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    jan114rm

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    jan114rm

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    ?年後ドラヒナ
    どっちもどっちな話

    「おっと、失礼」

     頼まれものを携えロナルドの事務所を訪れたヒナイチは、応接室のソファに座るドラルクと先客に短く詫びた。
    「取り込み中に申し訳ない。ロナルドはいるか?」
    「ああヒナイチ君、ごめん入れ違いだな、すぐ戻ると思うから奥で待っててくれる?」
     わかった、と先客へ軽く会釈し、うながされた応接室の向こう、勝手知ったるリビングに通された。
     すっかり見慣れた部屋だ。ドラルクの監視という名目で出入りを始めた頃から、もう数十年は経つか。さほど変わらないように見えるが、やはり建物の劣化は進んでいるそうで、補修か引っ越しかというところらしい。家賃八千円で粘ったもんだよな、引っ越しもいいんだけど、愛着湧きすぎて他の場所はあんまりピンとこないんだよなぁと家主の退治人は話していた。

     ヒナイチは感慨に耽りつつソファに腰掛けた。ビジネスバッグから頼まれものの資料を取り出しパラパラとめくり、抜けがないかを軽く確認する、という体を装う。見てはいるが、頭には入ってきていない。
     扉越しに、応接室からの談笑が時折聞こえてくる。
     事務所を訪ねてすぐ目に飛び込んできたのは、ドラルクと先客の仲睦まじい様子だった。客はヒトの様だったが、吸血鬼のドラルクに身構える様子はなくとても楽しげで、何より親しげだった。
     種族が分け隔てなく笑い合う、理想としてきた世界。望んだ世界を目の当たりにしたはずなのに、無類の喜びとは言い辛かった。その理由はもう分かっている。
     二人の今にも触れ合いそうな距離。
    「……隣に座る事はないんじゃないのか」
     ひとりごちながら、自分以外に向けられたドラルクの、柔らかい笑顔を思い返す。
     この歳月で、笑顔と言えば面白がる様な愉快そうなものが主だったあの享楽主義者も、それとはまた質の違う顔をするようになったと思う。悪人顔には変わりないが、愛おしむような優しさが滲むような、小さな花がほころぶような表情。
     元より対人における言動や振る舞いは紳士的なので、あんな顔ができるようになってしまっては、誑かされた者で事務所が溢れかえってしまうのではないか。ヒトからの吸血を糧にする吸血鬼としては本懐だろうが、何某かの現場を見つけ次第、ヒトを惑わす危険思想という事でしょっ引こう。冗談だ、言いがかりだし職権濫用だし、そもそも妄想だ。
     ヒナイチはぶんむくれた顔で、少しも頭に入ってこない資料を確認するふりをじりじりと続けた。

