南の島で起こるみすてりー セミが羽化し、本格的に鳴き始めた七月のとある日。ここは芸能事務所EMMC。
二十代向け雑誌の撮影が終わったミヤビとシアが休憩のために控え室に行くと、部屋の真ん中にある机の上にあるものを見つけた。それは今しがた撮影を終えた雑誌の最新号であった。付箋が何枚か挟まっているので、きっとマネージャーがこの休憩の後に控える取材の参考にするようにと置いて行ったのであろう。ミヤビが椅子に座りながら雑誌を手に取り、付箋のあるページを開く隣で、シアが二人分の冷えた缶コーヒーを持ってきて、ひとつをミヤビの手元に置いた。
「…………豪華客船で行く南の島、かぁ〜〜いいなぁ〜〜」
ミヤビの開いたページには人気俳優がインタビューで「もう一度夏休みに行きたい場所」を答えていた。以前行った時に撮ったであろう、何千人も乗れそうな豪華客船をバックに俳優がにこやかに笑う写真を見て、ミヤビは「お金のある人はやる事が違うな」とぼやきを漏らす。
「お金溜まったら一度でいいから行ってみたいすね」
シアもその雑誌をミヤビの横から覗きこんで、ちょっと不貞腐れ気味のミヤビを見た。二人はまだ若く売れ始めの俳優なので、こういった「俳優って私生活も豪華ですごい!」といった一般人の考える「憧れ」になるどころか、まだ憧れている側の人間である。さて、この後のインタビューで同じような事を聞かれたらどうしようか、という焦りが出てきたところで、ミヤビは缶コーヒーを開けて一気飲みし、カン、と勢いよく机に空の缶を置くと、椅子の背もたれに背を預け天を仰いだ。
「あ〜〜!! 豪華客船で南の島、行きたいなーー!!」
「行く?」
「うぇっ!? え、え、エルケ先輩!? いつの間に!?」
いつの間に控え室に入ってきたのか、エルケが天井を見ていたミヤビの視界にぬっと入ってくると、ミヤビはきゅうりを見た猫のように飛び上がり、心臓をばくばくさせながら部屋の隅へと一瞬で移動した。エルケはそんなに驚かなくても、といった表情でミヤビ達の見ていたページを見る。シアがポカンとしている横でなるほど、と二人が読んでいたところを読み終わり、合点がいったように頷いた。
「こんな大きいのじゃないけど船、持ってるから今度休み合わせてみんなで行こうか? 俺の島があるからそこでも良いなら、なんだけど」
言葉の意味は分かるのに理解ができない、というのはこういう事である。
ミヤビが先ほど思った「お金のあるやつはやる事が違うな」の「お金のあるやつ」が、自分の最も近くにいる事を忘れていた。それも船と島持ってるし行く? をそこのコンビニに飯でも買いにいく? ぐらいのニュアンスで言ってくるぐらいの無自覚大金持ちである。なにせ生まれた時から大金持ち、庶民の感覚がわからないのである。悪気もないのである。
「や、先輩……船、え? 島……?」
「そう、島。二十歳ぐらいの時に父から譲り受けた小さい島でペンションも建てたんだけど中々行く機会がなくてね……あ、もしかしてやっぱり豪華客船がよかった? じゃあ知り合いに話つけないとな」
「そういう話じゃないっすね」
シアが冷静に突っ込みを入れるもエルケはそっかぁ……と言いつつもスマホを取り出して「じゃあ行くならミヤコもだよね、マネージャーに日程調整させて……」と早速ミヤコに連絡を入れ始めていた。
◇
青い空、白い雲。太陽に照らされてキラキラと白く光る砂浜に、穏やかな風に揺れるヤシの木。カモメが気持ち良さそうに空を飛び、そして、一面に広がるハワイアンブルーの海。
絵に描いたようなプライベートビーチ。と、いうより、此処は前述の通りお金持ちエルケ坊っちゃまのプライベート「島」である。この海も船着場も、砂浜も、そこから直接ウッドデッキに行く事ができる白を基調としたペンションも、その背後にある森も、全てエルケ坊っちゃまの所有物である。ついでに言うと、みんな島までエルケ所有の中型グルーザーで船の旅を楽しんできたところである。
島に降り立ったのはEMMC所属のタレントであるエルケ、ミヤコ、ミヤビ、シア。その四人それぞれの最愛であるオウカ、カナタ、ハルカ、レン。そして引率、保護者(仮称)である藤鷹。
