まわるまわる「そっか、セイジは研修終わってから一人暮らししてんのか」
「そうだよ。元々はロビン先生の家で暮らしてたんだけど」
オフに用事があって実家に寄った帰りのことだ。アキラはパトロール帰りのセイジと偶然出会い、そのまま軽く雑談をしていたのだが、気がつけばセイジの研修終了後の住まいについて話が及んでいた。
「同じ研修チームだったニコとは、部屋が隣同士なんだ」
「ニコって……あの早食い王者か」
「はや……うん、まぁ……たくさん食べることは食べるんだけど」
アキラの呼び方にセイジは苦笑する。一体どんなイメージを後輩に植え付けてるんだ、ニコ、と。とはいえ、アキラの真っ直ぐな物言いは、セイジには好ましく映る。初めてできた後輩であり、セイジにも懐いてこのように姿を見かけると話しかけてくれる。セイジにとってかわいい後輩の一人だった。
「アキラくんは、研修終わったらどこに住みたいとか、考えたりするの?」
「どこに?」
「うん。まだまだずっと先の話かもだけど。実家が近いんだっけ?」
「まぁ、そうだけど。今更実家には戻らねぇかな……」
「じゃあ、一人暮らし?」
「うーん」
アキラは唸る。セイジの言う通り、まだまだ先の話なのだ。そんな事は考えたこともなかった。皆は、既に考え始めていたりするのだろうか。ウィルやレンといった同じルーキー、メンターのオスカー、それから――ブラッド。
ブラッドは、どうするのだろう。アキラは何故か真っ先にそう思った。ブラッドは自分達の前にもマリオン達のメンターを務めていたから、この数年はずっとエリオスタワー内で生活していたのだろう。次期もメンターを務めるのならば続けてタワーに住むのだろうし、そうでなければタワーを出る。そもそもどこかに家はあるはずなのだ。これまでノースセクターの担当だったのならば、ブルーノースのどこかに自宅があるのだろうか。今後もサウスセクターの担当を続けるのならばレッドサウスのどこかに移住するのだろうか。そして自分は、その時どこに住むのだろう。ブラッド達との共同生活は、終わるのだ。
(一緒に、いられなくなるのか……)
アキラは急に、寂しいと思った。
*****
「ただいま――と」
セイジと別れ帰ってきたアキラが見たものは、リビングで仕事をしているブラッドの姿だった。先程のセイジとの会話を思い出し、思わず固まる。ブラッドは動かなくなったアキラを訝しげに眺めた。
「どうした」
「あぁ、いや、お前がこっちで仕事してるの珍しいからさ。いや、見たことないわけじゃねぇけど」
「……自室で作業していたのだが、少しまとめるのに煮詰まってな。場所を変えれば少し視点を変えられるかと思った」
「そっか」
アキラはこの場に用はないのだから、そのまま自室に戻っても良かったのだ。だが何故か戻る気になれず、仕事に戻ったブラッドの側に歩み寄ってソファに座り、ブラッドを眺めた。
「何だ。何か聞きたいことでもあるのか」
再び手元の端末から目を離したブラッドが、アキラに目を移す。どう答えようかとアキラは一瞬迷ったが、元々誤魔化すことは得意ではない。素直に思ったことを話してみることにした。
「あのさ、まだ先のことだけど」
「先のこと?」
「その、研修終わったら、この共同生活って終わるんだろ?」
「そうだが……急にどうした」
「いや、別に、たまたま気になっただけなんだけど。お前、どうするんだ?」
「俺か?」
「そう、お前」
ブラッドは数秒の沈黙の後で再び口を開いた。
「まだ何とも言えん。次期のメンターについても決まっていないしな」
「まぁ、そうなんだろうけど」
「お前だって、メンターの任に就く可能性がないわけではない」
「え、えぇ、オレ!?」
「まぁそれは、これからのお前の成長次第だがな」
「せ、成長はするに決まってんだろ、完璧にな。鳳アキラ樣だぞ」
「だと良いのだが」
「でも、そっか、もしメンターになったらまたタワーで暮らすのか」
「そうなるな」
道は、アキラは予想していた以上に多岐に渡っていた。三年後、自分はどこにいて何をしているのだろう。結局ブラッドと話をしてみても、イメージは掴めなかった。ただ、道が多岐に渡るということは、それだけブラッドと異なる道を歩む未来も有り得るということだ。同じヒーローであるから、どの道に進んだとしても顔を合わせることはあるのだろうが。
「先を考え自分の在りたい姿を思い描いておくことは、悪いことではない。だが、今しっかりトレーニングすることが何より大切であることを忘れるな」
「わ、わかってるよ。ただ……」
そんなことはわかっている。アキラが考えていたのは――。
「お前と離れるのがイヤだなって、思っただけで――」
考えていたことが、そのまま口から出ていた。言い切った所で、はっと我に返る。今自分は、とんでもないことを口走らなかったか。何故そんなことをブラッドに言ってしまったのか。自分でも理由がわからないままだったが、かっと顔が熱くなり、アキラは居ても立っても居られず勢い良く立ち上がった。
「オレ、そろそろ戻る。じゃあな!」
そう言い、慌てたように自室へと戻っていく。ブラッドは突然動いたアキラを驚いたように目で追い、アキラが消えた後もその自室の扉をしばらく眺めていた。
離れるのが嫌だと思っただけ。
今し方耳に届いたアキラの言葉を反芻する。アキラはどんな想いでそれを言ったのか。アキラのことだから、単純に今の四人での共同生活を解消するのが寂しいと思っただけかもしれない。だが、アキラは『皆と』ではなく、『お前と』という言い方をした。もしこれが、それ以外の、自分に対しての感情から来ているのだとしたら。光に向かって伸び続ける向日葵のようなあの後輩が、自分にだけ特殊な想いを向けてくれているのだとしたら――自分がアキラに対してそうであるように。
この研修が終わりを告げる頃、自分達はどうなっているのだろう。
「俺は……」
そう呟いたあと、額に手をやりブラッドは俯いた。
先程のアキラの言葉がずっと脳内でリフレインしていて、消えてくれない。