大切な思い出、初恋の感動 一.現在
「ディーン、ただいま〜!」
帰宅したサムがディーンに花束を渡した。
「おかえり、お! 今日の花は勝訴か?」
花束を受け取ったディーンが鼻を近付けると、匂いを嗅いだ。甘くロマンティックな香りがディーンの鼻に抜けていく。
そして、大きな真っ白の花瓶に花束を飾った。
「勿論! ディーン、今日は何のパイ?」
「今日はチェリーパイ。サミーが勝つと思って、車飛ばして買いに行って良かったぜ」
ディーンは冷蔵庫を開けて、中に置いてあるチェリーパイを得意そうに見せた。
このチェリーパイは、ディーンの母親であるメアリーの店で作られたものであり、二人にとっては思い出の味だった。
「相変わらず、メアリーのパイは美味しそうだね」
冷蔵庫の中のチェリーパイを見て舌舐めずりしているディーンをサムは後ろから抱き締めると言った。
「当たり前だろ? マムのパイは一番だから」
サムに抱き締められたディーンは振り返ると、少し上にある彼の顔を見ながら、したり顔で返した。
弁護士のサムはどんな小さな案件でも仕事が片付くと、ディーンに花束を買って行った。
勝訴しようが、敗訴しようが、必ず花束を買っていく。
そしてサムが勝訴した日は、メアリーの手作りパイをディーンが買って帰るのだった。
明確に決めた訳ではないが、サムとディーンが一緒に暮らすようになってから生まれた、二人の習慣だった。
きっかけは、仕事に没頭したサムに、ディーンが怒りを表したことだった。
弁護士という仕事が忙しいことは、二人とも重々承知していた。
ディーンを楽にさせたい一心で、サムはキャリアを確立させようと躍起になっていた。
だが、仕事に励むあまり、家庭を蔑ろにしてしまった。そんなサムに怒ったディーンと大喧嘩になったことが始まりだった。
仕事を落ち着かせたサムはディーンに詫びる為に、花束とメアリーのパイを一緒に贈った。
そうして、この習慣は生まれたのだった。
それからというもの、裁判の度にサムは花を買っている。
簡単な案件だと数週間、大きな案件だと約数ヶ月。
花のサイクルで、サムの仕事の忙しさを図れる。その上、花のおかげで、家は華やかになる。まさに一石二鳥だった。
いや、普段からジャンクフォードを好むディーンは、「身体に気を付けろ!」と健康志向のサムに口酸っぱく言われていた。大好きなパイをたらふく食べられる。それだけで、一石三鳥かもしれない。
「サミーちゃん、腹減ってる? 何食べたい? お祝いに好きなもの食べようぜ」
冷蔵庫に残った食材を見ながら、ディーンはサムに聞いた。
「う〜〜ん、好きなものならディーンがいいな」
抱き締めたままのサムが、ディーンの肩に顎を乗せると囁いた。
「うわ! おっさんみてえなこと言ってる! ……ったく、仕方ねえな。お前の仕事が忙しくて、シてねえしな。軽くだぞ。明日も仕事だからな」
「やった! 優しくするね」
ディーンの許しを得たサムが、彼を軽々とお姫様抱っこした。
「わっ! お前! よく持ち上がるな!」
「ディーンと違って、鍛えているから」
お姫様抱っこに照れたディーンが顔を背けて、目を合わせないようにしている。
そして、ベッドに降ろされたディーンは顔に恥じらいの色を溢れさせていた。頬が赤らむと雀斑が少し目立ち、愛らしい。サムは思わずニヤついてしまうのを感じた。
サムは自身の背広を急いで脱ぎ捨てていく。決して「安い」とは言えないワイシャツやスラックスが皺になることも気にせずに、ポンポンと床に落としていった。
あっという間に全裸になったサムの瞳は、情欲の炎でメラメラと燃えている。
「あ〜あ、良いスーツだろ? 知らねえぞ」
ディーンが片頬を釣り上げて、揶揄うように笑った。
「でも、ディーンとのセックスの方が大事だ。ほら、ディーン。さっさと脱いで」
「ん、分かったよ。雰囲気がねえなあ」
呆れるように笑いながら言ったディーンが、洋服を脱ぎ捨てていく。
——お前が楽しめるようにストリップしてやるよ
サムの耳元で囁いたディーンがゆっくりと脱ぎ始めた。
わざと身体をくねらせて、Tシャツを脱ぎ捨てると艶やかな肌を見せつけている。年齢を重ねて、少し肉のついた身体が色っぽい。
サムと目を合わせたディーンが挑発するように、唇から舌を覗かせる。分厚い舌が、ローズピンクのぽってりとした唇をぺろりと舐めた。
半裸のディーンがジーンズも脱ぎ捨てると、サムが散らかしたスーツ同様に床に投げ捨てた。そして、煽り立てるように下着を脱ぐと、サムはディーンを引き寄せた。サムは胡座をかくと、向かい合うようにディーンを座らせる。
「軽くって言ったのに、そんなにサービスしてくれるの?」
笑窪を作ったサムが、ディーンにキスをしようと顔を上げた。
「特別だぞ」
そう言ったディーンがサムの薄い唇に触れるだけのキスをした。
お互いの唇の柔い感触に溶けるような幸福感が全身を駆け巡る。
ディーンが少し口を開けたので、サムは唇をなぞるように舐めた。彼の唇の丸みを確かめるように、舌を這わせるとディーンの舌が迎えにきた。ディーンと初めてキスした日から変わらない、昂る高揚感と絶頂感がサムを包み込んでいく。
ディーンの口内を舌で味わいながら、胸を揉みしだいた。
「んんっ………ふっ、あ」
鼻から甘美な声が抜け、サムの掌の愛撫に全身の毛が粟立つのをディーンは感じた。
長年の愛撫によってすっかり性感帯に変わったディーンの乳首が、ピンと立ち上がっていく。サムの人差し指と親指が乳首をくにくにと摘むと、快感で小さな電流が脳を痺れさせていく。甘美な声がさらに甘ったるくなった。
胸の上で立派に主張している乳首を、サムがべろりと舐め上げると、ディーンはサムの唇に押し付けるような形となった。口内に押し当てられた胸の飾りにサムは強く吸い付いた。
「ああっ………んぁっ………ん」
サムの頭を抱えながら、ディーンが大きく喘いだ。
乳輪を円を描くように舐めると、ディーンが腰をゆらゆらと揺らしている。
すっかり勃起したペニスを、同じく勃起したサムのペニスに擦り合わせ、少しでも快感を得ようとしていた。
サムは胸の突起を舐めつつ、ディーンのペニスを扱いた。先走りで濡れているペニスを扱くとグチュグチュと音が鳴っている。胸とペニスを弄られて乱れるディーンの声がサムをさらに昂りへと誘っていく。
「ディーン、触って」
サムは勃起したペニスをディーンに握らせた。剛直な硬いモノが熱くなっており、触れるとドクドクと脈打っていた。
ディーンはサムの大きなモノを遠慮なく扱き始めると、サムは快楽で吐息が漏れた。
見下ろしたディーンの瞳は情欲に溺れている。ヘーゼルグリーンの瞳はどろどろに蕩けており、ただでさえ絢爛な瞳が色欲に濡れている様を見ると、サムは気分が良かった。
胸の突起を舐める水音とお互いのペニスを扱き合う音、ディーンの喘ぎ声に自身の吐息。この部屋に響く全ての音がサムを昂りへと連れていく。
「サミーい♡ そろそろ挿れて欲しい♡」
目元を溶かしたディーンがサムに強請るように言った。
そしてベッドサイドの引き出しから、ローションとコンドームを二つ取り出した。
受け取ったサムは自身のペニスに手際良くつけると、ディーンのペニスにもつけた。
そして、四つん這いで尻を高く上げているディーンの窄まりにローションをたっぷりと塗り付けると、中指を挿入した。サムの中指をあれよあれよと飲み込んでいく。中指では満足できないディーンがゆらゆらと腰を動かし、もっと、もっとと強請っている。
腹側にあるコリコリした部分を押したら、窄まりがキュッと締まった。ディーンの性感帯の一つである、前立腺だった。中指が抽送運動し、快楽のツボを掠める度にディーンの身体が跳ねていく。
ふわふわした肉壁がサムの長い中指に纏わりつくと、更なる刺激を求めてぐにゅぐにゅと動いた。
「サミーお願い♡ ………っあ…ンンっ♡ ………早く挿れて欲しい♡」
「ディーン、指一本しか入ってないよ? 慣らさないと」
「もう大丈夫だから♡ ……ああっ…ふ……お願い♡ ………早くう♡」
いつのまにかスイッチが入ったディーンは甘ったるい声でサムにおねだりをした。
「大丈夫? 本当に平気?」
「大丈夫だから♡」
「分かった」
サムは屹立したペニスを当てるとゆっくりと挿入した。窄まりがメリメリと音を立てて広がっていく。頭のてっぺんから足の先まで快感がサムを支配していく。
「〜〜〜♡♡♡」
ディーンが声にならない喘ぎ声を出したと同時に背中を大きく反らした。ディーンは、目裏に色とりどりの光がスパークして痺れていくのを感じた。
「痛くない?」
「〜〜んん♡ このくらいが好きい♡」
窄まりのキツい締め付けに思わず精を放ちそうになるが、サムは歯を食いしばって耐えた。サムの大きなペニスが根元までゆっくり入ると、ディーンは最奥を一度だけ突かれた。ただそれだけなのに、ディーンの身体は蕩けそうになっている。ジワジワと押し寄せてくる快感に、ディーンは気を遠くしそうになった。
ディーンが快楽で飛びかけているともつゆ知らず、サムは緩々と腰を動かし始めた。
「あっ♡ は♡ ん♡ ああ♡」
サムが突く度に、ディーンは短い喘ぎ声を漏らしている。
——パンッ!
