化けの皮も仮面も被る道化 今日うちのクラスにLAからの交換留学生がやってきた。栗色の巻き毛と青い瞳が魅惑的な美少女で、男子は勿論女子も彼女に釘付けになっていた。彼女とお近づきになれたならどんなに嬉しいかと、あの瞬間思った人間は少なくないだろう。他人を見た目でどうこうなんて思わない僕でさえちょっとドキリとした。
そんな彼女がこのクラスで一番に声をかけた人間はなんと……僕の親友のジュンだった。ホームルームが終わった後、彼女はジュンの席まで笑顔でやってきた。
"How have you been Jun"
日本人が真似するのは難しい、本場の英語。日本語を話すときより少し低めの声で彼女がそう言うと、クラス中がざわめき立った。
"I've been fine. thanks. Good to see you again,Cathy."
ジュンときたら、いつもは朴念仁のくせに今までにないような笑顔と抑揚のある声で英語を返してた。なんなん、僕にはそんな顔見せたことないやろ。こちとらもう8年の付き合いやのに。
「久々聞いたわー。ジュンくんのベラベラな英語。なあ、さっきあの子なんて言うてたの? 知り合いなん?」
学校からの帰り道、二人で歩道を歩きながらジュンにそう切り出した。
「『久しぶりだね』だってさ。サンディエゴのエレメンタリースクールに入りたての頃に知り合って、それから家族ぐるみで付き合う仲だったんだ」
そう語るジュンはいつもの朴念仁のジュンだ。
「……でもこれでバレるんちゃう? ジュンちゃんのこと。高校では隠しておきたかったんちゃうの?」
実はジュンの父親は韓国系アメリカ人だ。ジュン自身も幼い頃アメリカで暮らした経験があり、英語ならもうペラペラだ。だが、僕と出会った当初はそれが原因で「海外かぶれでイキっててうざい」などといじめられていた。それからジュンはわざと英語の教科書をヘタに読むようになり、英語力を隠すようになった。当時からよくジュンの家に遊びに行ってて流暢な英語で家族と話す彼を見ていた僕は、あまりにわざとらしい演技に吹き出すのを堪えるのに必死だった。ちなみに高校では僕以外ジュンの事情を知る人はいなかった。
「いいんだ。もう三年だし受験だろ? みんなそんな事まで気にする余裕はないよ」
ジュンがもう自分を偽らなくてよくなったのならよかった。だが、「ジュンの秘密知ってるのは僕だけやったのに」と思うと寂しかった。そしてもう一つ僕には寂しさを感じたことがあった。
「……ていうかジュンちゃん、英語だと明るくなるねんな」
「……そうか?」
ジュンくんの家に行ったときも、英語を話すときのほうが饒舌になるような気がしていた。でもそれは相手が家族だからだと思っていた。だけど、そうではないことが今日わかってしまった。
「……僕も英語覚えたら、ジュンくん、あの子と同じように僕と話してくれる? 」
「バカ、英語のテストで50点以上採れた試しがないくせに」
「ひどっ! そんな言い方することないやろ。僕な、これでも君のこと親友と思ってん。君、普段付き合い長い僕にさえ自分のこと全然話さへんやん? だから少しでも君が話しやすいと思ってくれるような奴になりたい思ったのに。なんや、人の気も知らんで」
ピタリとジュンの足が止まった。隣に並んで歩いていた僕の足も無意識に止まる。
「ん? なんや?」
ジュンの目線がこちらに向く。
"That's my line. You don't even know how I feel about us."
「は?」
「何でもない。英語上手くなりたいんだろ?頑張って勉強しろよ」
「なんやそれ!!」
突っ込む僕を置いてサクサク足を進めていくジュンに僕も足を速めた。
「こっちのセリフだ。お前も俺の気持ちに気づいてないだろ」