その日、その船の献立はアジフライだった”主様”が楽しいことがすべてだった。
たとえ指をすべて切り落とされようと、体をめったうちのされようが・・・・”主様”が楽しければ、自分も楽しい。
”奴隷”とはそういうものだから。
死にかけた自分が打ち捨てられたとき、当たり前のことだが”自分”には何もなかった。
『・・・へぇ、生きてんのか。オマエ。』
切り落とされた指を拾い上げ、男はその金色の目を興味深めに細めた。
『ベポ。連れてこい。あぁ、指も拾ってこい何本戻せるか試してぇ。』
『アイアイ、キャプテン!』
『お前は、今日からアジだ。』
ぼろぼろの体に治療を施された後、初めての船長命令はその一言だった。
それから”自分”は、"アジ"と呼ばれることとなった。
その日、その船の献立はアジフライだった。
ハートの海賊団。
"死の外科医"と呼ばれる船長を筆頭に、医療技術を売りにする異色の海賊団。
なんの運命だか、死の淵をさ迷った一人の少年はその海賊団船長に拾われ、とある無人島の海岸沿いに設置された簡易医療所の天幕を出たり入ったりと忙しく走り回っていた。
「おい!こっちにガーゼくれ!」
「イテェぞ!こらー!」
「注射針のかえくれ!」
あっちこっちから響く海賊たちのガラの悪い声と所要の支持を聞き分けながら、アジは備品を交換して回る。
船長の気分次第で、悪党であろうが一般人だろうが金さえあれば、医療提供する。それがハートの海賊団の一つの売りだ。
最初は荒くれ者たちにビビっていたが、半年も立てば要領をつかみ、1年も立てば雑用係も大分板についてきた。
自分は見習いとはいえ"ハートの海賊団"の一員である。
商売相手になめられる、すなわち船長がなめられるも同意義。
(キャプテンの顔に泥をぬるような、腑抜けにはなりたくねぇ。)
うちのキャプテンはサイコーにカッコいい。
カッコいいキャプテンの為に、自分はできる部下になりたい。
そう意気込む自分を先輩たちが生ぬるい目で見てようと、アジの信念は揺るがない。
「ジャンバールさん!次はどれですか!」
空の箱をすみに寄せながら、海賊団内でひときわガタイのいい男に声をかける。
「あぁ、アジか・・・」
手元のノートに何やら書き込みながら、声をかけられたジャンバールは、うーんと唸る。
厳つい見た目に反して、面倒見のよいジャンバールはアジの教育係だ。
手元と周りを見渡し、ひとつうなずくと律儀にアジに目線を合わせるため身をかがめてくる。
「そろそろ区切りがつく。お前は先に昼食をとれ。」
「えっ、でも・・・。」
「もう残っているのは、"言うことを聞かない"連中だ。
・・・力付くになるからな。」
呆れながらも、しょうがない連中だと楽しそうに笑うジャンバールに、アジは目を丸くする。
大きな体と厳めしい顔、クルーのなかでも荒事専門のジャンバールには珍しいく本日はずいぶんと穏やかだ。
常時なら終日厳めしい顔をして、船に戻るまで周りににらみを聞かせているのに。
「ほれ、さっさと行ってこい。今、食い逃すと夜の宴までなにも食えなくなるぞ。」
そう言われてしまえば、立場が下のアジには食い下がることもできず。
背を押され動き出す。
(・・・そういや初めてだな。)
ゆったりと支持された場所に向かいながら、思い立つ。
基本、下船時の行動は複数人で行動するように支持されている。
特に、海賊などという荒くれ者たちの相手の際は特にしつこいほどに、一人にはならないようにいい付けられていた。
それが、今回ばかりは一人になるなとは言われず、むしろ一人で行ってこいと送り出された。
(・・・やっぱり長年同盟を組んでると違うんかな?)
