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    Micca1105

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    Micca1105

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    ひよこをワンオペで育てると大変だというジェイフロ

    #ジェイフロ
    jeiflo

    育てたひよこにつがいにされるフロイド 一日目。

    「お前にあげます」

     強欲なインテリ、のわりに意外と環境にやさしいアズール・アーシェングロットは事業のひとつとして自然農園を営んでいる。
     基本的な野菜や多種多様なハーブ。蜜蜂を呼ぶために、四季に合わせた花の植えてある美しい一帯。そしてのびのびと広い敷地で放し飼いしている鶏たちから今朝回収した卵の中に、やたらと青いものが混じっていたのだという。
     でも、卵一個をころんと急にもらっても困る。
     フロイドはぽいと投げ渡され、反射的に慌てて受け取ってしまった手のひらの中のそれを見つめた。だいぶ暖かい。

    「直前までアロちゃんが抱卵していました。よく卵を産んでくれる彼女に抱卵されても困るので、卵はすべて取り上げてしまいましたが」
    「アロちゃんて真顔で言うのやめろってばぁ」
    「フロイドがつけた名前でしょうに」

     アローカナはほのかに青色の卵を産む品種で、その卵は栄養価が高いことと美しい殻の色から高値で売れる。
     有象無象の中でアロちゃんは少し変わった性格の個体で、人間が近づくと逃げまどう鶏たちの中で一羽、気まぐれに歩み寄ったフロイドを仁王立ちで睨みつけたことがあった。その目つきが獰猛で鮫のようだと喜んだフロイドは、スクアーロのアロちゃんと上機嫌で名前をつけ、可愛がりはまったくしていないがたまにナッツや魚の切れはしなどを与えてはこれも食べる! と遊んでいたのである。

    「有精卵かどうかはまだ判断できませんが、あの個体の子どもであれば雄でも雌でもよい鶏でしょう」
    「そっかぁ、食べようかと思ってた。ひよこが産まれ……えっ、じゃああっためなきゃ! 死んじゃう! 何してんのアズール!」
     両手で卵を包みこみ、焦りだしたフロイドをアズールは意外そうに見やった。別にどうでもいいと食べるか、要らないと押しつけ返していくとばかり思っていたのだ。
    「アズール、人間って脇の下があったかいんだっけ脇にはさんでおけばいいかなぁ!」
    「よくはないと思いますよ。人間の体温は雌鶏より低いですし、転卵もしてあげなければいけません。湿度はカバーできるかもしれませんが、脇汗で湿度をたもたれてもひよこさんが可哀想では?」
    「ぶりっ子女みたいなこと言ってる場合かよ! ええ、じゃあどうすんのぉ」
    「そこでこちら! ご家庭用の孵卵器です! 事業ではもう使いませんので、今ならお値段……」
    「ありがとさすアズ、もらっていくね」
    「サスアズ? どなたです? そういえば以前イデアさんも……」
     箱に入った孵卵器を奪いとり、ドアを足で開け閉めしながらフロイドは足早に事務室を去った。



     フロイドは緊急事態用の転移陣を勝手に使って文字どおり直帰すると、卵を壊さないように注意をはらいながらも乱雑に孵卵器の箱を開ける。
     説明書はなぜか見たこともない言語で書かれていたが、フロイドはその天才性ゆえに勘で正しくセットすることができた。コードをつなぎ、かすかな機械音を立てて熱を持ちはじめた孵卵器を見てほっと息をつく。
     点滅している小さなモニターには21と表示されていた。きっとこれが孵化までの日数だろう。

    「長いのか短いのか……ええと、多分ぬるま湯を切らしちゃだめなんだよね?なくなったらお知らせしてくれんのかなあ」
     つぶやいていると、急にウィン! という音とともにセットした卵が動きはじめる。ぎょっとしたが、どうやら機械が転卵をおこなっているらしかった。フロイドはそのようすをしげしげと眺める。

    「……てかよく見ると、この卵青すぎね? 青っていうか……ちょっと緑でターコイズっぽいなぁ」

     希少性を強調して売りやすくするために『青い卵』とは言うものの、普通は淡い水色だ。こんなに濃い、翡翠のような艶と色あいのものなど見たことがない。
     本当にアローカナの卵なのだろうか?
     フロイドは首をひねるが、まあ産まれたら分かるだろうとアロちゃんに似た色のかわいらしいひよこを想像してにこにこした。既にこれが無精卵であるという可能性は頭から消えている。

     また、フロイドは動物を育てたり飼ったりした経験は皆無で、子どもという生き物に関しては、ほぼ天涯孤独の身の上のために親戚の子どもというジャンルとすら関わったことがない。仕事でそれなりに扱っている筈の鶏ですら、ひよこが黄色いというイメージはなんとなくあるのに、白いアロちゃんの色そのままのひよこを想像している時点で察せられる理解度である。
     現在のフロイドが想像しているのはひよこではなく、彼女に子どもはたくさんほしいと軽く語って引かれるような男が想像している子どもそのものの、ひよこのかたちをした大人しくふわふわで可愛いぬいぐるみだった。
     そもそも、アローカナにも数種類の色味があり、アロちゃんの卵であるかどうかも確定していないが、それにすら思い至らない。

     謎のマタニティハイめいた状態に陥っていたフロイドはしばらく無意味にほほえみながら孵卵器を眺めていたが、空腹に気づくと同時に飽きて突然真顔になり、調理のために立ち上がった。



