恋煩いタンッと軽快な音を立て、高坂の打つ手裏剣が的の中心に命中する。
集中し、無意識に呼吸を止めていたのだろう。ふぅ、と小さく息をつくと、弾けるような笑顔で少年は雑渡を振り返った。
「うん、やはり陣左は筋がいいね」
「ありがとうございます!」
瞳を輝かせながら、高坂は身体を直角に折りたたむように頭を下げる。
稽古をつけてやろうかと提案したのは雑渡だ。
高坂が狼隊に入隊して二年経つ。月輪の厳格な父の元、高坂家の大切な跡取りとして幼少期より厳しく鍛えられた子は、雑渡が〝手裏剣から手を離す瞬間の力の抜き方〟について助言し、手本を見せてやれば余すことなく吸収しようと鍛錬を積む。
持って生まれた体格の良さは恵まれたものだが、それを上回る努力の年輪が今の高坂を形成しているのだ。素直でありながらも己に対して厳しい少年の、未熟ながらもひたむきに努力する様は美しく、実に育て甲斐があるというものだ。
「利き手を出してごらん」
首を傾げながら、言われるがまま手を差し出す高坂の指は、親指と人差し指の側面が赤く擦り切れ、完治しては新たに傷を増やす日々を繰り返し、もはや硬化している。ここまで酷くなるなんてよほど手裏剣を打ったのだろう。努力の跡を称えるように、雑渡はそっと傷口に唇を押し当てた。
「雑渡さま…っ、誰かに見られたら」
「構わんさ」
ちろ、と舐めれば高坂の肩がぴくりと跳ねる。初い反応を見せられては調子に乗ってしまう。雑渡は少年と目線をあわせるように腰を屈め、おとがいを掴んだ。
ひゃ、と小動物が鳴くような声をあげ、高坂は潰れてしまうんじゃないかと思うほど、ぎゅうと眼を閉じる。思わず吹き出しそうになるのを堪えながら唇を重ね、雑渡はするりと身体を離すと、高坂の頭をくしゃりと撫でた。
「別に、昼間から取って食おうなんて思っちゃいないさ」
「し、失礼いたしました!」
「…まぁでも、今宵は私の部屋においで」
「あ…っ」
夜の稽古を宣言すると高坂は、覚悟を決めたような眼差しで雑渡を見上げる。
「かしこまりました。雑渡さまの御心のままに」
まるで任務を言い渡されたかのように身を引き締める高坂に、あぁ、またこの表情だと雑渡の胸がちくりと痛んだ。
雑渡と高坂は恋仲である。
元々、高坂の熱情に絆された形で始まった関係だが、一線を飛び越えたのは雑渡で。狼隊に招き入れた際の、後ろ盾として〝稚児〟という肩書きを与えはしたものの、そこに芽吹く想いは極めて純粋な〝恋心〟だ。勿論、高坂から向けられる感情もそれであることは間違いない、とは思う。
それなのに、どうも高坂の反応に違和感を覚えることがある。ひとまわり離れた年齢差による価値観の相違なのか、小頭と半人前の忍びという立場に萎縮しているのか…まさか稚児の務めを無理強いさせている…なんてことはないと信じたい。
「身も心も、陣左の全ては雑渡さまのものです。如何様にもお好きに扱ってください」
「お前ねぇ」
〝狼隊小頭の稚児〟の勤めを果たすためにここにいる、雑渡から与えられる寵愛は稚児である自分に対しての睦言とでも思っているのだろうか。雑渡から向けられる恋心など、初めから存在しないものだとでも決めつけているのだろう。
苛々する。
高坂の真っ直ぐな気質は、まるで弾丸のようだ。ただ、雑渡への心酔と、幼く純粋すぎるあまり弾道が逸れていることに気付けない。
これは、直ちに軌道修正が必要なのだ。
「お前、私がどれだけ愛してるかわかっていないのだね」
甘く、正しく、わからせてやろうじゃないか。