エルケがあの後ミヤコに電話した時、「カナタも連れて行きたいんですけどいいですか?」と聞かれ、エルケもじゃあオーちゃんも連れて行こう、それならミヤビはハルカくん、シアはレンくんの予定も聞いといて。と一瞬で登場人物が倍になった。ここでは登場人物が多いので最愛達のセリフは最愛達に委ねるとする。そうしているうちにさらにエルケの太郎が発揮し、「翔寛さんも……いい?」と上目遣いで懇願されたミヤビは「いいっすよ……先輩の島だし……」と反論の余地なく藤鷹も本人の知らぬ所で行く事が決定したのだった。
たどり着いた南の島。藤鷹に手を貸しながら船を降りるエルケを待たずに、最初に飛び降りるように船を降りた年少のミヤビとシアが砂浜に裸足になりながら波打ち際まで走っていく。息を切らし、興奮した様子で振り返った。
「うひぁ……すご……え、本当に……これ全部……先輩の、っすか……?」
「眩しい……夢……?」
「おーちゃんとは何回か来た事あるけど、みんなで来るとさらに楽しいねぇ。いいよ、全部俺のだから。迷子にならないようにだけ気をつけてね」
「っしぁ!! 水着に着替えるよハルカ!! ……って、ミヤコ先輩なにやってんすか!!?」
「日焼け止め塗らなきゃ……!! カナタも塗ってね、南国の紫外線はお肌に悪いからねぇ……白い肌焼いちゃだめだよぉ……今はよくても十年後二十年後に肌に出てくるからね」
「レンも行こ」
わちゃわちゃと己の最愛達と早くも南国を楽しんでいる様子をエルケとが笑顔で見守っていると、砂浜で杖を付くのが難しく歩く事を諦めた藤鷹が半分呆れたようなため息を吐きながらエルケを見た。
「毎回規模がでけえんだよなぁ」
「翔寛さんはデッキでブルーハワイのカクテルでもどうでしょう? うちの家政婦の長良はバーテンの経験もありまして」
「そいつさっき船操縦してなかったか? なんでもありか」
「ふふ、さあ、おーちゃんも一緒に。長良さんの新作をいただきましょう」
それから夜のディナーまで年長組はペンションの中で、若い子達は海で、EMMC代表エルケによる強制休暇を楽しんだ。
◇
「んあ?」
「どしたのミヤビ」
一時間程海で遊び、一旦浜に上がったミヤビが、ペンション裏の山の方を向きながら何かのセンサーが働いたように声を上げた。パラソルの中で早々にカナタと休んでいたミヤコがそれに気づき、ミヤビの目線を追って同じ方向を向いた。
「いや、なんか今……山の方に人影っぽいのが……」
「え? エルケ先輩達じゃないの……? あーいや、先輩達ずっとデッキで酒飲んでる……木の形で見間違えたんじゃないの? だってここ普段は無人島でしょ?」
「そう、なんすけど……」
一瞬だったため、ミヤビがもう一度目を凝らしても人影のようなものはもうなかった。ミヤコはエルケや家政婦達ではないかとも思ったが、ミヤビの指す方は山の中腹、何か用があって行くような場所ではないため、若干の気味悪さを抱えながらも、その正体を知る術がないためとりあえずは気のせいにして、カナタと一分間の遊泳を楽しみに立ち上がった。
ミヤビだけが、その後しばらく、何かが見えた場所を見つめていた。
◇
日が暮れる頃には外で遊んでいたミヤコ、ミヤビ、シア達はペンションの中に呼ばれ、まずは大浴場で体を綺麗にした。ほかほかと肌から湯気を出しながらダイニングルームに行くと、映画でしか見ないような広く長いテーブルに並べられた高級食材を存分に使った料理の数々を目の前に、エルケ以外の皆は目眩を起こしながら席に着いたのだった。
「うひ……キャビア……? これは……」
「オマールエビのクリームチーズ焼き、キャビア添えでございます」
「これは……」
「A5和牛、コクのあるアーモンドソースと特製シャルビアソース、でございます」
「こっちは……」
「季節のデザート三種盛りでございます。本日はマンゴー、ライチ、メロンでございます」
後半はもう楽しくなってきてしまっていた。スーパー家政婦の長良さんは流石に料理は専門の料理人に任せていたが、ウエイトレスとしてミヤコ達に料理名をつらつらと答え、沢山食べるミヤビとシアには追加でガーリックライスとフォカッチャをスマートに持ってきたりしていた。エルケは長良さんにありがとう、と伝えながらも、隣の藤鷹に永遠に話しかけていたりした。エルケが全員の予定を合わせられたのは三日。初日からこんな調子で豪遊を浴びて、明日はどんな事が起こるのだろうか、と武者震いが起きてもおかしくない状態で、ディナーはお開きとなった。