     十日目。

    「そろそろ分かるのでは? 有精卵かどうか確かめましたか?」
    「え?」
     内密にお話したいことが! と映画に影響されたのであろう口調で言い張って特に用事もなくアズールの執務室に乱入し、高級ソファーに靴のまま寝そべりながら、要はどうどうとサボりながらぽかんとするフロイド。
     その顔を見たアズールは、こいつさては確かめる方法があることに驚いているのではなく、有精卵だと信じこんでいるんだな? と直感した。さすがである。

    「暗い中で卵の尖ったほうを下にして、スマホのライトでも当ててみなさい。毛細血管が透けて見えれば有精卵です。色が濃い卵では分かりづらいかもしれませんが……」
    「見えたら教えんね! うっ……」
     アズールの言葉が終わらないうちに勢いよく立ち上がったフロイドは、テーブルの脚に脛をぶつけながらどたどたと歩み去る。
    「別に報告は要らない。今日の勤務は今の時間で終了とつけておきますからね」
     あっという間に消えていく背中に言葉をかけはしたが、聞こえているという期待はまったくしていなかった。

     
     乱暴に鍵とドアを開け、靴だけはやたら丁寧にそろえ、フロイドはばたばたと孵卵器を置いてある寝室にかけこもうとして足を止めた。つい先日、湿度を保つためのぬるま湯を切らしたまま出かけて血の気が引いた経験から、念のためにやかんに少量の水を入れて弱火にかけておく。
    「さてとぉ、部屋を暗く……いや無理じゃん、クローゼットの中とか?」
     カーテンを閉めたところでこの時間では明るすぎる。フロイドはそっと翡翠色の卵を取り出そうと手を伸ばしてからハッと、自分の手が冷たくないか頬にあててみて、真顔で小顔効果ポーズを数秒たもった後に納得し、あらためて卵を手のひらにとった。クローゼットに入って扉を閉め、ポケットからスマホを取り出し、ドキドキしながらライトをつける。

    「んー?」
     殻の色が濃すぎてよく分からない。目を細め、スマホをずらした瞬間、水面に浮かぶ泡や光の網状模様と細長い魚のシルエットが卵の中に浮かび上がった。よく見ると腕と頭らしき影があり、魚というよりは。
    「……はあっ?」
     殻の色と相まって、本当に水の中を泳ぐ人魚のようだ。
     これが本当に毛細血管だろうかとフロイドは首をかしげるが、そしてそれは知識のないフロイドでも疑念を抱かざるをえないほど明らかに違うのだが、ともかくなにか見えたことに満足したフロイドはいつまでも外気温にさらしてはと卵を孵卵器に戻した。

     実は要らないと言われたのは聞こえていたのだが、アズールに『人魚見えた』と本気で困惑されそうなメッセージを送り、やかんを火にかけていたことを思い出してキッチンに向かう。熱くなりすぎていたやかんに水を足しなおし、孵卵器のタンクに慎重にそそいだ。
    「あと一週間ちょっとかぁ……」
     モニターに表示された10という数字に、フロイドはわくわくしてカレンダーを見る。
    「えーと、そしたら……十一月六日? オレと誕生日近いじゃん、うふふっ。……ん? 餌って何あげんの? 大人と同じでいーの? ていうかカゴとかどうすんの? 待って、鶏ってトイレ覚えないよね。どうしよ。」
     かなり遅いがそれらに考えが至ったフロイドは、明日はアロちゃんにみかんをあげようとなんの脈絡もなく思いつきながら、スマホで検索をはじめた。
     



     二十日目。

    「保温装置は買いましたか?」
    「明日届くぅ。産まれるまでちょうどまだあと一日あるし」
     フロイドの返答を聞いたアズールは睨んでいた数字から目を離した。
    「一日ですか?それはモニターの数字ですよね?あれはゼロの日が孵化日なので実質あと二日です。」
    「あ、そうか。じゃあ産まれるの七日かぁ。」
    「ですが……。あの卵は孵卵器に入れるより少なくとも数時間早く暖められはじめましたし、一日二日程度なら早めに孵化する場合もありますよ。」
    「えっ じゃあもう産まれるかもしれないってこと 早く言えよアズールのバカ!」
    「誰がバカですか。逆に二十二日目以降に産まれる可能性もあります。……フロイド、産まれてから何か失敗したら知らなかったでは済まされないんですよ、もっとしっかり……」
    「ごめんてぇ!」

     その日取ってきた契約書の束をアズールに押しつけ、フロイドは忙しなく出ていった。数日前に散々怒られたので、執務室の扉は神妙にていねいに閉じる。
     アズールは愉快そうにそれを見送った。
     明らかに、あつかっている植物にも動物にも商品であるという以外の興味関心を抱いていない彼が、こんなに卵と鶏を育てることに興味を示し続けるとは予想外だった。
     アズールとフロイドの付き合いはかなり長い。
     学生時代から、フロイドは何をさせても乗れば期待以上の結果をたたき出す、一応優秀な人材であった。しかし、本人にも制御しきれないらしい気分のむらも、しょっちゅう目にする無気力で退屈そうな表情も刹那的で破壊的な言動も、アズールは少し気になっていたのだ。

    「あの卵が、何かのきっかけになってくれればいいですね……」 
     しんみりしていたアズールの耳に、戻ってくる勢いのいい足音と「アズール、オレ二、三日産休ね! あとで育休ももらうから!」という叫びと、数名の女子職員の悲鳴が届いた。
    「建物内を走るな!」
     叫び返したアズールはかすかに笑い、考えごとをしていたせいで濃く淹れすぎたコーヒーを飲んで顔をしかめた。



