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    azm3mm

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    azm3mm

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    原案ソウスズ🟢🟣の春の話。お山の桜の話です。桜満開の話だけど散るまでに間に合わなかったなー

    花と緑春の日差しに十二分にぬくめられた廊下が裸足に心地よい。普段はよほど暑くなければ足袋を履く踪玄だが、今は畑帰りで汚れた草履と足袋を桶に浸けているところだ。
    脚半の裾も折り返し、温かい廊下に座り込んだ。
    採ってきた薬草を束ねて陽干しの準備をしていると、鶯の鳴き交わしに混ざって人の足音が聞こえた。

    「おや。おかえりなさい」
    「……はぁ……」

    現れた鈴蘭に声をかけると、彼はのそのそと踪玄の隣まで来て寝そべった。簪が床に当たって春の日差しを眩く反射する。

    「また今回は長丁場でしたね。あと半日帰らなければ探しにゆくところでしたが……大層お疲れのようですね?」
    「二晩も相撲の行司をやらされた…眠い」

    鈴蘭が山に入っていたことと相撲の話とが結び付かず、踪玄はしばしその言葉を反芻する。やっぱり分からなかったので首を傾げると、鈴蘭は眠たげな目を細めて笑った。

    「うん、いや。少し眠ったら説明する…」

    目を閉じた鈴蘭の頭の下へ座布団を滑り込ませ、その顔が影になるよう衝立を持ち出した。踪玄によってすっかり心地よく整えられたぬくい廊下で、鈴蘭はたちまち寝息を立てはじめる。
    踪玄はこれは作業も捗ると、安らかな寝顔を眺めながら仕事を続けた。



    鼻をくすぐる良い匂いに、鈴蘭はうっすらと目を開ける。途端に空腹を感じ意識がはっきりして身を起こすと、掛けられていた薄布団が滑り落ちた。
    辺りは既に薄暗く、肌寒くなってきたから踪玄が掛けてくれたのであろう。それだけではない整えられた枕などの様子、漂っている飯の匂いにこそばゆくなりながら明かりの灯る炊事場へ向かった。

    「良いにおい」
    「おや、起きましたね。飯にしますか」

    振り返った踪玄の顔に心底気持ちが安らいで、鈴蘭は嫁を貰った男にデレデレと惚気話を聞かされた昔のことを思い出した。なるほどこういう気持ちか。

    「今なら分かる…嫌な顔をせず聞いてやればよかったかも」
    「なんです?」
    「いや。飯ありがとう」

    よそわれた雑炊に誘われて鈴蘭は食卓に着く。一息で飲んだ水が心地よく喉を下りていった。

    「どこへ行っていたかという話だが」
    「はい。相撲の行司とは?」
    「西の畑の上の方に大きな桜があるだろ?もう咲いているけど。あれと、川の傍にもこれまた大きな桜があって」
    「ええ、大きな木で咲くと遠くからでも見えますね」
    「その二本、畑の上のを紅瀧という。河原のは白雨という……ん、うまい」

    食事の感想を交えて話す鈴蘭に少し笑って、踪玄は鸚鵡返す。

    「紅瀧と白雨?名前があるのですか。しかもまた…太夫のような名前だ」
    「そうそう。むかーしむかし、ここにあった村の者が呼び始めたらしい。本人たちもすっかりそう名乗って、お供を従え姫のような振る舞い」
    「なるほど。若い桜を従えたら花魁行列のようだ」
    「正に。で、これまたなかなかの年輪の杉と櫟がいてな、それを筆頭に春のお山は紅瀧派と白雨派に分かれていて…どちらの桜が見事か、毎年勝敗を決めるんだ」
    「はぁ。なんとも」
    「祭りみたいなものだ。山のものたちの楽しみなのだろ……俺はここにきてしばらくからその審判をしている。中立的な立場だからかな。今年はお付きの杉と櫟が、相撲を取るっていうので行司をしていた」
    「やっと話が繋がりました」

    踪玄は話を聞きながら、すっかり平らげてしまった自身の茶碗に茶を注ぐ。

    「そんなことがあったのですね。お山の方たちも色々賑やかにされているのですねえ…しかし鈴蘭が戻らず心配したのです」
    「言っておけばよかったな。二晩もかかると思わなかった」
    「それで勝負はついたのですか?」
    「いや、まだ。次はなにで勝負すると言い出すやら…」