サムがディーンの尻を掌で軽く叩いた。と同時に、ディーンの窄まりがキュンと締まった。
「んあっ〜♡ ンッ……ぁ…サミーい〜♡ もっとしてえ♡」
Mっ気のあるディーンがスパンキングに喜んで、尻を振った。
——パンッ! パンッ!
「♡ ♡」
突かれると同時に叩かれる快楽に、ディーンはさらに嬌声を上げた。
ディーンの尻が少し赤く染まっている。
今度は赤くなった尻をサムは優しく撫でた。すると、彼は身体をくねらせた。
ディーンの汗ばんだ背中に唇を落とすと、びくんと跳ねる。そして、跳ねる背中の窄んだ縦筋に沿って、サムが舌を這わせた。ビクビクと跳ねる様は陸に打ち上げられた魚のようだった。
——パンッ!
サムは先程より力を込めて、尻を叩いた。
「あああ〜〜〜♡♡♡ サミい〜♡」
円く柔い尻が締まると同時に、ディーンは叫ぶように嬌声を上げた。
そればかりでなく、快楽でうねった窄まりがサムのペニスを絞り上げた。
——パンッ! パンッ!
サムが、また強く叩いたと同時に、激しくディーンの尻に打ち付けた。
「♡ ♡ これ大好き♡ い♡」
最奥を抉るように力任せに突くと、ディーンは腰をくねくねと淫らにくねらせた。叩いた尻は赤くなっており、ディーンの白い肌に映える赤が綺麗だった。
サムが赤い尻を揉みしだくと、敏感になっているディーンはそれすらも快感のようで喘ぎ苦しんでいる。狂ったように喘いでるディーンは呼吸も上手く出来ていないようだった。
サムから与えられる淫楽で頭が真っ白になって、何も考えられなくなっていた。
「軽くだけだろ? もうやめとく?」
「ん♡ やだ、もっとして♡」
サムの言葉に興奮したディーンがよがり声を上げた。
淫楽で身体を支える力が抜けたディーンは人形のようにダラリとしており、ただ突っ伏している。
サムが獣のように腰を打ちつけると、性感帯である乳首がシーツに擦れて、ディーンは気持ち良かった。甘ったるいほどの陶酔感が彼の全身を包み込んでいく。
ディーンの全身が薄らと赤く染まっており、婀娜っぽかった。
突く度にきゅん、きゅんと締める窄まりにサムのペニスは爆発しそうだった。血管が膨れ上がり、熱く火照っていた。挿入されたサムのペニスが一層大きくなったのを感じた。
「イキそう………あんぁ♡ イ、イクっ………イっちゃう♡」
叫び声のような嬌声を上げたディーンは縋るようにシーツを握り締めると、背を大きくしならせた。
そして、窄まりを淫らに収縮させると、身体をガクガクさせて、思い切り精を放った。
コンドームの中にどくどくとディーンの欲望の汁が溜まっていく。
「ごめん、僕もっ………! イクっ!」
激しく蠢いた窄まりの動きに呑まれたサムも、ディーンの最奥に思い切り精を放った。
窄まりが最後の一滴まで搾り取ろうとキツく締め上げ、サムは雷に撃たれてような快感に浸っていた。気持ち良かった。この言葉に尽きた。
イッたディーンの顔を見たく、サムはペニスをずるりと抜くと、何をさせても快楽を拾う彼はビクンと跳ねた。
糸が切れたように突っ伏すディーンを仰向けにすると、艶美な顔は涎と涙でぐちゃぐちゃになっていた。絢爛な瞳は情欲の涙で潤けており、ぽってりとした唇は溢れる唾液で濡れている。妖艶で淫靡だった。まだ淫楽の海に溺れているのか、ボーッと虚ろにしている。
サムは情欲の炎がジリジリと再び燃え始めるのを感じたが、「軽く」という約束を守る為に、心頭滅却に勤しむことにした。次、ディーンが休みの日は、必ず抱き潰そうと誓った。
サムは快楽の海に揺蕩うディーンの頭を撫でながら、左手の薬指に光る指輪を見ていた。
同じく左手の薬指にお揃いの指輪をつけたサムは、初めて会った日のこと。ディーンと付き合った日のこと。まさかずっと側に居れると思ってなかった、ディーンとの出来事を思い出していた。
二.十四歳と十八歳
九年生になったばかりのサム・ウィンチェスターは、学校が好きではなかった。
友人が居ないわけではない。友達が多い方とは言えなかったが、幼馴染のジェシカや気のおける友人は数人居る。
勉強が出来ないわけではない。寧ろ、頭脳明晰なサムは成績優秀者として毎年表彰されるほど頭が良かった。
ディベートの授業ではA+以外取ったことがなかったので、先生には「将来弁護士なんか向いているんじゃないか?」と勧められた事がある。
では、何が嫌いかというと、小学生のように小さなサムにイジメをする嫌な生徒が毎年一人、二人は居るのだ。
元海兵隊員の父親、ジョンは護身術の一環として、柔術や体術は勿論のこと、緊急時の時に備え、銃の扱い方まで一人息子のサムに教えていた。本気を出せば、相手をボコボコに痛めつけることは可能だが、父親の教えをそんなことに使いたくなかった。
護身術で教わったものをいじめっ子相手に使ったら、父親が怒るかもしれない。いじめっ子より怒った父親の方が怖かった。それにシングルファーザーの父親を心配させたくなかった。目立つことをして、停学や退学になったら敵わない。数人の気の合う友人と楽しく、ひっそりと学園生活を送れればそれで良かった。
今までのサムは、いじめっ子が飽きるのを待っていた。エスカレートする場合は、人目のつかないところでこっそり喧嘩していた。喧嘩に勝つサムを知れば、次の日にはイジメられなくなっていた。
そして九年生になった今年も、小さなサムをイジメる嫌な生徒が現れてしまい、ここ数日サムは頭を悩ませていた。
だが、今日は違っていた。
学校に到着したサムが、廊下にあるロッカーから教科書を取り出そうとしていた時だった。
いじめっ子である、マイクが思い切りサムに体当たりをした。身体の大きなマイクのせいで、サムは大きく尻餅をついた。
「サムか、小せえから分かんなかった」
ただ十四歳にしてはガッチリとした体型だというだけで、マイクは威張り散らかしている。
「………」
マイクの行動を腹立たしく思ったサムは、思い切り睨みつけた。
「なんだよ、文句あるなら言ってみろよ」
「………別に………何もない………」
尻餅をついていたサムは立ち上がると、お尻についた校内の埃をパンパンと払った。そして、またマイクを睨みつけた。
「おっと、立っても小せえから見えなかった」
マイクは、立ち上がったサムを今度は小突いた。
サムが「良い加減にしろ」と言おうとした、その瞬間だった。
「おい! 何してんだ!?」
サムの後方から、何者かがマイクに向かって怒鳴った。
「こいつは、俺の友達なんだぞ! 文句があるなら俺に言え!」
サムの頭一つ分は背の高い、知らない白人の男の子にポンと頭を撫でられた。
その人物からは、五感に訴えかけるような上質な香りがした。思わず見上げると、知らない白人男子はとても綺麗な顔立ちをしていた。雑誌モデルのような容姿端正な彼は身長といい、声変わりした少し低い声といい、上級生と思われる。
絢爛なヘーゼルグリーンの瞳は窓から差し込む光でキラキラと輝き、薄らと頬に散らばる雀斑が可愛らしい。ふっくらしたローズピンクの唇は色っぽく、焦げ茶色の革ジャケットと短く刈り込まれたブラウンの髪が、彼の鮮麗さを掻き立てていた。
光に照らされた校内の埃が燦然と舞うなかで、立っている彼は絵画のように美しかった。サムは感嘆の声を漏らしそうになった。
サムが彼に見惚れていると、マイクは彼を見て震え上がった様子で、すたこらと逃げていった。
「大丈夫か?」
マイクを蹴散らした絶世の美男子はサムの肩を掴むと、顔を覗き込んで聞いている。
「………………え? あ、うん」
あまりにも綺麗で彼に見惚れてしまった。
「そっか、良かった! またあいつに何かさせたら俺の名前いつでも出して良いぞ」
「え? あ………う、……うん」
「俺の名前分かるか?」
ニカッと白い歯を見せて彼が笑った姿は、映画のワンシーンのように爽やかだった。
「え、あ………う、……うん」
本当は微塵も知らないが、彼の美しさに圧倒されたサムは思わず頷いてしまった。
『お〜い! ディーン〜!』
廊下の何処から男の子が大声で「ディーン」を呼んでいる。
「今行く!」
声の方角に向かって、目の前の美男子は返事した。
どうやら彼の名前はディーンと言うらしい。
「じゃ、俺は行くから! またな!」
ディーンはパチンッと大きくウインクをすると、声の元へと駆け寄っていった。
ディーンがサムから去ると、神秘的でエキゾチックな香りが残った。
——雑誌モデル? 俳優? 実在の人物? 夢?