     斜陽をあびながら帰宅したフロイドは、ひょっとしてもう産まれてしまったのではと緊張しながら寝室に駆け込んだ。殻を破ったらまず母親を呼ぶだろうに、いくら必死に呼んでも誰もきてくれないなんて経験をさせたら可哀想だ。
     自分の境遇と重ね、不必要に動物を擬人化していることに気づいて内心自嘲しつつも、のぞきこんだフロイドはほっと息をついた。卵は傷ひとつない美しい翡翠色のまま、孵卵器の中でそっとあたたまっている。

    「よかったぁ……」
     呟いたそのとき、フロイドの独り言に答えるように、ぴよという鳴き声が卵の中から聞こえた気がした。

    「 鳴いた」
     思わず大声を出したフロイドに、ぴよ、ぴよと明らかに答えて卵の中からひよこが鳴いている。
     殻をつつく音はまだ聞こえないし、殻を破りはじめてからも体が外に出るまでに数時間はかかると知識は入れていても。目の前で見守ってきた命がもう少しでこの世に生まれてくるのだ、という驚きとむずがゆい気持ちにフロイドはいてもたってもいられなくなった。
    「えーと……えーと……段ボール箱と餌と水は用意してあるからぁ、えーと……保温、保温は……明日届くけどぉ、今日産まれちゃったら……ストーブ……はちょっとまだ、オレが暑すぎ……湯たんぽ? カイロ? 家にないなあ、買ってこなきゃ」
     ほんの数分で行って帰ってこられるコンビニに、財布をつかんだフロイドは全力で走り出した。
     
     使い捨てホッカイロの大容量パック。湯たんぽはさすがに置かれておらず、今日ぐらいならカイロだけでいいかと、必要もなく焦っているフロイドは店員を怯えさせる形相と態度で会計を済ませるとまた鬼神のような勢いのダッシュで家に戻った。不幸にもそのときレジを担当していたバイト店員は、その夜フロイドに追いかけ回されたあげく使い捨てカイロの海に投げ込まれて拷問を受ける夢を見た。
     異様にリアルなその悪夢は、自分は別の世界線では本当に彼に追いかけられ追い詰められ、派手な色の契約書を突きつけられた視界が黒く染まる寸前にあの楽しそうな高笑いを聞いたことがあるのではないか?と、目覚めた彼を深く考え込ませたのである。
     
     そんな些事など露知らず、無意味な全力疾走で息を荒くして靴を脱ぎながら、フロイドは今急ぐ必要はないことにようやく気づきはじめた。
     寝室に使い捨てカイロの箱を置く。
     半端な時間ではあるが汗もかいたし契約を取りつけるときに若干返り血もあびた気がするし、お風呂に入ってスッキリしよう。お湯をため、簡単な煮込み料理の準備をし、鍋を火にかけてコンロのタイマーをセットし、そのまま放置してまたバスルームに向かった。

     入浴を終えて簡単な食事をはじめる。必要ないと思いつつも十分おきに卵のようすを確かめていると、あるとき、ぴよという声とともに卵が揺れて動いた。
    「あぁ、動いた! いや当たり前だけどさぁ」
     スープカップを取り落としそうになったフロイドは、中からつつくんだから当たり前だと冷静に返してきた脳内のアズールに言い訳をしながら卵を見つめる。
     フロイドの声に律儀にぴよと返答があってから、コツコツと音が聞こえ、見つめているとそのうちにぴしりと一箇所にひびが入った。
    「!」
     息をのんだフロイドは、料理が冷めつつあることに気づいて一気にかきこむと、急いで洗い物を済ませた。これからがまだ長いのだと分かってはいても、やはり気がはやる。

     殻が割れ始めてからしばらくして、中のひよこがちらりと見えた。黒っぽい。
    「あ! えっ、黒?」
     喜びながらも一瞬驚いたフロイドだが、卵を割り切れずに途中で力尽きるひよこもいるという話を思い出し、まだ気は抜けないと、懸命に殻をつついているひよこを真剣に見つめた。

     ──途中でぐったりしそうだったら手ぇ出しちゃっていいよね? 自然の摂理とか知らねーし。大体、自然界で生きないんだからいいじゃん。うん。

     頭の中でシミュレーションしつつ、フロイドは頷いた。卵が割れるときは動画を撮ってアズールに送りつけようと思っていたのだが、もはや完全に忘れている。
     軽い音ともにもどかしい速度でゆっくりと、少しずつ、翡翠色の小さなかけらが剥がれ落ちている。ちらりと嘴と、黒い瞳が見えた。
     じれったくて耐えきれず、フロイドはつんと触れる程度の強さで割れ目のふちを爪でたたく。すると、ひよこは少しの間をおいてその位置をつつき始めた。

    「……。」
     かわいい。

     あとどのくらいで出てこられるのだろう。フロイドは時計を見ようと横を向き、カイロの箱に気づいた。
     本当は孵化した後もそのまま孵卵器の中に入れておけば保温面での心配はないのだが、親の筈の存在が見えているのにまったく触れてもらえないのは可哀想だ。
     フロイドは慌ててカイロをひとつ取り出し、軽く振ってポケットに入れておく。あたたかくなったそれを握って手をあたためていると、割れ目が一気に広がって真っ黒なひよこがぺちょりと転がり出た。

    「………… うまれたぁ……」

     フロイドの声に反応し、ぴよぴよと鳴きながら小さな小さなひよこが頭を動かしている。
     孵卵器のふたを外し、そっと軽く丸めた手のひらに置くと、ひよこは指のかげに入ろうとする。本能的に、親鳥の翼の下に潜りこもうとしているのだろう。あたためたもう片方の手を屋根のようにして包んでやると、ひよこは鳴くのをやめて落ち着いた。
    「……」
     それ以上どうしていいやら分からずに、フロイドはあたりを見まわす。時計の針は12にかかる直前で、ということはまだ十一月の五日だった。
    「……あは、オレと誕生日一緒じゃんお前!」
     へにゃりと嬉しそうに笑い、ふと思案気な表情を見せる。そういえば、名前をまったく考えていないのだ。そもそもこれは雄なのか、雌なのか?

