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    た か

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    た か

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    青の日報GW2023で配っていたペーパー②です。けーちゃんとなんぼくちゃんが大宮乗り換えで王子保に行く話でした!
    (王子から王子保で検索すると兄さんルートなの書き始めてから知りました)

    以下、後書きのような文章。
    ◇◇◇
    読んでいただきありがとうございました!
    王子組の仲の良さ(と東海道さんの電車線と元枝線)に夢を見ています。

    王子組が王子保に行く話 随分と人見知りをする子どもだというのが京浜東北線の、南北線に対する第一印象だった。王子駅が乗換駅となってからしばらく経つと、気が付いてみればなんとなく懐かれていたようで、二人で喫茶店に入って、たわいない話をしたり、赤羽駅と赤羽岩淵駅の数分の散歩に付き合わせる、あるいは付き合わされたりするようになった。それは幼い頃に誰かの既に乗り入れている王子駅に顔を出したという境遇が似通っているために、京浜東北線が無意識に南北線を気に留めていたからなのかもしれなかった。
    京浜東北線は、南北線に対して、随分と人見知りをするのみならず、随分とあどけなくて、新しい価値観を持った子だと思っていた。そうして月日が経つうちに赤羽駅に停車する緑とオレンジの長い路線たちから(王子の歴史の始まりは彼らと共にあるというのに)「君たち仲良いよね。王子駅の鉄道の王子様たち、アハッ」などとからかわれるようになって、なんでもつい先日、ひょんなことから二人は共に、機嫌のほんのわずか悪そうな宇都宮線の遊びに付き合わされることになったのだ。
    「昔、システムエンジニアのバイトでアプリを作っていたんだけど、それを応用してちょっとしたゲームを実装してみたから是非とも君たちに遊んでもらいたくてね」
     宇都宮線から渡されたスマートフォンの画面には、無駄に重そうなエフェクトのかかった背景に、いかにも仰々しいフォントで「王子ガチャ」と記載されていた。
    「これ何」
    「何って書いてあるとおりだよ。王子ガチャ。王子駅がNの王子だとすると、例えば八王子駅なんかはRの王子だよね。あ、そうそう、SRの王子は天王寺だったり王子公園だったり王子保だったりするんだけど……チャンスはあるから京浜東北たちも引けるといいね」
    「距離をレア度にするセンスはどうかと思うんだけど。で、それを引いたらなにかお土産とか貰えるわけ?」
    「こういうのはその場所へ行く体験って相場が決まってるでしょ」
     京浜東北線はこのとき初めて、張り付けたような笑みを浮かべている宇都宮線の機嫌がほんのわずかに悪いのではなく、かなり悪いということに気が付いた。今出てきた例だけでも二分の一以上の確率で関西に飛ばされる。一週間に一回は有給を取れと東海道本線から言われる日々も今日で終わりだろうか。――京浜東北線は溜まっている有給を数えながら、南北線を連れ出すこととなるいきさつをどう銀座線に説明しようかと考えていた。
     京浜東北線は、結果、王子保駅を引いたけれども、そのときのことはほとんど覚えておらず、辛うじて覚えていたのは「いやだなあ京浜東北。システムを疑うだなんてそれこそナンセンスだよ」といかにも真面目そうな調子で宇都宮線に言われたことだった。
     次の日、京浜東北線がそのことを銀座線に伝えると、果たして銀座線は、JRさんもそんなに暇なんだったらお茶に付き合ってくれてもいいのにと言いつつも、南北もこれから新幹線さんと繋がるようになるんだし遠出するのもいいんじゃないと快諾してくれた。
    「銀座とか東西もお土産よろしくって言ってたし、一日くらい外に連れ回されてもいいよ。福井だっけ……羽二重餅買ってきてってリクエストされた。あ、えーとね、後楽園から東京まで出て新幹線かな。三月だったら新横浜からでも良さそうだったんだけど」
     南北線はスマートフォンを見ながら言うと「それでいい?」とカフェで頼むドリンクを確認する気軽さで聞いてきた。赤羽駅構内にある有名なティーブランドのお店に並んでいるのかと錯覚させるくらいだった。アプリの提案したルートとは全く異なるけれど、京浜東北線はこれという理由もなしに、自身の名前の存在する最北の地まで連れ立ってそこから共に旅を始めたいような気に駆られた。
    「せっかくなんだから大宮までおいでよ。荒川を見ながら埼玉に入るなんてあんまりないでしょう。王子からすぐだよ」
    「京浜東北、誘うのが上手くてなんかムカつく」
     南北線は、彼のよく飲む生クリームのふんだんに盛られた甘味のようなドリンクを思いがけず奢られたときのようにふくれっ面をしながら微かに笑みを浮かべた。そういうわけで、二人は大宮から新幹線に乗って福井県の王子保駅へ行くこととなった。王子駅から王子保駅を目指す荒川越えは鉄橋を渡るリズムの正確な音が普段よりも響くように感じられて、京浜東北線にとっては日常の音だというのに、彼と南北線の二人に等しく旅情を分け与えてくれているかのようだった。

