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    初めてシリーズ3

    天猪「お花見に行きましょう」

    そう言われて、今日は突如、仕事帰りのデートが始まった。

    「夜桜のライトアップがあるらしいんです。一回見てみたくて」

    声を弾ませる彼にハンドルを任せ、車は進んでいく。
    目的地が近づいてくると、路肩の桜もうすでに満開。都心部なので背景も明るく、車通りも少なくはない。それでも、道路の両脇にそびえ立つ梢と、薄紅色のトンネルは見事なものであった。

    「…なんとも…不思議な光景ですね」

    そうつぶやくと、彼も同じ感想のようで、「そうですね」とどこか熱のこもった同意が帰ってくる。

    近くに駐車場を見つけ、車を置いてから、桜のトンネルを二人でゆったりと歩く。先ほど見た光景ではあるが、つい、上を見上げて歩いてしまう。それは彼も同じようで、自分より少し身長の高い彼が、さらに上を向きながら歩いている姿が視界に入る。

    暫く見とれながら歩いていると、桜並木が途絶え、商業施設が見えてくる。ビルの隙間からは、オレンジ色の、東京を象徴する電波塔の姿が見えた。

    「…綺麗でしたね」

    「えぇ、とても。」

    夜に見る桜もいいものだとしんみりしつつ、では、車に戻ろうと、踵を返した。

    「あっ、すなおさん…!?まだ、まだ目的地についてないです…!」

    突然帰ろうと引き返した自分にびっくりしたのか、先ほどのしっとりした空気感とは真逆の声で、彼は私を引き留めた。

    「…そう、なのですか」

    自分でも、間抜けな声を出してしまったと思う。すれ違った恋人たちが、こちらをちらりと見たようだった。

    「はい、こっちですよ。もう少し先なんです。」と、自分が帰ってしまわないようにか、彼は自分の手を引いて歩きだした。
    ちらほらとすれ違う人がいる中で、子どものように手を引かれることに、少し抵抗感を覚える。しかし、先ほどの恋人たちも手をつないでいたことを思い出す。もしかして、これは、とても恋人らしい行動なのではないだろうか。少し自分の心臓の音が高鳴るのを感じ、握っている手が汗ばむのを感じた。ちらりと彼を見上げると、ほんの少し顔が赤くなっているように見えるのは、施設のライトが見せた錯覚だろうか。

    何となく、何も言えずにいると、彼はそのまま商業施設の隙間を抜けていく。そこから、目的地はすぐであった。
    開けた視界に、庭園が現れたのだ。おそらく、計算された位置に植えられたであろう桜が、計算されたライトに照らされ幻想的な淡い光を放っている。花弁が浮かぶ黒い池に桜が映り、まるで絵のような世界だ。

    そういえば、彼は「夜桜のライトアップ」と言っていた。なるほど。ライトが桜を照らしていて、それを楽しむものなのだと、ここにきてやっと理解をした。

    ぼんやりと、桜を眺める自分を、彼が覗き込む。

    「すなおさん、桜、綺麗ですね。」
    「はい…。とても美しいです。これが花見…なのでしょうか。桜を見る、という目的で出かけるのは初めてですから、新鮮です。」

    『初めて』といったあたりで、彼が少し驚いたような表情になった。そして、握っていた手がさらにぎゅっと握りなおされるのを感じる。それに、自分も握り返す。

    「そうでしたか…。また、昼間も見に行きましょう。桜は短いですから、近いうちに。」
    「えぇ、楽しみです」

    二人で寄り添い、再度歩き始める。
    風で揺らぐ枝から、はらはらと花弁がこぼれた。その光景に目を奪われる恋人から、私は目が離せなくなっている。
    色素の薄い水色の髪と、薄紅のコントラストに、どこか神聖なものを感じる。と、同時に、心に小さな靄が生じる。

