人間🐰と天使な🎮 #01「あ、そういえば、先輩」
「なに」
「誰にも言ってないんですけど、俺、本当は天使で」
部屋のソファで茅ヶ崎と二人並んで各々好きなことをしていた時だった。隣に座った茅ヶ崎が天気の話をするかのようなテンションで何やら自分が天使だと話し出した。どうせいつもの「俺、天使ぐらい可愛いと思うんですよ?だから、そんな可愛い後輩に明日ランチご馳走して欲しいな~」とか適当なこと言ってランチ代を浮かせようとしているだけだろうと半分話を流した。それに対して当然、茅ヶ崎は面白くないといった風に怒ってくる。
「ちょっと!信じてないですよね?!」
「はいはい。お前は天使みたいに可愛いよ」
「棒読み!!」
一向に茅ヶ崎の方を見ようとしない俺に痺れを切らしたのか肩を掴んで強制的に茅ヶ崎の方へと身体が向けられた。
「……は?」
やっと視線を向けた先には大きな白い羽根を背中に付けた茅ヶ崎の姿があった。なんの冗談なんだ。こんな手の込んだものを。
「コスプレ?」
「違いますよ!!もう!ほらっ」
羽根を触ってみろと言いたげにこちらに羽根を向けてくる。動揺を隠せないまま羽根に手を伸ばした。が、その羽根は感触もなく自分の腕を貫通させる。触れない。
「……どういうことだ」
「だから、最初から言ってるじゃないですか。俺、本当は天使なんですって」
訳が分からない。この劇団に入ってから様々な不思議な体験をしてきたが今回のは群を抜いている。
「明日の昼カレーにする?」
「コラコラ!現実逃避やめてください!……ていうか話を進めさせてください!」
茅ヶ崎の話によると、人間界にやって来たのは学生の頃で十年前くらいだという。両親が天界での生活に飽きてきたからという理由で一家総出で人間界へと引越しを決めたらしい。
「元々、人間界に長時間居座るのはタブーなんですけど、両親がコソコソ動いて見逃して貰ってたんですよ。で、最近になってそれがバレて天界のお偉いさんから、もうそろそろ帰って来ないと二度と天界には戻れないようにするぞってお叱りを受けてしまいまして……」
「ということは」
「100日後にはこの世界から消えます」
待ってくれ。ただでさえ茅ヶ崎が天使ということだけでも混乱しているのに、100日後にはもうこの世界にはいなくなる?
「世界から消える……」
「はい。人間界から茅ヶ崎至という男がいた痕跡・記憶、全てが抹消されます」
「記憶もなくなるのか」
静かにコクリと頷く茅ヶ崎を見て絶望に近い感覚が襲って来た。今までやってきた公演での思い出もみんなで遊びに行ったことも二人で寄り道をして帰ってきたことも、この部屋でずっと過ごしてきたこの記憶からも茅ヶ崎至が消える。考えたくもないことだった。
「なんでそれを俺に言ったの」
記憶から消えるのなら黙って消え去ることだってできただろう。何故俺にだけ。
「確かに。う~ん、記憶に残らないとしても先輩と一緒にいる時の自分が好きだったからかも。残らないけど残って欲しいって」
茅ヶ崎は寂しそうに笑う。俺だって、お前といる時の気が抜けていくようなこの時間が好きだ。同室の特権、同僚の特権、同じ組の特権。一番色々な茅ヶ崎を見てきた自信がある。でも、やっぱり俺もこの部屋で二人一緒にダラダラと過ごす時の茅ヶ崎が一番好きだと思う。
俺にだけ告げてきたそれは茅ヶ崎からの忘れて欲しくないというSOSだと解釈していいのなら、やることは一つだろう。
どんなに残酷に茅ヶ崎の記憶が自分の中から消えようとそこに生じる違和感を茅ヶ崎が消えてからも感じることができれば記憶の糸口になるかもしれない。小さな希望に賭ける。
「茅ヶ崎、今から出かけるぞ」
「え?どこに」
「違和感作り」
違和感作りという名の思い出作りに出掛けよう。