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    sbjk_d1sk

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    sbjk_d1sk

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    その香りがした時、わたしはつい香りのかたちを探してしまうのです。

    金木犀 すん、と鼻を鳴らす。賑わう廊下の中で、嗅ぎ慣れた匂いがした気がして、フェイスシールドを少し上げて再度空気を吸い込む。遮るものがなくなったことでより鮮明に、それの匂いが自分の中で形をつくっていく。
     オペレーター達の談笑、子ども達の笑い声、夕食の匂い、誰かが舐める飴の香り。廊下を歩けば目まぐるしく変わっていく音や香りを、ドクターは好ましく思う。人の生活がすぐそばにあるということ、幸福な声や満足な食事があること、それらは誰もが手にする資格がある。資格という言葉すら不要であるはずだ。しかしこのテラの地では多くの人々が得難い、当然であるはずの日常。ロドスの道のりは長く険しく、ドクターの手は小さい。飢えや病から全てを救済することはできず、零れ落ちていく命は未だ尽きない。だからこそドクターのその手におさまる小さな幸福の庭は愛おしく、尊く、ドクターが守るべき園だ。
     喧騒が過ぎ去り、ついに艦内のどこででも聞くことができる駆動音すら後ろへと置き去りにして、ドクターの服の裾が夕暮れ色の風にじゃれつくかれるようにはためく。艦内で鼻腔をくすぐったあの匂いのかたちが、甲板で夕日に照らされていた。揺れる尾の鱗が赤い光を反射し、チラチラと宝石のようにきらめく。
    「いつ乗ってきたんだ、リー」
    「おや、ドクターでしたか」
     まるでたった今気づきましたというようなとぼけた言動に、思わずくすりとドクターは微笑んだ。探偵で「多少」の荒事もこなせるリーが、隠密行動などからきしのドクターの気配に気づかないはずがない。広い甲板の上で、リーが風上の方の隣を指す。予想していたよりも強い風に攫われそうになりながら、ようやく設けられた特等席に辿りつくと、龍はうつくしい尾をドクターの腰に絡めた。
    「先ほど寄った移動都市から。おれも丁度依頼の帰りだったんで、乗せてもらいました」
    「ロドスを帰りの足に使うんじゃない」
    「もちろんタダ乗りってわけじゃありませんよ?明日は食堂に立ちっぱなしです」
    「なら、いい」
     日が落ちていく大地に吹く風は肌寒く、ドクターはリーの上着の内側にいそいそと入り込んだ。こらこら、と子どもを叱るのと大差ない咎める声が降ってくる。
    「いいじゃないか、減るもんじゃないだろう?それかそっちに立たせてよ。君が風よけになってくれればいいんだから」
    「じゃあもうしばらく、そうしていてください。これ吸った後なら風よけでもなんにでもなりますから」
     リーの片手に摘まれた煙草が、風に吹かれて灰がほろほろと崩れていく。ドクターが話しかけたことで中断されていた喫煙が再開し、煙草がゆっくりとリーの口に咥えられていく様子を、ドクターはじぃと観察した。リーは一度煙草を咥えるとしばらく口から離さない。おそらく肺喫煙しているのだろう。どうすればむせずに吸えるのだろう。問いが次々と溢れ出し、ドクターは飽きることなく明るむ煙草の先を眺めている。
    「あんまり見ないでくださいな」
    「私も吸ってみたい」
    「はいはい、どうぞ」
     ドクターに差し出されたのはイチゴ味の飴玉だった。乱暴にフェイスシールドを外し、口に放り込んで味わうのもほどほどにゴリゴリと音を立ててかみ砕いてやった。
    「ところで、よくおれがここにいることがわかりましたね。おれが途中で乗ったことも知らなかったんでしょ、あなた」
     粉々になった飴の欠片を舌の上で遊ばせていると、リーが思い出したように聞いてきた。しゃりしゃりと歯にしがみつく飴の欠片をすり潰しながら、ドクターはリーの服に顔を寄せる。すん、と鼻を鳴らす。すっかりそれを嗅ぎ慣れるくらいには時間を共有してきた。リーからは、当然だが煙草の匂いがする。あとは煙草の匂いに混じって、彼自身の匂いだろうか?水に匂いを与えたらこんな風になるだろうか、という未知の匂い。未知なのに懐かしいような、安心するような、余すことなく体を包み込んでくれるような心地がする、不思議な香り。
    「君の香りがしたから、君を探したんだ」
     ジッと火を揉み消す音がして、ドクターは顔をリーの服にうずめたまま視線だけを音のした方へ向ける。吸い殻に成り下がった煙草が携帯灰皿へと消えていった。手袋に覆われた手が伸びてきて、ドクターの顎を優しく持ち上げる。大きな背中が丸まり、窮屈そうに肩を縮こめて、種族的特徴が強く表れる口がドクターの唇に触れた。触れるだけというには深く、貪るというにはささやかな口づけに吐息と舌の味が交わされる。優しく摺り寄せ合った舌が離れていき、ドクターはぺろりと唇を舐めた。
    「苦いね」
    「あなたは甘いですね」
    「飴のせいだよ」
     リーはドクターを上着の内に包んだまま肩を抱き、艦内の方へと歩き出す。
    「探してたってことは、なんか頼み事ですか?」
     いいや、とドクターは首を横に振った。
    「言っただろう。君の香りがしたから、君を探した。それだけだよ」
     ドクターを包む嗅ぎ慣れた香りはドクターの心を離さない。その香りのかたちをつい、誘われるように探している。
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    sbjk_d1sk

    DOODLEAisおめでとうございます圧倒的敗者俺!!!!!!!!!どうなってンだよ勤務スケジュール!!!!!!!!


    と言う思いを込めて書いていたかつての駄文。こっちにも載せておきたい勿体無い精神。
    無題 空腹を訴える腹を無視して、胃薬と共に鎮痛剤を流し込んだ。少しすれば薬という神が頭から悪魔を追い払うだろう。神を遣わした偉大なる医療部に感謝を捧げるべく、ドクターはデスクに向き直った。詰み上がったファイルと、散らばった作戦記録と、思いついたことを片っ端から書き殴ったノートが広がっている基礎むき出しな無秩序の箱庭だった。デスクの引き出しから手探りでビスケットタイプの完全栄養食を取り出し、バリッと両手で封を開ける。流し込むように袋から直接口に入れ、噛むのもそこそこに常温に戻ったペットボトルの水で腹に流し込んだ。一息ついてパッケージを見てみれば、ココア味と書かれていた。味も確認せず、味わうこともせず噛み砕いて流し込んだクッキーを、今度は一枚一枚摘んで食べてみる。唾液を吸いみるみる膨らむクッキーは、味はたいしてココアといった感じはしない。カカオの強いビターチョコレートのように少しの苦みと酸味がする。これは若者の口には合わないかもしれないなと一息に水を呷り無理矢理クッキーを胃へと押し流した。
    1979