    「律、?」

    せっかく桜を見ている彼の名を、つい呼んでしまう。
    それでも彼は、優しく微笑んで、「どうしました?」と甘い声で聴くのだ。

    …どこか行ってしまうのではないかと思った、など、言えるはずはない。一瞬でもそんな小さな不安を感じたなどと伝えても、きっと律は困るだろう。

    「あの…、あ、一緒に、写真を…撮りません、か?」

    どうしたものかと、つい目に留まった友達同士の集まりと同じ行動を提案してしまった。変に思われないだろうか…

    「あ、え、いいですね!撮りましょう!どこから撮りましょうか!」

    そんな不安をよそに、彼は自分の提案をとても良いものと受け取ってくれたようだ。
    あれこれ画角を考え、桜と自分たちが程よく写る位置を探していく。ちょうどいい位置が見つかると、彼のスマートフォンのインカメラで、数枚写真を撮る。彼が少しその写真を眺めて、もう一度、と少しだけ腕の位置を変え、さらに少し肩を密着させ、再度シャッターボタンを押す。
    次は、良い写真が撮れたらしい。嬉しそうな顔をしながら、スマートフォンを差し出された。そこに映る彼は、美しく微笑んで、どこに出しても恥ずかしくない表情であった。一方、自分は慣れない神妙な顔をしているように見えた。

    「後で送りますね」と、再度写真を覗き込んだ彼と、その背景の桜に不安を覚えることはもうなかった。

    「そろそろ、帰りますか」
    「そうですね。帰りましょう」

    来た時よりも、少しだけ近い距離で、二人はまた桜のトンネルへ戻るのだった。
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    DOODLEセージとソフィア
    カラフルな旗が風に揺れ、空には誰かが手放してしまった風船が舞う。嘲笑うような花火の破裂音。誰もそんなものは気にも留めない。だって今日は年に一度の感謝祭!(タイトル)
    だって今日は年に一度の感謝祭!深い考え事の最中は周囲に目を向けられなくなる。僕の悪い癖だ。だがしかし、本日は非常に幸運。一通り思考が落ち着いた時、僕が存在していたのは、華やかな祭事の真っ只中であった。

    色とりどりの衣装を身に纏った踊り子が、美しい笑顔を街に振りまき、露店には選りすぐりの菓子や果物、軽食が並ぶ。道の端には酒を飲み陽気に騒ぐ者、何やら難しい顔をして話しこむ者、屈託無くはしゃぐ乙女達。

    ふと、一番近くの露店を覗く。恰幅の良い主人が

    「見ない顔だね、旅の人かい?おいしいよ!食べてきな!ほれ、味見して味見して!」

    とまくし立てながら揚げたばかりの商品を眼前に突き出す。手袋を外し、いただきますと一言。一口サイズのそれをぱくりと口に入れる。歯ごたえのあるサクサクの衣に、ふわふわとした魚介類の具の絶妙なバランス。程よい塩気の甘みにじわりと唾液が口に溢れる。脳内の情報が、これがクロケージャという料理だと告げた。一部の地方に伝わる、伝統的な祭事用の食べ物。
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    DOODLE直輝と那音、10年前のことを小説なんて高尚なものではなくて、妄想を文字で詳細に説明したもの。
    左甲斐直輝(兄、スタイリスト)
    左甲斐那音(弟、家出してろくでもない組織で働いている)
    左甲斐兄弟が喧嘩した話 2002年夏。14歳の那音は、東京へ向かう各停電車に揺られていた。ボックス席の対面の座席に、行儀など知ったことかと脚を載せ、険しい表情で窓の外を睨んでいた。窓の外に見えるのは夏の太陽とそれを受けて鮮やかに煌めく深緑。時々、何かに反射した光が那音の目に刺さる。それでも少年は窓の外を睨んでいた。生来意地っ張りなこの子どもは、備え付けのカーテンを下ろすことすら「負け」だと認識しているようで、ソレが活躍する機会は無さそうだ。ただただ窓の外をキッと睨み続ける。

     那音は不機嫌だった。数時間前に、母親から夏休みの課題はやったのかと問いかけたことがきっかけであった。夏休み終盤に差し掛かるこの時期、どこの家庭でもよく見られるその問いかけ、課題を済ませてしまえと促す言葉、それらが思春期、反抗期真っ盛りの那音にとって気に入らなかった。末の息子が乱暴に返事をすれば、母親も呆れた様に乱暴に返す。他の兄弟も面白がって参加してくる。その全てに那音はイラついていた。その後、大喧嘩に発展し、衝動的に家を出て、今に至る。思い返してみれば本当に下らない。しかしそこで引き下がれないのがこの少年なのだから救えない。
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