     京浜東北線と南北線が、宇都宮線の実装した王子ガチャでSR王子保駅を引いたという話は彼らの知らないところで東の上官たちにも広まっていたらしく、しかし京浜東北線がそれを知ったのは金沢行きのかがやきに乗って「京浜東北、お疲れさまです。隣失礼しますね」と声をかけられてからだった。声の主は言うまでもなく北陸新幹線だった。
    「僕たちが乗っていること知ってたんですか」と京浜東北線が聞くと、北陸新幹線は困ったなと言ったような顔付きで、
    「上越先輩から聞いたんですよ」と答えた。京浜東北線は、即座に想像できる情報の伝達ルートを頭に浮かべながら、東北の在来と新潟の上官が絡むと厄介なことにしかならないのだからと自分自身に言い聞かせて「そうですか」と体温の乗らない声で返した。
    「――申し訳ありません、南北線さん。ご挨拶遅れました。北陸新幹線と申します。王子保まで行かれるんでしょう。……次の長野まで、ご一緒させてください」
    「……初めまして。東京メトロ南北線です。あの、そちらが上下関係を重視しているのは存じていますが僕に敬語じゃなくても……」
    「ははは、すみません、お気遣いいただきありがとうございます。でも私、南北さんよりも若造なんです。九十七年生まれですから」
    「え、そうなんですか。それなら無理にとは言わないけれど……でもそしたら北陸新幹線さん若くて部下がいるってなんかすごいね」
     南北線は遠慮がちな声を出しながらも普段どおりの口調で話しだした。北陸新幹線は何も気にしていなさそうな、仮面を被っているような調子で、しかし困難なことをふと思い出したときのような厳しい目付きを一瞬間だけした。
    「とはいえまだまだひよっこなので、京浜東北みたいに真面目な部下には助けられてばかりですよ」
     しかし、そう言った北陸新幹線はすっかり穏やかな笑顔を見せていた。その柔和な笑顔と同じように、スピードを出した列車から見られる車窓も至って穏やかだった。それは日本海を目指す新幹線が山を越える前に見せている、凪のような関東平野の風景だった。
     一大ターミナル駅である高崎駅を調子良く通過した後、案内などするなら座席変わりましょうかと京浜東北線が北陸新幹線に提案して、南北線の隣には北陸新幹線が座った。そうして二人がしばらく当たり障りのない世間話のような話をしていると、いよいよ三人の乗っている列車は碓氷峠を越えようとして、助走をするかのように小さなトンネルをくぐりだした。南北線は列車がトンネルを通過している最中も頬杖をついて、窓の外は何も見えない真っ暗闇だというのにずっと目をやっていた。長い二つのトンネルを抜けて、碓氷峠トンネルに差し掛かったとき、窓際席の南北線の様子をそれとなくうかがっていた北陸新幹線が、
    「南北さんはトンネルにご興味があるんですか?」と聞いた。
    「興味っていうか、ずっと暗い中を走ってきたからさ。かえって暗闇の方がホームみたいで安心感があるのかな。東西がさあ、――同僚が海を渡るんだけど……僕と全然違うんだよね」
     北陸新幹線は幼い子どもがするようなきょとんとした顔を見せ、それから空いた間を埋めるように、
    「南北さんは全線が地中なんですよね」と言った。
    「よく知っているね」
    「乗ってくださるというので少々調べました。中央なんかからもお話は伺っていたんですが」
    「え! じゃあ僕も北陸さんのこと調べなきゃ」
     南北線はそう言うとスマートフォンを取り出した。
    「WiFiあるの助かる」
    「あはは、私のことは別に構いませんよ。旅を楽しんでくださればそれで。でもそうですね、せっかく王子保駅に行くというのだから……北陸本線でも調べてやってください。きっと喜ぶと思います。本人、向こうで捕まるかはわかりませんけど」
    「北陸本線……聞いたことあるかもしれないけど覚えてないなー。あ、ほんとだ。北陸さん九十七年生まれって書いてある。メトロでは僕が一番歳近いんだね。……」
     南北線が熱心にスマートフォンで何かしら調べていると、程なくして列車はトンネルを抜けて、それまでとは打って変わった、針葉樹林の作り出すいかにも寒冷地といった景色を見せてくれた。南北線はスマートフォンの画面から一度目を離すと、それからは葉の落ちきった落葉松林の向こうに見える山々へと視線をやっていた。
    「そうですよね、東京で過ごしていたら北陸本線なんて知らないのが普通なのかもしれないですよね……」
     北陸新幹線は独り言のようにそう呟くと、何か考え込むように宙を見つめ、それから遠くの山ではなく、近くで滑らかに通り過ぎてゆく錆び付いた架線柱にうつけたような眼差しを向けた。