    鈴蘭が湯呑みの茶を啜ると、竈門上の窓からふわりと風が吹き込んだ。風に乗って土間に落ちたのは数枚の葉。

    「おや?櫟の葉が」

    まわりがギザギザとした大きめの葉は、偶然隙間から入ってきたとは考えにくい。

    「……明日また来いってさ」

    鈴蘭がぼやく。踪玄はふむと顎をさすり尋ねた。

    「小生も行っても構いませんか」
    「うん?構わないと思うが……薬草畑で山のものと話したりするだろう」
    「ええ。鈴蘭を娶って叱られた小生ですが、だんだんと受け入れていただいていると思っております」
    「うん」

    娶ったと言われて何やら照れたような鈴蘭だったが、ひとつ呼吸をして向き直る。

    「意地悪をする奴がいたら言ってくれ。怒っておくから」
    「ありがとうございます。それでは明日を楽しみにしております」

    でっかい木が年輪甲斐なく争うのがそう見ものだとも思えぬ。楽しみだと笑う踪玄に鈴蘭は首を捻ったが、飯を食ったら一気に疲れが押し寄せた。

    「踪玄ももう休むのだろ。寝床を準備してくる」
    「はい。本当なら久しぶりなので同じ床へ入りたいところですが、今夜はゆっくり寝てください」
    「……うん」

    なんともいえぬ顔をした鈴蘭が炊事場を後にしてしばらく。
    簡単に片付けて寝支度をし、踪玄も寝床へ向かう。部屋に入ると、着替えた鈴蘭が足を拭いているところだった。

    「夜はまだ少し冷えますね。水が冷たくありませんか」
    「大丈夫」

    言って桶を廊下へ出した鈴蘭から部屋の中へ視線を戻した踪玄は、布団がぴたりと隣り合わせになっていることに気付いた。無言で鈴蘭を見る。

    「………なに」
    「布団が近いなと」
    「…実のところ、俺も一人でつまらなかった」
    「ふふ」

    布団へ座り膝へ招くと、鈴蘭は素直に体を預けてくる。腕の傷跡をなぞると身じろぎ、すっかり踪玄の腕の中へおさまる。心地良さそうに目を閉じる鈴蘭の様子に、このまま眠ってしまうかなと踪玄は柔らかく背中を撫でた。

    「おや、鈴蘭。結っていては分かりませんでしたが髪が」
    「ん…?」
    「内側が桜色になっていますね」
    「本当だ。気が付かなかった…桜たちの所にいたからな」
    「本当に不思議な方なのです。しかしなんとも美しい色だ」

    鈴蘭の髪を踪玄の大きな掌で遊ばせる。行燈の灯りにきらめく紫と淡い桜色を撫で、たわませ、絡めて落ちる様を楽しんでいるといつの間にか鈴蘭は寝息を立てていた。幼子のように無防備な顔に頬を寄せ、愛おしそうに口付ける。

    「お疲れでしたね。おやすみ」

    鈴蘭を抱いたまま体を倒して掛け布団を手繰り寄せる。温かい鼓動に耳を澄ませているうち、踪玄も間もなく寝入っていた。




    高く青い空には雲一つない。全ての緑が全力で伸びんと生き生きと体を伸ばしていた。山全体が活気付く季節、見渡せばそこここに桜の木が満開であった。
    鈴蘭と踪玄は花弁の舞う中大きな黒鳥居に足を踏み入れる。

    「さて。では行くか」
    「弁当を持参致しました。花見とあっては欠かせぬでしょう」
    「踪玄は肝の据わりがとんでもない」

    山のものとは言い方を変えれば山の妖のようなもの。それが集まる百鬼夜行の最中で弁当を食おうと言うのか。鈴蘭は肩を竦めて踪玄の手を引いた。
    うっすら辺りがもやがかかったようになり、広い場所に出るとざわざわと苔玉のようなものや枯れ枝の塊みたいなものが集まっていた。
    一際大きな二つが、相撲をとっていたという杉と櫟であろう。木肌を見て踪玄は良い材木になりそうだなぁなどと思った。