童話の王子様の如く、突然現れたディーンにサムは混乱していた。余りにも魅力的な人物の登場にディーンの存在を疑ったが、彼の香水の残り香が実在していることを、サムに教えてくれているようだった。
ディーンが去った方角を見つめながら、サムが惚けて立っていると、幼馴染であるジェシカがプリプリと怒りながら近付いて来た。
「ねえ! 見てたよ! 大丈夫!?」
ジェシカが眉を寄せ、心配そうにサムに尋ねた。
「う、うん………あの『ディーン』って人が助けてくれた」
「それも見てた! ねえ、ディーンと知り合いなの?」
「いや………知らない………え!? ディーンを知ってるの?」
サムは、ジェシカがディーンを知っていることに驚かずにいられなかった。
「知っているも何もあの『ディーン・キャンベル』だよ? ほら、プロムキングの」
ジェシカはサムの驚いた様子など全く気にせず「サムがプロムキングに興味あるわけないか!」と笑窪を作っている。
「プロムキングってことは十二年生?」
「うん」
「へえ、あの人にお礼言えなかったな」
ディーンの清涼な笑顔がサムの脳味噌に焼きついている。
「また会えるよ、今度会ったら礼を言えばいいじゃん!」
ディーンに負けない清々しい笑顔でジェシカがサムに向かって言った。
◎
休校日である日曜日に、父親の頼みでサムは街に買い物に出ていた。
遊歩道を歩いていると、艶めかしく黒く光った六十七年型のインパラに車道から軽くクラクションを鳴らされた。
——プッ! プッ!
シボレーインパラに乗る友人はサムの周りに居らず、父親のジョンの車でもない。遊歩道を歩いている自分が交通ルールを違反した訳がない。
不思議に思ったサムは周りをキョロキョロ見渡すと、停車したインパラの窓がキコキコと音を立てて下がっていく。
「よお! この間ぶりだな!」
そこには柔かに笑うディーンが居た。
マイクから助けてくれた日と同じように少し余裕のある革ジャケットを見事に着こなしている。ジーパンにフランネルシャツ………学校で会ったディーンと少しも変わらないのに、雑誌から飛び出してきたようなディーンの眩さに目が焼けるようだった。
「………あ! あの時の! この前はありがとう!」
サムは弾ける笑顔でディーンに礼を言った。
「いいよ、それよりあいつにまたイジメられてねえか?」
「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう。……それよりこの前のお礼がしたい」
「礼なんかいいよ……って言いたいが、甘いものは好きか?」
マイクからサムを助けた時と同じように、ディーンがニカッと白い歯を見せて爽やかに笑った。またもや映画のワンシーンのようだった。
サムは質問の意図を理解すべく、頭脳明晰な頭をフル回転させたが全く理解出来ない。
首を傾げたサムに向かい、ディーンがケラケラと笑った。
「ほら、乗っていけよ」
ディーンが車内から助手席のドアを開けた。
ほぼ初対面である、上級生の車に乗ってよいのか? とサムは少々遠慮したが、サムの遠慮を汲み取ったディーンが安心させようと軽く言った。
「なあに、取って食ったりしねえよ。時間あるか? 腹減ってる? すぐそこなんだ。三十分あれば礼は済む」
「時間はあるし、お腹も空いてるけど……」
サムが遠慮がちに答えた。
「じゃ! 決まりだな!」
天真爛漫といった言葉そのもののディーンの笑顔に悩殺されたサムは、ディーンが運転するインパラの助手席に乗り込んだ。低く唸るようなエンジン音を立て、インパラが走り出す。
「良い車だろ?」
ステアリングを握りしめたディーンの質問にサムは深く頷いた
ディーンの言う通り、すぐそこだった。
遊歩道を一ブロック過ぎたところで停車すると、ディーンはサムに降りるように言った。
「ここだ! さ! 礼してくれ!」
車から降りたディーンが高らかに宣言すると、上機嫌に店内に入っていく。
その店はパイを売っているお店のようだった。
「いらっしゃ………ディーン!」
小さな店内のベルが響くと、ブロンドの美人な女性がディーンに挨拶をした。
年齢は母親くらいで、弾けるような明るい笑顔が活気溢れる店内の士気を上げている。
「やあ、マム! 今日も綺麗だね。友達を連れて来たんだ!」
朗らかにディーンが言った。
「じゃあ、うんとご馳走しないとね。あなた、名前は?」
ディーンの言葉通り、彼女は綺麗だった。彼は「マム」と呼んでいた。恐らく母親なのだろう。綺麗な部分を含め、彼女はディーンによく似ていた。正確には彼女にディーンが似ている。ブロンドとブラウンと色の違いはあれど、光でキラキラと透けるディーンのブラウンヘアーは彼女の遺伝子だろう。そして何より、絢爛だが優しげな瞳がディーンにそっくりだった。
「名前はサムです。サム・ウィンチェスター」
「はじめまして、サム。私はメアリー。ディーンの母親であり、この店の店主。よろしく」
メアリーはディーンに似た大きなウインクをサムにした。そして、メニュー表をディーンに差し出した。
店内はテーブルが四つあり、それぞれ四脚ずつ椅子が置かれている。広くはないが、清潔感があり、メアリーのように明るく温かい雰囲気がとても居心地良かった。一番奥のテーブルでは、二人組の女性が美味しそうにチェリーパイを頬張っていた。
「さっきまでピークで、今は客が落ち着いた所なんだ。いつもはもっと賑わっているからな」
ディーンが店の評判を落とさないように言い訳がましく言うと、一番手前のテーブルに座った。
サムがメニュー表を開こうとするが、ディーンは人差し指を立てて緩やかに指を振り、指に合わせて舌を鳴らした。
「うちの一番はチェリーパイなんだぜ、食べてみろよ」
ディーンはニコニコと微笑むと、二つチェリーパイを注文した。
サムはディーンに礼を言うタイミングを見計らっていたが、なかなか切り出せないでいた。緊張するサムを尻目に、ディーンは店内の水を一口飲んだ後、軽く歌うようにサムに話し掛けた。
「名前、サムっていうんだな」
「う、うん………サムっていう。………ディ、あなたの名前はディーン・キャンベルなんでしょ? 友達から聞いた」
「そうか、合ってるよ。俺の名前はディーン。よろしくな。サム」
ディーンは柔らかに微笑んだ。そして、サムに握手を求めた。
「うん、よろしく。そうだ! あの時はありがとう」
「気にすんなって。それよりここのパイを宣伝してくれ! マムのパイは美味しいんだ。今日は俺が奢ってやるから、美味かったら友達に勧めてくれ」
「そんな……悪いよ! お礼がしたいのに!」
「いいから! 美味かったら、また食べにきてくれ!」
ディーンが言い終わったと同時にメアリーがチェリーパイを二つ持ってきた。
「はい、どうぞ〜」
「わあ! 美味しそう!」
空腹感を刺激する見た目に、サムは喜色の笑みを浮かべた。
十字を切るようなパイの網目は香ばしく焼けており、大きなホールを八分の一にカットされたチェリーパイの中身から溢れるようにチェリーが飛び出している。そして隣には、甘さ控えめの泡立てられた生クリームがたっぷりと添えられて、とても美味しそうだった。
不安そうな子犬のような眼差しで、人見知りなのか、目を泳がせていたサムはチェリーパイに笑みを綻ばせている。その姿にディーンは安心したと同時に、可愛らしさに胸を締め付けられた。
「いただきます」
サムは口を大きく開けて、頬張った。
欲張ったサムの左の口端にはサワーチェリーがついている。
「サム、ここついてるぞ」
ディーンは自分の左の口端をトントンと触り、真っ赤なサワーチェリーがサムの口端についていることを教えてあげた。
サムは慌ててペーパーナプキンで口を拭ったが、口端の真っ赤な塊が左頬に移動してしまった。微笑ましく思ったディーンがまた自分の左頬をトントンと触り、拭い残していることを教えてあげる。サムは、ディーンに教わった場所である左頬を、もう一度拭ったが全く落ちていなかった。
「サム、まだついてる。ここだって」
真っ赤な塊がついてあるサムの左頬と全く同じ場所をディーンは拭うように、再度トントンと触る。
「え? まだ? こっちってこと」
何を勘違いしたのか、サムが右頬を拭い始めた。
「んもう、ここだって」
サムの左頬についたサワーチェリーを、ディーンが指でサッと拭った。
——弟が居たらこんな感じなのだろうか? 可愛いな
ディーンはサムの頬を拭うと、彼の子犬のような佇まいを好ましく思い、兄弟のような愛おしさと慕わしさを感じた。
一方、サムは慕情を抱いているディーンに恥ずかしいところを見られた恥の感情と、ディーンの指が頬に触れた興奮で、心臓が痛くなりそうな速さで強く脈打っているのを感じていた。
「ん、取れたぞ」
「ありがとう」
茹蛸のように赤くなったサムがディーンに礼を言った。
サムは恥ずかしそうに頬を赤らめて狼狽し、小さい姿をさらに小さくしている。そんなサムを見て、ディーンは血縁に似た愛情がまた強く育っていくのを感じた。とにかく可愛らしくて仕方なかった。
二人はパイを食べながら、他愛もない話をした。
家族は居るのか? 兄弟は居るのか?
(サムはシングルファーザー、ディーンはシングルマザー。お互いに一人っ子だった)
学校は楽しいか? あれからマイクとはどうなったのか?
(ディーンに「どうなった?」と聞かれても、人気者のプロムキングである彼の友達をイジメたとなれば、学校でどんな噂されるか分からない。なので、マイクはサムをイジメることを止めた)
何の授業が好きなのか? 何の授業は嫌いなのか?