ふと見上げた先には、多くのジョリー・ロジャーを掲げた船の数々。
"大船団"と称される各船には、各船の象徴と共に同じ旗が掲げられている。
"麦わら帽子"を被ったドクロのマーク。
そうハートの海賊団は、この無人島で"麦わらの一味"並び"麦わら大船団"相手に、大規模"検診"及び"予防接種"の真っ最中であった。
浜辺からまっすぐに伸びた道を進み、すぐの開けた場所に大規模な野外調理場が儲けられている。
今晩の宴のため各船の調理担当が忙しく行き交い、手際よく食材を処理している姿を横目に見ながら、ハートの海賊団のマークを掲げた簡易テントへ近づけば、見知ったクルーとは別に金髪の男が、片手にを上げて待ち構えていた。
「おっ、お疲れさん 。新人。」
そういって声をかけてきたのは、くわえタバコの"黒足のサンジ"。
麦わらの一味の双璧の一人に、直接声をかけられアジは緊張しながらも挨拶をかわす。
島に到着そうそう、船長につれられ"新入り"だと"麦わらの一味"と対面させられた。
あいにく大頭"麦わらのルフィ"とは対面できなかったが、緊張でガチガチになり余裕がなかったのでむしろよかったかもしれないと思う。
「ほれ、そこから弁当を選べ。主食はサンドイッチかおにぎりだ。おかずは一緒。
たくよ、オメーのとこの船長がパンはキライだとか抜かすから・・・あぁ、おにぎりの具は鮭と昆布だ。」
彩りよく詰められた二種類の弁当を指差しながら説明され、早く選べと催促される。
サンドイッチもフルーツにカツ、ハムに卵とバラエティーに飛んでいる。
だが選ぶのは決まっている。
「おにぎりで。」といえば、意味ありげにニヤリと笑われた。
一人分のお茶が入った水筒と弁当を携え、少し離れた場所にある丸太に腰下ろしたアジはあらためて弁当箱を開ける。
大きめのおにぎりが2つ。玉子焼きに唐揚げ、プチトマトにカットフルーツと片手で摘まめるように考えられた"弁当"をつまみながら、アジは騒がしいコック集団を眺める。
身の丈ほどもある肉を小さな包丁でやすやすとさばき、各メンバーに支持を出しているのは先程自分に声をかけてきた"黒足のサンジ"だ。時折、2つ名の由来である足技を振るいつつ調理班をまとめている姿は自分の船長と重なる。
(でも、うちのキャプテンの方がカッコいい。)
そう思いながらもアジは、サンジの繰り出す足技を熱心に見つめる。
ケガにより肩から先に後遺症があるアジの戦闘スタイルは、足技が基本となる。
肉弾戦を得意とする先輩クルーたちにしごかれているが、いまだアジは戦力外枠だ。
ジャンバールから、"黒足のサンジ"については聞かされていたので、見かけたら是非とも参考にさせていただこうとこうして、調理場のすみっこにいすわいっている。
体のバランスや軸足の動きを眺めながら足先にのせた小石を弾ませたり、転がしたりしながらおにぎりを頬張っていると視界の端で何かが動いた。
(・・・ん?)
一瞬顔を弁当からそらした瞬間、膝うえから弁当箱の重みが消える。
「・・・えっ?」
ごくん。
「・・・うーん、やっぱ足りねぇーや。」
頭上から降ってきた何かを飲み込む音と声に、アジは素早く立ち上がると慌てて頭上を仰ぎ見た。
木々の間から降注ぐ光を背に受けながら、男は太い枝に腰掛け、アジを見下ろしている。
赤いブカブカのパーカーに、膝たけのズボン黄色のサコッシュがヒラヒラとゆれる。
深くフードを被っているため、顔の半分はかくれているが、にししっと笑う口元はよく見えた。
「やっぱ、肉が食いてぇな。」
「いや、唐揚げ入ってたぞ。」
空の弁当箱を放り投げ宣う男に、思わず突っ込みをいれてしまう。
「これっぽっちじゃ足りねぇよ。」
よっと掛け声をかけ枝を蹴り、軽々とアジの目の前に降り立つと男は、「んー?」と唸りながらアジの周りをぐるぐると回る。
「なっ、なんだよ・・・」
「お前、トラ男の仲間か!でも初めてみる顔だな?」
つなぎの背中に入れられたドクロのマークを指差しながら、正体不明の男はケラケラと笑う。
("トラ男"!?コイツ、麦わらの一味か!)
ハートの海賊団 船長トラファルガー・ロー。
死の外科医と呼ばれ恐れられる我らがキャプテンを何故か"麦わらの一味"は、"トラ男"とおかしなあだ名で呼ぶのだ。
アジは無意識のうちに、つばを飲み込んだ。
『なんだかんだクセのツエー連中だ。気を付けろよ。』
人の悪そうな顔でニヤリと笑う船長の言葉が脳裏を過る。
なにが楽しいのかケラケラ笑いながら一歩踏み出す男の視線が、ふっとアジの右手にうつる。
食べかけのおにぎり。
(こいつ!)
