名前を付けて欲しい。「お二人はここまでですね!じゃあ、学生組は楽器の方の練習に移ろうか!」
今回の公演では俺と先輩の二人以外の春組メンバーは楽器を演奏する役になっている。その為、みんなでの稽古の後、俺たち二人を除いては稽古場に残りみんなでそれぞれの楽器を練習していた。
皆にお疲れ様と声を掛けて二人で稽古場を後にする。なんだか、頑張る皆の姿を見て自分にも何かできないかとモヤモヤとしていた。そんな俺と同じように隣を歩く先輩からも同じ雰囲気を感じ取れた。
「なんか俺たちにも稽古以外で何かできることないですかね......」
「そうだな。みんなが居残りで頑張ってるのを見るとね?」
「あ!そうだ!!俺たちには楽器練はできないけど、町田と東條を突き詰めることはできるじゃないですか!なので、作りませんか?俺たちなりの町田と東條の関係」
今回の公演で俺が演じる町田と先輩の演じる東條はたった一言二言しか会話がない。だけれど、その会話の中になんだか俺たちのような距離感と関係性が感じ取れた。今の段階では、個々や生徒たちの関係性を軸に役作りをしてきたが俺たち二人の先生同士の関係性を深く探っていくのもありじゃないか。
「いいかもね。俺たちの出番はそう多くない。あのシーンを二人の物に出来たら役にもグッと深みが出そうだ」
「じゃあ決まりですね!後で綴に下の名前とかも考えてもらいます?」
「そうだな。綴の邪魔にならない程度に深堀させてもらおう」
明日綴と一緒に考えたいことを部屋に戻って考えることにした。
各々の想像も交えながら二人で町田と東條について考えていく。
年齢は?もしかしたら、このフランクさが残る感じは同い年か年が近くて昔馴染みかも。
名前は?音にまつわる名前だったら綺麗だね。
過去は?東條は西園寺と一緒で学生時代天才そう。町田は友だちがいそうだよね、何となく生徒たちからも好かれていそうな先生だと思うよ。でも意外と心の中に孤独を感じていたかも、それを東條が見抜いたとか?
二人で問答を繰り返しながらこうだったら面白い、こうだったら突き詰めやすい、ここは綴のみぞ知ることだねと話し合っていく。
「うわぁ~!楽しいけど疲れた~~!」
気づけば、1時間以上あれから二人についてはなしあっていた。一人じゃ思い浮かばなかったことも二人だとポンポンと浮かんでくるのだから不思議だ。横に座っていた先輩が綴に聞きたいことリストを見ながらコーヒーを啜る。
「結構、話したな。このまま二人のスピンオフが書けそうだ」
「今度、綴に書いてもらって演じてみたいですね」
「その時は、学生服かな?」
「それは回避したい所......キラキラ青春学生服は俺らには厳しいですよ」
「それは同感だな。流石の茅ヶ崎でも学生服はどうだろう」
先輩の手がこちらに伸びてきて目にかかっていた俺の前髪をすくう。先輩からの接触で先ほどまでの空気とは何かが変わる。視界がクリアになって前髪で見えていなかった先輩の眼とふいに眼が合う。先輩の瞳は不思議だ。眼が合うと時折吸い込まれていくような動けなくなるような感覚に陥る。今もそう、近づいてくる先輩を拒否することも出来ずに静かに目を閉じるしかできなかった。その不思議な力が他の人にも発動するのか分からなかったけど、今度、先輩にそういう役をやってもらうのはどうだろうか。離れていく先輩の温度を考えないように現実逃避。
「......東條と町田はキスしますかね」
「さぁどうだろうね。しないんじゃない?」
そう言って、先輩が分けてくれた前髪ごとクシャリと撫でて部屋を出て行ってしまった。東條と町田の関係が友情なら、じゃあ、偶にキスするこの関係は何なんだろう。
「分からん......」
一人になった部屋に自分の言葉が落ちていった。