな。まだまだ他のものは作れませんし、フロイド先輩のご飯は目一杯食べたいです」
    「あは、食いしん坊かよ」
    「…そうですけど」
    「かーわい」

    ちょっとバカにされた気分になってわざとらしくムスッとすると、チョンと指先で鼻を突かれた。
    しかし本当に“料理ができる”とは間違っても言えないレベルなので、これから更なる努力が必要である。

    「でもさ、鈍臭い小エビちゃんが家庭的な女になったら、オレ益々手放せねぇよ?」

    少し前に流行ったラブソングのようなことを言われる。
    彼にそんなつもりは無いのだろうけど、実際そんな風に甘くてよく響く低い声で言われてしまうと、こちらも思わず釣られてロマンチッックな気持ちになってしまって。ついつい「…手放さないでください」とうっとり口走ったら、次の瞬間、私の身体はふかふかのソファに沈んでいた。

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