     ***

    「ロナルド君時間かかってるみたいですまないね、ジョンに迎えに行ってもらったから」
     客を見送りリビングへやってきたドラルクは、いそいそと紅茶とお茶菓子の用意を始める。
    「さっきのは依頼人か?」
    「そうだけど何だね?」
    「随分親しげだったから」
     一纏めにしてあるティーセットを取り出しながら、ドラルクは釣れた、と内心ほくそ笑んだ。
     ヒナイチと、あの依頼だかおしゃべりだかどちらが主なのかわからない常連客とのダブルブッキングが判明した時に『ヒナイチくんにヤキモチを焼いてもらおう計画』というIQ三程のイベントの開催を決定した。このまたとない好機、割り増しで接客サービスした甲斐があったというものだ。
     正直、わざわざ気を引きたいなんて幼稚で馬鹿だなという自覚はある。それでも試さずにいられないのは彼女のせいなのだと、身勝手な言い訳をする。
     ヒトの老化とは落ちていき、減っていくものだと聞いていた。体力や諸々、歳には敵わないといった場面は勿論ある。
     ところが彼女はどうだ、前述を踏まえても磨かれ洗練されていくばかりでちっともこの手の中に大人しく収まってくれないし、少しも甘やかされてはくれない。
     たおやかさを備え、戦闘の鬼と謳われた自身の激情をいなし、それらを矛盾なく携え前線に立つ姿は誰の目にも鮮烈に焼き付いてしまう。実戦に赴く機会は減ったとはいえ、歳を重ねて尚美しさはいや増すばかりで、こちとら気が気でないのだ。
    「ただの接客だよ、ここを贔屓にしてくれていてね。……おや、妬いたかな?」
     果たして思惑通りの反応を手に入れて、上機嫌な吸血鬼はつい余計な一言を付け加えてしまった。
     ふうん成程、とヒナイチはドラルクを半目で睨んで、ため息をついた。
    「おいたは感心しないぞ、ドラルク」
    「お客さま第一なだけですー」
     お茶とお菓子どうぞ、と流れるような所作でデザートプレートを勧め紅茶をサーブし、ヒナイチの隣へ腰を下ろす。
     計画については満足したので、早々にお開きにする。ガス抜きには丁度よかった。
    「なーんてね、当て付けた過剰な接客だったごめんね、ヒナイチくんをからかってやろうと思って」
     からかうなんてどの口が言うんだかと、ドラルクは心の中で自嘲する。自分に囚われて欲しいという意趣返し、いや八つ当たり、はたまた呪いか。幼稚で馬鹿だがどす黒い胎の中は、あまり見せたくない。
    「ネタバラシはこれくらいにして、お詫びというわけではないがこちら新作クッキーだよ、バターの配合と粉の割合を変えてみたんだ、食感が軽めで食べやすいとジョンのお墨付きなんだけど……?」
     すらすらと喋るドラルクをよそに、ヒナイチはやおらティーカップを掴むと、それを一気にあおった。いい飲みっぷりだ、紅茶を飲むときの形容ではない気はするが。
    「そろそろ時間だ、これで失礼する」
     おっと、つれないな。
     そっけなくも見える態度に、呆れたかなと少し焦る。
     ヒナイチは座るドラルクに向き直り、両手で顔を包み目線を合わせた。
     相変わらず緑色の眼が綺麗だなと気を取られているとすぐにぼやけて、唇に柔らかいものが重なった。
    「んむぇ、?」
     予想外の事態に、意味のない音をこぼしてポカンとしてしまった口に、舌が潜って口蓋をやわく撫でた。先程あおった熱のせいか、口腔内の体温の差をいつもより強く感じる。くまなく嬲られ熱を移した後に、離して漏れた吐息は紅茶の香りがした。
    「妬いたぞ」
     ヒナイチは満足かと鼻を鳴らして、したり顔で笑った。追い討ちに、触れるだけのキスをまたひとつ落とす。

    「愛しているよ、私の竜」

     それと呼ぶには直向きすぎる睦言で、吸血鬼の心臓を撃ち抜いた。
     それでは今度こそ失礼する、と律儀に挨拶し先程すすめたデザートプレートからクッキーを一枚だけつまんで口に放り込む。
    「ん、相変わらずおいしいな」
     さくさくと咀嚼しながら、じゃあまたな、と足早に事務所を後にした。

     ***

     嵐が去った後の、リビングに残された砂の山がもといドラルクが蠢いている。
     ざらりと盛り上がっては崩れてを繰り返し、一向に元の姿に戻る気配がない。
     駄目だ、ちょっとしばらくは体作れないウエエン。
     出会った頃は可愛いハムスターだったのに、瞬きの間に必中竜殺しに化けちゃったなぁ。ああでも、こうやって撃ち抜かれるならいくらでも。あーもうたまんない。
     幸せそうに反芻死する吸血鬼が、相棒の退治人に戻れない理由を惚気てゴミ袋に詰められるまで、あと数刻。

     ***

     事務所へ続く階段の登り口で、ロナルドとジョンは地面にめり込むように倒れるヒナイチを発見した。
    「ヌ──⁉︎」
    「ヒナイチどした──⁉︎」
    「ナッナンデモナイ」
    「あちこち錆びついたみたいになってんぞ!あっ頼んでた資料持ってきてくれたんだな?とりあえず事務所上がってけ」
    「むり」
    「無理な事ないだろ、アッさてはあいつになんかされた?うわ顔真っ赤じゃねーか、また丸出しになってたとか?」
    「ち──違う!何かしたのは違わないというか、いや違うんだ‼︎」
     察しが良いのか悪いのか、微妙なところを責めて首を捻る退治人に、何かしら大まかに察したマジロがヌフフと笑った。
     
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