「さて、みんな食べ終わったかい? 疲れただろうから、この後は自室で休むとしよう。部屋の前に名札がかかってるから、そこ使ってね。明日もいっぱい遊ぼう」
エルケはナフキンで丁寧に口を拭きながらそう言うと、今日一番の笑顔を浮かべて笑った。
◇
「先輩……これ……死んでる……っすか?」
ミヤビは震える声で、目の前で胸から血を流し、血を吐いて倒れている人物を指差した。
どうして、どうして、どうして。
さっきまで、つい三十分前まで自分達をもてなしてくれていた。高級食材が並んだディナーを食べ終わり、ダイニングルームを出て各自の部屋に行くために笑顔で自分達を見送ってくれたのが彼を見た最後だった。
喉が渇いたので、厨房に何か飲み物を貰いに行った時だった。一瞬通りすぎたダイニングルームの床に転がっていた長良さんを見つけ、急いでエルケや他のみんなを呼び出した。
「……長良さん、そんな……。亡くなってる……どうしよう、長良さん」
息を切らしたエルケが足の竦むミヤビ達の横を通り過ぎ、倒れている長良さんの首元をハンカチ越しに触り、脈が触れない事を確認する。エルケが焦るのも当然の事だった。家政婦と雇用主の関係とはいえ、長い付き合いだったのだ。
涙を流している暇はなかった。その状況がどう見ても他殺である事から、ここから皆が皆を殺人犯だと疑ってかからなければならなくなった。隣にいる最愛が、さっきまで普通に会話していた人がもしかしたら、人を。
◇
エルケ所有の島で起きた殺人事件。昼間までのリゾート気分はどこへやら、皆の気分は最下層まで低下していた。互いが互いを疑っている状態がしばらく続く中、エルケは長良さんが倒れているダイニングルームの隣にある応接間に全員を入れた。
ミヤビとシアはハルカとレンと一緒に何かに怯えるように肩を寄せ合ってソファに座っていた。ミヤコはずっと何かを考えているようで、普段は口を開けば一から十までずっと喋り倒しているのを電池が抜けたように黙りこくっていて、カナタが心配そうに横目で様子を伺っていた。藤鷹は一人ダイニングルームと応接間を行き来し、何か手がかりがないかと辺りを見回していた。
その場には島に着いた時出迎えてくれたもう一人の家政婦である五十鈴さんもいた。エルケに耳打ちされ、電話の子機を持ち廊下に出ると警察と通話し始め、数分間話した後またエルケに耳打ちした。
「ありがとう五十鈴さん。警察に連絡したけど……もう夜だし船は出ないらしい。そうすると明日の朝までは来れないから俺たちはここに全員でいるしかない。個室に戻るとまた何が起こるかわからないからね。念の為、ダイニングルームは警察が来るまで誰も入らないようにしよう」
エルケの言葉にもう一度ダイニングルームに行こうとしていた藤鷹がぴくりと動きを止めた。証拠やら何やらを動かして自分が疑われるのも嫌なので、諦めたようにソファに座るとタバコを取り出して吸い出した。
遣る瀬無い空気の中、オウカが皆に落ち着くようにと冷えたお茶のポットとグラスを持ってきて入れ始めた。エルケはオウカからお茶を貰い一口口の中を潤すと、息を吐き皆を見渡した。
「……疑っている訳じゃないけど、夕食が終わってから今まで何をしてたか、みんな教えてくれるかな」
エルケの声は真夏だというのに氷のように冷たかった。吐息が霜のように見え、隣に居たミヤビは全身を震わせる。
「オレは……ハルカと部屋で荷物の整理して、シアとレンくん呼んでトランプでもやろうかなって誘いながらお茶を貰いに行ったら……その、長良さんを見つけて……」
「俺もレンと荷物の整理して休んでたらミヤビ先輩が部屋に来て誘われたんで、行く準備をしてた所です」
「俺もオウカと一緒に部屋に居た……五十鈴さん達も片付けが終わってからは厨房の横の家政婦部屋に全員居た……長良さんだけがダイニングルームの清掃をしていた……」
「俺はずっと部屋に居たぞ」
