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    た か

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    た か

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    鉄パーミル4で展示していた信越と兄陸の話。当時お読みいただいた方ありがとうございました!
    (※誤字脱字の修正等少々手を入れています)

    灯火 貴方の中に長野上官はいらっしゃるのでしょうか? まあそう聞いても、貴方は答えてはくださらないのでしょう。……
     そのような、そこはかとない未練のようなものが読み取られても不思議ではない書き出しで、信越本線が北陸新幹線に対して綴った手紙を、置き手紙として長野駅に残したのは、澄んだ青空に、薄くちぎれたような雲が浮かんだり風に乗って移動したりする、穏やかな秋の訪れを思わせる日のことだった。そしてこの日はまた、北陸新幹線が高崎駅・長野駅間を開業させてからちょうど二十五周年を迎えた日でもあった。令和四年の十月一日である。この年は国に鉄道が開業してから百五十年を迎え、さらには東日本の誇る全ての新幹線が五年刻み、あるいは十年刻みの周年を迎える年であるために、年始からどことなく浮き足立っている雰囲気がゆく先々で見てとれた。一声の産声が新橋駅に響いてから百五十年もの月日が経つ日を僅か二週間後に備えて人々の気分も高揚している、ちょうどそんな時期に北陸新幹線は二十五歳の誕生日を祝われたのだった。空模様は晴れやかな日に相応しかった。
     一方で、祝い事の気運が高まれば高まるほど、信越本線には横川駅・軽井沢駅間が廃線となったこと、軽井沢駅・篠ノ井駅間が経営移管されたことを否応なしに思い起こさせるのであった。今更別に気にする訳でもないし、百三十年以上も生きていればどうってこともないと思っていても、それは彼の楽観視にすぎず、当日がくればまるで台風が来たかのように彼の心は波立つのだった。
     手紙はこう続いていた。

     峠をやっとのことで越えた先に浅間山が堂々と、特徴的な赤茶けた山肌を晒して聳えているのを見るのがいいんです。煙を浴びまくった身体が洗われるような感じがしました。上官はトンネルに入っちゃうから見られないでしょうけれど(まあ今は俺も見られないんですけどね)、沓掛のあたりでゆるやかな勾配を感じながら眺める景色は見事ですよ。以前はもの淋しさを残していたあのあたりも、今は別荘やお店なんかが建ち並んでいるので、車内から、邪魔されることなしにずっと浅間山を眺めていられるわけではないのですが、隠れている時間があればこそ感じられる、ぱあっと開けたときに目に入ってくる浅間山の、人類がどう発展しようと到底太刀打ちできない一種の神秘性のようなもの、――そういった超越的とも言えそうなものを魅せつけてくる毅然とした姿には思わずうっとりして溜め息すら漏れてしまいます。何物にも邪魔されない姿を見るのならやっぱり信濃追分から御代田の眺めが、写真家の作品に入り込んだかのような気分を味わえますし、圧巻かと思います。裾野を目いっぱいに広げた、素晴らしい景色は疲れを癒しますよ。
     若いにも関わらずいつもほんの少しだけ疲れていそうな、真面目な北陸上官のことだから、俺の切り離された部分にもちゃんと乗っているとは思いますが、是非また機会を見て乗ってやってください。とりわけ夏の暑さも漸くおさまって来て、なんとなく空が高く澄んで感じられる秋のこの時期なんて浅間山を眺めるのには申し分ない季節です。それに、貴方と同時に生まれた彼と交流を深めるのも悪くないんじゃないですか? 性格は俺に似ているかもしれませんが。でも可愛いですので。
