天猪1人での帰宅は何か物足りない。職場からたいして距離のない自宅まで帰るだけなのに、ふと、そんな感覚を覚えた。
たまに、彼は休日、私は出勤、またはその逆という勤務になることがある。今日が、その「たまに」だ。
冷たい風に吹かれながら、家に向かう速度も自然と早足になる。歩きながら、家の冷蔵庫にあったものを思い出し、夕食の献立を考える。たしか、まだ根菜があるはずなので煮物でも作ってみよう。それとも、ポタージュの方が彼は食べやすいだろうか…。今日は一段と冷えるから、暖かいものを彼に食べさせたい…。
そんなことを考えていると、すぐに見慣れた建物が見える。2人で選んだ家。もう少しで、彼に会えるのだと、速足は余計に早くなった。朝、見送られてからたいした時間はたっていないのに。この物足りない帰宅時間を早く終わらせたかった。
鍵をあけて、家に帰る。「ただいま帰りました」と声を出すと「おかえりなさい!早かったですね。」と奥から声がした。
声のする方へ向かうと、洗濯物を畳んでいる彼がいた。
「ありがとうございます、すぐに夕食の支度をしますね」と声をかけると、「はーい、お願いします」と微笑む彼。こんな何気ない会話で、職場で感じていた緊張感がすっと落ち着くから不思議だ。
ジャケットやコートを部屋にかけ、あの様子であれば、食事もできそうだと思いながら、台所に向かう。エプロンをかけていると、見慣れないものがダイニングテーブルに置いてあることに気づいた。
それは、花瓶に生けられた花だった。鮮やかな黄色を囲む、白、またはピンクの花弁。いかにも、花、という形である。
しげしげと花を見ていると、洗濯物を片づけ終わった律が、ダイニングに入ってくる。
「あ、お花買ってきたんですよ。さっき買い出しに行ったら、新しく花屋さんができてて。つい、可愛くて買っちゃいました。」
どうです?と上機嫌に話しかけてくる彼。
「…綺麗だと思います。……冬に、花は咲くのですね」
なにか、気の利いた事を言いたかったが、出た言葉はこんなものだった。
「はい、マーガレットは寒さに強い花なんですって。他にも、冬に咲く花はいくつかあって━━━」
にこにことウンチクを話す彼を、私は見あげる。結果として、無知を晒してしまったが、彼の嬉しそうに話をする姿を見ることが出来たのは、我ながら大きな収穫だ。
「律、今度は、私も連れていってください。その、お花屋さんに。」
そういうと、彼はまた「はいっ」と花に負けないような笑顔を浮かべた。