取られてたまるかと残りのおにぎりを無理やり口に詰め込めば、目の前の男は頬を膨らませお怒りアピールでこちらを威嚇してくる。
「お前、生意気だな」
「そっちこそなんなんだよ、人の弁当食っておいて!さらに食いかけまで!飯食たねぇよ!」
怒りたいのはこっちだと負けじと声を上げれば、「あっ?」と心底不思議そうの首をかしげられた。
「弁当だよ!今、食っただろう!」
「あ?あぁ!ごちそうそうまでした。」
勢いよく頭を下げ、食後の挨拶をする男に勢いが削がれる。
「・・・なんなんだよ。」
「うん?俺か?俺はルっ・・・」
「ル?」
「ルーシーだ!」
「名前なんて聞いてねぇよ!」
がうっ!と吠えながら、アジは先程から気づいていたことをここぞと指摘してやる。
「・・・つーか、あんた。まだ"検診"受けてないだろ。」
本日"予防接種"と"検診"を済ませたものは全員、手の甲に特殊なインクのスタンプが押される。
だが目の前の男ルーシーには、それがない。
"印"のないことを指摘されたとたんに先程のまでの傍若無人が嘘のようにひっくり返る。
顔をそむけ頭の後ろで手を組み、唇が尖る。
「っ、う受けてるに決まってるるだろ、ふゅーふゅー。」
「嘘つけ。あとそれ口笛吹いてつもりか?吹けてねぇぞ。」
「っ、うるせぇ~!海賊でもこぇーもんはこえーんだよ!」
ルーシーと名乗る海賊は、両手を突き上げ子供のようにわめく。
日頃、きったはったと繰り広げているくせに、"注射"が怖いとのたまう海賊のなんと多いことか。
本日も朝から何人が、死の外科医の"能力"でその腕を切り落とされたか。
なかには、注射を打たれる瞬間が嫌だと自ら希望する者もいるほどだ。
『やべぇー!いつみてもホラー!』
『砂浜に並べてカウントしようぜ!!』
集められた腕に注射を手際よく打ち込みながら、きゃっきゃしていた先輩クルーたち。
後で元に戻るとわかっていても砂浜に並べられた腕のなんと不気味なことか。
だがそれよりも問題は。
「キャプテンに迷惑かけんな!」
「断る!」
「海賊が注射に、ビビってんじゃねぇーよ!カッコ悪い!」
「でもイテェのはヤダ!」
ぎゃいぎゃいと言い合う二人。
その背後で、シュッ っと空気が震える。
「ずいぶん楽しそうじゃねぇか?"麦わら屋"。」
低音の惚れ惚れするような声が響く。
一瞬だけピタリと動きを止めたルーシーだが、次の瞬間には地面を強く蹴り上げた。
それこそボールが飛ぶように、目の前から木の上へと弾むように飛び上がるルーシーの行動にアジは唖然とする。
ぽかんと見上げていたのは一瞬で。
次の瞬間、背後から体に回った腕に後ろへとアジ自身も引っ張られる。
「うっ、うえぇぇぇっ!」
他人の力で体を振り回され、アジの口から戸惑いの声が上がる。
その声に飛び上がったルーシーは、一瞬後方を振り返った。
がっちりとアジを抱えこんだ男が、ニヤリと笑う。
「"シャンブルズ"」
「やばっ!」
「ぐっ、うえぇぇ!!」
落ちかけ慌てて枝にすがり付き、アジは目を白黒させる。
(えっ、なに!?俺なんで木の上!?)
