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    初めてシリーズ2

    天猪1人での帰宅は何か物足りない。職場からたいして距離のない自宅まで帰るだけなのに、ふと、そんな感覚を覚えた。
    たまに、彼は休日、私は出勤、またはその逆という勤務になることがある。今日が、その「たまに」だ。
    冷たい風に吹かれながら、家に向かう速度も自然と早足になる。歩きながら、家の冷蔵庫にあったものを思い出し、夕食の献立を考える。たしか、まだ根菜があるはずなので煮物でも作ってみよう。それとも、ポタージュの方が彼は食べやすいだろうか…。今日は一段と冷えるから、暖かいものを彼に食べさせたい…。

    そんなことを考えていると、すぐに見慣れた建物が見える。2人で選んだ家。もう少しで、彼に会えるのだと、速足は余計に早くなった。朝、見送られてからたいした時間はたっていないのに。この物足りない帰宅時間を早く終わらせたかった。

    鍵をあけて、家に帰る。「ただいま帰りました」と声を出すと「おかえりなさい!早かったですね。」と奥から声がした。
    声のする方へ向かうと、洗濯物を畳んでいる彼がいた。
    「ありがとうございます、すぐに夕食の支度をしますね」と声をかけると、「はーい、お願いします」と微笑む彼。こんな何気ない会話で、職場で感じていた緊張感がすっと落ち着くから不思議だ。

    ジャケットやコートを部屋にかけ、あの様子であれば、食事もできそうだと思いながら、台所に向かう。エプロンをかけていると、見慣れないものがダイニングテーブルに置いてあることに気づいた。

    それは、花瓶に生けられた花だった。鮮やかな黄色を囲む、白、またはピンクの花弁。いかにも、花、という形である。

    しげしげと花を見ていると、洗濯物を片づけ終わった律が、ダイニングに入ってくる。

    「あ、お花買ってきたんですよ。さっき買い出しに行ったら、新しく花屋さんができてて。つい、可愛くて買っちゃいました。」

    どうです?と上機嫌に話しかけてくる彼。

    「…綺麗だと思います。……冬に、花は咲くのですね」

    なにか、気の利いた事を言いたかったが、出た言葉はこんなものだった。

    「はい、マーガレットは寒さに強い花なんですって。他にも、冬に咲く花はいくつかあって━━━」

    にこにことウンチクを話す彼を、私は見あげる。結果として、無知を晒してしまったが、彼の嬉しそうに話をする姿を見ることが出来たのは、我ながら大きな収穫だ。

    「律、今度は、私も連れていってください。その、お花屋さんに。」

    そういうと、彼はまた「はいっ」と花に負けないような笑顔を浮かべた。
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    DOODLEセージとソフィア
    カラフルな旗が風に揺れ、空には誰かが手放してしまった風船が舞う。嘲笑うような花火の破裂音。誰もそんなものは気にも留めない。だって今日は年に一度の感謝祭!(タイトル)
    だって今日は年に一度の感謝祭!深い考え事の最中は周囲に目を向けられなくなる。僕の悪い癖だ。だがしかし、本日は非常に幸運。一通り思考が落ち着いた時、僕が存在していたのは、華やかな祭事の真っ只中であった。

    色とりどりの衣装を身に纏った踊り子が、美しい笑顔を街に振りまき、露店には選りすぐりの菓子や果物、軽食が並ぶ。道の端には酒を飲み陽気に騒ぐ者、何やら難しい顔をして話しこむ者、屈託無くはしゃぐ乙女達。

    ふと、一番近くの露店を覗く。恰幅の良い主人が

    「見ない顔だね、旅の人かい?おいしいよ!食べてきな!ほれ、味見して味見して!」

    とまくし立てながら揚げたばかりの商品を眼前に突き出す。手袋を外し、いただきますと一言。一口サイズのそれをぱくりと口に入れる。歯ごたえのあるサクサクの衣に、ふわふわとした魚介類の具の絶妙なバランス。程よい塩気の甘みにじわりと唾液が口に溢れる。脳内の情報が、これがクロケージャという料理だと告げた。一部の地方に伝わる、伝統的な祭事用の食べ物。
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    DOODLE直輝と那音、10年前のことを小説なんて高尚なものではなくて、妄想を文字で詳細に説明したもの。
    左甲斐直輝(兄、スタイリスト)
    左甲斐那音(弟、家出してろくでもない組織で働いている)
    左甲斐兄弟が喧嘩した話 2002年夏。14歳の那音は、東京へ向かう各停電車に揺られていた。ボックス席の対面の座席に、行儀など知ったことかと脚を載せ、険しい表情で窓の外を睨んでいた。窓の外に見えるのは夏の太陽とそれを受けて鮮やかに煌めく深緑。時々、何かに反射した光が那音の目に刺さる。それでも少年は窓の外を睨んでいた。生来意地っ張りなこの子どもは、備え付けのカーテンを下ろすことすら「負け」だと認識しているようで、ソレが活躍する機会は無さそうだ。ただただ窓の外をキッと睨み続ける。

     那音は不機嫌だった。数時間前に、母親から夏休みの課題はやったのかと問いかけたことがきっかけであった。夏休み終盤に差し掛かるこの時期、どこの家庭でもよく見られるその問いかけ、課題を済ませてしまえと促す言葉、それらが思春期、反抗期真っ盛りの那音にとって気に入らなかった。末の息子が乱暴に返事をすれば、母親も呆れた様に乱暴に返す。他の兄弟も面白がって参加してくる。その全てに那音はイラついていた。その後、大喧嘩に発展し、衝動的に家を出て、今に至る。思い返してみれば本当に下らない。しかしそこで引き下がれないのがこの少年なのだから救えない。
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