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    ちゆき

    @chiyuki_84

    基本にょた 落書き.メモ程度です

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    ちゆき

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    怪物と青「こんにちは、あたしの怪物さん」
    そう言って隣の少女は無邪気に笑うのだ。


    夏真っ盛り。学生にとって至高の夏休みが終わり、今日から新学期だ。今年の夏休みも特に大きなこともなく平凡な時を過ごした。まあ、しいて言えばちょっと遠くに住む叔母さんが妊娠五か月目になったらしくあと半年もしないうちに従妹が増えると知らされたくらいだろうか。私のような人間がその子にとって親戚の中で一番年の近い子になってしまうのは少し申し訳ない。私という人間は、どうしても平々凡々としか言いようがなく特出したものをもたずにつまらない。ただなんとなく毎日を生きて、なんとなく勉強して、なんとなく友達付き合いをする。JKらしく部活のない放課後は意味もなくカラオケに行ってみたりだとか、ゲームセンターでほしくもないぬいぐるみを取ってみたりだとか、友達とプリクラを撮ったりだとか。友達は毎回「うちらめちゃくちゃ青春してんじゃん笑」とか「やっぱうちら三人が最強だわ笑」と言う。私はそれに「そだね~わかる笑」と返すだけ。そんなことは少しも思っていないが、口から勝手にそんな言葉が飛び交う。そんな努力も何もなく小さな嘘が積もってできた影のような存在。私はそんな私が決して嫌いではない。特に好きでもないが。それとなく年をとって、家庭を持って、死んでいけばそれで構わないではないか。私の人生に変質したものはいらない。毎日に代わり映えなんて必要ない、はずだったのだ。新学期一日目、転入生、時計の針がカチ、と動いた。
    窓際、隣の席にいる少女は雪名鈴歌と名乗った。好きな色は青、好きな教科は音楽で国語はちょっと嫌い。身長は152cm。聞いてもいないのにペラペラと喋りだしたので私は必然と彼女のことを知った。どうやら彼女は親の転勤だとか、病院の移動だとか、よく聞く転校の理由ではなく自身の意思でここに来たと言った。意味が、分からなかった。思わず「え?」と聞き返すと彼女は露骨に嬉しそうな顔をしてこう言った。「前のガッコ、気に入らなかったんだあ」と。面白そうだと思ってたけどただ時間を費やすだけだった、と。ここも面白そうだと思った! と。こちらのことはお構いなくに一つまた一つと爆弾のようにボンボンと自分のことを話していく。なんて、羨ましいんだ、と。なんて、自由なんだ、と。そう思った。自分でもなぜそう思ったのかわからない。その後の授業のことなんて覚えているはずもない。私は今、一人の少女に、雪名鈴歌という女に支配されている。たった一言で。決して彼女の言っていたことがわからないわけではない。どこかに引っかかる。彼女の言っていたことは私の心にこびりついてはなれない。


    放課後、先生は彼女に学校を案内してやれと言う。私に断れるわけでもなくゆっくりと歩きながら校内を紹介していく。朝の勢いはどこへやったのか彼女は最低限しか話さない私の声に耳を傾けている。ここは先輩の教室、こっちはパソコン室、とひとつずつ見せて回る。それまで黙っていた彼女は音楽室の前で立ち止まり、「入ろう」と言った。
    は? と思った。先生の許可はないし、鍵も持っていないし。しかしそんな杞憂など意味がなかった。彼女がドアノブを捻ると扉が開き私を手招いた。少し重たい扉がギイと音を立てて閉まる。彼女はいつのまにかピアノの前に座り鍵盤へ指を置いている。何かに操られるように、私は彼女の隣に座った。ポロンと音が鳴る。彼女の細い指がすべるように鍵盤上を移動する。ペダルを踏む足の振動が椅子を通して伝わる。瞼は閉じられていて朝自慢だと言っていたまつ毛が光に照らされて輝いている。それらすべての、この、ワンシーンが綺麗だと思った。むしろ、綺麗以外には今を最大限表現できる言葉はなかった。彼女が鍵盤から手を放してからも私は少しも動けはしなかった。すごいね、と言いたい。しかし影のような私のそんな薄っぺらい言葉では足りない。今私が思っていること全てを伝えたい。ふつふつと沸き立つこの心を。込みあがってくる“引っかかっていた”ものを。その瞬間、彼女は私の顔をゆっくりと横へ向けた。初めて、眼を見た。まるでガラス玉のようだなと思う。そしてそのガラスに映る私も、またガラスのようだなとその時初めて気づいた。お互い自慢のまつ毛を伏せ影を重ねた。そして彼女はこう言ってはにかむのだ。
    「愛してる、あたし(雪)の(名)怪物(鈴)さん(歌)」


    次の日、私は友達とお揃いだったピンクのピアスを外した。放課後は一人で雑貨屋へガラスのような青いピアスを買いに行くのだ。
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    ちゆき

    DONE
    怪物と青「こんにちは、あたしの怪物さん」
    そう言って隣の少女は無邪気に笑うのだ。


    夏真っ盛り。学生にとって至高の夏休みが終わり、今日から新学期だ。今年の夏休みも特に大きなこともなく平凡な時を過ごした。まあ、しいて言えばちょっと遠くに住む叔母さんが妊娠五か月目になったらしくあと半年もしないうちに従妹が増えると知らされたくらいだろうか。私のような人間がその子にとって親戚の中で一番年の近い子になってしまうのは少し申し訳ない。私という人間は、どうしても平々凡々としか言いようがなく特出したものをもたずにつまらない。ただなんとなく毎日を生きて、なんとなく勉強して、なんとなく友達付き合いをする。JKらしく部活のない放課後は意味もなくカラオケに行ってみたりだとか、ゲームセンターでほしくもないぬいぐるみを取ってみたりだとか、友達とプリクラを撮ったりだとか。友達は毎回「うちらめちゃくちゃ青春してんじゃん笑」とか「やっぱうちら三人が最強だわ笑」と言う。私はそれに「そだね~わかる笑」と返すだけ。そんなことは少しも思っていないが、口から勝手にそんな言葉が飛び交う。そんな努力も何もなく小さな嘘が積もってできた影のような存在。私はそんな私が決して嫌いではない。特に好きでもないが。それとなく年をとって、家庭を持って、死んでいけばそれで構わないではないか。私の人生に変質したものはいらない。毎日に代わり映えなんて必要ない、はずだったのだ。新学期一日目、転入生、時計の針がカチ、と動いた。
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