         *

    「いや、すごい緊張したんだけど! 新幹線のひと乗ってくるなんて思ってなかったじゃん! 僕はまだいいけど京浜東北とかマジの上司でしょ。お疲れ様すぎる」
    「ごめん、それは僕も予想してなかった」
    「旅にハプニングは付き物だって言うけどさあ……」
     長野駅で北陸新幹線を降ろした列車は再び冠を被った山のふもとを走り出していた。
    「あ、川渡るのいいな。きれい」
     南北線の言葉に釣られるようにして京浜東北線が窓の外へ目を向けると、しかしすぐに列車はトンネルに入った。南北線は相変わらず何でもなさそうな様子で窓に映る彼自身と向き合っていた。
    「本当にきみトンネル区間も楽しめる路線なんだね」
    「これがデフォルトみたいなものだからね。しかも照明の感じも普段と同じような感じだし。でもここまで多いとなんか忙しい感じするよね。ていうかさすがに遠くない!? 大宮で買ったの飲み終わっちゃったんだけどまだ着かないの!?」
    「日本地図思い浮かべなよ」
     南北線はわかりやすく不満そうな表情を浮かべると、京浜東北だけになったしこれ開けちゃおうと言って売店で買ったスナック菓子をひと袋開けた。
    「やっぱり二人旅はシェアできるお菓子があってこそだよね。はい」
    「そういうもの? ありがとう貰うけど」
    「日常的に長い距離走っているとたぶん旅行する感覚なんてないんだろうけど。てかあのひと僕より若いのにこんな長い距離往復してるとか何。体力オバケじゃん」
    「もっと長くなるよ。きみみたいに延伸予定があるから。一年後に」
    「来年の春でしょ。さっき読んだ。でも、こんなたくさんひとを乗せていて長くて速くて直前で、不安もありそうだよね。たぶん。知らないけど、僕以上にはさ……」
     京浜東北線は、思い出したかのように軽くため息をついた南北線に「きみたち仲良くなれるかもね」と冗談めかして言った。
    「あのさあ、本当に僕が京浜東北と同じように北陸さん連れ回せると思ってる?」
    「そう言われると無理かもね。きみ、内弁慶だし」
    「うっさいな……」
     南北線がもうほとんど空の状態のプラスチック製コップに刺さっているストローを揺らしたのを認めると、京浜東北線もペットボトルホルダーに入れていたお水を一口飲んだ。上官は揺れないよね、と心のうちで思いながら。