     頭の中で情報を検索する。
     お尻の穴を開いて突起の有無を確かめる方法は、正直まったくやる気になれない。お腹を押すそうだし。苛つきながら、しかしアズールに怒られたくはないため力を抜いて手をかけた事務所のドアノブを破壊したことのあるフロイドは、小さくやわらかい生き物相手に力加減の練習をしようとは思わなかった。
     では別の簡単そうな方法で確かめよう。
     フロイドは一応声をかけてから手を開き、カイロを手の上に置きながらひよこの小さな翼を広げ、先端をじっと見た。雄ならば羽の先はそろっているはずだ。

    「……多分……そろってる?」
     正直確信が持てないが、雄の特徴をそなえた翼に見える。
    「なんだぁ卵産まないのか。あの色の卵産むかなーって思ったのに。」
     ふたたびひよこを手に包み、孵卵器の中に残された殻を見る。綺麗な翡翠色。
    「そうだ、お前の名前はジェイドにしよ。誕生日一緒なんだし、双子の兄弟っぽくていいじゃん。ね、ジェイド」
     フロイドが話しかけるとジェイドと名づけられたひよこはぴよと答え、フロイドはにこにこと微笑んだ。



     ジェイドとの生活、十日目。

    「うるせ~~~~~~~!」

     フロイドは限界を迎えていた。

     ひよことしては当たり前なのだが、ジェイドは、フロイドが視界から消えてしまうと、孵ったばかりのときのかわいらしい鳴き声からは想像もできなかった大音量で鳴きまくるのだ。
     小さいのにけっこうな段差も乗りこえてフロイドを追ってこようとするし、距離をはかりかねてテーブルから落ちるし、目を離したら変なところにはまりこんでしまいそうだ。
     それでなくともまだ体温を自力で保てないジェイドを放っておくわけにはいかなかった。
     しかし、保温のために、孵卵器や装置を入れた箱に閉じ込めたところで声量は大して変わらない。気になって料理もろくにできない。
     トイレに一分消えただけでも叫ばれるため、フロイドはパーカーのポケットにカイロとジェイドをつっこんで用を足すという荒業まで身につけた。
     当然、外出などできない。学生時代、気づいたら彼女というポジションに居座っていた女にも一切束縛の隙を与えなかった、なんなら恋人としての予定すら一度も立てさせなかった、自由をこよなく愛するフロイドはストレスを溜めまくっていた。
     ちなみにその自称彼女は気づいたときには消えていた。
     記憶に残らなかったため考えることもなかったのだが、今よくよく考えるとあれは彼女ではないし知り合いですらないし、なんなら実体を持たない幻だったのかもしれない。
     現実逃避をするフロイドのポケットで、ジェイドはもぞもぞと動いている。ああ、存在しているなあと寝不足のフロイドはぼんやり思った。
     限界である。

     「なきやまない。こいつってどうやったら黙らせられるの?」と不穏なメッセージを受けとったアズールは、「フロイドが育児ノイローゼなので見に行ってきます」とわざわざ社内をざわつかせたのちに、たこ焼きやその他の好物と使い捨てカイロを買いこんでフロイドの家のチャイムを鳴らした。
     ドアを開けるなりたこ焼きのにおいを嗅ぎつけて「タコちゃん!」と叫んだフロイドは、それは自分のあだ名のことかたこ焼きのほうかといぶかるアズールの袖をつかんで、眼鏡がずれるほど勢いよく玄関に引っぱりこんだ。獲物を捕まえて巣に引きずりこむ、肉食動物の本能である。フロイドは人間性を失いつつあった。

    「オレ死んじゃうよぉ……すぐ鳴くし……昼間は寝ても一瞬だし、ちょっと動くと気配ですぐ起きちゃうし……あったかくても傍にいないと鳴くから保温装置も結局あんま使えない……カイロだとたまに熱くなりすぎてはあはあしてるしぃ、夜はよく寝てくれるけどいつの間にかオレによりそってたことあって、危うく潰しちゃうとこで……安心して寝てらんない! 料理もろくにできてないし、ジェイドがオレの食べてるもん一緒に食べようとするから隠れて食べるんだけど、そうすると鳴き叫ぶし……」
    「あっはっは! お前、本当に育児ノイローゼですねえ! 命を預かる重み、思い知りましたか?」

     たこ焼きを口いっぱいに頬張りつつ器用にしゃべり続けるフロイドを、アズールは笑い飛ばしながらも、タオルとカイロに包んだジェイドを預かってやっていた。確かにこの消耗っぷりでは、家事雑事のための魔法などとても使えないだろう。
     ジェイドは耳慣れぬ声に戸惑っているかもしれないが、完全にタオルまんじゅうと化しているのでまったく様子はうかがえない。
     フロイドは、常にポケットか手のひらか床をうろちょろしていた小さな生き物を潰さないようにと尖らせていた神経をやっとゆるめることができ、アズールの軽口にも反応できないほどぐったりしていた。