化学の授業は眠いだの、演劇の先生は気さくで面白いだの。本当に取るに足らないが、二人でずっと話していたいと思える、心踊る会話の連続だった。
「サムは恋人が居るのか?」
ディーンが残り少ないチェリーパイを突きながら聞いた。
「居ない。……………ディ、…ディーンは?」
サムは早鐘を撞いていることがバレないよう、声が震えないようにゆっくり聞いた。
サムは聞いておいて、瞬時に後悔した。もし居ると言われたらどうしよう。いや、居たって何の不思議もないのだ。こんなに魅力的なのだから。ディーンのような人気者の上級生とこうやってチェリーパイを食べられただけでとても光栄なんだ。
それなのに、何故「居る」と言われると泣き出したくなる気持ちになるのだろう? と目の前にある、分かりきった答えをサムは必死に無視している。
「ん〜? 居ねえ」
ディーンの答えにサムは思わず、喜びの雄叫びを上げそうになった。
「そうなんだ」
サムは浮かれた気分を隠そうとゆっくり返事をした。
「ほ、………欲しいと思わない?」
「ん〜〜〜」
ディーンは人差し指をぽってりした下唇に当てると少々考え込んだ。
「パートナーより、サムみたいな子犬みたいな弟の方が欲しいな」
ディーンの答えに、サムは思わず目尻を下げた。
肘を突きながら、サムを見つめるディーンは恐ろしいほど艶かしく、美しかった。
ディーンの煌びやかなヘーゼルグリーンで見つめられると、サムはくらくらと目眩がした。手が届かないと分かっていても、思春期の子供には大きな差である、四歳年上のディーンが出す色気と余裕にすっかりサムは魅了されていた。
「ディーンみたいな、お兄ちゃんが居たら楽しいだろうな」
——こんなこと言うつもりじゃなかったのに!
サムは酷く焦った。ディーンに嫌がれ、距離を取られてしまわないか、怖かったのだ。
サムがボソリと呟いた言葉に目を輝かせたディーンがサムの小さな手をギュッと握りしめた。
「じゃあ、サミーって呼んでいい?」
「……そ……! それは……恥ずかしいな……せめて仲良くなってから……」
父親に幼少期に呼ばれた愛称で呼ばれると思わず、サムは驚いた。だが、ディーンに「サミー」と呼ばれることは、昔から呼ばれているようで不思議と違和感がなかった。それなのに「サミーじゃなくて、サムだ!」と言い返したい気持ちにもなった。
「ま、そうだよな。おいおい仲良くなったら呼ぶな。サミーちゃん」
早速「サミー」と呼ぶ、図太い精神にサムは目を回した。だがディーンは気にすることなく「サミー」と呼んで、サムを揶揄っている。
「もう帰る」
ディーンに握られた手を振り払い、冗談っぽく、不貞腐れたサムは空になったチェリーパイの皿をディーンの方へズイッと押し出した。そして、ディーンにチェリーパイ代を払おうとポケットに手を突っ込んだ。
ところが、ポケットを弄るサムを制すると、ディーンが言った。
「今日はお金要らねえよ、言っただろ? 奢るって。そして、宣伝してくれって」
本当に要らないらしく、確認を取るようにメアリーの方を見ると「どうしたの? もう一個食べたい?」と聞かれただけだった。
「いや………パイはもう………じゃなくて、本当に払わなくていいの?」
「うん、周りに宣伝してくれ。九年生全員に『この店のパイは絶品』と言ってくれれば、それでいいさ」
「ありがとう、ご馳走様。全員に言って回るよ」サムは白く清らかな歯を見せて微笑んだ。
「そう! その調子だぞ、じゃあまた学校でな! サミー」
最後のディーンの「サミー」の一言に、冗談半分、本気半分で、また不貞腐れた態度をサムは取った。だが、この不毛なやり取りも「兄弟」のようで、ディーンにとっては愛らしいとしか思わなかった。
◎
翌日、サムは人の声で騒がしい廊下にて、ディーンをすぐに見つけた。
ディーンは、何処にいても美しさを振り撒き、目立つのだ。彼の周囲はいつも、照明のピンスポットライトが当たっているように華やかだった。
そんなディーンに美味しいチェリーパイのお礼を言いたく、サムは近付いた。
「ディ………」
声を掛けようとしたサムは打ちひしがれた。
彼の周りには、自分と同じようにディーンと仲良くなりたい人が、わらわらと集まっている。それに、ディーンの周囲にいる友人達はキラキラと輝いており、人気者達ばかりだった。改めて、彼が雲の上の存在だと言われているようで、ディーンのことが急に遠く感じてしまったのだ。掛けかけたサムの声が、廊下の喧騒に消えていった。
声を掛けることを止めたサムは、廊下にある自分のロッカーから、次の授業に必要な教科書を数冊引っ張り出した。そして、身体の小さなサムが抱えるには重たい教科書の束のように、重たい溜息を吐いた。
——自分みたいなイジメられっ子とは住む世界が違う
何を勘違いしてたんだろう、ディーンからすれば可哀想ないじめられっ子を助けただけ。僕らがチェリーパイを食べたことも、ディーンからすれば宣伝の為。
ディーンのおかげで、これからマイクにイジメられることもない。元の生活に戻っただけ。また、ジェシカや気の合う友人と楽しく、ひっそりと学園生活を送れるじゃないか。
授業開始を告げるベルがジリリと鳴り始めると、喧騒のボルテージが上がり、皆々が慌てて教室に入っていく。サムもクサクサした気持ちを抱えながら、教室に入った。
その後の授業は散々だった。教科書を読んでもスルスルと目が滑ってしまい、先生の声も音として聞こえるが、脳まで届かなかった。何度も気分を入れ替えて授業に集中しようとするが、集中しようとすればするほど、いつのまにかディーンのことを考えてしまう。サムの頭の中は、ディーンでいっぱいだった。
——仲良くなりたくないのなら、母親の店を紹介するだろうか? それに『サミー』って呼びたいと言い出すだろうか? そうだ! 今度はまたお店に行けば、ディーンの友人に邪魔されずに二人で話せるかも!
——ディーンにとって可哀想なイジメられっ子を助けただけだ。彼は陽気だから、皆にお店を紹介しているんだ。勘違いして、ディーンに嫌われでもしたら………
前向きな考えで顔をパッと晴れやかにさせたかと思えば、後向きな考えで眉根を寄せて顔を曇らせていた。
「はい! ここまで! じゃあ、宿題は来週までね! 来週までだからね!」
けたたましく鳴る終業のベルと共に、先生が皆に聞こえるように大声で宿題の提出期限について言っている。
ベルと先生の大声で、ようやく我に返ったサムは、宿題が何なのかすら聞いていなかった。そのため、ランチタイムに、ジェシカに授業内容と宿題について聞かなければならなくなってしまった。
「ジェシカ、宿題が何なのか教えて。授業、聞き逃しちゃって」
ランチタイムに学食のサラダをつついているサムが、眉根を寄せてジェシカに頼んだ。
「ディーンのことで考え過ぎて授業を聞き逃した」という事実を恥ずかしく思ったサムは、聞き忘れた理由は伏せて、ジェシカに頼み込んでいる。
サムの向かい側に座るジェシカは、驚きで目を丸くさせた。
「珍しい〜! サムが授業聞いてないなんて。いいよ! それより——」
目を丸くしたジェシカが白い歯を見せ、ニコリと微笑んだと思ったら、視線が僕の後ろの上方で固まってしまった。食べようとしていたサラダをフォークに刺したまま、ジェシカの手が止まっている。
「それより? 何?」
突然止まったジェシカにサムが尋ねた。
「サミーちゃん」
揶揄うようなディーンの声が真後ろから聞こえた。
勢い良く振り返ると、チーズバーガーを乗せたランチプレートを持ったディーンがニヤニヤしながら、サムの後ろに立っている。
「え!? ディーン!?」
驚いたサムの声は少し裏返ってしまった。
「サム、さっき、俺に声掛けようとして、すぐどっか行っただろ? だから、今度はこっちから声掛けてやった」
「え? 知ってたの?」
見られたことを恥ずかしく思ったサムは慌てふためいている。
『ディーン! 来いよ!』
食堂内の何処からか、ディーンを呼ぶ声が聞こえた。
「今行く〜!」
ディーンが大声で声の方角に向かって、返事する。
「じゃあ呼ばれたから行ってくる! またな、サミー! 次は声掛けろよ。俺も掛けるから。そちらの美人さんもよろしく」
ディーンが流れるように、二人にウインクをした。
風のように現れ、嵐のように立ち去ったディーンの背中をサムとジェシカは暫く見つめていた。だが、ジェシカはサムに向かい直すと、にんまり微笑えんで聞いた。
「ねえ、私でも『サミーちゃん』なんて呼んだことがないけど? いつのまに、ディーンと仲良くなったの?」
「昨日ディーンと街で会って………その時に『助けて貰ったお礼がしたい』って言ったんだ。それでディーンの母親がやってるパイ屋に連れて行って貰ったんだ。あ! そのパイ屋、とても美味しかったよ!」
サムはサラダを突きながら、気恥ずかしさから捲し立てるようにジェシカに話した。
「そうだ! 今度、一緒に行こうよ」
「え〜? 行かない」
ジェシカはサムを見つめると目を細めて、ブロンドの緩く長い巻き髪をかき上げた。
