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夢を見るなら、ここで
きょうの予定を終えて、ハテノ村の自宅に帰ってきた。狼姿で同行していたトワさんは、扉を閉めると人の姿に戻った。何度見ても不思議だけど、もう慣れた。途中の馬宿で鍋を借りたので、腹は満たされている。疲れから、重い身体を引きずって歩く。
明かりをつけ、汗を流すのは起きてからにしようと決めた。武器は壁のスタンドへ片付けたが、ポーチの整理もあしたの自分に投げる。とにかく早く寝たい。
「おいブレ、着替えながら寝るな」
「うん……」
「まったく、ほら」
「ありがとう……」
ふらつくオレを見かねたトワさんが、着替えを手伝ってくれた。トワさんも疲れているはずなのに。だから礼を伝えたら、仕方ないなという風に笑った顔で髪を掻き混ぜられた。脱いだ服は無造作にカゴへ放り込む。なにもかも、あしたの自分にまかせてしまう。
着替えが済めば、あとはもう寝るだけだ。ゆっくり階段を登り、壁際のベッドに遠慮なく飛び込んだ。ベッドの軋む音が響いたが、ここは村の外れだから大丈夫なはず。
あ、トワさんはうるさかったかも。ごめん。
髪留めをテーブルに置き、ばさりとシーツにくるまり目を閉じる。
目的としていた素材は見つかったけど、その道中が酷かった。雨に降られるし、草陰からボコブリンは飛び出してくるし、イーガ団まで現れて、鬱陶しいことこの上なかった。腹立たしさから、電気の矢で感電させてやった。せめてどれかにしろ。トワさんも一緒に応戦してくれて助かった。
きょうの出来事を振り返っていると、あくびがいくつも出た。しかし、一向に夢に世界に落ちることが出来ない。早く寝たいのに、と手を伸ばした先にはなにもない。手のひらが触れたのは空気だけ。そこでオレが眠れないのはもしかして、と気づいた。
「トワさ〜ん……」
思っていたよりも眠気に負けた、腑抜けた声で名を呼んだ。聞こえてるかな。聞こえていなかったら、もう一度呼ぶだけ。早く返事をして。
「寝たんじゃなかったのか?」
「あ、トワさん……」
返事の代わりに階段を登る音が聞こえ、薄く目を開けばベッドの横に来ていた。すぐに来てくれたことに、だらしなく口元が緩む。そしてオレは、ベッドの空いた場所をぽんぽんと叩いた。意味はわかるよね、ともう一度叩くと、トワさんは呆れるように笑った。
そしてちょっと待ってろ、と一言だけを残し、階段を降りていった。すると家の明かりが落とされ、窓からの光を頼りにトワさんが戻ってくる。オレがなにを求めているか、わかってくれていることに口端が上がる。オレの期待通り、シーツの中にトワさんが入ってきた。
「なにかと思えば」
「寝れなくて、トワさんがいないって気づいたから」
「俺はお前の抱き枕か」
「そうじゃないけど……」
狭いベッドだけど、寝るなら一緒がいい。その場合は、オレがトワさんを抱きしめる形になっている。抱きついてはいない、多分。抱き枕はこんなに硬くないし、なってほしいわけでもない。ただ、トワさんの体温を感じながら眠るのが心地よくて、好きなだけ。狼姿のトワさんも温かくて、ふわふわもふもふしてるから好きだ。ベッドが毛だらけになるからと、滅多に叶えてくれないけど。オレも抱きしめるなら、やっぱりいまのトワさんがいいと思っているから、お願いの出番はそれほどない。
当たり前だった一人寝を、寂しいと感じるようになるなんて思わなかった。気兼ねなくトワさんを抱きしめて眠れるから、寝るなら自宅のベッドがいい。
とくんとくんと、逞しい胸元から響く心臓の音にうっとりする。トワさんの温かい体温が気持ちよくて、すぐに微睡んできた。さっきまであんなに眠れなかったのに。
「おやすみ」
優しく髪を梳かれ、柔らかな声で送り出されたオレは、そのまま眠りに落ちた。
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