パンケーキ バスルームを出たブラッドは、リビングのソファでスマートフォンの画面を見ながら唸っているキースを見つけた。何をしているのだろう、と不思議に思い、背後から画面が見えるようにそっと忍び寄る。明日は二人揃っての休暇であり、今日の夜からキースの家で過ごす予定になっていた。普段ならばブラッドがシャワーを浴びている間は一足先にビールを飲んでいる男が、珍しい。キースに気付かれずに近付くことに成功し、画面を見ると。
「何だ? パンケーキか?」
「ぅわ、ブラッド……! 何だよお前、気配消して忍び寄るないきなり声かけるなって」
画面に映っていた写真が意外に思え、つい声に出してしまった。結果、キースを驚かせる結果となり、ブラッドはすまない、と一言告げた上で続ける。
「お前がらしくないことをしていると思ったら、更にらしくない画面を見ていたからな、つい」
「あ〜、まぁ、そうかもしれねぇけどさ……」
キースが、ブラッドによく見えるように画面を向けた。ブラッドは、その画面に僅かに顔を近付けて表示を詳しく見る。今表示されているのは小ぶりのパンケーキの写真と、その作り方のようだ。
「作るのか?」
「多分な……この間キッズスペースで、マリオンとガキどもがパンケーキの話で盛り上がっててさ。最終的に『キースオジサンのパンケーキが食べたい』の大合唱だよ」
「成程」
パンケーキはマリオンの好物だ。マリオンからパンケーキの話を聞いているうちに、キースの作ったパンケーキが食べたくなったのだろう。キースの作る菓子は、子供達の楽しみの一つになっているという報告を、ブラッドも受けていた。
「大人気だな、キースオジサン」
「お前までその呼び方やめてくれ〜」
キースはそうブラッドに返し肩を竦めると、もう少しだけ、とまた画面に目を戻す。作るならばクッキーと同様、アレルゲンフリーなど全ての子供達が安全に食べられるように材料を熟考しなければならない。今はそれを考えている最中なのだろう。ブラッドはキースの隣に座り、その様子を眺めた。
随分と、前向きになったものだと思う。
最初にキッズスペースでの仕事を任された時は、子供達とは距離を取っていたと聞いている。それは勿論本人の性格もあるのだろうが、キース自身の生い立ちも多少関係していたのではないかとブラッドは思っていた。幼い頃のキースの生活については本人から聞いているだけであり、実際に見てきたわけではないブラッドが断定することはできないが、心を傾けてくれるような大人が周囲にいなかっただろうことは想像がつく。だから、わからなかったのだろう。多数の子供達との接し方、遊び方が。自分の記憶にないことを実践しようとするのは、難しい部分もある。
それが今や、『キースオジサン』と子供達に慕われて。キースも彼なりに寄ってくる子供達の相手ができているという。元々キースは情が厚く、一度懐に入れた存在は大切にする。自分を慕ってくれる子供達を受け入れ相手をしているうちに、子供達との触れ合いも慣れ、大切に思うようになったのではないか。この時間でも子供達のために作るパンケーキについて真剣に考えていることが、その証拠に思える。
昔はあらゆることに後ろ向きだったキースが前向きに物事を進めている姿を見るのは、嬉しいものだ。ブラッドは、口元を緩め、柔らかい視線でキースを見続けた。
その一方で、頭の片隅では仕事で良かった、とも思う。もしこれが完全にプライベートで、他の誰かのために作り方を考えているのだとしたら。例えその相手が誰でも、少し面白くないと考えてしまう気がする。だから。
「キース」
ブラッドの呼びかけに、キースが振り向く。その瞳が自分を捉えたことに満足したブラッドは、キースの唇に自らのそれで軽く触れ、それからこう言った。
試作するなら味見を手伝う、と。