    『鈴じゃ』
    『鈴じゃ』
    『勝負の続きじゃ』
    『むん?誰ぞ連れてきたか』

    鈴蘭に手を引かれ、踪玄はそこらにあった岩に並んで腰掛ける。

    「見物人だ。問題ないだろ?」
    「お邪魔いたします」
    『知っている!大楠が言っていた、鈴のコレじゃ』
    『コレじゃ』
    『コレじゃ』
    「はい、コレです」
    「ごほん。勝負は何でつけるんだ?何か思いついたの?」

    鈴蘭が尋ねると、大杉が葉を飛ばしてはどうか、櫟が一派のもの全員で駆け比べをしてはどうかと口々に言い出す。

    「決まってないのか。大将から先鋒まで決めて団体相撲でも取るか?」

    鈴蘭が頭を掻くと、頭上からしゃらしゃらと声が降ってきた。

    『嫌じゃ嫌じゃ、相撲は見飽きた』
    『櫟が昨日勝っておればのう』
    『なにを。杉の方が優勢であったわ』

    響いた声に踪玄が見上げると、一面の桜。空が二分されたように、二本の大桜が頭上を覆っていた。

    『紅瀧さま』
    『白雨姫』

    大杉大櫟に始まり苔玉やら枯れ木が礼をして、花魁行列のようにしゃなりしゃなりと桜の枝が震える。
    見れば聞いた名に相応しく、色濃い方は紅の瀧のようだし、白い方は雨の最中にいるような花を溢す見事な桜の樹であった。

    「なるほど。お山の桜にあって紅が濃いのは珍しく、枝垂れて咲く様は正に瀧ですね。こちらは白さが際立って白く、見るものの心を洗う清廉な様相が正に雨。艶やかさと清楚さ、これは甲乙付け難い」

    ふむふむと持ってきた茶を飲みながら踪玄が語る。振り返った山のものたちが目を丸くして、視線が踪玄に集中した。

    『その人間はなんじゃ』
    「ただの見物人だよ。俺が連れてきた」
    『ほう。よく言葉を遣う。歌人かなにかかえ?妾のこの紅色をもっと褒めてみよ』
    『ああ浅まし。頼んで褒められるものじゃあるまいに…妾のことを清楚と言ったのはなかなか分かっておるが』
    『なんじゃと』
    「ああ、諍うなって」
    『そうじゃ。お主はどちらが美しさで優っていると思う?そもそもは人間に付けられたこの名前。人間から見てどちらが優れておる?』
    『おや。趣向を変えて人間に委ねるのもよいか。妾も訊く、詩人よどちらが美しいか?』

    なにやら踪玄が勝負の行方を握らされてしまって、仲裁していた鈴蘭は大桜達に呼びかける。

    「おい、踪玄はただ見にきただけだ。無理難題を言うんじゃない」
    「小生歌人でも詩人でもなし、ただの医者ですが。そうですね……せっかくお尋ね頂きましたので本心から申し上げます」

    わあわあと紅瀧、白雨双方の信派が騒ぎ立てる。やれこちらだこちらだと声が上がる中、踪玄は静かな、だが伸びやかな声量で宣った。

    「この鈴蘭が一番美しい花なのです」

    言葉を咀嚼し飲み込んで、隣の鈴蘭は反射的にばっと踪玄の裾を掴んだ。

    「……!?」
    「姿形も、美しい紫の髪は花のようですし、小ぶりな頭の丸さや大きな目、節の目立たぬ関節などが本当に可愛らしい。すこし感情を隠しがちなところも、それが分かるようになってからというものいじらしくて仕方がない」
    「おい」
    「小生が鈴蘭を一番美しいと思うのは心底惚れているからでしょう。つまり、何を美しいと思うかなど見る者によって変わるのです。全員一致の一番にはそうそうなり得ぬもの。紅瀧殿も白雨殿も、一番きれいだと褒めてくれるものが多くいる。それでよいのではないですか」

    朗々と口上を響かせ、踪玄は満足そうに湯呑みをあおった。
    呆気に取られた鈴蘭は「一杯いかがです?」と差し出されて初めて、竹筒の中身が酒であることに気付いた。