    「そっかぁ……タオルで巻いちゃえば良かったんだぁ、なんでずっと解き放ってたんだろ……」
    「フロイド、数時間は預かっていますので眠ってきたらどうです?」
     ときおり動いて鳴くまんじゅうをどんより見つめながら呟くフロイドに、アズールは提案する。
    「んん……それよりゆっくりお風呂入れてないからお風呂入りたぁい……」
     ふらふらと歩み去るフロイドは脛を扉にぶつけていたが、呻きすらもらさない。限界だからだ。ぶつかって微妙にずれた軌道と体軸の傾きを修正もしないまま、謎の角度でバスルームに向かっていく。
     アズールの心中では哀れみと面白さが戦っていたが、軍杯が上がったのは後者にであった。




     ジェイドとの生活二十日目。

     数日おきに来てくれるアズールに、結婚してずっとそばにいて家事をやってくれと死んだ目で妄言を吐き大爆笑されながらも、フロイドはジェイドを大切に大切に育てた。
     ちなみにその日、とち狂ったフロイドを哀れんだアズールは、わかした風呂に在庫過剰だったバスソルトを大量投入して海かというレベルの塩分濃度にしてやった。あたたかい海に抱かれて安らいだフロイドは疲れから一瞬寝てしまい、ざぶんと沈んだお湯を飲み込んで「しょっぺえ」と叫び、アズールに「お前には風呂のお湯を飲む性癖があるのか? 本当におかしくなっているのか?」と心配された。

     フロイドの蠍座的なゼロ百の人間関係に対する姿勢と、飽き性ながら決めたことには徹底的である性質がかなり裏目に出ている。殆どの存在がゼロであったフロイドは百の加減すら分からずに、結果、常に百二十ぐらいの力でジェイドは愛され慈しまれていた。
     フロイドはぐったりを通り越してどことなくべっちょりしている。粘液でもしたたってきそうだ。冷蔵庫に食材を詰めてくれているアズールに、ワンオペ育児をしているすべての人に政府は月百万円を支給すべきだと語り、そんなことを共感性皆無ソシオパス大王のお前が? とまた爆笑された。
     
     食事と家事をひととおり終えて薄めのコーヒーを淹れ、ジェイドが羽繕いをするさまをやっとじっくり見て、アズールは怪訝そうな顔をしている。
    「フロイド、ジェイドの羽の色……変わっていますよね。こんな羽のアローカナ……いや、鶏は見たことがないぞ」

     足の生えた黒い毛玉であったジェイドは、羽毛が少しずつ羽になるにつれて深く青みがかって艶やかな濃灰色へと変化していた。ひよこが成鳥になり色が変わるのは普通だが、こんなに青味のある羽を持つ鶏などアズールは知らない。鶏の卵ではなかったのだろうかと頭をよぎるが、かたちも仕草も、どう見ても鶏の雛だ。

    「ええー? だって卵もあんなんだったし、そういうもんなんじゃないのぉ?」
     頭のまわっていないフロイドの言葉には確かに一理あるような気がして、アズールは考えるのをやめた。
     かなり大きくなってはきたがまだまだ幼い外見のジェイドは、フロイドの肩に羽ばたきながらかけのぼってぴよと鳴いた。耳元で鳴かれたフロイドは顔をしかめた。



     ジェイドとの生活二ヶ月目。

    「さすがにこの色はすごくね?」
    「うーん……これ、なんですか?」

     ジェイドは、その名のとおり完全な翡翠色にきらめく美しい羽をそなえ、生えてきた鶏冠は真っ黒というあまりにも不思議な色味の若鶏に育っていた。
     瞳も、以前は黒に近い焦茶だった筈だが、今ではかなり色が薄くなり左目は薄い茶というよりゴールドに近く、右目にはなぜか緑味が混ざりオリーブ色になっている。
     端的に言えば、フロイドの髪とヘテロクロミアの色そのものなのだ。そんなことが有り得るだろうか、とアズールは難しい顔になるが、フロイドは誕生日も一緒だし~と嬉しそうだ。

     細やかな体温調節が不要になり視界から消えても鳴き叫ばなくなり、フロイドの負担は大分減った。ジェイドのほうは可能な限りフロイドについて歩き階段ののぼりおりまでこなし、フロイドの膝に乗り肩に乗り、掃除機からは逃げ惑っている。最近では少し外に連れ出せるようにもなった。

    「て言うかさあ、鶏ってトイレ覚えないんじゃないの?ジェイドちゃんと決まったとこにするよ、箱の中で。羽繕いも、ベッドではやめろって言ったら次からやんなくなったし。」
    「ええ……これ、なんですか?」
    「アズールバグってんじゃん」

     鶏にはしつけがきかない。できるのは条件付け程度である。賢い、を超えて異質、異常なジェイドの頭の良さにアズールは大層困惑し、よからぬ目的で送りこまれた魔法生物なのではないかという危機感すら抱いていた。が、すぐ膝に乗ってくると口では鬱陶しがりながらも明らかに幸せそうなフロイドに、いくらアズールでもそんなことは言えない。
     そして、自然農園の素晴らしさを気に入った妖精やら単なる素敵な不思議生物などではなく、真っ先に『よからぬ目的で送りこまれた』という発想になるアズールも大概アズールであった。
     若鶏のジェイドはいまだぴよぴよと鳴きながら床を歩きまわっている。

