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    usaginikuchan

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    usaginikuchan

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    過去、軍事施設で花火をしたことがある二人の話。
    茨→弓に見える。茨が割と女々しい。

    君と見る花火について「一緒に花火を見に行きませんか?」
    「はぁ?」

    ◆ ◆ ◆
    良い子も草木も寝静まる真夜中。パソコンのディスプレイ下部でデジタル時計が表示している時刻は午前零時過ぎ。
    流石にこの時間になれば星奏館の共有ルームも人気がなくなるもので。『副所長は未成年なんですから』と労働法適用外のくせに22時の定刻でコズプロスタッフたちにESビルを追い出される俺の第二の仕事場はここだった。自室に戻れば健康優良児の二人組がすやすやと眠っている上、競合他社の副所長まで居るのだ。これくらいは許してもらいたい。
    誰も使用していないローテーブルに社外に持ち出しても良いレベルの業務資料を広げる。多種多様なアイドルが賑やかに集まる日中とは打って変わり、今日もこの時間の共有ルームは静かでキーボードを叩く俺の指は軽快に踊った。
    というか人に見られない以上、ここで仕事をする自分を咎める人など居やしなかったのだが。
    ---その日は、在りし日の亡霊が現れた。

    ◆ ◆ ◆
    「…あんたさっき飼い主と一緒に見てたじゃないですか」
    「おや。見ていらしたんですか」
    「自分の肩書きをご存知でないのでしょうか?各事務所のアイドルが集結する大規模イベントは当然把握してます。それにそこら中でライブ映像を垂れ流している"アレ"を見ない方が難しいことでは?」

    "アレ"とは"ES主催の51時間にも及ぶ超大規模花火大会"のことである。狂気じみた開催時間だが約2日に渡るイベント期間の中でほんの数回カメラの前に顔を出せばOKという手軽さもあり、アイドルからも勿論ファンからも好評の企画だった。
    人を殺すための道具に使われる材料の一部が化学反応を起こして色を変えている。ただそれだけのことなのに、なぜこんなにも多くの心を惹き付けるのか。俺には分からないし、目の前の男がそれに誘ってくる魂胆も読めなかった。

    一度だけ。大昔に、一度だけ。教官殿だった頃の弓弦とやった花火の記憶を思い出す。パチパチと飛び跳ねる色鮮やかな光を見るこいつはそこまで楽しそうな顔をしていなかった気がする。
    確かに手持ち花火を持って。それこそ自ら火を付ける能動的な行動はしていたが、大抵の時間は非日常にはしゃぐガキの俺をぼんやりと見つめていただけ。『あなたの監視役として仕方なく付き合ってやっているんですよ』みたいな態度だった気すらして、腹が立ってきた。
    だからこそ特別花火を好きなわけでもない弓弦が俺に『一緒に花火を見ようだの』と声をかけてきた理由が分からないのだ。

    どうせこいつはあの日のことなんか覚えていなくて。姫宮のお坊ちゃんが寝たところにたまたま夜更かしをしている俺を見つけたから。
    物足りなさも相まって追加で世話を焼きたくなったなんてオチなんだろうけど。

    「あなたまだ一度も表に出ていないでしょう。既に結構な方々が出ているので引きずり出し、…いえ。誘いにまいりました♪こんなに遅くまで起きていると明日に響きますよ、茨」
    「うるさいな!自己管理くらい自分でできま、う゛。ッ!襟首を掴むな!」
    「先程は坊っちゃまと一緒でしたので。鑑賞中のお姿を網膜に焼き付けるあまり花火に集中できなかったのです」
    「う゛ぐ、俺の声聞こえてますッ!?あんた打ち上げの轟音で鼓膜でもやったんじゃないですか!?」

    …やっぱり都合良く見つけたのが俺だっただけじゃんか。

    しかし実力行使(物理)をしてくる弓弦を止められないことは長年の付き合いで嫌というほどを分かっている。ものすごい引力が首にかかる中で、死に物狂いでパソコンをロック状態にした俺は諦めて力を抜いた。
    ずりずりと弓弦の馬鹿力に身体が引きずられていく感覚が懐かしい。どうしても行きたくない訓練に無理矢理連れて行かれていたことが、昨日のことのように思い出せて目を瞑る。

    「行く気になったのなら自分の足で歩いてくださいまし」
    「これは教官殿の独断専行ですので!自分は一歩たりとも動きません」
    「はぁ。あなたの減らず口はいつになったら治るのでしょうか」
    「今回はあんた都合で自分に非はないですよね?」
    「それにしても」
    「聞けよ!本当に耳をやられたんじゃないですか?」
    「やられていません。連日夜遅くまで根を詰めている弟子をリフレッシュさせるのも教官の務めですので」
    「それはあんたの管轄じゃないので!即刻その手を離してもらってもいいです?」
    「それにしても」
    「本当聞いてませんよね!俺の話!」

    暖簾に腕押し。豆腐に鎹。教官殿に部下の言葉。
    自分を花火会場まで連れて行くことは弓弦の中で決定事項らしく、拒否を主張する発言は全くと言って良いほど聞く耳を持たれない。無駄に回ると評されるこの口が吐いた形式だけの反抗はことごとく打ち返されて地に落ちた。
    そうしてまた弓弦が口を開く。

    「茨と。あなたと花火を見るのは久しぶりですね。昔あの施設でやった時のこと覚えていますか?」
    「…、覚えてません」

    あんたこそちゃんと覚えてるよのかよ。覚えてないだろ。あの時はこんな大層な打ち上げ花火じゃなかった。湿気った、年代物の手持ちをせいぜい数本だっただろう。そう言い返そうとして口を噤んだ。
    自分が未だに思い出を抱えていること。地上に出ても未練がましく地獄の中で唯一綺麗だったものを捨てられない自分をこいつに見せるのが嫌で下唇を噛んだ。
    なんで覚えてるんだよ。薄汚く地べたを這った日々に良い思い出なんてないだろうに。

    ◆ ◆ ◆
    「そろそろカメラの前ですよ。茨、しゃきっとなさい」
    「あんたが勝手に引きずってきたんだろ…」
    「茨」
    「………アイアイ!敬礼〜☆ Edenの七種茨と!」
    「fineの伏見弓弦でございます。わたくしは本日二度目の参加となります。よろしくお願いいたしますね」
    「いやぁ綺麗ですねぇ!どれを見ても特上特大!この規模の花火が見れるのはここだけなのではないでしょうか?画面の前のあなたも存分に楽しんでいってくださいね!」

    挨拶と賛辞を並べたら視聴者に向けて手を振って、早々にカメラに背を向ける。あとは約2分間。空に打ち上がる火薬を眺めるだけだ。
    落下防止の手すりに手を掛けて、極めて鋭敏な教官殿に気付かれないように。ほんの僅かに首を右方向に傾けた。
    上がり続ける大輪はもう俺の視界にはない。夜空を彩る色付きの炎が暗闇で悪いはずの視界をクリアにする。

    あぁ。悔しいほど綺麗だ。あの頃と変わらない少しだけ大人びた横顔を花火の光が照らしていた。
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