    「踪玄、お前」
    『まあなんと口の回る人間じゃ』
    『妾達の前で他のものを褒めるか!なんという奴』

    白雨は静かに言い、さわさわと揺らいだ枝からそれこそ雨のように真っ白な花弁が落ちた。
    紅瀧も木肌に青筋を立てて聞いていたものの、白雨の静かな物言いと、足元から見上げる大杉をはじめいつも褒めそやしてくれる木々たちを見て思うところがあったようだ。しなやかに枝を鳴らし、濃紅の花弁を震わせた。
    二つの巨木から紅と白の吹雪が舞って、それはそれは華やかで見事な様相である。

    「これはまた美事」
    「俺もこんなのは初めてだ…」

    呑気に言う踪玄の横で鈴蘭も呟く。
    見入る二人をよそに黙っていられないのが桜たちのお付きの者で、杉、櫟が「そんなのは認められん!」とやんややんやとまた取っ組み合うが、一層濃くなる桜吹雪に目がくらんですってんころりんとひっくり返った。
    それにどの者かが吹き出し、我慢できぬと笑う者が続いて辺りは笑い声に包まれる。

    「……ふはっ」
    「ははは、争っているより良いではないですか」

    踪玄に酒を注がれて鈴蘭も一口飲めば、笑い声に包まれた桜の中でなんとも心地よくなる。
    隣の踪玄と肩が触れ、微笑まれて心が温まった。

    『騒がしゅうてかなわん』
    『なんという顛末じゃ。勝負などどこか行ってしもうたな、賑やか賑やか』

    毒気を抜かれたのか存外機嫌良くコロコロと笑う紅瀧と白雨が更に桜の雨を降らせて、湯呑みの中にもはらり花びらが落ちてくる。

    「これはまた風流だ。このような花見は初めてです。本当に鈴蘭と出会ってから初めてのことばかりなのです」
    「俺も……人でないものの領域で酒を飲んだり、問われて惚気を語る。これほど恐れを知らん男は初めてだ」
    「長く生きても、初めてが多くあるのはよいことですね」
    「まあ…そうかな」

    小さな子供のような若芽の塊が、先ほどの杉と櫟を真似たか集まってころりころりと転げてふざけている。紅瀧と白雨もそれぞれのお付きのもの達と囁き合い、若い桜もそれを囲んで咲き誇っている。
    夢の中とも思える幻想的で美しい風景にあって、踪玄は隣に座る鈴蘭に触れる。
    手を包めばそっと握り返してきて、これは現実に間違いないと酔いも手伝いなんとも嬉しくなってしまう。

    「一番美しい花だ」

    鈴蘭の桜色に染まった髪を撫でて呟くと、足元で聞いていたものたちが、順番にころころころと「のろけだ!!」と蜘蛛の子を散らすが如く転がり去っていった。

    「……桜たちが盛り上がっているうちに帰ろうか」
    「そうですね。いやはや愉快な出来事だった」
    「酔っているなあ」

    鈴蘭が踪玄の手を引いて道を戻る。鳥居をくぐろうとした時、背中側からふわりと風が立って二人は花弁に包まれた。

    『帰るのかえ』
    「うん。また花見に寄るよ」
    『妾を見にお寄り』
    『妾にお寄り』
    「両方行くよ、どちらも美しいから」

    鈴蘭が悪戯っぽく答える。花弁が笑うようにたわんで流れ、視界を覆われたと思ったら見慣れた場所へ戻っていた。何時間いたのか辺りは薄暗くなっており、桜の白さがぼうと浮かび上がっていた。

    「あ、弁当を食べ損ねたな。まああの中で弁当を食うというのもあれだが…作ってくれたのだろ?」
    「夕飯に回しましょうか。小生もう少し飲みたい気分ですが」
    「よく飲む」
    「機嫌がよいのです。己の花といるのだから」
    「……それ。花と例えられるのは恥ずかしい」
    「何を。花の名前をお持ちなのに。これ以上なくぴったりなお名前です」

    一番美しい花だと何回も口にされて、鈴蘭は呆れつつ踪玄を見上げる。誇らしげに笑うその顔に、つい言葉が漏れた。


    「お前だって俺の一番きれいな緑だよ」


    春宵の生温い風に吹かれて踪玄の柔らかい髪が揺蕩う。
    正に柳のような緑、煽られて現れたこれまた緑の両の瞳がぱちりと驚いてこちらを見たので、鈴蘭はしてやったりとその手を取って家路を急いだ。
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