「おかえりハル。今日、親父いないんだってよ。ベルソリーゾのおっさんから急に誘われて、飲みに行くって晩飯代もらった」
「ふーん」
夕刊の配達のバイトから帰宅して早々、つーわけでメシなに食う?と錮太郎から質問され、悠は空腹度合いを確かめるかのように腹部に手を当てながら脳内で様々なメニューを思い巡らす。各家庭のポストに新聞を投函する際、晩御飯の支度をしているであろう玉ねぎを炒めていたり魚を焼いているであろう香りに食欲を刺激された。…その中でも特に鼻孔をくすぐったアレがいい。
「カレー」
「カレーは正義だからな。んじゃ頼むか」
デリバリーのアプリを開き、ふたりでひとつの画面を見ながら辛さやトッピングなど選択していく。到着は30分後らしい。届くまで洗濯物を畳んだり、風呂を洗ったりして気長に待つ。男所帯の小牧家において家事は当番制だ。錮太郎の母が他界してすぐの頃は、鍋を焦がしてみたり白いTシャツを柄物と洗ってピンク色に染め上げたりと数々の失敗を繰り返してきたが高校1年にもなった今は、ある程度の家事はそつなくこなせるようになってきた。
飯を食い、風呂も入った。今日は宿題もない。あとは適当にテレビを見て寝るだけだが時計の針はまだ20時をまわったところだ。就寝にはまだまだ早い。ソファで寛ぎながらスマホを弄っていた悠に、錮太郎が背後からきゅっと抱きつく。対して気にも留めずスマホを眺める悠の頬に、錮太郎が唇を寄せた。
「ハールー」
「んー」
尚もスマホから視線を逸らさない悠の様子が面白くない錮太郎は、悠の顎に手をかけるとぐい、と自分のほうに顔を向かせ、噛みつくように唇を奪う。ぷは、と離れるとどちらともなく、くすくすと笑い声が漏れた。
「急になに」
「だってよー、今日親父いねぇし」
好き放題できんじゃん。そう言いながらまたも唇を塞ぐ。確かに普段は自制している部分も多々ある。誘いに乗ってやるかと悠は手にしていたスマホをソファの端に転がした。