「なんで!?」
突いてたサラダを食べようとしていたサムはジェシカの返事に驚くと、ポロリとサラダを落としてしまった。
「え? 気付いてないの?」
ジェシカは子供のように驚いたのちに、キョトンとした。
「何が?」
「ディーンに話しかけられて、すごく嬉しそうな顔してる。それに『サミーちゃん』って言われて怒らないなんて! サム、ディーンのことをすごく気に入ってるみたいだもん。ディーンのこと好きでしょ?」
私は二人の邪魔したくない、と戯けて言ったジェシカがフォークに刺したままだったサラダを思い切り頬張った。
ジェシカの指摘通りだった。サムは、ディーンと話せた喜びで天にも昇る気持ちだった。思わず浮かんだ笑みは綻びを超え、デレデレとした締まりのない顔になっており、その顔を引き締めるのに必死だった。目の前にある、分かりきった答えを必死に無視しようとしていたのに、ジェシカの指摘で無視することができなくなってしまった。
「………」
「ほらね?」
サラダを突きながら頬を赤らめ、黙ってしまったサムを、無言の肯定と捉えたジェシカが言った。ジェシカの「ほらね?」にサムは小鼻をヒクヒクさせた。眉根を寄せて小鼻を動くサムは、誰が見ても困った表情をしている。
「何を困ることがあるの? 私には、いいじゃん」
「………………うん、僕は好きかもしれない」
「かもしれない、じゃなくて。好きなんでしょ?」
「………………」
サムはこくんと頷いた。
サムは恋をしている。マイクを追い払ってくれたあの日から、ディーンのことを好きになってしまったのだ。
自分の素直な気持ちを認めてしまうと、重たい足枷が取れたような開放感の反面、手の届きそうもないディーンのことを好きになったことに虚しく感じた。
ディーンの残した神秘的でエキゾチックな香りがサムの鼻を擽ると、サムの胸がキュッと締め付けられた。
それからというもの、ディーンはところ構わず話しかけてきた。
ディーンが「サミー」「サミーちゃん」と声を掛けるので、知らない上級生まで「お!ディーンのサミーだ!」と声を掛けてくるようになった。その度にサムは「サミーじゃなくて、サムだ!」と訂正しなければならなかったのだ。ディーン以外に「サミー」と呼ばれるのは、サムにとって鼻持ちならない気分にさせるからだった。(サムの地道な活動の結果、サムのことを「サミー」と呼ぶのはディーンだけになった)
そして、いつのまにか、サムはディーンが可愛がっている「弟」のような存在と、上級生ならびに学校中の生徒に知られるようになった。
サムにとって「弟」扱いされるのは、ディーンに男とみられていないという悔しさはあれど、唯一無二の存在として可愛がられることには、有頂天になる喜びがあった。
可愛い弟として、メアリーのパイ屋で一緒に勉強したり、買い物に行けることにサムは浮き足だっており、この数ヶ月間学校が好きで好きで堪らなかった。学校を好きに思えるなんて、生まれて初めてだった。
サムはディーンと共に、冬を越し、春を迎えた。
ディーンの愛用している革ジャケットは姿を見せなくなり、代わりにフランネルシャツで過ごすことが多くなった。
春の包み込むような朗らかな陽が、熱くジリジリと照り始め、時折Tシャツで過ごすことが多くなった五月。
今年もプロムキングを取ったディーン(プロムの相手は引く手数多だったが、結局、女友達のチャーリーと一緒に行った)は遂にこの日を迎えた。
ディーンの卒業式だった。
サムはこの日が来ないようにずっと祈っていたのだが、そんなサムを嘲笑うように、時は進んでいった。
卒業式は大変晴れやかだった。太陽が卒業を祝うようにギラギラと照りつけ、芝生が力強く生えている運動場の真ん中で卒業生が何百人と並んで座っている。その中には、ブラックのアカデミックドレスに同じく、ブラックの角帽を被ったディーンも座っていた。
マーチングバンドが卒業証書授与式の祝い歌を演奏し、参加しているメアリーは喜びで声を張り上げている。明るい歓声の上がる卒業式が進めば進むほど、サムの気持ちは沈んでいく一方だった。ディーンが居なくなる学校を憂える気持ちでいっぱいだった。
卒業後のディーンは、地元である、カンザス州ローレンスを離れる。数十マイル離れた、カンザス州シオックウィンで一人暮らしをする。ディーンの父親同然である、ボビーが経営する自動車修理店で整備士として働くために引っ越すのだった。
卒業前でさえ、忙しさで会えなかったディーンがさらに遠くなる。
同じ州内にある、ローレンスとシオックウィンの距離は車で約一時間。バスと電車を使えば二時間の距離だった。ディーンに会えなくはない。だが、誕生日を迎えて十五歳になったサムには、数十マイルは遠かった。サムは早く大人になりたかった。
式典終了の合図に、ディーンを含めた卒業生が歓声と共に、一斉に角帽を宙に投げた。空が黒の角帽でいっぱいになる。
たった今、ディーンが卒業した。
卒業を祝う友人や家族が卒業生に駆け寄ると、大きな歓声で運動場が人でごった返している。ディーンに似た煌びやかな目を細めたメアリーに角帽を被ったディーンが駆け寄った。
「マム!」
晴れやかな顔のディーンが声を掛ける。
「卒業おめでとう! ディーン!」
メアリーはディーンを抱き締めると、感涙を我慢しようと顔を手で仰ぎ、天を向いて瞳から涙が流れないように一生懸命に我慢している。
「そうだ! 写真撮って貰おうぜ、サミー撮ってくれる?」
ディーンが、メアリーの持っているカメラをサムに渡すと、サムはカメラを構えた。
感涙に咽ぶのを我慢して瞳の光るメアリーと、晴れやかな表情が、なお一層、端麗な顔に磨きをかけて煌々と輝いているディーン。カメラ越しに光の粉を纏ったようなディーンの姿を見ると、サムはポロポロと涙を流してしまった。人気者のディーンに話しかけられなかったあの日を思い出した。ディーンが遠く、遠く感じる。
「Say cheese, please」
震える声でサムは言った。
「cheese」
メアリーとディーンが、カメラに向かって微笑む。
視界が涙で滲むも、なんとか写真を撮り終えたサムは泣いてることに気付かれないようにディーンにカメラを渡したつもりだったが、彼は涙声のサムに逸早く気付いてしまった。
「サミー! どうした!?」
ディーンが泣いているサムを揶揄いながらも、包み込むような声で労わっている。
「………感動しちゃった」
サムは嘘を言った。そして、溢れる涙を止めようと強く目元を擦った。ところが、強く擦れば擦るほど、ボロボロと涙が溢れてくる。好きな人の卒業を喜ばしく思いたいのに、ディーンと離れてしまう寂しさと、仕事で多忙になるディーンに会えないかもしれない不安で、サムの涙は止まらなくなっていた。
「おい、擦るなよ。マム待ってて、サミーを落ち着かせてくる」
ディーンは困ったように微笑んで、サムの背中を手で摩りながら人混みから離れた。
サムは喉を詰まらせながら、恥ずかしさと寂しさと不安でいっぱいになった胸の内を洗い流すように涙を溢しながらも、ディーンが摩る手の温もりを感じていた。
「落ち着いたか?」
人気のない校舎裏で、泣くサムの背中をディーンが摩り続けた。
「………ぐすっ……ぅう…もう平気……ぅ…」
涙でぐちゃぐちゃのサムが答える。
「寂しくなるな」
撫でるような声でディーンが言うと、彼の親指がサムの頬を撫で、涙を掬っていく。
「うん………感動したと言ったけど、本当は寂しくて泣いちゃった」
ようやく泣き止んだサムは鼻をスピスピ言わせて、鼻声で答えた。
「分かってるよ、俺も寂しいよ。サミーが車に乗れるようになったら、俺が整備してやるからな」
ディーンが明るい声でサムを落ち着かせるように言った。そして、サムの頭をガシガシと髪を掻き混ぜるように撫で回した。
「ありがとう、ねえ、ディーン。また会える?」
「当たり前だろ、いつでも会える」
「………ねえ、ディーン、聞いてほしい。僕はディーンのことが好きなんだ。僕の恋人になってほしい」
子犬が強請るような瞳でサムはディーンに愛を告げた。十五歳なりの真剣な告白だった。
サムのブルーにもブラウンにも見える瞳が不安でゆらゆらと揺れており、震える鼻声で告げたディーンへの想いは、決してスマートな口切りではなかった。だが、ディーンには胸を打たれるものがあった。
ディーンにとって「可愛い弟」であったサムからの愛の告白に、彼は心底驚いたが、真剣に伝えるサムを茶化すようなことはしたくなかった。ディーンはサムを傷つけまいと、なるべく優しく、そしてきちんとサムの目を見て言った。
「サミー、嬉しいが………俺は成人になる。未成年とは付き合えない。ごめんな、お前が大人になっても、俺のことが好きだったらまた考える。俺も、お前のことを可愛い弟みたいで好きだぜ」
「僕が大人なら良いんだね、分かった。じゃあ思い出にキスして欲しい。一度だけで良い、お願い」
「………………仕方ねえな。サミーは特別だからな。一度だけだぞ」
