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    雪絹✯月鯉幸せになれ

    @yukinu63f6

    鯉登少尉をもぐもぐして生きてる

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    POIPOI 20

    212話の月島の心境を勝手に妄想した月鯉。
    単行本22巻が発売する前に供養も兼ねてベッターにあげていたものに少しだけ読みやすい様に修正入れました。
    内容には一切変更ありません。
    22巻の月島の感情の加筆部分や、最終回後の鶴見中尉の視線の謎も知らない段階で書いたものになります。
    とにかく当時は月島の感情はこうであってほしいという願望のままに綴ったのでした。

    #月鯉
    Tsukishima/Koito

    #212#212



    「大日本帝国陸軍 北海道第七師団 歩兵第27聯隊に配属された鯉登音之進だ!」


     背筋をピンと張り、俺に向かいハツラツとした大きな声で自己紹介をする年若い青年はこれから俺の上司となる男。

     ……ええ、大変よく存じておりますよ。


    「階級は少尉。月島軍曹、貴様の補佐を受ける事になる、以後よろしく頼む!」


     眩しいほどの笑顔だ。
     若さに溢れていて、とても爽やかである。

     数年前に顔も身分も何もかも隠して初めて彼と出会った時は、時々思い詰めたような表情を見せるどこか影のあった美少年だった。
     その美しい顔はほぼそのままに程よく精悍さを増し、背もグッと伸びて均整の取れた体格を持った立派な青年として今再び俺の前に現れた。
     

     俺と違い、全てに恵まれ 神に愛された鯉登少尉。



     まあ神といっても神仏だけでなく、この子は死神にも愛されてしまったが……




     そして現在。
     その神に愛されたはずの鯉登少尉は左の胸と鎖骨の間辺りだろうか? 外套の上からなので正しい場所はわからないが、そこに銃剣を深々と貫かれ、現在いまは力なく俺に身体を預けていた。
     貫通しているので下手に寝かせる訳にはいかないのだ。
     俺は膝をついて彼を後ろから支えてやる。


     この子に死神の鎌が振り降ろされないように…と、昨日釘を刺したばかりだった。
     これから動向をしっかり見守ってやらねばと思ってた矢先に、まさかの死神をも畏れない怪物に剣を振るわれてその身を射抜かれてしまうとは……


     樺太道中スチェンカの時にも見た狂暴な怪物。


     不用意に近付いたこの子も悪いが、俺が声をかけた事で余所見をさせてしまったかもしれない…
     全てが良くない方に向いてしまった。

     銃剣の刺さっている場所は、あと少しでもズレていたら心の臓をつらぬいて即死していたかもしれなかった。
     そういう意味では全てがという訳ではなかったのかもしれないが、刺されたあの子を見て俺は一瞬頭が真っ白になった。

     刺されたのちに銃床の辺りで米神を殴られ、地に尻をついて項垂れていた少尉。

     その姿を見た時、なぜか俺は全く取り乱す事もなく、逆に恐ろしいまでに冷静になっていた。
     なんとしてでも目の前で起きた事を冷静に判断して適切な処置をするのだ!
     と、脳が命令を下していたからだ。
     
     己の持ちうる知識と経験を最大限に発揮して最良な選択をしてあの子を救え!と。



     幸い鯉登少尉は意識もあり、会話も出来るようだ。
     ただひどく青い顔をしていて、顔からは艶も消え彼らしくない覇気のない声を出した。


     現状をまだ良く把握出来ず、ただただ茫然としているのか…それとも今まで負った事のないような怪我をした事で不安なのか…
     とにかく顔面蒼白で、ゆっくりと瞬きしている。
     呼吸も薄い。

     大きな翼や美しい翅をもがれた生き物の様に視えた。
     
     樺太の道中で参加する事になった曲馬団の公演でも高い身体能力を惜しげもなく披露した、身軽で柔軟な身体を持っていた鯉登少尉。
     あんなに高く軽やかに空を舞っていたのに…
     傷つき翔べなくなってしまった若い肢体は今は見る影もないほどに弱っていた。

     しかし、その儚い姿すらもどこか美しい…などとその場に大変相応しくない感想を彼に抱いてしまう。
     鯉登少尉の危機的状況であるというのに、俺はなんと悪い男なのだろうか……


     今はその成りを潜めているが、鯉登少尉は喜怒哀楽というか表情がはっきりとくるくる変わるお方だ。
     泣くも笑うも…とにかく様々な顔を俺に魅せてくれたし、俺が暴いてやった雌の顔もあった。それは俺だけが知る顔だ。

     任務で離れてる事もあったし、彼と共に過ごした時間は決して長いとは言えないが、その時間は濃密であったと自負している。
     もしかすると彼の家族よりも俺の方があの子の様々な表情を見ているのではないか…そんな思い上がった事を思う位には。