一瞬にしてルーシーと入れ替えられパニックなりながらもどうにか落ちないようバランスを保ったアジは、さらに目に飛び込んできた光景に唖然と口を開けた。
その長身をかがめ、腕のなかにいる人物へ口付けるハートの海賊団 船長トラファルガー・ロー。
そう、ちゅー、キス、接吻。
頭のなかで、無意識に並べた言葉の羅列を一拍して飲み込んだアジは、顔を真っ赤にしてフリーズした。
舌をすり合わせ、むさぼるように口づければ、観念したように抱き込んだ体から力が抜けてゆく。
「っ、んっ・・・」
鼻にかかった甘い声が、やけに耳につき益々木の上で固まるアジ。
ローは深く被ってるフードをずらし、ルーシーの露になった目元の傷へ唇を寄せる。
お互い顔を突き合わせ、笑みがこぼれた。
「会いたかったぜ、ルフィ。」
「・・・っししし、俺もだ。ロー。」
猫のようにお互いの顔すりよせ。
互いに額に、顔にとリップ音を響かせながらキスを交わす。
すっかり周りを無視して"甘い"雰囲気を漂わせはじめた二人に、目のやり場に困って固まっていたアジは、フッと日の光を受け光るものを目にする。
(あっ)
完全にすがり付く相手をしっかりと抱きこんで、ローは隠し持っていたそれを腕の
中にいるルフィに突き立てた。
かくして、甘い空気は絶叫により書き消えたのだった。
「ひでぇー!これがかわいいこいびとにするしうちかぁ!ひでぇー!」
「あぁ、悪かったよ。」
頬を膨らませ、ピーピーわめく"ルーシー"改めて"麦わらのルフィ"を体に引っ付けたままローはずんずん進んでゆく。
ルフィも注射を打たれた痛みを垂れながらも、ローの胴体にぐるぐると巻き付けた腕をほどく様子はない。
その頭には、先ほどまではなかったトレードマークの麦わら帽子が乗っている。
ローの能力で木の上から下ろしてもらったアジは、「ついて来い。」との船長命令に、気まずいながらも二人のあとに続く。
「あっ、麦わらだー今年は早かったねー。
もうキャプテンに捕まっちゃったの?」
宴広場と銘打たれた広場で弁当を広げていたのは、ミンク族のベポを筆頭にペンギン、シャチの古株組。
のん気に話かけたベポに、ルフィはローから離れることなくべそべそと泣き言を返す。
「聞いてくれよくまー、ぺんすけ、シャケ!トラ男のやつひでーんだ!すげーいたかったんだぞ!」
「そっかー」
「イタカッタカー」
「ガンバッタネー。あとシャケじゃなくてシャチー」
弁当を麦わらから遠ざけつつ、棒読みの諌めの言葉をかける三者。
完全に扱い子供のそれである。
「うるせーぞ、ルフィ!それよりロー、ウチのバカ船長早く向こうへ連れてけ、朝から姿は見せねぇのにちょいちょいつまみ食いには来やがって!」
そこにお盆片手のサンジが通りかかった。
「サンジ!腹減った!」
「向こうに昼飯用意してあるよ!さっさといけ!」
「やったー!進めートラ男!」
「わかったから暴れるな。」
さっきまでのべそ泣きが、嘘のようにからりと笑う。
「アジ、お疲れさん。」
コロコロ感情の起伏が激しい麦わらの船長を引っ付けながら、奥に儲けられたソファー席へ危なげなく歩いていく自分たちのキャプテンの背中をぐったりと見送っていたアジにペンギンが、すごいいい笑みで労いをかける。
「・・・お疲れです。」
「アジ、お腹すいたでしょ。これ食べなよ。」
ベポに促されるままに、3人の座るテーブルに合流する。
手に握らされたおにぎりを、ひとくちかじればほどよい塩加減が心地よい。
(なんか・・・疲れた。)
「いやー、お前お手柄。」
「えっ?」
「過去最短じゃね?」
シャチの手が乱暴に頭を撫でる。
「?」
「どうかな?いつぞやのキャプテンが、大告白かました年よりは遅いんじゃないか?」
そう返すのはペンギン。
「あぁ、キャプテンご乱心事件な。麦わら顔真っ赤にしてすっ飛んできたもんな。」
ゲラゲラ笑うシャチいわく、数年前に実施された麦わら船団大規模"予防接種"時も"麦わらのルフィ"は朝から姿を眩ませたらしい。
それだけであればいつものことなのだが。
「色々重なって、キャプテンが4徹したうえに疲労困憊の時で・・・。