     浅間山は古くから歌に詠まれ絵に描かれてきた、人を魅了してやまない山です。何かに憑かれたように山に入って、それで崖から転落したとかで……結果として山に命を奪われたっていう話も、俺は本で読んだだけですが、どうやら伝わっているようです。そんな人々から愛される浅間山の名を引き継いでいるのだから、北陸上官も同じように人に愛され、人を惹きつける存在でいてもらわないと名前が可哀想です。(俺ですか? それは沿線の人々にでも聞いてください。)貴方はそれに加えて輝かなくてはならないのだから、大変ですね。
     まあ今の段階で二等星くらいの輝きはあるんじゃないかと思っています。ちなみに、勉強熱心な北陸上官はもちろんご存じでしょうが、今の北極星は二等星です。
     さて、前置きが長くなってしまいました。いや、なにもこの期に及んで貴方を恨むほどの狭い心は持っていない……というか貴方が金沢まで延伸したのと同時に置いてきたので安心して最後まで読み進めてください。
     上官、高崎駅・長野駅間開業二十五周年おめでとうございます。遠い昔に哀れな運命を辿った中山道は貴方が来てくれたおかげで光を浴びました。北国へ、ますますのご活躍と輝かしい光を。

     信越本線は北陸新幹線に向けて、以前走っていた横川より先の区間に対する思いを整理するかのように、敢えて彼の走らせていた特急の名であり、長野駅までの北陸新幹線の愛称である「あさま」の名前を出して文章をしたためた。とはいえ面と向かって手紙を渡すのも、その場で、あるいはそうでなくても差出人本人がちょうど目の前にいるところで読まれるのも気まずく思えて、彼は前日から長野駅の宿舎に泊まり、朝一で北陸新幹線の机に手紙をそっと置くと、人がほとんどいないにも関わらずお祝いの雰囲気に包まれていることをありありと感じられる駅からさっさと離れた。信越本線のその日の予定は空白で、また、大きな長野駅はしばしば彼も呼ばれたり作業場所として選んだりする駅だが、本日中にこの駅へ戻ってくることはないだろうと彼は確信していた。
     では、どこへ向かおうかと信越本線は天井の高いコンコースをぷらぷら歩きながら考えた。碓氷峠鉄道文化むらもメモリアルイヤーのイベントを開催しているし、高崎にいてもおそらく気を遣われるだろうと思えば、群馬県の駅は候補から追いやられ、さらに長野駅を除く、長野県内のたった四駅のうちのどこかでは、北陸新幹線が手紙に対して何か返事をしようと探しに来ないと言いきるには心許なく、彼にとって向かう先は新潟県しかなかった。彼は少しの間、経路をどのように取るか考えたが、すぐにスマートフォンを取りだして北陸新幹線の席を予約すると、マフラーを翻しながら階段を上がって新幹線の改札口へ向かった。それは彼にとって故意の選択だった。そうして彼は篠ノ井駅から直江津駅までの、失った中で一番長い区間から背を向けるようにして高崎駅に一度戻った。
    「二階建て車両も引退して一年か」などと思いを浮かばせながら、信越本線が新潟駅を目指すべく高崎駅で列車を待っていると、重い車体を示すような華やかなブレーキ音を響かせて列車がやってきた。それは、彼が独りで悲しみを癒しつつ先程乗っていた列車と寸分足りとも変わらないE7系だった。しかしながら彼は何を思うでもなく予約していた席、――この先で北陸新幹線の高架橋が分かれてゆく様子が見える席に座った。そうして彼は、そのような光景を見ようとは特に意識もせず、けれども、頭のどこかでは見ることが必然であると思っていたかのように取った指定席から、やがて目に映る光景を見るともなしに眺めることとなるのだった。――信越本線は目をつぶって、少し経てば視界からいなくなってしまう北陸新幹線の高架橋のその先を地形図と併せて想像裡に思い描いた。ああ、あれも碓氷峠に向かって意気込んでいるのだろう……と、同じく軽井沢を目指した彼自身の経験を交えてみると、目に見えない大きな力のようなものを受けて死んでしまった細胞が、逆にその力によって命を吹き返しでもしたかのような、ざわざわとした感覚が襲ってくるようだった。浅間山に魅入られた人間の気持ちが、彼にはわからないでもなかった。それは彼の抱く脅威が、裏を返せば切ない思慕であるからだった。彼は北陸新幹線に文字通り命を削られるような痛みを植え付けられながらも、かえって活気を与えられているところもあるのだと、二十五年の年月のとある地点から感じだしていた。

