ヴィクガス習作(お誕生日おめでとう) ガストがリビングに入ると、キッチンにいたヴィクターが振り向いた。
「あぁ、ガストでしたか。ちょうど良かった」
「俺に用か、ドクター?」
ぐるりと周囲を見回すが、今はマリオンやレンの気配は感じ取れない。もしかしたら三人の誰かが通りがかったら声をかけようと思ったのかもしれないなと考えながら、ガストはヴィクターの側へ歩み寄った。
「コーヒーの試飲をお願いしようかと」
「試飲? 俺でいいのか?」
「貴方向けにブレンドしようと思っていたものですから」
「俺に?」
「マリオンやレンにも考えているので、それは後々二人にも試してもらおうと思っていますよ」
「へぇ。そういうことなら」
ひとりひとりに合わせて、コーヒーをブレンドしようと思っていたということだろう。ヴィクターは、サブスタンスや研究への興味深さが目立って見えるが、その実他人のことはよく見ていて、寄り添うこともしてくれる優しさも持っている。チーム全員がそれぞれ飲みやすいコーヒーを用意してみようという試みも、その一環だろう。ドクターのこういうところが好きなんだよなと、ガストは嬉しくなりながら、素直に頷いた。
やがて、ソファーに座って待っていたガストの前に小さな三つのカップが置かれる。
「三種類ってことか?」
「そうです。飲み比べて、どれが好みが教えていたたけますか。それを元に最終的な配合を考えますので」
「そっか、じゃあ」
ガストは三種類を少しずつ口に含んだ。順番に繰り返し口に含みながら、香り、苦味、酸味などを比べてみる。確かに微妙な違いはあるが、ガストに合わせてブレンドされているのは同じ故に、どれも好きだと思う。だが、ヴィクターは選択して欲しいのだろう。ならば。
「そうだなぁ……俺は、この真ん中が一番好きかもな」
「おや、そちらですか」
「そう。どれも好きだけどさ、特に真ん中の香りが一番癒やされたというか、ほっとする感じがした」
「なるほど……」
「ドクターは、違う予想してたのか?」
ヴィクターの反応が意外そうだったため、ガストは首を傾げながら尋ねる。ヴィクターはそうですね、とあっさり肯定した。
「勿論全て貴方好みにしたつもりですが、これまでの食や飲み物の嗜好を考えると、もしかしたら右側を選ぶかと思っていました」
そう言うと、ヴィクターはふ、微笑む。どこか楽しそうに、ガストには見えた。
「まだまだ、貴方のことで知らないことがありそうです。もう一度調整してお出しするので、あと少しお付き合いいただいけますか?」
「構わねぇけど……そうか?」
割と好みはオープンにしているつもりだったため、不思議そうにガストは聞き返したが、ヴィクターはしっかりと頷く。
そして、ひたとガストを見つめた。
「貴方のことを、もっと教えていただけますか」
口元はいつも通りの柔らかい笑みの形を作っているのに、目が、とても真剣な光を灯しているように見えて。まるで、強い光に射抜かれたような、または、頭の先から爪先まで、その光に照らされたかのような。
それを実感した途端、ガストの思考はぴたりと停止した。何も考えられないまま、確認されるままにぶんぶんと首を縦に振る。ヴィクターはガストの反応を見て今度こそにこりと笑うと、では、と再びキッチンへ向かっていった。
(何だ、今の)
残されたガストは首を戻した後は身動きを取らずに、それだけを思った。先程のヴィクターの目が、繰り返し思い出される。そして、思い出す度に動揺が激しくなっていくのだ。心臓がばくばくと鳴り始め、顔が熱くなっていく。
(どうしちまったんだ、俺……?)
でもその感覚は、決して嫌なものではなくて、どこか嬉しいような気もするのだけれど。
(……次のコーヒーの味、わかるかな)
味覚と嗅覚は、正常に動くだろうか。ヴィクターが戻ってくる頃姿を見ながら、ガストはぼんやりとそんなことも考えた。