10月5日「お腹空いた~!」
バースデーイベントが終わり楽屋のドアを閉めると、お腹の音がぐぅぅぅ、と鳴った。
ESのバースデーイベントの主役は朝から晩まで一日中、事務所のスタッフたちに、他のアイドルたちに、ファンに、イベントやパーティーを通じて祝われる。誕生日をたくさんの人たちに祝ってもらえるのはすごく嬉しいけど、朝から晩まで予定が詰まっていたり、隙間時間にSNSに写真を投稿したりと(燐音くんに無理矢理写真を撮られて投稿させられた)、大忙しだからその分お腹も空く。
机の上には、イベント中のステージに出てきた、Crazy:Bのみんなからのプレゼントがきれいに並んでいる。どうやらスタッフさんが、下げた後に並べてくれたらしい。
この後はバースデーパーティーが予定されている。たくさんのご馳走のために胃袋を空けておきたいけどまだ時間があるから、ちょっとぐらいならつまんでも大丈夫だろう。
どれを食べようかな。
イベントではじっくり見ていられなかったので、並んでいる食べ物を見渡してみる。
こはくちゃんがくれたほんのりと優しい黄色栗の和菓子に、HiMERUくんからの、チョコレートで滑らかにコーティングされた四角いケーキ。
どれも美味しいと評判のお店のもので、ここで気軽につまんでしまうのはもったいない。ぴったりの飲み物も用意して、後でじっくりと味わって食べたい。
となると、燐音くんが手当たり次第に持ってきたっぽいお菓子がちょうどいいだろう。
僕は菓子パンやら駄菓子やらがまとまった燐音くんからの食べ物ゾーンから、目についた菓子パンを手に取った。
スーパーやコンビニのパンコーナーで見かける、大手メーカーの半月形のアップルパイだ。甘酸っぱいりんごのフィリングとバターがしっかりと織り込まれたパイ生地の絶妙な匙加減は、気軽に買えるお値段と言えど舐めたものではない。
この時期になると、秋っぽさに惹かれて特に食べたくなる味だ。
そういえば、燐音くんが結構気に入っていたっけ。初めて食べた時はパイ生地から零れ出たりんごの甘さにびっくりしてたけど、食べ終えた後にりんごを包んでいるあれは何だ、都会ではりんごを砂糖で煮るのか、などと質問攻めにされた。
あーあ、あの時はあんなに可愛かったのになぁ。初めて食べる物一つひとつに、目を見開いたり怪訝な顔をしたり、くるくると表情が変わって楽しそうにしていた。
ラスクを食べた時は思わず「硬っ」と声に出していたし、初めてグミを食べた時なんかは、ぐにぐにとした独特な食感に眉をしかめてたっけ。
ん?
思い浮かべていた、可愛かった頃の燐音くんが食べていたラスクとグミがこの机の上にある。他にも、見覚えのある食べ物がたくさん。
「ここにあるのって、」
彼が眉をしかめた一個十円のコーラグミに、硬いと驚いたラスク。その隣のレトルトカレーは、バイトが忙しくて作り置きすらできない時のためによく買い溜めていたもの。そのまた隣にある即席のしじみの味噌汁は、燐音くんが二日酔いで起きた朝に食卓に出していた。
こうして見ると、燐音くんが初めて食べておいしいと言った物や、アパートで何度も食べてきた物ばかりだ。
……困るなぁ。お腹空いてるのに。
バラエティ豊かで何の繋がりもない、ただパチンコで大勝ちしたから適当に買ってきただけかもしれないし、ここでつまんでもいいんだけど。もしかしたら、素直じゃない燐音くんがすご~~~く遠回しに意味を込めているかもしれないのだ。
そう思うと、今一人で食べるより、当の本人と一緒に食べた方が美味しいんじゃないかと思ってしまう。
どうしようかな。今食べようかな。
ぐぅ、とまたお腹が鳴ったけれど、僕は手に持っていたアップルパイを一旦机に置いた。
なんか胸の辺りが、じんわりとあたたかい気がした。