身長の低いサムの為に、ディーンは少し屈んだ。すると、サムはディーンの頬を両手で包み込んだ。
包み込んだことをキスの合図と思ったディーンが目を閉じると、彼の二重幅は艶っぽく濡れており、化粧をしているようだった。頬に散らばった雀斑、ぽってりとした唇、羽ばたけそうな豪華な睫毛。「弟」には触れられない、ディーンのこの顔を目に焼き付けた。
「大人になれば考える」と言ってくれたものの、ディーンとのキスは最初で最後かもしれない。キスできる喜びと、ファーストキスの緊張と、恋人にはなれない悲しさで胸の中はグチャグチャだった。そんな胸内の激しさとは正反対に、サムは優しくディーンに唇を重ねた。全身を駆け巡る興奮とディーンの唇の柔らかさに、雷に撃たれたように痺れていく。
ディーンは唇が重なるとサムの首の後ろに腕を回した。腕を回されたことに驚いたサムはピッタリと閉じられていた口を少し開けてしまうと、ディーンの舌がぬるりと入ってきた。
ディーンの舌がサムの口内を犯すように、サムの舌を絡め取っていく。ディーンの舌が、サムの上顎を擽るように撫でた。初めての感覚にサムの脳がどろどろに蕩けていく。
今度はサムの歯列をなぞるように丁寧に舐めると、またディーンの舌がサムの舌を絡めていく。初めてのキスで蹂躙されるサムは、口の端から唾液が垂れていくのを感じた。キスで分泌させる唾液をどうにかしたいが、どうして良いのか全く分からない。ディーンの舌に追いつこうと必死だった。
サムは無我夢中で舌を絡めていると、鼻で呼吸することを忘れ、溺れるような息苦しさを感じた。酸素を求め、離れようとしたその時、ディーンがサムの下唇を食んでキスを止めた。
酸素にありつけたサムは、はあ、はあ、と肩で息をしていると、首に回されたディーンの腕はいつのまにか外され、彼はサムの唇から溢れた唾液を親指で掬った。そして、掬ったサムの唾液がついた親指を、チュッと音を立てて吸った。
あまりにも煽情的な行動にサムはただただ立ち尽くしてしまった。二人の唾液でディーンの唇がテラテラと光っており、恐ろしいほどに艶かしかった。サムがディーンの唇から目を離せないでいると、煽るようにディーンの舌が自らの唇を舐めた。
「どうだった? キスは?」
初めてにしては濃すぎるキスに呆然としていたサムだったが、ディーンの質問によって現実に呼び戻された。
「よ………良かった! 凄く良かった」
酸欠と興奮で赤い顔のサムが答えた。
「なら良かった」
ディーンは若く瑞々しい歯を見せて笑った。
「じゃ、俺はマムのところに行くけど、サミーはどうする?」
「ぼ、僕も戻る」
「じゃあ、行くか」
二人は平穏を取り繕うと、メアリーの元へ歩き出した。
濃厚なキスに肩で息をしていたサムとは違い、ディーンは何事もなかった様子だった。
サムの心臓はまだ大きく速く脈打っており、自分の心拍音で耳が潰れそうだというのに、ディーンは澄ました顔で歩いている。自分と同じようにドキドキしたのだろうか? と隣を歩くディーンを見上げると「どうした?」と首を傾げただけだった。
サムは、四歳の経験差が憎らしくて堪らなかった。早く大人になりたかった。ディーンに追いつきたかった。
三.十八歳と二十二歳
サムはディーンと疎遠になりたくなかった。
十五歳のサムはディーンの住むシオックウィンに行くために、アルバイトを始めた。
サムはアルバイトで貯めたお金で、夏休みや冬休みなど大型連休には、ディーンに会いに行くようにしていた。
ディーンと会えないわけではなかった。
家族思いのディーンはイースター、独立記念日、感謝祭、クリスマス………とイベント毎に帰って来た上に、そうでなくともメアリーの元に帰るように心掛けていた。
ディーンは帰る度にサムと会ってくれた。
それでも学校でほぼ毎日会っていた頃に比べると、会える頻度が少なくなっていたのは事実だった。
サムは不満だった。
頻度が減ったからではなく、男としてではなく「弟」として接せられることが嫌だった。
ディーンの卒業式の日にした、キスや愛の告白はなかったことのように相手にされるのだ。
十五、十六、十七歳と年齢を重ね、小さかったサムはみるみる大きくなり、遂にはディーンの身長を追い抜かした。
時折子犬を思わせる瞳、ツンと高い鼻、はにかむと見える白い歯、サラサラとしたブラウンヘアーに、軽く鍛えられた胸板と持て余すほどの長い脚。その上、頭が良いときている。モテないわけがなかった。
サムがどんなに成長して大人びても、ディーンは兄貴風を吹かせて子供扱いをしてくる。
この頃、お決まりのやりとりがあった。
「恋人作らねえの?」
はにかんだ顔でディーンが聞く。
「僕はディーンが好きだから。ディーンに恋人になって欲しいから」
瞳を潤ませて、真剣な表情でサムが答える。
「はいはい、言ってろ」
茶化すようにディーンが言うと、サムの頭をガシガシと撫でる。
「大人になったら考えるって言ったじゃないか! 十八歳になればいいってこと?」
むくれたサムが答える。
「俺から見て大人になればってことだな。でも、まだお前はガキだ」
目を細めたディーンがサムに向かって言う。
毎回の流れだった。ディーンに会う度に続いたやりとりだった。
サムはこのやりとりに飽き飽きしていた上に、このやりとりをする度に、ディーンを好きなことが無意味に思えた。逆に、サムは一度もディーンに恋人の有無を聞くことはなかった。もし「居る」と答えられたら、怖かった。
それでもサムはディーンを諦めきれなかった。
楚々とした可憐さがあったディーンは会う度に、大人の色気を身につけ、戦慄するほど美しくなっていった。会う度に綺麗になるディーンに心惹かれない方が難しかった。
出口の見えないトンネルに迷い込んだような、光の見えない恋愛が苦しかった。
このまま進展のない恋愛を続けるなら、いっそ遠い街へ行ってディーンを忘れよう。そう思ったサムは、カンザス州から遠く離れたカリフォルニア州にある、スタンフォード大学に進学することに決めた。そして、見事合格を果たした。
スタンフォード大学に進学が決まったことを、ディーンに伝えても「おめでとう。そうか、頭良いもんな。寂しくなるな」と笑うだけだった。
◎
五月二日。サムは十八歳を迎えた。これで立派な成人であり、大人になった。
誕生日を理由にディーンに甘えたサムは、彼の住むアパートで誕生日を迎えた。
サムはいつものやりとりを最後にするつもりだった。今日も「まだお前はガキだ」と言われ、断られることは分かっている。今日も断られたら、この部屋に遊びに来ることも最後にしよう。サムの心はひどく重かった。わざわざ振られに来たのだ。十四歳から十八歳の四年間、ディーンを想い続けた恋が幕を閉じようとしていた。
「ディーン、好きだよ。恋人になってほしい」
サムはなるべくいつも通り平穏を装って、ディーンに愛を囁いた。心臓はバクン、バクンと全身に血を送っていることを強く教えている。心臓は脈打っているのに、手足は氷に浸しされたように冷たかった。
「いいよ」
「え?」
「だから、いいよって。お前が大人になれば考えるって言ったろ?」
「へ? え? え?」
「何回言えば良いんだよ、だからいいよって」
いつもと違うやりとりにサムは混乱していた。
混乱しつつも、驚きに近い歓喜がサムの心に大きく広がっていく。いつも見ているディーンの部屋も含め、この世の中が急に華やいだように感じた。
混乱しているサムを落ち着かせるように、ディーンがサムの首に腕を巻きつけた。
「本当にいいの? だって今まで『十八になったらいいってこと?』って聞いても、ダメって言ってたじゃん」
「何回目なんだよ! いいよ! まさか十四のガキが一途に口説き続けると思わないだろ? 普通さっさと諦めるだろ?」
ディーンが綺麗に並んだ歯列を見せて、笑っている。
サムはディーンの腰を思い切り抱き寄せると、ディーンの唇に自身の唇を押し当てた。
彼の唇は卒業式の日と変わらず、ふわふわと柔らかった。
ディーンは、突然のキスに驚きで少し跳ね上がったものの、サムの薄い唇の感触を味わっていた。
「こ、こういうことしていいってこと?」
キスを止めたサムがディーンを見つめて聞いた。
ディーンは答える代わりに、サムの唇に自身の唇を押し当てた。そして、驚きで半開きになっているサムの唇に舌を捩じ込んだ。舌と舌が蛇の交尾のように絡まっている。ディーンの卒業式の日にしたキスとは違い、鼻で息をすることを覚えたサムがディーンの口内を舌で舐っていく。ディーンから分泌される唾液を味わい、嚥下していく。部屋に響く水音がサムの理性の糸を焼き焦がしていった。
サムは、ディーンのぽってりした下唇を食むようにキスをした。それから、彼の腰に回していた腕を尻の下にずらし、思い切り抱き上げた。抱き上げたサムは、決して軽いとは言えないディーンを部屋のベッドに投げるように下ろすと、上から覆い被さった。
「サミー、落ち着けよ。雑じゃねえか?」