     列車は執拗にトンネルを抜けたり入ったりして山脈の先にある平地を目指した。信越本線がトンネルの切れ目で窓に視線を注いだり、再びトンネルに入ってからも暗がりの様子から目を離せないでいたりしたのち、目を瞑ると、候補生六番としか名が与えられていなかった頃の、彼にとって憎たらしくも可愛らしかった上越新幹線が、難航する工事に不安を吐露して、彼自身の特別な生まれを確かめたり、焦るように地政学や工学の勉強に精を出したりしていたのがゆくりなく蘇ってきた。
    「上越上官も今年四十歳ですか。ご立派になりましたね。乗車率がどうこうとか新車がどうこうとか、北陸上官に対して思うところがあるのは非常にわかりますけれど、なんだかんだ、彼が長野上官であったころから気にかけてやっていたのを俺はずっと見ていました。微笑ましかったですよ……新潟を知っている上官と、いずれ新潟を知るようになる上官が二人で食事に行ったりお出かけしたりしているんですから。……全く、俺や敦賀のみならずお世話になった上越上官さえ翻弄するんだから、適わないなあ。……長野上官、貴方はそのあどけない笑顔で、輝かしい未来を信じて、決して謝ることもなく俺の路線を奪っていったから、並行在来線としてできることは貴方がどんどん成長していくのを支えること以外にないと、俺は出会った瞬間に感じていたのですよ。電化する前は登りきるのに一時間以上もかかって、夢にまで出てきて毎晩悩まされるような、苦楽を共にした碓氷峠を手放すことになったのは、言葉にならないほど悔しかったですし、貴方の成長っぷりには正直、度肝を抜かれましたけれども。……」
     信越本線がかつての上越新幹線について思いを巡らすときには大抵、上越新幹線によく懐いていた長野新幹線を、その驚異的な成長ぶりと併せて浮かべるのだと彼自身、漠然と気がついていた。しかし長野新幹線と出会った日のことを想起すれば、同時に北陸本線を頭に描くのだと、彼はずっと気がつかないままであった。そうして彼は、長野新幹線が生まれる前には抱いてなかった、けれども長野新幹線が生まれる前から彼にとって特別な存在だった北陸本線への如何ともし難い感情を、二十五年間自覚せずに、人知れず育てていた。
    「上越上官に乗りながら長野上官……もう北陸上官ですけれど、彼のことを考えていただなんて知られたら、きっと俺は怒られてしまいますね……」
     信越本線は頭のうちでそう自嘲すると、彼が長いあいだ愛着を抱いている、トンネル郡を抜けた先のすっかり色づいた田園の風景をうつけたように眺めるのだった。

         *
     
     夕暮れ時、信越本線は長岡駅を出発して直江津駅へと向かっていた。朝には分断された路線から目を背けるように、経営移管された区間を避けていたくせに、やはり現在の自分が行けるところまで行きたく、その先を眺めたくなってしまうものだと考えると、途端に虚しい気分が滲みだしてくるようだった。それは二両編成の列車に揺られながら信越本線が思い浮かべた、妙に規模が大きく、現在やってくる列車の編成には不釣り合いとも言える長々とした直江津駅のホームによって生まれてきた感情なのかもしれなかった。
     駅に到着した信越本線は、ぽつぽつ見かけられた他の乗客の目指す改札口へは向かわず、胸に穴の空いたような心持ちでホームを歩いていた。すると彼は、北陸本線が駅名の書かれた柱に背中をもたらせて立っているのを見つけた。もう北陸本線一人の力では来られないにも関わらず。
    「なんでここに」急いで駆け寄った信越本線は、聞かずともわかっていることを聞いてしまったと、口に出してから後悔した。同時に、彼の頭の中で「お前は寂しいとき、いつもここにいるね」と、昔聞いた言葉が響いた。
    「何年お前と一緒にいたと思ってるんだよ。お前の行動はわかりやすいから今日直江津に来ることくらい想像がつく。時間もだいたいね。慰めてやろうかなって思って」
