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    jan114rm

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    jan114rm

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    本編ドラヒナ
    どちらかと言うとみっぴき
    絆されている話

    今日は吸対とハンター総出の大掛かりなハントだと聞いた。可憐で繊細な私向きでない案件という事で、今回は同行せず事務所で家事をこなしている。足手まとい?戦力外?ノンノン、適材適所と言うのだよ。そんな私と正反対の若造の夜食のリクエストは毎度、肉!ごはん!ケチャップ!マヨネーズ!といったゴリラ全開の即物的チョイスで、もう少しエレガントさが欲しいと思う。
     掃除と食事の下拵えを終えた頃、かた、と床板の開く音がした。
     複雑怪奇、種種雑多、色とりどりなクセのある、予想のつかない訪問客の多いこの奇妙な事務所ではあるが、床下からの人物は大抵決まっている。
     クッキーモンスター、もといヒナイチくんだ。
     冷凍ストックしていたクッキー生地を焼いておいてよかった、さすが私、読みがいいよねと傍らの丸い使い魔に問い掛ければ、ヌン!と称賛の声を上げてくれた。
    「ヒナイチくん?今日は大掛かりなハントだったらしいけ、ど……」
    「ああ、あらかた終わった」
     言いながら開けた床の穴からのそりと這い上がってくる彼女の顔に、赤毛の髪とはまた違う鮮やかな赤を認めドラルクの息が一瞬詰まった。動く度にパタパタと赤い点がいくつか床に落ちる。
    「おい、君何なんだそれ⁉︎」
    「ちょっと手こずってしまって」
     不甲斐ないなと笑う余裕とは逆に、ふらふらと覚束ない体を慌てて駆け寄り支える。よく見れば隊服もずいぶん煤けて埃っぽく、ハントの苛烈さを物語っていた。
    「何?何なの本当にどうしたの?」
     どういう判断でここへ来たのか全くわからず、なぜどうしてと問いかけを繰り返してしまう。
    「ドラルクちょっと落ち着いてくれ」
    「流血で真っ赤っかになってる側が言うセリフじゃないよね⁉︎」
    「いやそれなんだ、結構出血してて勿体無いし、事務所も近かったからお前にやろうかと思って」
    「肉じゃが作りすぎた感で持ってこられてもね⁉︎」
    「……まぁ、良かったら、飲んでくれ」
     言い終えると満足したのか、笑顔のまますっと血の気が引き、真っ直ぐ真下に膝から崩れた。
     虚弱吸血鬼と使い魔マジロの悲鳴が、壁を揺らすほど轟いた。

     ***

    「とりあえずは処置しておいたよ」
     ヒナイチをリビングのソファに座らせて、ドラルクが手際良く応急処置を済ませた。
    「え、何か慣れてるな」
    「五歳児ゴリラがしょっちゅう泥んこになって帰ってくるので慣れてしまってねぇ。今日みたいにお転婆なお姫様も転がり込んでくるし?」
     やれやれと使ったタオルを洗い物にまとめ、道具を救急箱に収めていく。
    「ありがとうすまなかった、でも良くある事だから」
     ドラルクが道具の最後のひとつを収めて箱を閉め、ぱたんと音がしたきり沈黙が落ちる。
     丸いマジロが、不安そうに鳴いてしきりにヒナイチをさすっている。
     もう大丈夫だと宥めつつ、何だか居た堪れなくなってしまったとヒナイチは所在なげに目を泳がす。
     自分にとっては日常茶飯事だが、冷静に考えれば血だらけのままの訪問は良くなかったな、滴れば汚してしまうし。そもそも、流れ出ているものを口に入れるのは「吸血」なのだろうか。床に落ちているものを食べろとやってる感がないか「餌をお食べ」的な……?もしかしてとんでもなく無礼なのではないか。隣に座っているドラルクを横目で伺うと、何となくいつもより静かな気がする。手間も取らせてしまったと、考えるほどに焦燥感を募らせていく。
     浅はかだったと的の外れた反省をしているヒナイチをよそに、一方のドラルクもまた居た堪れなさに苛まれていた。
     よくある事。そりゃ吸血鬼対策の部署で、戦闘特化の彼女の事だ、前線に出る危険な仕事もあるだろうけれど。いざそれを目の当たりにすると、最悪なエンドルートの存在を認識させられる。
     ヒナイチの横顔を見遣れば、先程の鮮血に濡れた顔がまだ鮮やかに再現されてしまう。

