2/14ZJ久しぶりに銭形の家に足を踏み入れると、珍しく部屋の奥に座っている家主と目が合った。
また勝手に入りやがってなんて言われるかと思いきや、来たか、と簡単な言葉が飛んできた。
冷えている身体は、拒否されなかったことも相まって吸い寄せられるように銭形へと向かう。
こたつは出ていたが、電源を入れていなかったらしく、次元の姿を確認すると同時にスイッチを入れた音がした。
無言のままだが、そこへ来てもいいと了承を得たということだ。
しかし靴を脱いで、そちらへ向かうとすると、「いや待て」と制止する。
律儀にその場で立ち止まる次元へ、銭形は冷蔵庫を開けろと指示するように指さした。
「なに?」
「いいから開けろ」
玄関を上がってすぐのところに小さな台所と冷蔵庫などの電化製品が並んでいる。
何度か足を踏み入れたことのある次元にとって、それが例えば食料を持って居間へ行くのに最適なことが分かっていた。
現に銭形がいるこたつのテーブルの上には、いくつか缶ビールが置かれていて、追加でもってこいと言われたのだと思い、言われるがままに扉を開けた。
酒類は、その開けた扉部分に無造作に放り込まれていることが多い。どれでもいいのかと聞くと、そっちじゃない、とまたぶっきらぼうに返される。
「酒じゃなくて食いもん? なんかタッパーいくつか入ってるけど」
「ああ、そりゃ隣人からのお裾分けだ。酒もその辺のも食いたきゃ持ってこい」
「銭さんが食うんじゃなくて?」
「いま腹は減ってない。次元」
「んあ? なに」
なんだか銭形はさきほどから言いたいことがありそうな表情をしている。なにかあっただろうかと思考を巡らせるものの、最近は説教をくらうようなことはしていないつもりである。
というより仕事も含めても顔を合わせるのは久々だ。たまたま手が空いて、銭形の所在も確かだったために寄った。次元にとってそんな程度だった。
次元の顔を見て、それを察したらしい銭形は複雑そうな表情をする。
「いや。こんな時期にくるもんだからてっきり……」
「こんな時期?」
次元は部屋に見えたカレンダーに目をやる。だが銭形は、ああそれ去年のままだなと言ってのけたので、ジャケットに放り込んだままのスマホで日付を確認した。
2月17日。なんのことはない平日だ。今日は特になにも……。
と、そこで気がついた。数日前は、そう。
「あ、あー……忘れてた」
ここのところ次元は個人的な所用で、季節感とか日付感覚とか、そういったものと無縁の場所にいた。
そうして適当に取った航空券で飛行機に乗り、つい数時間前に日本に着いたばかりなのだ。
失念していた、というより元よりそういったイベントごとに身体が馴染んでいないと言った方が正しい。
それでも去年と、その前の年は、この人に持ってきていたのだ。
バレンタインのチョコレートを。
「いまだったら、あそこのスーパー開いてるよな?」
「買いに行くつもりか……?」
「いやなんか作る」
溶かしてデコレーションして固めたら、それなりのものを作れる程度の知識はあった。
だって見えてしまったのだ。冷蔵庫の中に、この家の冷蔵庫には不釣り合いな洒落た小さな箱を。
「そんなことせんでいい」
「イヤだね。なんか悔しい」
そのまま家を飛び出して行こうとした次元を、銭形が制止する。
「いいと言っとるだろうが」
言うが早いか、銭形はあっという間に距離を詰めると次元の肩を掴んで居間の方へと引きずりはじめた。
「銭さん」
そのまま押さえつけるように座らせ、銭形は冷蔵庫へと向かう。中からいくつかのタッパー、缶ビールに、さきほど見た小さな箱を、ドンと次元の前に置く。
「今までもらってたお返しみたいなもんだ。それにどうせいくつもあったところで、お互い食いきれんだろうが」
そう言って乱雑に指さされた箱を見れば、バレンタインではなく、ホワイトデーと書かれたメッセージカードが付いていた。
どうやら14日を過ぎてから調達したらしい。
「俺だってきちんと覚えてたわけじゃない」
「ああ、うん。なんかちょっと安心した」
言いながら、そこにあるチョコを眺める。
これを、あの銭形が、どんな顔をして買ってきたのだろう。
それを想像するだけで、ムズムズと落ち着かない気持ちにさせた。
「今度は必ず持ってくる」
「……そうか」
来月のホワイトデー当日どころか来年とも確定できないけれど。
「まぁ、好きにしたらいいんじゃないか」
ちっとも興味のなさそうな銭形の顔を見つつ次元は決意する。
身体引きずってでも来てやる。そう心に決めたのだった。