     アズールが帰ったあと、フロイドはジェイドを抱きかかえて近場の公園まで歩いていた。
     最近のジェイドはフロイドにやたらと甘えるしぐさを見せるようになっていた。外に出ると、道端の花をつんでフロイドに渡そうともする。最初は抱えられての移動を嫌がり、一緒に歩こうと暴れもしたが、犬や猫の危険性を話すとおとなしくなってくれた。
    「ジェイドは本当に賢いねぇ」
     褒めるとぴよと答え、少し首をかたむけてフロイドを見つめる。とても愛らしい。
     でも。
    「お前が言葉使えたらなぁ。こんなに頭いいんだから話せたら面白そ。オレが不機嫌でも変にびびったり励ましたりしないでほっといてくれるしさ。それか、人間だったら、もっといろんなとこ一緒に行けんのに」
     フロイドの腕の中で、ジェイドはそれをじっと聞いていた。





     ジェイドとの生活、三ヶ月目。

    「いっ、いってぇ」

     いつもどおり右腕にとまらせていたジェイドが急に、フロイドの手の甲をぎりりっと嘴でくわえた。ソファーに沈んでいたフロイドはびくっとして叫ぶがジェイドを振り落とすのはためらい、と言うか、動かしたら一緒に手の甲をちぎり取られそうで怖くて押しのけられなかった。
    「何、何? ジェイド?」
     ジェイドはフロイドの手の甲をくわえたまま、腕にまたがり、小刻みに揺れてお腹をこすりつけるような動きをしている。
    「……」
     これって。この動きって。
     フロイドは思わず無言で見守ってしまう。数秒後にどいたジェイドがまたがっていた部分には、どう見ても精液がかかっていた。

    「えー。えー? どうしよ。ジェイドお嫁さん欲しいのかなぁ?まだちっちゃいのにぃ。えー。」
     鶏と一度も触れあわせずに育てたのがまずかったのだろうか。ジェイドの性癖が歪んでしまった。というかオレってジェイド的に何? パパ? ママ? 鶏の雄って別に子育てしないし、ママ?

    「ママは……まずくね?」
     パパでもまずい。 
    「ていうかこんな、成鳥じゃないうちからこんなことするものぉ? 成鳥と性徴でもかけてんの?」
     意味が分からない。そしておそらく、性徴を性的な成熟のことだと勘違いしている。
     汚れた服を洗濯機につっこみながらフロイドは珍しく思い悩んだ。



    「アズールぅ、ジェイドがオレと交尾しようとしてくるんだけど……」
     数時間だけ出社しはじめていたフロイドは、次の日アズールに会うなり深刻そうな声音で話しかけた。ちなみに場所は人目のある事務所のエントランスである。当然周囲の空気は凍りついている。
     さすがのアズールも絶句したが、数瞬後には冷静さをとりもどし、何食わぬ顔でフロイドを一発殴ると自分の執務室まで引きずっていった。

    「お前、今は、あのフロイドが一体どんな相手を孕ませてしまい結婚して育児に専念させられているのかと話題沸騰中なのですから、これ以上のネタを提供してはいけませんよ」
    「はあ……? 言い出したやつ誰? 絞める」
     ぽかんと口を開けたフロイドが剣呑な目付きになる。火種を提供した戦犯であるアズールは、また何食わぬ顔でフロイドに話をうながした。
    「それで? ジェイドが?」
    「ああうん、今からでも鶏の群れに入れたほうがジェイドは幸せなのかなぁって……」
    「そんな切り出し方ができるのなら、なんでさっきそっちを選ばなかった?」

     昨夜のできごとを聞いたアズールはふむ、と顔をしかめた。またコーヒーを濃く淹れすぎたらしい。
    「フロイド、はじめに言っておきますが、人間が育てた鶏を仲間に溶けこませるのは難しいです。それはかなりの難易度だ」
    「そっかぁ」
     残念なのか嬉しいのか分からない複雑な表情で、フロイドはこくりと頷いた。
    「うちでお嫁さん増やしてあげるべき?」
    「それも難しいかもしれませんね。ジェイドは今まで一度も鶏を仲間だと認識したことがないでしょう? 試してみてもいいですが、ジェイドも雄ですし、ただの群れに入りこんだ異物と判断して攻撃するかもしれません。」
    「んん~そっかぁ。ジェイドにはオレしかいないのかぁ……」

     やや感傷的な結論に達したフロイドは爆速でデスクワークを片づけ、噂の元認定した雑魚を絞めて颯爽と帰っていった。アズールは救急車を手配して溜息をついた。



    「ジェイドぉただいま~」
     ドアを開けてフロイドは声をかける。靴を脱ぎながら、いつもならとっくに玄関まで迎えに来ている足音が聞こえないことを疑問に思い、廊下の奥をうかがった。
    「寝てんのかなぁ?」
     鶏は少しの物音でもすぐに起きてしまうので、そんなことはない筈なのだが。まさか、何かあった?
    具合が悪くて動けないのか?
     いやな想像をしてしまったフロイドは、慌てて家の中を見まわる。いつもこの時間には日向ぼっこをしている止まり木に姿が見えなくて、さっと血の気が引いた。
    「ジェ、ジェイド?ジェイドどこ?」

     二階、寝室のほうから気配がする。朝に閉じこめたまま出かけてしまったのだろうか? 呼ぶとぴよぴよと答えてくれるのに、なぜ声を出さないのだろう?
     急いで階段を上がると、開きっぱなしのドアと。
    「ジェイド、────…………?」

     見ているものが理解できずにフロイドはかたまった。フロイドのベッドに寝ているのは、幼少期のフロイドだ。
     いや、歩み寄ってよく見ると違う。黒いメッシュの生えている向き、フロイドが垂れ目なのに対してこの少年は吊り目だし、こまかい顔のつくりも異なっている。髪と同じ色のパーカーに、真っ黒なジーンズを履いていた。これもまた、休日のフロイドによく似たかっこうで。
    「……いや、」
     それはいいとして、これは誰なのか。ジェイドはどこに行ってしまったのだろう。この子どもが勝手に入りこんで逃がしてしまったのだろうか。
     