     流れていく血
     開いていく瞳孔
     内側から熱が冷えていく感覚
     まって
     いやだ
     いやだ

    「ドラルク?」

     呼ばれてハッとすれば知らず伸ばしていた手がヒナイチの頬に触れていて、緑色の虹彩が不安げに揺れていた。
     親指でまぶたをなぞり、そのまま前髪をかき上げてやる。額の傷は、出血こそ痛々しかったが本人の言う通り大きな傷ではなかった。触れた部分の体温の暖かさに、心底安堵する。
     同時に、随分取り乱したことをじわじわと自覚してしまい、元凶の鼻っ柱をぎゅっとつまんでやった。
    「ブェ⁉︎」
    「……こういうおもちゃあるよね、お腹押すと鳴くやつ」
    「突拍子もないやつらな!」
     つままれたまましゃべるから、舌足らずな音になってしまって可笑しかった。
    「突拍子がないのはヒナイチくんだろう、突然血だらけで訪ねてきて飲めって何なんだね!グロい絡み酒か!」
    「う、やはり失礼だったな、つい……」
    「失礼っていうか血まみれクッキーモンスターとかクソ映画確定B[#「B」は縦中横]級ホラーでしょ、大体ついって何、意味分かんないんですけど!先に行くとこあるでしょ救護班とか!病院とか!」
    「いやその、つい、よろこぶかと思ったんだ」
     世話になっているし、何か返せたらって。
     見当違いだったという思いから、ヒナイチはもごもごと言い淀んだ。
     不調があればまず医療機関にかかれと捲し立てる吸血鬼と、良ければどうぞと暮れのご挨拶さながらに血を差し上げにくる人の子のいびつさに本人たちは気付かない。
     ドラルクは深呼吸する様に、なるべく大袈裟にため息をついてかぶりを振った。
    「なーにを言い出すかと思えば全く……美食で鳴らすこのドラルク、手負いのクッキーモンスターに手をつけるほど落ちぶれていませんから‼︎まっ、私のことを考えたのは上出来だね、真祖にして無敵の高等吸血鬼を今後ともその調子で畏怖るがいいよ!」
     効果音でも鳴りそうな芝居がかりっぷりに、ヒナイチは「何か腹立ってきたな」と素直な心情をもらした。
    「そんな訳で高等吸血鬼ともなれば選り好みするのでね、まず君らにできる一番は健全でいる事だね。怪我やら病気やらされたらこちらも困るし、健康できれいなうなじの子からいただく方がいいし。クッキーおいしいって笑ってる方がいいし、……」
     勢いで朗々と言い募っていたが、途中から何となく気恥ずかしくなった。
    「……あれだ、酪農家が家畜の健康に心を砕くみたいなものだよ」
    「ふふ、喩えひどいけどそうだな、気を付ける」
     ヌヒヒ、とかたわらの丸い使い魔にも笑われた。そういうんじゃないし違うし、え、語るに落ちる?落ちてないから!
     かわいいマジロとの永遠に続きそうなやりとりは、バン、と事務所玄関のドアを雑に開ける音で遮られた。ただいまメビヤツ、と家主の几帳面なあいさつとけたたましい電子音が鳴る。悲鳴のようなそれに嫌な予感がした。ドカドカと雑な足音が近付いてくる。
    「おいドラ公、早よこい、血ぃ止まんねーからやる、あれヒナイチ?来てたのか」
    「どいつもこいつもぉぉ‼︎まず自分を、大事に、しろっつってんだろうがァァァァ‼︎」
     おう荒れてんな落ち着けよと怪我人と思えぬ速さとパワーで拳を叩き込まれ、吸血鬼の叫びは塵と共に散った。

     複雑怪奇、種種雑多、色とりどりにクセのある訪問客の多いこの奇妙な事務所には、お互いの健康と幸せを願う人と人ならざるものたちが在席している。 
     
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