シノの得意料理の話※シノとヒースが高校生、ネロが料理屋をやってる26歳くらいでファウストは大学4年くらいのイメージ。
「よし。今日は特別に俺の手料理を振る舞ってやる」
学校終わり、店の定休日の火曜日にネロの自宅にいつものようににやってきて、大きく胸を張り宣言したのは、ネロの料理屋のバイトで休日も面倒を見ている男子高校生・シノ。
そのシノの友達のヒースと、常連の大学生ファウストと3人が、よくうちに居る。
そして最初の言葉に戻る。シノは得意げに言葉を放った。
「特売で買った豚肉ともやし、そして――焼肉のタレを用意する!!!」
ジャーン、と音が鳴った気がした。
その組み合わせに思わず目を細めたのはネロ。
ファウストは沈黙しているし、ヒースは……まだ希望を捨てていない。
「節約は大事だからな。これを全部フライパンにぶち込んで――」
豪快に炒めるシノの手つきは、なかなか手慣れている。
煙と共に立ち上る香ばしさ。
味付けはもちろん、焼肉のタレオンリー。
「完成だッ! ふふん、ほら、うまいだろ!」
机に置かれた皿を囲む4人。
ジューシーに見える豚肉ともやしの炒め物。
だが、誰も箸をつけない。
シノが胸を張ったまま固まる。
「……」
「………」
「……………」
静寂。まるで、世界が一時停止したかのようだった。
その沈黙を破ったのは、ネロだった。
「……明日の賄いはシノの食べたいものなんでも作るよ、もちろんレモンパイも付けて」
シノがぴくっと反応する。
「お前は食べ盛りなんだからさ。たくさん食って、大きくなれよ」
優しい笑みと共に、ネロの言葉は温かくて、ちょっとずるかった。
するとファウストが、ぽそりと口を開く。
「……実家から送られてくる食材が沢山余ってるんだ。今度、持ってくるよ。もやしじゃなくて……茄子とか、いろいろ」
そして最後に――ヒースが、涙目で叫んだ。
「おいしい……! おいしいよ、シノ……! おいしいよぉぉ……!」
嗚咽まじりにシノ特性豚もやし炒めを食べるヒースの姿に、場が一気にざわめく。
「な、なんで泣くんだよ!? そこまでマズくはないだろ!?」
シノが半泣きになりながら叫ぶ中、
ネロはふふっと笑い、ファウストは黙って自分のぶんの炒め物に箸を伸ばした。
――誰も、「味の評価」は口にしなかったが、
そこには確かに、誰かのために料理を作る“優しさ”が、いっぱい詰まっていた。
「うーん。なら次は……キャベツ足してみるか……!それともソバ飯もいいな……」
懲りずに次の献立を考えるシノの後ろ姿に、3人の視線が集まる。
あたたかくて、ちょっと泣けるような。
そんな1日だった。
【完】