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    ne_fau

    @ne_fau

    にょたと女装落書き置き場

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    現パロ (喫茶店オーナー×小説家)
    ネロファウ /小説

    The beginning is a cup of coffee__

    路地裏の小さな喫茶店「月と猫」は、雑多な商店街の喧騒から少し離れた場所にひっそりと佇んでいた。木の扉には手書きの「営業中」の札がかかり、窓辺には紫色の菫が小さな鉢で揺れている。
    ここの店主のネロは、喫茶店を一人で切り盛りしている。カウンター越しにコーヒーを淹れながら、いつも静かに客を見守っており、話しかけてくる客にはいい距離感を保ちながら会話する。

    とある初夏の日、一般的には仕事や学校も終わりそれぞれが自分の好きな事をする午後。
    誰もいない午後の店内にネロの店に一人の男がやってきた。どこか疲れたような、それでいて鋭い目をした男だ。
    彼は窓際の席に腰を下ろし、メニューも見ずに「ホットコーヒー、ブラックで」とだけ呟いた。
    ネロは黙って頷き、すぐコーヒーを淹れその客に提供する。

    彼はファウストという売れない小説家で、締め切りに追われ、自分の物語を見失っていた。
    喫茶店に来たのは、単にいつもと違う場所でならいい物語が生み出せるのではないかと思い、近所にある静かそうな場所を選んだだけなのだが、店内の穏やかな空気と、コーヒーの香りに、なぜか少しだけ心が軽くなった。

    「いい香りだね」と、ファウストがぽつりと呟く。
    ネロはカウンターでカトラリーを拭きながら、「豆は毎朝自分で焙煎してるんだ」と答えた。
    それが二人の最初の会話だった。

    __

    それからファウストは、週に何度か「月と猫」に通うようになった。いつも同じ窓際の席で、ノートパソコンを開き、時折ため息をつきながらキーボードを叩く。

    2回目の来店の際、ケーキをサービスしてあげると、ファウストはサービスは悪いからちゃんと代金は払うよ。とそんな会話もあったが、ランチで余った料理やケーキをサービスしてるだけだと言うと、君がいいなら……とその日から毎日何かを出している。
    これで少しでも良い小説を書いて早く見せてくれよと言うと、分かったと小さな声で呟いた。

    ファウストは小説が上手く書き進めない日にはただコーヒーカップを見つめてぼんやりしていた。ネロはそんなファウストをそっと見守り、余計なことは聞かず、ただ「いつもの?」とだけ尋ねた。

    ある日、ファウストが珍しくノートパソコンを閉じて、カウンターに近づいてきた。「なんでこの店、こんなに落ち着くんだろうな」と、彼は少し照れたように笑った。ネロはコーヒー豆を挽きながら、「さあ、ただの喫茶店だよ」と少し笑って返す。だが、その言葉にはどこか温かみがあって、ファウストはつい笑ってしまった。

    ファウストがネロの喫茶店に通いだしてかれこれ3ヶ月が経とうとしていた。
    変わったことといえばファウストはカウンターに座る事が多くなった事。
    「先生、小説書けてる?」とネロが何気なく尋ねると、ファウストは肩をすくめた。「書けてない。頭の中では物語がぐるぐるしてるんだけど、言葉にできないんだ」。
    ネロは黙って新しいコーヒーを淹れ、ファウストの前に置いた。「なら、今日は書かなくていいんじゃない? ここでぼーっとするのも、悪くないだろ?」

    その言葉に、ファウストは少し驚いた。締め切りに追われ、いつも何かを「しなきゃ」と焦っていた自分に、そんな選択肢があるなんて思ってもみなかった。
    __

    秋になり、店の窓には落ち葉が貼りつくようになった。ファウストはいつものようにネロの喫茶店にやってきて、ノートパソコンを開かず、代わりに小さな手帳にペンを走らせていた。ネロが何気なく覗くと、そこには細かい字でびっしりと何か書かれている。

    「珍しいね、キーボードじゃないんだ」とネロが言うと、ファウストは少し恥ずかしそうに笑った。
    「なんだか最近、頭の中が整理できてきたんだ。この店のせいかもしれないね」
    ネロは「へぇ」とだけ返したが、口元には小さな笑みが浮かんでいた。

    ある日、ファウストが手帳に書いた短い物語をネロに見せた。それは、路地裏の喫茶店で出会った二人の男が、特別な出来事もないまま、ただ静かに時間を共有する話だった。ネロはそれを読み終えると、「これ、いいね。なんかあったかい」とだけ言った。
    ファウストは照れ笑いを浮かべ、「まぁ、モデルはここだからな」と誤魔化した。

    __

    冬が訪れ、「月と猫」の窓は曇りガラスに白い息で曇った。
    ファウストはとうとう新作の原稿を書き上げ、出版社に送った。結果はまだわからないが、彼の顔にはどこか晴れやかな表情が浮かんでいた。

    「もし売れたら、豪華なコーヒー豆でも持ってくるよ」とファウストが冗談めかして言うと、ネロは笑って「じゃあ、俺も先生が有名人になった記念の特別なケーキでも焼いてやるか」と返した。二人の会話はいつもこんな調子で、特別な出来事はないけれど、確かにそこには温もりが生まれていた。

    ある雪の降る夜、ファウストが店を出る前にふと言った。「この店がなかったら僕は多分、まだこの小説を最後まで書けてなかった。ありがとう、ネロ」。
    ネロはカウンターの奥でコーヒーカップを洗いながら、「俺はただコーヒー淹れただけだからお礼なんて言わないでよ」と笑った。

    __

    春が来て、「月と猫」の窓辺にはまた菫の花が咲いた。ファウストの小説は小さな賞を取り、静かな話題を呼んだ。彼は今も「月と猫」に通い、カウンターの席で新しい物語を紡いでいる。
    ネロ変わらずコーヒーを淹れ、時折二人は他愛もない話を交わす。初めて出会ったあの日より距離が近くなった二人の間には暖かい空気が漂っていた。


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