     金沢駅での乗り換えは半時ほどだった。二人が在来線ホームに行くと、金沢へ来るまで乗っていた北陸新幹線の車両よりもいくらか白みの強い、洒落た車両が発車を待っていた。京浜東北線はのっぴきならない事情で名古屋まで行ったときなんかにこの車両をホームで見かけていることをふいと思い出しながら、この駅で自分が見ることは今回限りなのだろうと当たり前のことのように思った。車内に入ると照明やシートの色の具合が新幹線のそれよりも控えめで、在来線と新幹線との間に存在する差のようなものがありありと感じられた。走り出した列車の窓からはときおり、金沢まで乗ってきた路に続く高架橋が気まずそうに在来線のレールから離れてゆく様子や、頑丈でスマートな姿を見せつけるように近づく様子を眺められた。京浜東北線が日常的に見ている高架橋とは違う、列車の一編成も走っていない真新しい高架橋は、生といった雰囲気を感じられないだけに一層、今しがた彼らの進んでいる路を伸ばしてきた路線にとっての脅威であることを示しているかのようだった。
    「一駅の区間が長くなったみたい」
     南北線は地をゆく特急列車に揺られながらぼんやりとして、いかにも移動に疲れた様子だった。それもそのはずで、出発してから三時間はとっくのとうに経っていた。
    「午前中に比べたら半分くらいしかスピード出てないからね。ここもうすぐ新幹線通るから、きみがまた来るときはきっと速いって思うんじゃないかな」
    「また来ることなんてあるのかな。京浜東北のガチャ運次第な気もするんだけど……でも速くなるのはいいことだよね。今日だけでも早く開業して欲しいって思ったもん」
     京浜東北線は、それが現在福井県に乗り換えなしでは行けない、東京で生まれ育った生粋の都会人の感覚なのだろうと思いながら「そうだね」とその場しのぎの相槌を打った。それからは二人とも黙って、目を瞑ったり車窓を眺めたりして過ごした。そうしているうちに、列車の車内アナウンスがそろそろ最後の乗り換えの時間だと、物悲しいチャイムと共に彼らに告げた。
     王子保駅までは、福井駅で普通列車に乗ってからほんの二十分程度だった。いくら三都県を各駅で数えられないほど横断しているとはいえ、京浜東北線も少なからず体力を消耗していた。
    「宇都宮からは駅名標と一緒に自撮りしてってライン来てるんだけど、それだけでいい? 観光とかする?」
    「いやここどう見たってカフェとか何もなさそうじゃん。いいよ早く済ませて帰ろう。お土産は福井か金沢で買うし」
     ぐったりとして柵にもたれかかっていたのに、自撮りするとなれば角度に拘ってポーズをとる南北線に、京浜東北線は半ば呆れつつも感心した。彼は時刻表を確認して、それから「さっきのお菓子残っている?」と聞いた。
    「南北がいないとやってられなかったと思うよ。こんな宇都宮の機嫌に付き合わされただけのクソみたいな旅。ありがとうね」
    「お互い様だよ。本っ当に疲れたけどね」
    「南北、体力ないから」
    「もう反論する気も起きない」
     二人は無人駅の柵に体を預けて風に当たりながら、お菓子をつまんで下りの列車を待っていた。待っているひとは他に誰も見当たらず、二面二線の小さなホームは二人だけの世界のようだった。

