頑張れ!クラークくん3 自分とは世界の違う、縁もゆかりもなかった友人と急に仲良くなったことはあるだろうか?
私の場合はクラークだった。
彼は自他共に認める顔の良さ、綺麗な青い瞳と艶々とした黒髪、茶目っ気のある性格から彼を慕い、仲良くなりたがる人間は多かった。
数学の教室でクラークとたまたま隣席だった私は、彼と話しているうちに仲良くなった。
彼を取り巻く女の子の中で、私が一番親しみやすいのだろう。今までありとあらゆる女の子から「クラークを紹介して欲しい」「クラークと仲良くなりたいから協力して欲しい」とお願いされてきた。始めは律儀に紹介したり、協力するようにしていたが、次から次へと後を絶たない為、最近は断るようにしている。
今までの彼は、恋多き男だった。短ければ二週間、長ければ三ヶ月で別れてしまい、それでも彼と恋人になりたいという女の子は多かった。それに憎めないキャラクターのせいか、別れても彼を悪く言う女の子は少なかった。
ところが急に「ジャックという、彼氏が出来た」と高らかに宣言した後、「ジャックは門限までに家に帰している。ジャックのパパ達は心配性だから」の一言は、どうせまた長続きしないだろう、真剣な付き合いではないと鷹を括っていた私達にとって全身を雷に打たれたような衝撃だった。「あの」クラークが!? と友人内でざわついたことは忘れない。一体全体ここまでクラークを夢中にさせるなんて!? どんな男だ!? と探りを入れてみるも「天使に刺された時に仲良くなった」と、クラークが入院理由を聞かれた時の「天使に刺された」という冗談に絡めた冗談を言うだけで、あとは「可愛い。とにかく可愛い」以外の情報は教えてくれなかった。
「付き合っていると思っていたら友人だった」という悲しいエピソードから一転、バレンタイン後の彼には幸せオーラが漂っており、どうやらバレンタインは上手く行ったようだった。
バレンタインも大事だが、学生の私達にとって嫌なイベントである、期末試験に向けて勉強している私達に話を戻したいと思う。
集中力が切れて、注意散漫になっている私は暇潰しに、クラークに恋人の話を聞きたかった。
「ねえ、彼氏とは上手くいったの?」
「うん。恋人になった」嬉しさが堪えきれないらしく、憎らしい笑みを浮かべている。
「私には教えてよ。で、どこまでいったの?」
「ん? キスした」
「まだキス? クラークならもうシてると思ってた」
おい! と私の座る椅子を軽く蹴られる。プレイボーイの彼なら、もう手を出していると思うだろう。何が悪いの? と白々しい態度を取り、彼の笑いを誘う。笑った彼の白い歯が覗く。
「でも、俺ばかり好きな気がして………少し不安なんだよ」
珍しい。私の知るクラークは恋愛で悩んでいる姿を見たことがなかった。引く手数多である彼には、悪い言い方であるが代わりはいくらでも居たのだろう。カフェで勉強している今も「声掛けてみようかな」「やめなよ、恋人がいるみたい」と連絡先を渡そうとしていた女子高生達が目の端で映っている。
「クラークなら大丈夫だと思うけど。それに付き合いたてでしょ? 一番イチャイチャベタベタしている時期じゃないの?」
「付き合いたてだけどなかなか会えないんだよ………ジャックは家業が忙しくて。それにデートの約束も俺からばかり。正直学校内のカップルが羨ましい、放課後にそのままデートしてみたい」
「そっか、寂しいね」
ジャックのことを「天然の彼氏」としか知らない私はただクラークの気持ちに寄り添うことしか出来ない。勉強のお供に買ったドーナツを差し出し「大丈夫だよ、これ食べて元気出しなよ」と言ってあげることしか出来なかった。
湿っぽい空気を取り払うようにクラークが「ありがとう、これ食べたら勉強しようぜ」とドーナツに齧り付く。
何気なくカフェの窓から外を見ると、艶やかな漆黒のシボレーインパラが止まっている。車から男が一人降りてくるとカフェのベルが鳴る。子鹿みたいな男が一人入ってきた。
柔らかそうなブラウンの髪が少し癖でうねっており、青い瞳がうるうるとして母性本能を擽られる甘い顔のハンサムだった。彼はキョロキョロと席を見渡すと、私達に向かって歩いてくる。扉に背を向けて座っているクラークはドーナツの白い粉を口周りにつけながら「これ、美味い」と呑気に食べており、子鹿の男がクラークの隣に立ったところで、ようやく男の存在に気付いた。クラークが「ジャック!」と大声で名前を呼び、溢れんばかりの笑顔で彼を迎える。
「やあ!」片手を挙げてジャックがクラークに挨拶すると、クラークは手についたドーナツの粉を払い、立ち上がり二人は軽くハグする。
(………この人が「ジャック」か!)
クラークが私にジャックを紹介しようと思ったのだろう、一度離れようとするとジャックがクラークを強く抱き寄せてキスをした。
よく恋人が挨拶にするような軽いキスではなく、舌と舌を絡め合わせる官能的なキスだ。びっくりしたクラークは止めるタイミングを失ったのか、官能的なキスに酔いしれているのか、突然始まった恋人同士の甘い時間に店内の誰もが釘付けになっている。カフェに流れる曲の歌詞がはっきり聴き取れるほど静まり返った店内で、彼等のキスの音も響いている。先程までクラークに連絡先を渡そうとしていた女子高生達も目が離せず、固まっている。友人の濃厚過ぎるキスに、映画のセックスシーンを親と観ているような気恥ずかしさを感じる。我に返ったクラークがジャックの肩を軽く押すと、唇と唇が離れて、銀の糸が引いている。本当に銀の糸って引くんだ。
ジャックが「上手くなった? 鼻で息したよ」と聞くと、周囲に見られている恥ずかしさで赤面しているクラークが消え入るよう声で「………うん」と頷いている。
何事もなかったように「やあ! 僕はジャック」と片手を挙げて挨拶させる。
呆気に取られながら自己紹介を済ませると、店内の人々の視線が痛いほど刺さっている。私は何もしていないのに。いつも自信に満ち溢れているクラークがまだ赤面して使い物にならず黙ったままだ。何か会話を、と友人のキスで真っ白の頭から捻り出す。
「ジャックはなんでここにきたの?」
「クラークにどうしても会いたくて!」
(なんだ、愛されてるじゃん)
今度はクラークにドーナツを奢って貰おうと心に決めて「じゃあ、デート楽しんでね」と逃げるようにカフェを出た。