     その言葉は信越本線が頭に浮かべたのといささかも変わらない波長の涼やかな声で紡がれた。信越本線はいたって平静を装うようにして耳を傾けていたが、「ここで俺に会えると嬉しいだろう?」と北陸本線に言われると、思いがけず動揺して、きまりの悪そうに目を泳がせた。
    「今日は北陸上官と過ごしてやれよ……今ここに居るってことは金沢に戻るんでもねーだろ? あのひと、駅に顔出す度に祝われて、そんで帰ったら一人とか切なすぎるだろ」
    「なんかねえ、今日は東京でお祝いしてそのまま泊まるらしいよ。東海道上官も開業五十八周年だって言うから上官たち皆で祝うんじゃないかな。で、俺は金沢にいても主役がいないんじゃつまらないかなあって思ったから、上越妙高に泊まることにした。弟も眺められるからね」
     信越本線は、彼にとって未だに馴染みのない駅名の、けれども昔からよく知っている広大な土地を、高架橋がたった一基で横切る風景を頭に描いた。
    「……朝祝ってやったりした?」
    「まあ、それなりには、ね?」
     いつもより早起きして、好きだって言ってた紅茶を入れてみたんだけど上手く入れられたかな、と零す北陸本線を見つめながら、信越本線は北陸本線がどんな言葉をかけて、どんな贈り物をしたのかを聞くのは野暮であろうと感じていた。……今の彼らは、双方が、――主に上官が納得できる関係性に落ち着いているようだし、敦賀は、ちゃんと「兄」としての面を獲得していると見える。信越本線が、北陸新幹線と北陸本線のどちらからともなく聞いた話やら、三人で過ごしているときに見た様子なんかを頭に浮かべて考えてみれば、兄弟の間に首を突っ込むのはよしておこうと身を引くのも当然のように思われた。――もっとも、信越本線は北陸本線からも北陸新幹線からも、強引に彼ら兄弟の間を取り持たなくてはならない状況にさせられることが少なくなかった。のみならず、信越本線は、どうも彼らは自分を他人だと思っていないようだと薄々感じているのだけれども。
     逆説的に新世代を象徴するような第三セクター鉄道会社の駅名標は今めかしくデザインされ、昔日の名残をとどめるホームに点在している。信越本線は、北陸本線が隣にいることでいっそう、新と旧の共存するホームが、盛りを過ぎた避暑地のような寂寥感を漂わせているようだと思いながら北陸本線の隣を歩いていた。
    「弟が金沢延伸するときに、信越、金沢に来て俺の部屋に泊まっただろ?」
     出し抜けに北陸本線が昔話をしだした。
     北陸新幹線の金沢延伸開業の当日、信越本線が夜の九時頃に真新しい金沢駅から宿舎へと帰ると、しんとした真っ暗闇だった。同居していた頃には珍しくなかった北陸本線の朝帰りがふと頭に過ぎったが、時代が時代だし、さすがに彼でも身内の延伸開業を差し置いてそんなことはしないだろうと考えを棄却し、手探りで寝室の灯りを付けると、家主はどこか青ざめた顔をして寝ていた。信越本線は原因に察しがついていた。それは彼自身の経験によるものだった。そして彼は、灯りを付けても北陸本線が目を覚まさなかったのをいいことに、布団を捲って言いようのない願いを込めるように、気休めとは知りながらもひとしきり足をさすってやっていた。……
    「夢と現実のあわいみたいなところで、お前が足を撫でてくれていたなって、今でもうっすら思い出せるんだけど、ねえ、あれは現実だったんだろうね……」
    「忘れた」
    「信越は昔から変なところで素直じゃないなあ」
    北陸本線は目を細めた。
     白く塗装された柱は夕陽に照らされて、ぼんやりとした橙色に染まっている。地面にできる影は長く、過ぎし日に北陸本線と信越本線が、休憩がてら夕焼けを見に行こうとするときなんかに目にした風景とほとんど変わっていなかった。現在、隣で力を見せつけるように新幹線の高架橋が聳え立っているわけでもなく、長野方面へ行けなくなったことの他に、信越本線にとって変わったのは、北陸本線が来なくなったことのたったそれだけであった。