仰向けに寝転がるディーンはくつくつと笑うと、興奮する犬を落ち着かせるようにサムの顔に掛かった髪を撫でた。サラサラした彼の髪が、ディーンの指をすり抜けていく。まるでシャンプーのCMだった。
「落ち着けるわけないだろ? 僕は! ずっとディーンが好きだったんだぞ!」
「知ってるよ、会う度に言ってたもんな。俺も好きだぞ」
ディーンは髪を撫でるのを止めると、覆い被さるサムの首に腕を巻きつけた。
首に絡みついたことでサムとディーンの距離が、さらに近くなった。鼻と鼻が触れ合うほど近く、普段、庇護欲を掻き立てられるサムの瞳が、情欲に燃えている。子犬のようだと思っていた可愛らしい顔は、今は、獣のようにギラギラと光っている。
「ディーン、僕に抱かれて欲しい」
弟のように可愛がっていた男は有無を言わさぬ物言いでキッパリと言った。
欲望を丸出しにしているサムにディーンの心臓は鷲掴みにさせた。気付けば、頷いていた。
頷いたと同時にサムはディーンの首に噛み付くようにキスをした。
サムの薄い唇がディーンの首筋に沿って落とされていく。唇が触れる度に、身体が跳ねていく。自分の愛撫で跳ねるディーンに愉悦を覚え始めたサムは舌を出すと、れろりと舐めた。
「……んっ…!」
思わず漏れたディーンの甘い声に、若いサムの下半身に熱が集まっていく。
自分の愛撫で身体をくねらせたディーンの瞳が熱っぽく濡れている。煌びやかで美しい瞳が色に溺れていく姿に、背筋を小さな電流が駆け巡った。
サムはTシャツの下に手を滑り込ませると、ディーンの鍛えられた腹筋を撫で回した。お腹から胸へ。スリスリと撫でたことで、服が捲れていく。
そして、彼の胸を飾る、ぷるぷるした乳首を片手で摘んだ。
「んっ……ふ…」
喘ぎ声を抑えようとディーンが下唇を噛み締めている。
サムは、ディーンのはっきりした、低い喘ぎ声が聞きたかった。
ディーンのペニスはサムの熱に当てられ、ジーンズ越しに主張している。サムは大きな掌で、彼のペニスを撫で回した。布越しに与えられる刺激がもどかしく、掌に擦り付けるように、ディーンは腰をゆらゆらと動いていく。
「………あっ」
ディーンが、ハッキリと喘ぎ声を上げた。
彼のペニスの形を確かめるように、上下に撫で回す。サムの手が一撫でする毎に、硬く勃ち上がっていく。ペニスを撫でる動きに合わせ、乳首をキュッ、キュッと摘むと、ディーンが甘い吐息を漏らしていく。ピンと立ち上がった乳首がコリコリと硬くなり始めた。
ジーンズの中で窮屈にしているディーンのペニスを解放しようと、下着毎ジーンズを脱がせると、勢い良く飛び出した。彼のペニスの先端からぷっくりと透明な汁が漏れ出ている。
先走りを親指で押すと、刺激を得たペニスから透明な液体を分泌し始めた。
「んんっ! ん!」
その液体を潤滑剤に亀頭をグリグリと擦ると、ディーンが声を漏らした。
亀頭に広がった粘液質の液体を、ディーンのペニス全体に広げるように広げていく。ぬちゅ、ぬちゅとサムの掌で水音が鳴る。
「ハア、は、あ………ん」
喘ぐディーンが情欲に溺れ、視線がふわふわと揺れ始めている。
悦楽の涙を浮かべた瞳、喘ぎ声を溢す唇、Tシャツから覗いた淫らな乳首、快楽を得ようとスリスリと寄せる腰、淫らな音の鳴るペニス。
初めて見る淫靡なディーンに、サムの頭が興奮で茹っていく。
サムは、ジーンズの中で痛いほど勃起したペニスを取り出した。
ディーンの淫らな姿に反応したペニスからは、情けなく透明な汁を溢していた。
濡れた下着とジーンズを脱ぎ捨てたサムはディーンのペニスと一緒に扱いた。
ずっちゅ、ずっちゅと濡れた二本のペニスが出す水音と重なる甘い吐息が部屋に響いている。裏筋を擦り合わせると、悦楽で脳が蕩けていく。
「あ、あっ! ン! んんっ………サミ〜ぃ!」
筒状にした掌に向かって、ディーンのペニスを抉るようにサムは腰を動かした。すると、ディーンの喘ぎ声は大きくなった。引き締まった下腹をヒクヒクと痙攣させており、彼は限界を迎えそうだった。
「サム…っ……イキそう! 手を離せ、舐めてやる」
ペニスを握った手を離すように言ったディーンは起き上がると、サムを押し倒した。
ディーンは、サムの顔の上に尻が来るように跨ると、彼のペニスを咥えた。
温かくぬめついたディーンの咥内が、二人の淫靡な汁で濡れているペニスをゆっくり、ゆっくりと時間を掛けて包み込んでいく。サムの大きなペニスを、歯で傷つけないようにするほど、ディーンの咥内から唾液が分泌された。唾液の滑りを借りて、やっとのことで、サムの根元まで咥えると、ディーンの喉がグッと締まった。
「……っ……ハア………」
初めてされるフェラに、サムは悦楽の溜息を大きく吐いた。
ディーンが喉を上下させる度に、目の前にある彼のペニスがぴょこ、ぴょこと跳ねている。ペニスを掴むと、サムはディーンのペニスを咥えた。
「ンン! ………んっん………んむ」
突然与えられた快楽にディーンは思わずくぐもった声で喘いだ。
サムの薄く大きな唇は喉奥まで深く咥えたと思ったら、じゅっ、と音を立てて食むように軽くキスしたりと、無我夢中でディーンのペニスを貪った。
お互いのペニスをしゃぶる水音がディーンの部屋に響いている。お互いの溢れる先走りと自身の唾液が、喉に嚥下していく。
サムはディーンのペニスから口を離すと、今度はディーンの窄まりを突くように舐めた。
「——! お前! そんなところまでやめろ!」
「なんで? ディーンに汚いところなんか無いもん」
「恥ずかしいからやめろ! 抱くってそこも使うのか?」
「ダメ?」
「ダメじゃないけど………仕方ねえな」
シックスナインの形をとっていたディーンは立ち上げると、ベッドサイドにある引き出しを開けるとローションを取り出した。
そして、四つん這いになり、高く尻を上げた。とぷん、とぷんと音を立てて粘液質の液体をディーンは掌に広げていく。手に馴染ませた温い液体を、指先に集めると、自身の尻の窄まりに擦りつけた。
「ン〜んっ………んあっ…ぁ……ア」
ディーンは自身の窄まりに中指をゆっくりを挿入すると、円を描き出した。ぐるりと円を描く度にディーンが甘く喘ぎ出す。
「ディーン、僕にやらせて」
ディーンが無言で自身の中指を引き抜いた。代わりに、ローションでテラテラと光った窄まりにサムが中指を挿入した。窄まりがサムの指を待っていたかのように飲み込んでいく。飲み込む度に、キュウ、キュウと、サムの指を窄まりが締め付ける。体温の温かさとぷにぷにとした感触がサムの指を包んだ。
「痛い? 僕、初めてだから上手くできてるか分かんなくて」
「痛くねえよ。安心しろ、サミー。俺も男と寝るのは初めてさ」
ディーンがサムを安心させようと軽口を叩いた。
指の根まで挿入すると、肉壁とは違う、少しコリコリとした固いモノを見つけた。固い部分を優しく押すと、ディーンの白い背中が大きくしなり、嬌声を上げた。どうやら、前立腺のようだった。枕で綺麗な顔を伏せ、喘ぎ声を押し殺そうとしているが、押す度に尻は高く上がり、腰をくねらせている。
ゆっくり窄まりの中で円を描くと、少し余裕が生まれた。サムは二本目の指を挿入した。少し太くなった指にまたディーンは喘ぎ声を押し殺している。彼の顔は見えないが、しなる背中と揺れる腰、だらだらと先走りを溢すペニスと喘ぎ声。ディーンは気持ち良くなっているようだった。
「ん……くぅ………っ………ふうっ……ン…!」
また枕でくぐもったディーンの甘い声が漏れ出ている。
少し汗ばんだディーンの白い背中が、快感でしなると妖艶だった。淫靡な光景と喘ぎ声に、サムの二人の体液で濡れたペニスは限界だと訴えていた。汁が情けなく溢れ出ている。
自分の指が少し動く度に、ディーンが跳ねて窄まりが締まる。サムは嬉しかった。四年も片思いした相手が、自分の指で淫らになる姿に心底酔いしれていた。もっちりとした柔く円い尻に指が出入りする度に、鼻息が荒くなっているのを感じている。サムは興奮で鼻血が出ているのではないか? と自身の鼻の下を触り、確かめた。出ていないことが奇跡だった。
三本目の指を挿入した。
「あ!」
さらに太くなったサムの指にディーンは快感で耐えきれず短く喘いだ。
気を良くしたサムが前立腺を押すと、ディーンの口から出るのはハッキリとした喘ぎ声だけになった。
「気持ち良い?」
サムの言葉にディーンがコクコクと頷いた。
サムは中指で前立腺を押しつつ、三本の指を広げるとディーンが背を丸めたり、しならせたりしている。ディーンが枕をギュッと強く掴む音が聞こえた。
「サム、もういい」
ディーンはサムに指を引き抜かせると、仰向けに寝かせた。
「ゴムは自分でつけれるか?」
「うん」
サムはコンドームを受け取ると屹立したペニスにつけようとした。つけようとするが、ゴムが反り返り上手くいかない。サムは焦ってしまった。
「貸して」
ディーンがくるくると丸まったゴムを裏返すと、サムのペニスにつけた。
そして、サムの上に跨り、彼のペニスを掴むと、自身の窄まりに当てた。ディーンは息を吐きながら、玉のような汗をかいている。窄まりがゆっくり、ゆっくりペニスを飲み込んでいく。