     だがそんな俺すらも、今のこの少尉の表情は初めて見る。
     
     何とかしてやりたい。
     
     俺の庇護欲をこれでもかとかき立ててくるのだが、今の俺は無力だった。
     怪我の様子を見る限りどうやら現状では只々彼を支えてやる事しか出来ない様である。クソッ…もどかしい。
     
     ふと下を見ると、鯉登少尉が自ら刺さった銃剣を抜こうとしていたので、刺創は抜くと急速に出血をするから「抜かないでください」と注意した。
     
     そういえばキロランケと対峙した際に、少尉は腕に刺さった彼のマキリを引き抜いていたが、あの後しっかり注意しとくべきだったか……
     当時はその場に居た誰もが傷付いていて強敵を前に興奮していたのか、傷の大きさの割に痛みを感じる事もなかった。
     興奮するとアドレナリンとかいうのが脳内から分泌されるのだと、過去に鶴見中尉に教えられた。
     多量分泌されると痛覚も麻痺するのだそうだ。
     それは俺も実感する事が今も昔も多々あったので良くわかる。

     吹雪舞う海の上という凄まじい寒気の中という環境で傷口も凍りつき、多量の出血も抑える事が出来たという特殊状況でもあった。
     刺された部位が腕だった事もあり、極限状態と環境によってその場は何とかなったが、今は状況が全く違う。

     彼の腕を制しながら、軍曹として彼の補佐という役目を己はまだまだ果たしきれていれないのを実感する。
     現場で積んできた知識も経験も、まだまだこの子にたくさん教えてやらなければ…と、改めて思った。
     しかしそれも今後叶わなくなるかもしれない……
     まだこの子の側に居なければと思っても、鶴見中尉が俺を彼の補佐から外してくる可能性はある。今までだって任務で離れた事は多々あるのだ。

     先程一瞬だけ鶴見中尉から視線を感じた。

     今の俺を見て鶴見中尉は何を思っただろうか……
     先程、上官である菊田特務曹長に杉元を追えと指示を出されたが無視をした。
     軍では上官命令は絶対なのにも関わらずだ。
     俺の立場ならむしろ率先して部下たちに支持を送って動かなければいけないというのに。
     俺はこの子を優先してしまった。
     
     鶴見中尉からすれば己の右腕だと思っていた男が、堂々と命令違反する様を見たのだ、決して良い感情は持たれてはいないだろうと思う。
     厳しい鶴見中尉のあのかた事だ、後で俺には何か罰が与えられるかもしれない。
     しかしそんな事どうでも良かった。
     今の俺には、力なく身を預けるこの子を置いていくという選択肢は浮かばなかった。
     一人にしてはいけないと……
     
     【あの時】のように置いて行って、戻ってきた時には消えて無くなっていたら…と、思うと……
     
     無理だった。
     
     鶴見中尉に何と思われてもいいと思った。
     あの過ちは二度と繰り返したくない。
     
     久しく忘れていた【愛しい】という感情を再び与えてくれたこの子を護りたい気持ちと、俺自身の自分の心を護りたいという弱い気持ちが、[ここから動かない]という判断をした。
     それだけだ。


     周囲から人の気配が消えた。

    「……行かなくていいのか?…月島」

     小さな声で俺に問う鯉登少尉。
     つい昨日、命令されればどんな汚れ仕事も惜しまずやると宣言した程の俺が上司の命令通り動かないのだ、さぞ不思議に思ってるんだろう。
     俺らしくない行動に不安を感じているのか、瞳が少し揺れている。

    「いいのですよ、本当に行かないといけないような事態でしたら今頃鶴見中尉に怒鳴られてるはずですので」
     
     彼を少し安心させてやりたくて、この状況ではいつものように上手には出来ないが、何とか微笑んでやる。
     自分には己の表情は見えないので笑みの出来はわからないが、彼の目が少し柔らかくなったので良しとする。
     
     俺は少尉の誘拐監禁に手を貸していた時に、敬愛している父親の為なら己自身の生命すら惜しまず捨てられる…という彼の自己犠牲の妙に潔い一面もあるという事を知ってしまっているから、彼が余計な事を考えないようにしてやりたいと思ったのだ。

     とはいえ、この子は内面はまだまだ幼い部分も多い子供なので『行け』とは言っていても、本音は自分を置いて俺に杉元達の追跡には行ってほしくないのだろうと思っているのでは?と勝手に思い、彼がこれ以上不安にならないよう声に出して言ってやった。

    「今は…あなたの側に居させて下さい」


     すると、鯉登少尉の顔がくしゃりと歪み、涙が一筋血に濡れた米神を伝っていった。

    「……許可してやる」

     彼の声は相変わらず小さいままだったが、どうやら無事に安心させる事が出来たようだ。
     
     緊張が少し解けたようで、俺の腕にかかる彼の身体の重みが少し増した。


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