    「……ねえ、誰ぇ? 鶏知らない?」
     十歳ぐらいに見える子どもに、不安や苛立ちがにじまぬよう気をつけながら話しかける。フロイドの声に少年はぱちっと目を開け、フロイドを見あげると嬉しそうににこりとした。起き上がりたいらしく、もぞもぞと動くが一向に体を起こせない。
    「どうしたのぉ? ねえ、オレの鶏ここにいなかった?」
     困った顔をしている少年にフロイドはまた問うが、彼の開かれた口からはうーと困った声が返ってくるだけだ。しゃべれないのだろうか。
     
     少年を助け起こすこともせずに観察していたフロイドは、ここで持ち前の鋭い勘を働かせつつあった。
     さっきから見ていると、まるで、手の使い方が分からないみたいだ。ここまで来るのにドアを開けたりしただろうに。
     でも、ドアを開けなどしていないのだとしたら? 大体鍵はかかっていたのだ、最初から家の中にいたのでは?
     それに、この瞳の色。よく純粋なまなざしでフロイドを見つめている、あの色。
     
    「……。お前、ジェイド?」
    「う、ふおいろ!」
     半信半疑ながらも呼びかけると、少年は顔を輝かせてフロイドの名前らしきものを発音した。


    「おれ、じぇーど」
    「んー。なんだかなあ。ジェイドは僕のほうがいいかも。僕ジェイドって言ってみ」
    「ぼくじぇいど」
     
     フロイドはとりあえずジェイドとの会話を試みていた。が、早々に切り上げた。人間体になっているのが一時的なものなのか永続的なものなのか不明だが、言葉よりも手をうまく使えるようになってくれなければ危なすぎる。
     フロイドはジェイドの手をとって指を開いてみせた。ジェイドは不思議そうにしていたが、フロイドが自分の指をさまざまに動かしてみせると、驚いたような顔をして真似をはじめる。色々やらせているうちに、数十分後には鉛筆で紙に線をひけるまでになった。
    「覚えが早いねえ」
    「うれしい? ふろいど」
     言葉も随分あつかえるようになった。本当に発達が早い。
     その夜ジェイドは、とても嬉しそうに、フロイドと同じものをスプーンとフォークで食べた。


    「アズールぅ」
    「今度はなんなんですか……それはお前が十歳のときにつくった子ですか?」
    「うん、そう」
     明らかに本人に激似の、しかもそこそこ大きい子どもをつれて出勤したフロイドに事務所内はまたざわついていた。
     雑な返事をしたフロイドと、その後ろをとてとてついて歩くジェイドを招きいれ、アズールは執務室に鍵をかけて防音魔法を展開した。

    「その子ども……もしや、ジェイドですか?」
    「ええ、なんで アズールすげー」
    「ジェイドが普通の鶏だと信じていたのなんてフロイドだけです。見ろ、お前には見えないところから余計なことを言うなと言わんばかりに睨んでいるそいつの顔を」
    「見えないとこからだったら見えねーじゃん」

     アズールならなんとかしてくれるという厚い信頼から、悲愴な顔のジェイドを執務室に預け、フロイドはうきうきと予定していた仕事に向かった。うきうきしているということは当然、契約を結ぶほうではない仕事である。いやに上機嫌なフロイドに逆に怯えた取引先はアズールに出された猶予条件を最初からすべて飲み、条件を飲んだのに、暴れられなかったことで不機嫌になっていくフロイドにまた怯えた。

    「ただいまぁ」
    「ここはお前の家じゃありません。早いですね」
    「お帰りなさい、フロイド。紅茶を召し上がりますか?」
    「んぇっ?」
     フロイドがいない数時間のあいだに、ジェイドはずいぶんとどころではなく大人びていた。服は子ども用の襟のあるシャツに替えられ、フロイドが人生で一度も口にしたことのないような敬語を正しくすらすらと操っている。幼い鶏以下であるという事実に、フロイドは多少ショックを受けた。

    「僕がコーヒーを淹れるところを興味深げに見ていたのでやらせてみたんです。楽しかったらしく、事務所全員に行き渡るほどの量をつくりました。次はティーポットを見つめていたので、そちらもやらせてみたら紅茶のほうがお気に召したようですね。コーヒーはさすがに飲めませんでしたし。」
     フロイドがアズールに首尾を報告している間に、ジェイドはすました顔でカップをあたため、手際よく茶葉を蒸らしている。ソファーにうながされ、完璧なマナーと美しい所作でサーブされた香りのよいお茶に呆然としていたフロイドだが、自分用のカップにジェイドが砂糖とミルクをたくさん入れたのを見てにやりとした。
    「うわ、おいし。ジェイドすごぉい」
     ティーカップを口元に運んだフロイドが褒めると、ジェイドは無邪気に微笑んだ。




     ジェイドとの生活、六ヶ月目。

     あのあとから、ジェイドは急に鶏に戻ったり人間の姿になったりしながら過ごしていた。
     ジェイドの成長は普通の鶏と比べても異様に早く、人間体でいると育つスピードが早すぎて要らぬ疑念をまねくと、職場に連れていくことはアズールに禁止された。が、フロイドは執務室に直に繋がる転移陣を勝手につくり、ものすごく渋い顔をするアズールにどんどん成長して今ではフロイドとほぼ変わらない年齢に見えるジェイドを押しつけ、楽しく債権回収に勤しんでいた。