エルケのペンションはホテルのように何部屋かゲストルームがあり、一部屋に二つのベッドがあるのでエルケはお互いの最愛達を同室にしていた。藤鷹は最初から一人部屋が良いと主張してきたのとエルケが足を労わるためにゲストルームとは反対側の入り口横の主賓室を寝室として当てていた。その位置は奇しくもダイニングルームから一番近い位置にある。
そのため自分が一番疑われ始めていると周りの空気で察した藤鷹はぴしゃりと言い放った。エルケもその言葉を信じようとするも、どこか確信が持てないようでいた。
重苦しい空気の中、今まで黙っていたミヤコが突然口を開く。
「藤鷹さんなんじゃないですかぁ?」
「……は? そんなわけねぇだろ」
ミヤコの疑いの目に全員が藤鷹を見ると、藤鷹は立ち上がってミヤコに喧嘩腰で近づき胸ぐらを掴んだ。ミヤビとシアは何も言えず何も行動できず、行く末を見守ることしかできない。シアは眉をぴくぴくと痙攣させて師匠の引きずる足を見つめた。
「でも……理由、ありますよねぇ、エルケ先輩はもうあんたにデレデレだけど、あんたははまだエルケ先輩を恨む気持ちがあったりして。だって、二十年以上エルケ先輩を恨んでたんですもんねぇ……そう、恨むしかなかったんですもんね。「ケイ」を殺したも同然と思っていたんですもんね、そう簡単に自分の心に整理つかないですもんね。なのにエルケ先輩は人が変わったようにあんたに懐いて、自分だけが置いてけぼり。誰もあんたの気持ちなんてわかりゃしない。だからエルケ先輩に自分と同じ苦痛を与えようとして、手始めに周りの人間を殺したんじゃないですか?」
「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって、ふざけるなよ、ケイと太郎に誓ってそんな事しない。そんなお前は何してたんだ? あ? いつも要らねぇとこで喚く暴走機関車が。ずっと黙りこくってたやつがいきなりペラペラと」
「俺はもちろんカナタと部屋に居ましたよ? ベランダには出たけど。ねえカナタ。星を見てたんですよ。呼びに来たミヤビに変な目で見られたよね、やっぱりこの場でアリバイがないのは藤鷹さん、あんただけなんですって」
「あ、あの……」
ミヤコと藤鷹が一触即発の状態で向き合っている所に、蚊の鳴くような声で割り込んできたのはミヤビだった。ミヤビは手をこすりミヤコと藤鷹の睨みを浴びながら、ミヤビは震える声で言う。
「昼間……砂浜からだったからよく見えなかったんすけど、この建物の裏山に人影っぽいものを見たんです……もしかして、俺たち以外にこの島に……人が居るんじゃないか、って……」
「ミヤビ……じゃあまだこの建物の中に、俺たち以外の別の人間が居るかもしれないって事じゃん」
「そういう、事に……なるんスけど……ミヤコ先輩、俺が部屋に呼びに行った時、カナタさんがドアを開けてくれました。その時……ミヤコ先輩はベランダで俺に背を向けて「誰と」喋ってたんすか」
「……誰って、喋ってないけど。何、俺が誰か外部の人を連れ込んで長良さんを殺させたって言いたいの?」
ミヤビの言葉に、思わず藤鷹はミヤコの胸ぐらを掴む手を離した。ミヤコは引っ張られて皺になったTシャツを直しながらミヤビの方を向く。その瞬間、二人の間にシアが割って入ってきた。
「ミヤコ先輩、すいません。聞いてると、先輩はやたらと師匠を犯人にしたそうっす。まるで自分から目を逸らすように……だって、師匠は足が悪いから体格もそんな変わらない長良さんを正面から悲鳴をあげる暇なんてなく刺せないと……思う……す。ミヤコ先輩も力はそこまでないから、別の誰かと共謀して……」
シアは言いながら、流石に勢いで言いすぎたと思った。しかし、実際長良さんが倒れているのを見てからミヤコの様子はいつもとは違った。口を開けば証拠を垂れ流してしまうかもとでもいうように口を閉じ、自分以外に容疑が向けば徹底的に詰め始めた。そして今、辻褄が合わないような事を言い出した所で、様子を見ていたエルケが氷の表情で立ち上がった。
「ミヤコ」
「エルケ先輩、違いますよ。理由がないじゃないですか。俺先輩のこと大好きですよ!? ていうか、意味わかんないよなんで先輩じゃなく家政婦を殺してんだよ、ふざけんなよぉ!!」
「おいおい、狂ったか? 本性が出たな? 太郎を病ませて代表を下せば自分が代表にでもなれると思ったか?」