連絡用の大型拡声器使って、島中逃げ回る"麦わら"に愛の言葉を延々とかけはじめてさ・・・マジ、聞いてるこっちが恥ずかしかったわ。」
遠い目をしながら茶をすするペンギンは、各語る。あのエロボイスは、色々ヤバかったと。
「あら、ルフィもう捕まっちゃったの?」
「おう!!」
奥まったところに準備されたソファ席に近づけば、食後のお茶をしていたナミが楽しそうにベポと同じことを口にする
席にはナミ以外にゾロ、ロビンにフランキーと麦らの一味がたむろしていた。
真ん中のテーブルにはサンジが用意しただろう料理が所狭しと並んでいる。
「おっ、うまそー!!いただきまーす!!」
よだれを垂らしながら、いそいそとソファに腰を下ろして食事をはじめたルフィの横にローも腰を下ろす。
「随分、早ぇじゃねぇか。今年はどんな手つかんたんだぁ?えぇ?色男。」
コーラ片手に、フランキーが興味津々でローに話を振ってくる。
「腹すかして、うちの新入りに絡んでたからな。後ろから捕まえた。」
「ルフィ、お前ぇなあ。」
「あきれたぁ。」
フランキーとナミが、ルフィに目をやるも本人は目の前の肉に夢中で目も合わせようとしない。
「ふふふっ、だってここしばらくその新人君にかかりっきりで、全然かまってくれなかったから寂しかったのよね。」
ねぇ、ルフィ?とロビンは意味ありげに笑う。
「ニコ屋。」
「私もハートのみんなとお茶したかったのに・・・寂しかったからいじわるしちゃいそう。」
にこにこ笑っているが遠まわしに、ローへとちくちくと文句を言ってくる。
うちのかわいい船長に寂しい思いをさせて、と。
確かに、ここ1年ほどハートの海賊団は、船長であるロー以外麦わらの一味とは電伝虫での情報交換以外の接触がなかった。
それまで別々の船で航海を続けるわりには、頻繁に船員同士の交流があった為、少々訳アリの”新人”を拾ったことは説明してあった。
にこにこ笑うロビンに部が悪いとローは、話を変えようといまだ食事中のルフィへと声かける。
「で、どうだった麦わら屋、ウチの新入りは?」
「うん?新入り?」
「さっき、弁当横取りしてただろ。」
「あぁ、さっきの"まねっコ"!」
ルフィは思い出したと声を上げたが、その形容詞にロー以外のメンバーは首をかしげる。
逆に意味を理解しているローは面白そうに笑った。
「・・・へぇ、麦わら屋、"何人"わかった?」
「ジャンパーだろ?くまに、ぺんすけ、シャケ・・・おにぎり食ってるときはトラ男・・・あとはーそうだなぁー・・・サンジか?」
「俺?」
テーブルに新たに料理とドリンクを配膳してきたサンジが、驚いたように声を上げる。
「おう!サンジの足技真似していた!」
『はぁ?』
これにはその場にいた一味全員が驚く。
マネしてマネられるようなものではないからだ。
「あっ、そうだ。トラ男、あいつなんて名前だ?」
「アジだ。」
「ふーん・・・」
食事をする手は止めずに、ルフィには珍しく思考をめぐらせている。
「見てクソコックと分かったのか?」
「おう。」
「へぇー」
ゾロがおもしれぇと笑う。
「真似したところで、身に付くようなもんじゃねぇだろ?なぁ?」
フランキーの問いかけに、サンジは渋い顔のままうなずく。
にわかには信じられんと言わんばかり。
「見てみりゃいいじゃねーか。」
ごちゃごちゃ考えるより、見てみればいいとというルフィの言葉に、その場の目がローへ向く。
「アジ!」
声を張り上げ、新人を呼び寄せれば。
残り2人+1匹もくっついてくる。
(さて、どうしたものか・・・)
興味津々の麦わらの一味に、旨くアピールしたい。そう思考を巡らせたローの膝の上にルフィが腹からダイブしてくる。
「おい・・・」
文句を吐こうとしたローの目に、中身が並々と注がれたグラスが映る。
「おい、アジ。」
小走りで近づいてきた新入りをローの膝の上からルフィが呼ぶ。
みょーんと目の前まで、伸ばされた手には並々と中身が注がれたグラスがひとつ。
アジの目を黒曜石の目が正面から射貫く。
「落とすな」
絶対的な命令に反射的に動いたのは、利き脚。
上下の力のバランス。どちらが強くてもいけない。
