虹黒特殊急襲部隊の場合 二十四時
「ただいまー、っと……」
鍵を開けて家に入れば、玄関の灯りだけ付けられていて中は真っ暗だった。時刻は深夜零時を回っていて、当然といえば当然の時間。恋人の黒子は保育士をやっているのもあり、寝る時間も早い。今頃ベッドで寝ている頃だろう。起こさないようにこっそり自室に入り、着ていたスーツのジャケットを脱ぎ、ハンガーにかけてさっさと部屋着に袖を通す。
表向き、オレの仕事はただの警察官となっているが、実際は特殊急襲部隊に勤務している。日夜訓練に明け暮れ、休みもまともに取ることも出来ず、恋人にも家族にもSATとして勤務していることさえ教えられていなかった。
そのため、少しでもすれ違いをなくしたくなくて、同棲に持ち込んだのはいいものの、結局この一週間まともに顔さえ合わす暇がなかった。
黒子は中学の頃からあまり感情を表に出さず、何を考えているのかわからない事もあるが、負けず嫌いなところもあり、オレと会えなくて寂しいという事もなかった。
ただオレとしてはそう言った弱音や本音を聞きたいし、言われたかった。本人には口が裂けても言えないが、少しだけ寂しいと思ってしまったのも事実だった。
そんな空虚を抱えながらシャワーを軽く浴び、さっぱりしたところでリビングに入ると、何故か電気は消えているものの、テレビがつけっぱなしだった。
「黒子が消し忘れたのか?」
わざわざ電気をつけるのも面倒で、手にしていたスマホのライトで足元をかざしながら、テレビのリモコンを探す。大方、テーブルに置いてあるだろうと踏んで、ソファに回り込んだオレはそこにあったものにあっと息を呑んだ。
「おまっ、こんなとこで寝落ちかよ……」
そこには、丸くなって寝ている黒子がいたのだ。
多分、オレを待っていてここで寝てしまったのだろう。手にはスマホが握られていて、それを落とさないよう足と肩に腕を通すと抱き上げて寝室へ運ぶ。
元々バスケ選手にしては小柄だが、昔に比べて体重も減ったんじゃないかと思うほど、軽々と抱えられてしまうことに、自然と眉根が寄ってしまう。
もし、この仕事をしていなければもっと二人の時間が増やせたんじゃないかとか、色んなことが頭をよぎった。
「心配させんじゃねぇよ」
宛のない言葉を独りごち、綺麗に整えられたベッドにその身を横たわらせると、黒子の瞼が震えた。
「悪い、起こしちまったか」
同じように横になり、黒子の頬に手を伸ばす。こうして触れるのも久しぶりで、まだ寝ぼけているらしい本人はオレの手に擦り寄って目を細めた。
「おかえりなさい……虹村さん」
「ん、ただいま。良い子にしてたか?」
「はい。ボク、とても良い子にしてました」
「そっか。いつも一人にして悪いな。お前も、もっと甘えて良いんだぞ?」
まるで子供に言い聞かせるような口調に、自分で言って笑ってしまいそうになった。どの口がそう言うのだと。
本当はもっと気の利いたことや喜ぶことを言ってやりたい。なのに今、咄嗟に出来た言葉はそれで。なのに、黒子はオレに縋り付くと、肩を震わせた。
「……寂しくないかと聞かれたら、寂しいです。でも、ボクよりも虹村さんが寂しいんじゃないかって。ボクじゃ、甘えられませんか?」
「……んな事ねぇよ。オレはお前がいて幸せだし、結構甘えてるぜ?」
「本当ですか? 我慢したら、めってしますよ」
「はは、いいよ。お前になら、怒られたって構わねぇ」
小さな背中に腕を回して、その存在を確かめるように力を込める。久しぶり感じる体温は心地よく、髪から香る自分と同じ匂いに、次第に身体が熱くなって行く。
思えば、身体を重ねたのも随分前の記憶だった。
「ボク、明日はお休みなんです。虹村さんは、その、お仕事ですか?」
どこか伺うような声に、黒子が何を思っているのか瞬時に理解してしまう。多分オレと同じ気持ちなのだだろう。そう思ってくれる事が嬉しくて、抱きしめる腕にますます力を込めてしまう。逃したくない。ここから、一歩だって出したくない。これほどまで、誰かに固執した事は生まれて初めてだった。
「オレも休みだよ。久しぶりに、お前と一日一緒にいてやれる。でも、どこかに出掛けたいとかは、叶えてやれそうにねぇけど」
「ふふ。ボクもです。ボクも、ベッドから出たくない。ずっと、虹村さんとここにいたいです」
「ん。なら、決まりだな」
薄く開いた唇に自分のを押し付けて、久しぶりにその柔らかさを堪能する。初めてキスをしてから、もう何年も経っていると言うのに、いつだって始まりのキスは少しだけ緊張する。
服を脱がし,お互い肌を触れ合わせて少しずつ呼吸は乱れていく。黒子の、思いつく限りの初めては全部オレで。いつか終わりが来ても、その最後もオレであってほしい。