推しに男がいた件 オートロック式のマンションは受付でインターフォンを鳴らし、在宅している場合のみ開けてもらえる。宅配ロッカーやコンシェルジュなんかがいるマンションだと、不在でもそこに預けたらいいから気が楽だが、このマンションはそれなりの立地、それなりの設備にも拘わらず、そういった類のものはついていなかった。
だから、直接部屋まで送り届けなければならない。荷物が少なければいいものの、多い時は往復しなくてはいけないから、面倒といえば面倒でもあるが、それが仕事だから仕方ないところもある。それに、何も悪い事だけじゃない。いい事だってある。
今日もエントランス近くにトラックを止め、一覧表で配達荷物を確認すると、一件だけ。名前を確認して俺は思わず笑顔になる。
「黒子テツヤさんの家だ」
俺がこのマンションの配達を嫌がらない理由、それはこの黒子さん宅にある。某有名アイドルグループに所属しているらしい黒子さんは、若いながら礼儀正しく、宅配ドライバーである俺にも優しく声を掛けてくれて、大型の荷物を運んだ際にはお茶とお菓子まで用意してくれた(丁重にお断りしたが、強引に持たされてしまい、おやつの時間にこっそり頂いた)のだ。
今どきの若い男の子のイメージを払拭させるような、爽やかで人当りがいい黒子さん。俺は、黒子さんの家に行くのが最近の唯一の楽しみだった。
「さて、今日は在宅しているだろうか」
仕事が忙しい時は何日も帰ってこないようで、荷物保管期限ぎりぎりに連絡が来たり、マネージャーさんらしき人間が引き取ったりしていた。若い男の子だから、当然恋人の女の子でもいるもんだと思っていたが、意外とそういう気配はないらしく、大概届けに行くと黒子さん本人が受け取ってくれた。
「ええっと、711」
部屋番号を押すと、チャイムが鳴った。しかし、しばらく待ってみたものの返事はなく、もう一度押して返事がなければ荷物は持ち帰ろうとした矢先、今までにないぐらい低い声で、「はい、……黒子ですが」と返事があった。
「あ、あの宅急便ですが、お荷物お届けにまいりました」
『荷物……? えっと、置いとけないんですか』
「え、あ、今お忙しいようでしたら、また後日伺いますが……」
『あー……クソ、ちょっと待ってください。……今開けます』
「は、はい!」
未だかつてこんな不機嫌な黒子さんは存在していただろうか。いや、ない。まったくない。黒子さんは、いつも元気に「お気を付けて部屋までお越しください」というはずだ。では、部屋を間違えた? いや、それはない。ちゃんと黒子です、とドスの利いた声で返事していた。舌打ちもされたが。
ではなぜ? 考えても仕方がないが、寝起きだったと言う事にして俺はエレベーターで7階を目指した。
黒子さんの家は最上階角部屋で、見晴らしもよく、凄く良い部屋だと思う。家賃もそれなりに高いらしく、アイドルといえど、そこそこテレビに出て居るレベルでは払えない(というもっぱらの噂)らしい金額に、若いのに頑張っててえらい、という感想しかなかった。
俺も、いつかこんな家に暮らしてみたい。そんな事を考えながら、部屋のエントランスまでやってくると、インターホンを押した。
この瞬間がいつもドキドキする。さっきの第一声はきっと聞き間違いだったのだ。うん、今日は早めに上がって、初めてアイドルをしている黒子さんのライブDVDをみるんだ。俺はのんきに荷物を持ちながら待ったが、一向に応答がない。
もう一度チャイムを押し、しばらく待ってみる。しかし、反応はない。ついさっきまで応答があったのに、どうしたのだろうともう一度押しかけたその瞬間、バタンと大きな音を立て、玄関が開き、現れたのは何故か見知らぬ男だった。しかも、背はかなり高く金髪で、下半身はジーンズを履いているものの、上半身はシャツを羽織っただけの、何とも言えない恰好だった。
「……遅くなりました」
「あ、どうもお荷物届いてますよ。ハンコはここで」
「はい。あーサインでいいですか?」
「ええ、結構ですよ」
俺は動揺を悟られないように、営業スマイルで乗り切った。この人は、黒子さんのお兄さんだろうか? それとも友人? あまりじろじろ見るわけにもいかないが、結構顔は整っているようで、芸能関係の人なのかもしれないとピンときた。
黒子さんちから出てきた謎の人物は、伝票にさらさらとサインを書くと、俺に手渡してきた。
「はい。く――……あの、黄瀬さん、ですか?」
「はい。なにか?」
「あの、黒子テツヤさんのお荷物なのですが、できればご本人でないのでしたらフルネームをお願いしてます」
「ハァ? ……すみません。こうでいいっスか」
「決まりでして。ご協力ありがとうございます」
「どーも」
黄瀬さんという男は黄瀬涼太と書くと、荷物を受け取りすぐさま部屋の中へと入っていこうとした。
俺もすぐに踵を返そうとしたが、部屋の奥から足音ともに声が聞こえ、振り向くとそこには黒子さんがいて、俺はぎょっとした。
「あっ宅配のお兄さん、いつもありがとうございます」
俺の目に飛び込んできたのは、少し大きめのTシャツを着ただけの黒子さんだった。
太腿ぎりぎりのラインがシャツで隠れ、トップスしか着ていないように見えてセクシーどころじゃなかった。しかも、白い太ももに幾つか赤い跡があるのは、きっと目の錯覚。そうだ。
「ちょっ、黒子っちその恰好で出るなって言ったじゃん!」
「えっ? あ、す、すみませんでした!」
「もーベッドで寝ててよ、今続きしてあげるから! じゃーね」
「こちらこそお邪魔しました! 失礼します!」
俺はわき目もふらずダッシュでエレベーターホールまで向かうと、ふらふらと来たエレベーターに乗り、一階へ向かった。
考えたくはないが、あの二人の恰好は、そういうコトをしていたのだろう。うん、最近はやっているらしいボーイズラブというものかもしれない。黒子さんが誰と恋愛しようが構わないが、黄瀬という男と付き合っているのなら、ほんの少しだけショックだった。イケメンだが無愛想で舌打ちをするような……いや、黒子さんの選んだ男なのだ。悪口はいけない。だけど……。
俺はその日、ショックを引きずったまま仕事にうちこみ、家に帰ると黒子さんが所属してるユニットのパッケージを何となく見ていた。初めて見るそれ。「キセキ」は黒子さんの所属するグループだ。そして、そこに例の男が映っていた。うそだろ。
慌ててデッキにセットして再生をすれば、黄瀬涼太はそこにいて、信じられないイケメンっぷりを発揮しつつも、めちゃくちゃファンサービスの熱い男だと言う事をしり、俺はその二面性に驚きつつも、その後の黒子さんの可愛さに悶えまくった。そして、交わされる二人のアイコンタクトを見て、今日あったことは胸の奥へとしまい込んだ。