重力にしたがって落下するグラス。
アジの脳裏に浮かぶのは、昼間見た"黒足"の動き。
うえから落とされたグラスは、中身の液体を揺らしながらも粉々になるまえにアジの足によって支えられた。
爪先のうえにちょこんと乗るグラス。
ゆらゆらと衝撃で揺れ動く中身が、ちゃぷちゃぷと音をたてる。
「ししししっ、わっはははははっ!」
麦わら帽子を押さえて、海賊が笑う。
ひとしきり、膝のうえで笑うと満足げに少し離れたところにいる自分のクルーを振り替えった。
「サンジ!船長めーれいだ!修行だ!」
「・・・一週間でか?」
タバコの煙を吐き出しながら、疑問を返すがキラキラとした船長の目が拒否を許さないし、サンジも拒否つもりもないやりとり。
「それでダメなら、死ぬだけだ。」
悪意のない、現実的な指摘にアジはぐっと口を引き結ぶ。
「アジ」
「はい、キャプテン。」
「船長命令だ。死ぬ気で食らいつけ。」
鋭いヒタリとした金色の目が、こちらを見据える。
このチャンスを逃がすな、と。
「アイアイ、キャプテン!」
迷いなく声を上げた新入りに、ローは満足げにうなずくとサンジに声かけた。
「"黒足屋"。」
「ん?」
「皿洗いに皮ムキ、一通りウチのクルーが仕込んである。こきつかって構わねぇ。」
「・・・なにそれ、俺に預ける前提みたいな。」
「味つけだけはさせるな。舌が死ぬぞ。」
「ワーソイツハタイヘンダー。」
「よろしくお願いします、黒足さん!」
きちんと頭下げて元気いっぱいに挨拶してくる新人は、ジャンバールの教育賜物だろう。
一抹タバコの煙吐きだすとサンジは腹に力入れて口を開いた。
「サンジさんと呼べ!これから一週は俺がルールだ!返事!」
「はい!」
「よし!ついてこい!」
「はい!」
転がるようにサンジについていく、新入りを見送りローは膝のうえで、にしししといまだに笑うルフィに視線を戻す。
「麦わら屋。」
とがめるような声に反して、髪をすく手は優しい。
「トラ男はあのまねっこ、"サンジ"に鍛えて欲しかったんだろ?」
ローの手を感受しながら、「おみとーしだ」とルフィが笑う。
ただ強く鍛えてるだけなら、なにもわざわざ"黒足"でなくてもよかった。
だが肩から先に欠陥を抱えるアジには、どうしても足だけで戦う術が必要だった。
旨くことが運べばよし、でなければ別の道を探すだけだったが、満足いく結果が得られそうだとローもうっそりと笑う。
「ありゃ見聞色か?」
ゾロが疑問をつぶやく。
「さながら鏡みたいね。」
ロビンもアジの覇気の特色をそう称した。
相手の感情を読み取り、相手に合わせる。
コミュニケーション技術と呼べば聞こえはいいが、アジのそれは少々異色だ。
無意識に"見聞色"で、より相手の心のウチを読み取るし、体の動きもそのままトレースする。
いきすぎると相手の"感情"をそのまま"コピー"するのだ。
はじめは強い”感情”に無意識に引きずられていたので、本人がコントロールを覚えるまで”麦わらの一味”との接触も避けていた。
(まぁ、昼間の様子を見る限り大丈夫だろう・・・)
ちょっとばかり、ルフィの感情に引きずられていたが・・・。
「心配ねぇよ。」
ルフィが、ローの膝の上で、にしししっと笑いながら断言する。
過去に何があったのか、あの新人がどういう境遇だったか、ルフィにとってはそれはさほど興味がない。
だが、自分が"唯一と認めた男"が、自分の船に乗せ"仲間"とした。
アジはアジで、己の船長の為にきっと応えるだろう。
だって何から何までまねっこだったが、ローを慕うその"気持ち"は"本物"だった。
アジのなかに根付いたその"小さな種"は、アジがアジとして生きるための大事なもになるだろう。
ローやハートの海賊団のクルーたちが、せっせと"水"をやってるから、ルフィは自分もやってみたくなった。
「楽しみだ!」
少し先に見える未来。
わくわくとローを見上げれば、大好きな手が髪をすいてくれる。
「まぁ、これでもう少し”人間味”が出てんだろ。」
「にししししっ。」
その後、サンジの"メロリンステップ"まで見事に再現したアジに、一同が大爆笑するのはそう遠くない。