     その日は金沢駅まで戻って一泊することとなった。帰りはちょうどいいダイヤがあるというので武生駅から特急列車に乗った。サンダーバードの車内で南北線が早々に意識を手放し、京浜東北線がうつらうつらし始めたら、程なく停車した福井駅で北陸本線が乗ってきた。京浜東北線はコバルトブルーの制服を目の端で捉えると、夢であればいいのにと実現しない願望を持ちながらも、上官が知っていたならば話は伝わっているのだろうと思い至って入眠を諦めた。果たして、存在が夢でないことを京浜東北線に教えてくれるかのように北陸本線は「長旅ご苦労さま」と言うと、通路を挟んで京浜東北線の隣に腰をかけた。
    「知ってたんだ」
    「直接は聞いていないけど、弟が地下鉄の子を乗せるって張り切って資料とか机に開いていたからね。真面目なんだよ。あとは東海道に聞いたりして。まあ王子保なんてまた面白いところに行くねと思ったよ。弟もまだ来てないし都会の一等地を走っているような子がわざわざ来る場所でもないでしょうに。京浜もね」
    「そうだね、こんな機会がなければ来なかったとは思うけど」
     京浜東北線は北陸本線とは反対側に顔を一度向け、それから西日の差し込んでいる北陸本線の側に向き直った。北陸本線の面は赤あかと輝く光に照らされて血に染まっているようだった。
    「きみに言うことじゃないかもしれないけど、南北は早く新幹線が開業してほしいんだって。さっきそんな話をしたよ」
    「東京のひとはそう思うだろうね。しかし実際にそういった声を聞くと嬉しいものがあるな」
     北陸本線の声は京浜東北線の記憶と同じように落ち着いていた。が、京浜東北線には、それが昔の記憶であるような気も、先刻聞いた北陸新幹線の声であるような気もしていた。京浜東北線が黙っていると、北陸本線も肘を置いて目を閉じた。そうした北陸本線の余裕のある佇まいは、その路線本人だと言うのに十分な説得力があった。京浜東北線も再び目を瞑った。すると彼は束の間を置いて、張っていた緊張の糸がすっかり解けたように浅い眠りについた。
    「福井で降りるから俺はもう行くね」
     京浜東北線を微睡みから覚醒させたのは北陸本線の声だった。いつの間にか鯖江駅も過ぎていたらしかった。彼は自分のいる場所が北陸本線を走る特急列車内であることを即座に思い出すと、
    「挨拶してかなくていいの」と北陸本線に聞いた。
    「馴染みのない路線の名前を寝起きに言われても戸惑うだけだろ。ましてや百歳も離れている路線じゃないか。弟が挨拶したと言うならそれでいいじゃない。若者同士で。俺はもう代わられるだけだよ」
     京浜東北線は、管轄も違うし、噂には聞く北陸新幹線と北陸本線の間の確執には首を突っ込まないほうがいいと他人事のように思いながら、そういうものかな、とこぼした。
    「京浜、お前もわかっていると思うけど世代の差は埋まらないよ」
    「そんなのは承知! きみたち世代と僕とも、南北みたいに新しい路線と僕だって交わることはない。けどいくら年齢が離れていても双方歩みよることなら可能だからね。それをやらないのは怠慢だよ」
    「お前は昔から難しいことを言うなあ。嫌いじゃないよ」
     北陸本線は機嫌のよさそうに笑って席を立つと、
    「じゃあ、東海道によろしく。またね」と言って、ひらひらと手を振って通路をドアに向かって進んだ。
     停車時間は短かった。京浜東北線は、北陸本線に言われた「またね」はきっと、近いうちに居酒屋で東海道本線に呼び出されることを示しているのだろうと想像し、頭の痛くなるような気を持った。再び列車が動き出してから彼は「大の大人が三人揃って迎えを呼ばなきゃならなくなるくらいまで飲むなよ……」と小声で呟くと、北陸本線と話していた間中ずっと窓にもたれかかって寝息を立てていた南北線に目をやった。あどけない寝顔だと思ったのは、京浜東北線が南北線を子どものときから見ているからなのか、誰が見てもあどけない寝顔をしているのか、彼にはわからなかった。
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    た か

    PAST鉄パーミル4で展示していた信越と兄陸の話。当時お読みいただいた方ありがとうございました!
    (※誤字脱字の修正等少々手を入れています)
    灯火 貴方の中に長野上官はいらっしゃるのでしょうか? まあそう聞いても、貴方は答えてはくださらないのでしょう。……
     そのような、そこはかとない未練のようなものが読み取られても不思議ではない書き出しで、信越本線が北陸新幹線に対して綴った手紙を、置き手紙として長野駅に残したのは、澄んだ青空に、薄くちぎれたような雲が浮かんだり風に乗って移動したりする、穏やかな秋の訪れを思わせる日のことだった。そしてこの日はまた、北陸新幹線が高崎駅・長野駅間を開業させてからちょうど二十五周年を迎えた日でもあった。令和四年の十月一日である。この年は国に鉄道が開業してから百五十年を迎え、さらには東日本の誇る全ての新幹線が五年刻み、あるいは十年刻みの周年を迎える年であるために、年始からどことなく浮き足立っている雰囲気がゆく先々で見てとれた。一声の産声が新橋駅に響いてから百五十年もの月日が経つ日を僅か二週間後に備えて人々の気分も高揚している、ちょうどそんな時期に北陸新幹線は二十五歳の誕生日を祝われたのだった。空模様は晴れやかな日に相応しかった。
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