2月5日 今日はご主人とサトルが朝からお出かけしてるよ!どこに行くのか聞いたんだけど、なんだか答え辛そうにして誤魔化されちゃった。だけどよくよく考えたら、二人はコイビト同士。デートに行く約束だったのかもしれない。こういうときに探るのを「やぼ」って言うんだよね。一つ賢くなれたぞ。
とりあえず、お部屋の中を散歩してみようと思ったボクはベッドの棚から転がり落ちた。
最近気づいたんだけど、普通に下りるよりこっちの方が早いよね!ご主人には「身体が汚れるよ」って注意されちゃうけど。
ヨイショと床の上で起き上がって、部屋の中をぐるりと見回した。脱ぎっぱなしの服とか、マンガとか...いつもと同じ光景だ。えーっと、アレはなんだ?見たことないものを見つけたぞ。
なんだろう、雑誌みたいだけど。色々な写真が載っていて、その横には説明みたいなのもある。
なになに...「寂しい日のお供に」?そっか、これは寂しく過ごすときに使うものなんだね。
ボクはもっとよく読みたくて、顔をズイっと近づける。へえ〜、電池を入れてスイッチを押せば使えるんだ。完全に理解したボクは、雑誌から離れて探検を始めた。落ちてたクッションの端っこ(歯形が付いてたよ)を弄って遊んだり、カーペットの上で大の字になったり...あれ、あんまりいつもと変わらないかも。
せっかくお留守番してるんだし、掃除とかやってあげようかな?うん、それがいいや。ボクはお掃除の道具を探すためにあちこち動き回った。
ベッドの横、テレビ台の裏、カラーボックスの下の方...だけどしばらく経って気がついた。多分、ボクの目が届くところには置いてないぞ。どうしよう。
口をへの字に結んで、一生懸命考える。丁度テーブルの下にいるから、脚に寄りかかって座った。そのまま上を見上げたら、大きな板が目に飛び込んできた。
恥ずかしいから二人にはナイショなんだけど、ボクはここで休憩したりお昼寝したりするのが大好きなんだよね。薄暗くて涼しいから落ち着くんだ。なんだか、大きな傘の下にいるみたい!
もっと近くで見ようと、思いっきり背伸びをして...
あわわ、転んじゃった。身体がまんまるだから、ちょっとした拍子にコロコロしちゃう。なんて不便なんだろ。綿を抜いてスリムになることも考えながら、ボクはそっと立ち上がった。
...ん、足元に何か落ちてる?
転がってきた先にあったのは、座布団みたいな形をしたツルツルの四角だった。そっと近づいて、ペタペタとほっぺをくっつけてみる。ちょっとひんやりしてるね。
こんな風になってたら座れないから、座布団やクッションじゃないんだなきっと。座ったときの具合も良くないだろうし。不思議な物体だなあ。
手のひらでくるくると四角を回して観察しているうちに、どうやら裏側があることを発見した。こっちは毛みたいなのがあるけど…モフモフじゃなくてスベスベだ。
触り心地が気持ちいいから、手を伸ばしてクルクルと撫で回してみる。なんというか、磨かれてるような気分になるなあ。ボクはふわふわしているから、ピカピカ光ったりはしないけど…
……磨く?
そっか、コレも掃除の道具なんだね!よかった〜、やっとお手伝いができるぞ。頑張ろう。一生懸命やって、二人を喜ばせてあげたいな。どこから始めよう?
ご主人はちょっとだらしないところがあるけど、その分サトルが綺麗にしてくれてる。いつも使う場所は汚れていないかも。
普段そこまで掃除しない、そしてきちんとしてあったら気持ちいい場所は…
ボクはキョロキョロ辺りを眺め回した。ボクにとっては大きな部屋だけど、探すところはそんなに多くない。すぐにぴったりの物が見つかった。
窓際の棚に置いてある、変わった形をした像...コレはボクも知っている。いんてりあ、というんだよね。特に使い道がなくても、オシャレのために部屋に飾るんだ。前ご主人に教えてもらったよ。
色とりどりで、独特な見た目をしていて...これがゲージュツ的なあれそれなんだな、うんうん。二人はお顔もカッコいいし、センスも素敵なんだね!
ボクはワクワクしながら置き物たちを見上げた。ピカピカに磨いてあげたら、きっと褒めてくれるだろうなあ。ウフフ...