「ふっ……ぁ…っ………ふう、なんだよこれ、馬鹿でけえな」
ディーンがサムのペニスに文句を言った。
まだ半分しか飲み込んでいないのに、ディーンの腹はサムのペニスに支配されている。また大きく息を吐くと、みちみちと音を立てて窄まりがペニスを飲み込んだ。ディーンの身体が汗で照り、ゾッとするほど美しかった。
「ふう、う………」
窄まりがペニスをキツく締めると、サムも思わず声を漏らした。
ディーンが息を大きく吐くと、サムのペニスを飲み込んで大きく締め付ける。ローションを足したりしながら、サムのペニスを苦しそうに飲み込んでいく。腹につきそうなほど勃起していたペニスはすっかり萎えている。
「ディーン、大丈夫?」
「ん、平気」
ディーンは縮こまった自身のペニスを扱いた。凭れていたペニスが元気になっていく。
悦楽を得たディーンの窄まりが少し緩まった。それを待っていたディーンが、蛞蝓が這うようなスピードでサムのペニスを徐々に包み込んでいく。
滝汗をかいたディーンがやっとのことで根元まで挿れると、自分の腹を撫でた。
「やっと、入った。お前の大きすぎんだろ」
腹を撫でながらディーンが白い歯を見せて言うと、サムは限界だった。十八歳のサムには妖艶な光景がまるで毒だった。ディーンの腰をしっかりと掴むと、下から腰を打ちつけた。
「………ま、待て! サミー! ……ぁ…っア! アァん!」
ディーンが狂ったように腰を打ちつけるサムを止めるが、サムの耳には入ってなかった。それにサムは聞く気もなかった。挿れるだけで精一杯だったサムのペニスが暴れ回っている。サムは初めてなのに、ディーンが淫らに乱れるポイントを知っているように突いた。
「サミい……! …アッ! ………あァ…は…ん…ンン!」
サムの屹立した大きなペニスが抉るように最奥を突き続けると、ディーンの絢爛な瞳は苦しさと快楽で涙が溢れていく。 喘ぐばかりで息もまともに吸えず、ディーンの体は酸素を求めて赤く染まっていく。閉じることの出来ない口元からは、だらりと唾液が垂れた。
ディーンは与えられる快楽から逃げようと、少し腰を浮かせたが、腰をガッチリ掴んでいるサムが逃さなかった。
サムの瞳は獣じみており、突く度に鼻息を荒くさせている。まるで、怒っているようだった。ディーンを気遣って優しく抱きたかったのに、泣いて「待て」と言いながら喘ぐ彼に血が沸き立っている。
ディーンは奥を突かれる度に、身体に電流が走った。目眩く快感が脳を痺れさせていく。
サムは腹筋を使って上体をあげると胡座をかいた。そして、胡座の上にディーンを乗せて、下から挿入した。
「………おわ! サム! ………んっはあ……は…うぅ」
自身の精液で濡れたディーンのペニスをサムが擦ると、甘い声を漏らした。
嬌声と共に垂れた唾液が光に反射して艶やかに光っている。サムはディーンの涎を舐めとるようにテラテラと濡れた唇を貪った。そして、きめ細やかな白い首筋に強く吸い付いた。白い肌に、赤いキスマークが映えている。
「そんな……ん…っ………そんなところ吸うなよ」
ディーンは困ったように言ったが、嬉しさで頬が緩んでいる。
緩々と最奥を突かれながら、掌でペニスを刺激され、ディーンの瞳はとろとろに蕩けていた。サムの唇が肌を滑り、吸い付く度に小さな快楽を拾い、ぴくん、ぴくんと身体が跳ねてしまう。
サムはディーンの肌に赤く花が散るのを見ると、ディーンの特別になれた気がして嬉しかった。十四歳の自分に教えてやりたかった。四年前、学校で人気者のディーンは、腕の中で欲情して、溶けている。
「ディーン大好き、本当に好き、可愛い。ずっとこうしたかった」
蕩けたヘーゼルグリーンの瞳を見つめながら、サムは幸福を噛み締めるように言った。
ディーンの瞳が蕩けているように、サムの瞳も官能で蕩けていた。ディーンはサムの泣きそうな瞳を見ると、可愛い子犬を見た時のように胸が轟いた。窄まりがギュンと締まった。
ディーンの痛いほどの締め付けに、気をやられたサムは股間を強く押し付けた。四肢は戦慄き、目の前が真っ白になりそうな快楽に溺れながら、ディーンの最奥に思い切り精を放った。
「ごめん………出ちゃった………」
サムが申し訳なさそうに眉根を寄せ、ディーンに言った。
熱い液体が窄まりにどくどくと注がれると、ペニスが痙攣しているのを感じた。
「んっ、大丈夫、……ぁ…俺も出そう………っふぅ、……ぅ…あっ!」
ぐちゅ、ぐちゅと鳴っているディーンのペニスは極限を迎えていた。
サムが激しく扱いてやると、快楽でディーンの脳裏にはチカチカと光が瞬いた。
ディーンはサムの背中に爪を立てると、下腹を痙攣させて精を放った。同時に窄まりに放ったサムの精を最後まで搾り取るように肉壁が蠢いた。サムは小さく唸った。サムの掌はおろか、二人の腹をディーンの熱い液体が汚していく。
二人は息を切らしながら、幸福と快楽の陶酔感に惚けていた。体内を駆け巡る絶頂感を表すように、どちらからともなくキスをした。汗も、涙も、涎も、腹とサムの掌についた体液も気にせず、ただただ互いが互いに唇を貪った。
十四歳から十八歳の四年間、ディーンを想い続けた恋は思わぬ形で叶った。
四歳の経験差が憎らしくて堪らなかった。早く大人になりたかった。ディーンに追いつきたかった。
そんな思いは、甘美なキスで混じり合った唾液と飲み込まれて消えていった。
◎
情欲に燃えていた甘い空気はシャワーと共に綺麗さっぱり流れ、サムとディーンは高身長の二人が入るには窮屈な浴槽でお湯に浸かっていた。
「僕、スタンフォードに通うのやめようかな。ディーンと遠距離になっちゃう」
サムは寂しげにポツリと呟いた。
四年間も片想いをしたのに、自分の勝手な思い込みのせいでディーンと離れてしまう。大学なんて、と本気で考えていた。カンザス州とカリフォルニア州の距離は車で約六日。飛行機と交通機関を使っても、約半日掛かる。今までのように車で一時間の距離ではいかない。
「おい! 四年も片思いしてた奴が言う台詞かよ! 大学の四年くらい平気だろ、今度は俺が四年待つ番だ。ちゃんと勉強してこい!」
サムの脚の間に座るディーンが、顔を見上げると、叱りつけるようにサムに言った。
「寂しくないの?」
「寂しいに決まってるだろ! 俺だってお前が大人になるのを待ってた」
「え? 待ってたの? 言ってくれれば!」
「言えるわけねえだろ! ガキに手を出したくねえよ」
ディーンが口を尖らされて、照れを隠すように言った。
彼が目を伏せると、豪華な睫毛も一緒に影を落とした。ディーンの目元が赤く染まっているのは、快楽の名残もあるが、サムと離れる寂しさもあった。
「………ディーン、待ってて。必ず会いにいくから。電話もたくさんする。だから絶対僕から離れないで。僕は絶対離さないから」
サムはディーンを後ろから抱きしめると肩に顔を埋めた。そして、縋るように首元にキスをした。赤く散ったキスマークに重ねて唇を落とした。
「うん、俺も会いにいくからな。サミー、大丈夫だ。俺達なら上手くいく」
ディーンは顔を上げて、サムにキスを強請った。このまま離れたくないとは言えなかった。
言ってしまうと、サムは奨学金も何もかも放り出し、カンザス州の大学に進学しそうな気がした。サムの人生を壊したくなかった。
四.現在
二人は、こうして恋人になった。
結論から言うと、サムとディーンは七年間の遠距離恋愛することになった。
スタンフォード大学に四年間通ったサムは、弁護士を目指すためにスタンフォード・ロースクールに三年間通うことになった。
勿論、サムはディーンの住むカンザス州内にあるロースクールに通おうとしていた。
だが、ディーンの
「サムなら奨学金でるんだろ? スタンフォード・ロースクールにしろよ。四年我慢したんだ、あと三年さ。立派な弁護士になって、俺を養って♡ えへへ♡」
という鶴の一声ならぬ、ディーンの一声でスタンフォード・ロースクールに進んだ。
ロースクール卒業後に、カンザス州の弁護士試験に合格したサムは、ディーンの住むカンザス州シオックウィンに移り住んだ。そして、現在に至るわけである。
あの頃の二人の心配をよそに、紆余曲折ありながらも、サムとディーンは結ばれた。
健やかなる時も、病める時も。喜びの時も、悲しみの時も。富める時も、貧しい時も。
夫として愛し、敬い、慈しむことを、お互いに誓って生きているのだ。
そして今日も案件を終えたサムはディーンに花束を贈り、ディーンはサムにメアリーのパイを買ってくるのだった。
ディーンには伝えていないが、サムが贈る花束には毎度愛の花言葉がついていた。
ストックは「不変の愛」
ルナピスは「いつも幸せ」
ブルースターは「幸福な愛」「信じ合う心」
サザンカは「永遠の愛」
クジャクソウは「一目惚れ」
セントポーリアは「育む愛」
ピンクのチューリップは「誠実な愛」
ムギワラギクは「不滅の愛」
今日贈ったエーデルワイスは————