    「アズールぅ、ジェイドが最近、オレが約束すっぽかしたりすると冷たく嫌味言ってくるんだけどぉ」
    「そんなときはこう言いなさいと僕が教えました」
    「なんでそんなことすんの!」
    「元はと言えば、約束を守れなかったお前が悪いんですよ?」
    「確かに」
     今やアズールの英才教育を受けてしまったジェイドよりもよほど素直なフロイドはあっさり納得し、ジェイドがお風呂から上がってきたら謝ろうと反省した。
     電話を切ったフロイドも、思慮深いアズールも忘れ去っているのだ。ジェイドは人間換算で十歳程度のときに、フロイドと交尾をしようとしていた生き物である。

    「フロイド」
    「ひっ……なにぃ?」
     最近いやに熱っぽく甘えてくるジェイドが後ろからフロイドに腕をまわして耳元で囁き、吐息にくすぐられたフロイドはびくりと身を震わせた。
     そもそもジェイドは甘えていない。はたから見ればジェイドがフロイドを甘やかしているし、視線も触れ方も完全に恋人へのそれだ。アズールに厳しくしつけられたジェイドは彼の前ではそつなくふるまっているために、まったく勘づかれていなかった。
     フロイドの脳内ではまだどこかジェイドは、自分の手の中でぴよぴよと鳴いて小さな体で必死に後を追ってくる、守ってやらねばならないか弱い命のままだ。
     言わずもがな、その認識は決定的に各方向からまずかった。ここ二週間ほどずっと人間のままのジェイドは、もう人間社会で一人で生きていけるレベルの常識と教養とスキルを身につけていたし、191cmのフロイドとぱっと見は変わらない体格に育っている。

    「えっとぉ……? ジェ、」
     腰かけていたベッドにやさしく横たえられ、フロイドは困惑げにジェイドを見上げて名前を呼ぼうとしたが、その唇をやわらかく塞がれる。
     突然のキスにびくっとフロイドの体が跳ねるが、今日も取引先のドアに穴を開けた強靭な脚で蹴り飛ばすことなどできない。相手はジェイドなのだ。大して力も込めていなさそうなのに片手でがっちりまとめられ動かせない両腕に、か弱いという認識は急速に撤回されつつあるが、とりあえずジェイドなのだ。
     口づけられたまま反応できないでいるうちに、覆いかぶさったジェイドは片手でフロイドの頬や首すじ、胸元を服ごしに撫でていく。

     ──やばくね?

     遅すぎる危機感をフロイドが覚えたときには、服はずいぶんはだけていた。焦ったフロイドは顔を赤らめながら口を開く。
    「ジェイド、だめだって、オレたちっ……」
    「なんですか?」
    「……なんだろねぇ?」
     なんだろう。
     見つめあったふたりは首をかしげた。結局その夜、周到に準備していたらしいジェイドにフロイドはつがいにされてしまったのである。


    「アズール、オレ結婚したぁ」
    「僕も結婚しました。今まで僕がお手伝いしていた分は無給でしたし、新婚旅行のために休暇を長めにくださいね」
    「は? はあ……でしたら社からお祝い金がありますのでこの書類を書いて。旅行でしたら、あの国とこれらの地域なら会社名を出せば特典を受けられます、そのパンフレットの国に行くのであれば資料にまとめたレストランに行ってメニューと味を調査してきてください。そこは質のいい紅茶の種類が豊富で有名です。ああ、ここはフロイドを大分恨んでいるので近づかないように。」
    「はぁい」
    「はい」
     
     二徹目のアズールは深く考えずに淡々と休暇申請を受け付け、フロイドの口座に結婚祝い金の振込処理を指示して社内を混乱に陥れ、その日も夜遅くまで仕事をして倒れるように十二時間眠って起きて、そのときやっと脳に到達した情報にあらためて「はあ?」と言った。
     スマホには、フロイドからレストランや料理の写真と意外と真面目な報告が届いている。書いたのはジェイドだろう。画面をスクロールしたアズールは、大量に送りつけられているはしゃぐフロイドの写真を見て、彼の幸せそうな表情に頬をゆるめた。

     
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    ジン(R18の方)

    DONEジェイフロです

    お疲れジェイドにフロイドが料理を作ってあげるお話
    なんて事のない日常な感じです

    ※オリジナル寮生割とでます
    ※しゃべります
    ジェイドが疲れてる。
     副寮長の仕事とアズールから降りてくる仕事、モストロラウンジの給仕と事務処理、それに加えて何やらクラスでも仕事を頼まれたらしく、話し合いや業者への連絡などが立て込んでいた。
     普通に考えて疲れていないわけがない。
     もちろんほぼ同じスケジュールのアズールも疲れているのだが、ジェイドとフロイドの2人がかりで仕事を奪い寝かしつけているのでまだ睡眠が確保されている。
     まぁそれもあって更にジェイドの睡眠や食事休憩が削られているわけだが。
    (うーーーーん。最後の手段に出るか)
     アズールに対してもあの手この手を使って休憩を取らせていたフロイドだったが、むしろアズールよりも片割れの方がこういう時は面倒くさいのを知っている。
     一緒に寝ようよと誘えば乗るが、寝るの意味が違ってしまい抱き潰されて気を失った後で仕事を片付けているのを知っている。
     ならば抱かれている間の時間を食事と睡眠に当てて欲しい物なのだが、それも癒しなのだと言われてしまうと 全く構われないのも嫌なのがあって強く拒否できない。
     が、結果として寝る時間を奪っているので、そろそろ閨事に持ち込まれない様に気をつけな 6656

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