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    ナシュ黒 12人の彼氏と黒子

    ナシュ黒プロバスケットボール選手の場合 二時

     かたん、と音がして振り向くと、シャツと下着だけを纏った恋人がまるで幽霊の様に立っていた。
    『……おい、起きるにはまだ早いぞ』
    『はい。ですが、あなたはなぜ起きているんですか? 眠れないんですか?』
     そう言って黒子はふらふらと覚束ない足取りでナッシュの隣に座った。時刻は四時を回ろうとしていて、普段黒子が起きる時間より、だいぶ早い時間だった。
    『目が覚めちまっただけだ。なんでもない。それより、お前は寝なくて良いのか』
    『今寝てしまったら、あなたの見送りに行けませんから。フライトは十時でしたよね』
    『別に、見送りに来なくていい。それより、そんなゴーストみたいな顔で来られる方が迷惑だ』
    『相変わらずですね。ボクは自分がしたい事をしているんです』
    『はっ、そうかよ』
     ナッシュは吐き捨てる様に言いながらも、黒子の腰に回した腕は離そうとはしなかった。
     二人が今いるのは、ホテルの高層階に位置する一室で、実に半年ぶりの逢瀬だった。
     日本で保育士として働く黒子と、アメリカでNBA選手として生活するナッシュは、様々な縁があり恋愛関係に発展し、遠距離恋愛としては三年目に突入していた。
     ナッシュは事あるごとにアメリカに来いと黒子を誘ったものの、なかなか首を縦に振らないまま、半年に一度――ほとんどナッシュが日本にやって来ては、こうして二人きりの時間を過ごしていた。
     日本に来ても観光へは行かず、そのほとんどをホテルで過ごす時間、ナッシュにとって今まで付き合ったガールフレンドたちよりもかなり丁寧に、黒子を扱っていた。周りのバスケ選手と比べても、いや、日本人の平均と比べてもどうしてあのパスが打てるのか不思議でならない腕の細さと、色白の肌は手荒に抱いたら壊れてしまうのではないかという懸念をナッシュに抱かせていたからだ。
     しかし、黒子は女性でもなければ成人している男性で、多少手荒く抱かれたところで、壊れたりはしない。それよりも、日本人の奥ゆかしさをもつ黒子にとって、ストレートに愛を紡ぐナッシュの表現の方が、どうしていいのかわからないと、最初のうちは戸惑っていた。
     しかし、一緒にいるにつれて、ナッシュの口説き文句と時折混ぜられる口汚いスラングも黒子はうまくかわす様になっていることに、ナッシュは密かにほくそ笑んでいた。
    『ところでナッシュ、日本に忘れ物はないですか?』
    『あ? オレがそんなやつに見えるのか』
    『まぁ、忘れ物は忘れているから忘れ物といいましょうか』
    『ごちゃごちゃうるせえ。はっきり言え。オレはお前と違って気が長くないからな』
     隣でぶつぶつと呟く黒子に、ナッシュは苛立った。あと数時間もすれば、日本から離れてまたしばらく会えないのだ。今回もアメリカ行きを打診したが、答えはノーだったのも余計苛つかせた。
    『ナッシュ、そんなに怒らないでください。日本では聞き分けの悪い子は「めっ」って怒られますよ』
    『オレはお前が教えてるガキじゃねぇよ。なぁ、オレはお前のなんだ? はっきり言え』
     いい加減我慢がならなくなったナッシュは、黒子を抱えると自らの膝にその身体を乗せた。
     途端に近くなる視線。スカイブルーの瞳はナッシュしか映っていない。
    『言わなくても賢いあなたならわかるでしょう?』
    『そうだな。確かにオレはお前より賢い――が、せっかく聞けるくらいまともになった言葉で言ってみろよ』
     ナッシュは黒子のシャツのボタンを一つずつ外していく。昨日着けた跡はまだ生々しく残っていた。
    『ダメです。本当に飛行機に間に合いません』
    『ならさっさと言え。待ちくたびれちまった』
    『……ナッシュ。あなたはボクの何よりも大事なスイートハートです。なので飛行機を一時間遅らせて、ボクを隣の席に座らせてくれませんか?』
    『……今、なんつった?』
    『三日前、仕事を辞めました。あなたについて行くために』
     一瞬、耳を疑った。聞き間違えじゃなければ、これは愛の告白というよりももっと上、プロポーズだ。
    『嘘じゃないだろうな? それとも、日本人の隠語か?』
    『本当です。両親にも伝えましたし、家は引き払いました。なのでボクは今アメリカ行きのチケットと、パスポートを持っています。この意味、わかりますよね?』
    『……クロコ。お前イカれてるぞ』
    『褒め言葉として受け取っておきます。それで、返事は』
     肩に置かれた手がかすかに震えていて、それが何を意味するのかわからないナッシュではなかった。
     今にも泣き出しそうな瞼にキスを送り、そのまま唇に噛み付いて深く舌を絡める。それは、いつものキスとは違う永遠を誓うキス。
    『……一生、オレのそばにいろ』
    『はい』

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