「黙ってろよ!!!!」
「ミヤコ先輩、落ち着いて!!!」
「ミヤコ先輩!!」
ミヤコの目は本気(マジ)だった。役を演じている時とは違う、誰も見たことのないミヤコが顔を出し藤鷹に詰め寄る。このままでは目の前で公開殺人が行われてしまうかと本能的に思ったミヤビがミヤコを藤鷹から引き離し、シアと二人で暴れるミヤコを抑える。ミヤコは羽交い締めにされ足をバタバタと動かしていると、部屋に全員が居るはずなのに、応接室の扉が外から勢いよく開いた。
「ドッキリ大成功ーーーーー!!!!!」
「へ……?」
テレビのバラエティ番組で見たことのある、大きなパネルにびっくり吹き出しと「ドッキリ大成功」の文字。そのパネルを持った人物と、カメラマン、音声さんが応接室になだれ込むようにわたわたと入ってくる。最後には血塗れ、いや、血糊を胸にべったりつけた長良さんもにこにこ顔で入ってきた。
ここで、状況が読めずにポカンとしているのは、ミヤビとシア、ハルカとレンだった。つまり、四人以外は全員、仕掛け人。
「え、どういう、こと……?」
「なにが……起きて……」
「はーーい! どっきりです!!!」
パネルを持った人物はよく見るとバラエティでよく司会をしているタレントだった。ミヤビとシアに、芸能人にどっきりを仕掛けまくる番組「どっきりです」と番組名をわかるように言い、頭で理解し始めたミヤビが盛大なため息を吐きながら羽交い締めになったままのミヤコを解放し、自分はへなへなとその場に座り込んでしまった。シアはミヤコを掴んだ体勢のまま、石になっていた。
「え、ど、どこから……」
「最初からだよ、ごめんね騙したようで。島に行く話が出た時にちょうどその番組スタッフと話しててね、じゃあ俺の島でやりませんかって」
「先輩〜〜!! え、じゃあミヤコ先輩がおかしくなったのって」
「オカシクなってないからね、あれは演技です。俺たちの職業、HAIYUU。ていうか、早いんだよ部屋から出てくるのが。おかげでスタッフとベランダで話してるのがバレそうになったし、ほんと、ヒヤヒヤしちゃった」
「いや〜〜でもミヤビとシアが言い合いに入ってくるのは想定外だったなぁ」
「び、びえぇぇ」
「泣いちゃった!」
べしょべしょに泣き始めたミヤビと、今だに石のままのシアをよそ目にエルケは五十鈴さんの演技を褒め、長良さんにも「ものすごく良い死体の演技でした!」と、喜んでいいのかわからない賞賛を送っていた。
そうなると、ミヤコと藤鷹の言い合いも演技、と言うことになるのだが、藤鷹はミヤコの胸ぐらをもう一度掴むとにっこりと怒りの籠った笑みをミヤコに向けた。
「アドリブだとしてもあの言いようは看過できん」
「本気にしちゃったんだ、かわいそうに。あれですよ、ミヤビとシアが引っかかってくれるようにめちゃめちゃ大げさに言っただけですよぉ、まさかそれが図星だなんて………ほんとうにかわいそう」
「翔寛さん……そんなこと思ってたんですか……太郎は悲しいです……」
「バカ! 太郎本気にすんな!! 話がややこくなる」
藤鷹は盛大なため息を吐き諦めたようにミヤコを解放する。
何はともあれ、殺人は最初から無かったのだ。全てがエルケ主体の壮大などっきりであった。ミヤビとシアはみんなのことを人間不信になってしばらく背後を気にするようになってしまったが、のちに番組の放送の際、隠しカメラで撮れたミヤビとシアの名推理はトレンド上位を独占した。ちなみにミヤコと藤鷹の言い合いはあまりに内容がナイーブなのでカットされた。
◇
「そういえば、山ん中で何撮ってたんですか? 空撮? 俯瞰?」
ドッキリが終わってからは普通に二泊三日の南の島のバカンスを楽しんだ一行。最終日、クルーザーに全員が乗り込んでさてあとは出発するだけ、というタイミングで、ミヤコがカメラマンスタッフに尋ねた。
あの時ミヤビが見たのは番組スタッフで、そうだとしたらバレちゃいけないとミヤコは必死に話題を逸らしたのを思い出したのだ。ミヤコの隣にいたエルケも「本格的な撮影だったんですね、放送が楽しみ」と零したが、カメラマンのスタッフはしばらく考えた後、首を傾げて言った。
「エルケさんの所有島で形バレちゃいけないので、外の撮影はしてないですよ?」