あ、いけないいけない。まずはしっかりお掃除を済ませなくちゃ。そのためには、棚の上まで登らなくちゃなんだけど...うーん。ボクもサトルみたいに飛べたらよかったのにな。
できないものはしょうがないから、セミのように角にしがみついた。ちなみにツルスベ四角はお口に咥えてるよ。手が塞がると掴まれないしね。
よいしょ、よいしょ...っ...結構疲れるな、これ。綿が詰まっているだけな筈の身体が息苦しく感じる。だけど、そんなことでへこたれてられないぞ。絶対ぜーったい二人に喜んでもらいたいんだもの。
ボクは気合を入れ直して、もう一度上に進み始めた。床にいたときは終わりなんか見えないように感じたのに、いつのまにかゴールが近づいてきている。よし、もう一踏んばり!プルプル震える全身を必死に動かして、なんとか棚の頂上に頭を出した。
後は、手を使って残りの部分を引き上げるだけ。ここまで来たら、もう大丈夫。落ち着いて、ゆっくり右手を出して......やった、できたぞ!わー、いよいよドキドキしてきた!嬉しくて思わず足をパタパタさせる。
それじゃあ、次は左手......ってアレ?
ボク、なんで空を飛んでるんだろ?
それからはあっという間だった。目の前に見えてた頂上がみるみる遠くなっていって、周りの景色がすごい勢いでグルグル変わっていって...ぽすっと間抜けな音を立て、ボクは地面に墜落した。そのまま床を転がり、何かにぶつかって止まる。
その後は、部屋の中がシーンと静かになった。元々お留守番を始めてから音なんて無かったけど、なんでかそれより寂しく感じる。
......はぁ、ダメだな...お手伝いするどころか、思いっ切り失敗しちゃった。ボクはいつでも、ご主人とサトルにお世話されている。ちょっとでもそれに返せることがあればと、頑張ってみたんだけど。上手くいかないものだなあ...
悲しくて、綿の身体がキュッと縮んだような心地になった。ボクは涙が出ないけど、もしも出るようになっていたら溢れていたかもしれない。それくらい、気分はどんよりしていた。
「ただいまー」
「帰ったぞ〜」
しょんぼりしたままじっとしていたら、挨拶と共に部屋のドアが開いた。声の主たちの顔を見ると、縮んでいた身体がフワッとあったかくなるような、安心した気持ちになった。
「...オマエ、何してんの?昼寝でもしてた?」
転がったままのボクを見て、サトルが覗き込んでくる。だけどその後、ボクの横をチラリと見るなり「あ」と声を上げた。どうしたのかな?
「傑ー、ホントにガサツだな...放り出しとくんじゃねーよ」
「ん?ああ、内緒にしようと思ってたけど...見つかっちゃったね」
ご主人は困った顔をして、ボクに何かを見せてきた。「寂しい日のお供に」と書かれた横へ、犬のぬいぐるみロボットの写真が載せられている。ボクがさっき見ていた雑誌だ。
「いつも一緒にいてくれてありがとう。私たちから感謝の気持ちだよ」
そう言ってご主人が差し出したのは、きちんとリボンが巻かれた箱だった。ボクの身体より少し大きいくらいだ。えへへ、嬉しいな...でも、ボクは...
「......ふふ、そんなこと気にしなくていいんだよ。私たちを大事に想ってくれているのは、しっかり伝わっているからね」
さっきの失敗を話したら、ご主人は優しく声をかけてくれた。ああ、どうしよう。今度は、嬉しすぎて身体が震えちゃう...
「そんくらいで一々プルプルすんなよ、大げさだな」
「そうは言うけど、悟だって桃鉄で大苦戦して勝ったとき、感動で震えてたじゃないか」
「うるせー!」
二人は何故か言い争いを始めてしまった。でもボクは知ってる。これは仲良しのケンカなんだ。「仲良きことはケンカするほど」っていう言葉もあるくらいだしね!
幸せな気持ちになりながら、ボクはいつまでもその様子を眺めていたのだった。
「それにしても」
しばらくしてから、ご主人は飾ってあったインテリアを指差した。
「アレを掃除しようとしてたのか...」
「考えただけでヒヤヒヤだな。つーか、コイツが見えるとこに置くんじゃねえよ」
「確かにそうか。すぐ片付けるよ」
サトルはすごく呆れた顔をしている。あれってただの置き物じゃなかったのかな?どんなことができるんだろう。ボクは興味津々でそっちを見た。
「コラ、ダメだよ」
もっとよく見せてもらいたかったのに、ご主人に注意されちゃった。なんでなんで?
「そうだなあ...もう少し大人になったら、分かるかもしれないね」
ご主人は、ボクの頭を指先で撫でてくれた。ボク、こういう風にナデナデされるのが大好き!
チラっとサトルの方を見ると、舌をべーッと突き出して変な顔をしてた。せっかくカッコいいお顔をしてるのに、なんでそんなことするんだろう...
「別に、無理してオトナになる必要ねえからな。知らなくてもいいことだし」
サトルは真自目になってそう言った。お口は悪いけど、なんだかんだでボクを心配してくれる良い人なのだ。
とにかく、大好きで優しい二人にもらったプレゼント、大切にしよーっと。ボクはワクワクしながら、箱のリボンに飛びついたのだった。