     やがて北陸本線が、並んだ一人がけの椅子の端に腰を下ろして、「お前も」と、信越本線に隣へ座るよう促した。信越本線が座ると、北陸本線は右手で拳を作って軽く信越本線の左足を叩いたり、指を開いてぐっと力を込めて押したり、さすってみたり、そんなことを数回繰り返した。信越本線は、しばらく北陸本線のさせるがままにさせていたが、とうとう「何してんだ?」と訝しげに聞いた。
    「お前が切り取られたのって、このあたりかな。……痛かったりしないか?」
    「バーカ、痛いわけねーだろ」
     信越本線は無愛想に言った。そして変わらぬ調子で、
    「……敦賀が切り取られた月日の三倍以上が経ってる……そのあたりは」と言い足した。
     北陸本線が顔を上げると、信越本線は前を向いて頑なに視線を合わせまいとしていた。それから北陸本線は幽かな笑みに困ったような表情を滲ませると、手にかけていた力をふっと弛めた。が、手は信越本線の足に置いたままだった。
    「事故や病気で手足を失った人間の多くは、どういうわけかその手足があるように、その部分に痛みを感じることがあるらしいじゃない。幻肢痛って言って。信越ももしかしたらそういうのがあるのかなって思ったんだけど」
    「……じゃあ敦賀は三月に足全体が痛くなったりするのか? いや、どこの路線でもそんなの聞いたことねえよ。だったらお前が触ってるのは幻なのかって話だ。……てかさ、人目に付く場で急にそういうことされるとさ、なんていうか誤解が生まれかねないっていうか……俺はともかく、あんた、今の学生たちなんかには馴染みないだろうし」
     七年経ったら、今見かけている学生たちも大学生になったり社会人になったりして、この駅から離れる可能性も高いから、と人間の尺度に照らし合わせて信越本線が心のうちで呟くと、彼はこの駅でひとりになってから過ぎた年月を急に実感しだした。北陸上官の敦賀延伸もそりゃあ迫ってくるはずだと、彼がどこかしんみりとした気持ちを浮かべていると、北陸本線は最初の問いには答えず、すました顔で、
    「今日は休日だから大丈夫だろ。そういえば、今ホームに自習室あるんだよね。そこ行くか?」と思いついたように言った。
     信越本線は初めて隣に座る北陸本線の顔を見た。北陸本線の瞳は一直線に信越本線を捉え、口角は少し上げられていた。北陸本線のそういった表情は、彼らが出会った頃から信越本線が数えきれないほど見てきた、昔から変わらぬものであった。それだけに信越本線は、この二十五年間で変わったのは彼ら自身を取り巻く環境だけだと痛いほど感じるのだった。そういった切ない心情を読み取らせまいとして、彼は目を逸らしながら僅かに眉をひそめ、間の悪い様子で彼の巻いているマフラーに手をやった。
    「……たぶんもっと誤解を生むし、そもそも自習室に俺らが入れるわけがないだろ。学生専用だぞ」
    「そうか、それはちょっと残念だな。自習室に入ってみるの楽しそうだなって思ったんだけど」
     鉄道が生まれるほんの数ヶ月前に学制が公布された。それはつまりこの年、学校制度や学生が生まれてから百五十年の年月が過ぎたことを表す。人間の社会と共にある信越本線と北陸本線は生まれてから様々な学生を見てきた。しかし当然ながら、百五十年の間で、彼らと同じような青春時代を送る学生は現れず、どれだけ学生とともに過ごし、学校制度がすぐに頭に浮かぶくらいには彼らの中で日常生活の一部となっていたとしても、信越本線は学生のように自習室に入ってみたいと思ったことは一度もなかった。北陸本線はそうではないらしかった。
    「百歳越えが揃って自習室にいてたまるか」
     ぶっきらぼうにそう言い放った信越本線が、口を噤んでいるままの北陸本線の顔を窺うと、北陸本線は何か目に付くものが置かれているわけでもない、ただ年季の入ったなにもない一地点に目を注いでいた。その様子を見て信越本線が、北陸本線は感傷にでも浸っているのかと思えば、たちまちどこから湧いてきたのかわからないような悲哀が感ぜられた。それは北陸本線の心中を慮ろうとしている彼自身に対して感じたものだったのか、眼前に広がる淋しげな風景によるものだったのか彼にはわからなかった。彼も北陸本線の向いている方向に視線を戻した。それから何かしら考え込んでいたらしい北陸本線が、
    「お前はもうすぐ百三十七歳になるのか。……直江津、歳とったねえ」と言って丹念に、慈しむように信越本線の足に置いたままでいた手を滑らせ始めた。
     信越本線は思わず身をすくめた。北陸本線の声は悲しいほど優しく、けれど本心はどこか遠くにあるようで、言うなれば、ぶつけられた感情から逃げる手段としてごめんねと謝られた、そんな錯覚に陥った。その錯覚は、信越本線が得た悲しみを北陸本線に悟らせまいと隠した。
    「……そうだけど、あんたに言われると腹が立つ。ここまで生きて三歳差なんて大して変わらないだろ」
     口ではそう言いながらも、信越本線の頭の中では、そのたった三年が、どんな年月よりも長いもののように感じられていた。
    それに対し、北陸本線は平然と「うん、大して変わらない」と言った。
    「だからもしかしたら、俺はいつかお前に追い越されてしまうかもしれない」
     信越本線が感じている北陸本線の手の重みに変化はない。ただ、信越本線は、その重みのかかっている部分に、廃線を言い渡されたときに感じた鈍痛のようなものが浮き上がってくる気配を見出していた。
     ――あれはやはり精神的なものだったのだろうけれど、今は……じゃあ、これが敦賀の言っていたやつなのか? 信越本線は、心の別の部分に広がり始めた、北陸新幹線の金沢延伸時に感じたような哀惜や、底知れない胸騒ぎのようなものを追い出すようにそう考えた。けれども次第に、追い出そうとしていたものがむしろ強調されたかのように信越本線の心を占めだした。何時ぞやか彼が抱いていた、北陸本線に追いつきたいという感情は何時の間にか失われており、このときの彼には、絶対に埋められないと観念したことでいっそう堅固になっていた歳の差が急にあえかになったように思われた。矜恃として大切にしていた、峠を越える路線だという事実がいつの間にか自分の手からこぼれ落ちてしまった。――ちょうどそれと同じような具合で。
    「……敦賀も一緒に歳をとっていくんだよ」
     信越本線は北陸本線の手の動きを邪魔するかのようにそっと手を重ねた。果たして北陸本線は動きを止め、その手に、かつて繋がっていた信越本線の掌のぬくもりを感じさせるままにした。――七年ぶりの接続は、たった数平方センチメートルの儚いものだった。
     長野新幹線が生まれてからちょうど二十五年となる記念すべき日の落日の一時、日本海に沿って延々と続く直江津駅の線路には、往年の本線二人の影が色濃く落ちていた。
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    た か

    PAST鉄パーミル4で展示していた信越と兄陸の話。当時お読みいただいた方ありがとうございました!
    (※誤字脱字の修正等少々手を入れています)
    灯火 貴方の中に長野上官はいらっしゃるのでしょうか? まあそう聞いても、貴方は答えてはくださらないのでしょう。……
     そのような、そこはかとない未練のようなものが読み取られても不思議ではない書き出しで、信越本線が北陸新幹線に対して綴った手紙を、置き手紙として長野駅に残したのは、澄んだ青空に、薄くちぎれたような雲が浮かんだり風に乗って移動したりする、穏やかな秋の訪れを思わせる日のことだった。そしてこの日はまた、北陸新幹線が高崎駅・長野駅間を開業させてからちょうど二十五周年を迎えた日でもあった。令和四年の十月一日である。この年は国に鉄道が開業してから百五十年を迎え、さらには東日本の誇る全ての新幹線が五年刻み、あるいは十年刻みの周年を迎える年であるために、年始からどことなく浮き足立っている雰囲気がゆく先々で見てとれた。一声の産声が新橋駅に響いてから百五十年もの月日が経つ日を僅か二週間後に備えて人々の気分も高揚している、ちょうどそんな時期に北陸新幹線は二十五歳の誕生日を祝われたのだった。空模様は晴れやかな日に相応しかった。
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