ドマイナー小話【アニーとフォーリー】
「あれ?アニーまた遊びに来てくれたんだ!」
ニパッと向日葵のような笑顔を浮かべフォーリーが近付いてくる。
天辺にあるプロペラの様な葉っぱの飾りでフラフラと飛ぶ姿は危なっかしくて、一瞬駆け寄りそうになったのをグッと耐えた。
アニーは別に、フォーリーの事なんてちっとも心配なんてしてないんだから。
「別に、ただアニーはお嬢様のお邪魔をしてはいけないと思っただけ。」
「そうなんだ!アニーは優しいんだね、それにボクシィさんの事が大好きなんだね!」
「様よ、様。ボクシィ"様"」
「えへへ、分かってるんだけど…なーんか変な感じっていうか…っうわ!?」
突然吹いた風に体勢を崩したフォーリーがグラリと身体を揺らす、その拍子に葉っぱの飾りが切り離されて…。
「……っ…!!!」
「ア、アニーっ…!!?」
真っ逆さまに落ちていく身体が地面に叩き付けられるギリギリの所で何とか抱き止めた。
短い息を繰り返して、落ち着きを取り戻しながらゆっくりフォーリーを地面に降ろす。
「……貴方!は!もっと注意を怠らず行動するようにって言ってる筈!!!」
「う、うん!ごめんよ、でも態とじゃなくてね…?」
今頃になってアタフタとし出す姿にイライラばかりが募っていく。
「只でさえ危なっかしいし、それにもしあのまま地面に落ちてたら爆発してた貴方!アニーが助けてあげなかったらどうするつもり!」
より注意して行動しなさい!そう眉を吊り上げて言うと、フォーリーは検討違いな笑顔をまた浮かべる。
もしかして、アニーを馬鹿にしているの!?
「あ、違くて…ただ…僕にそうやって注意してって言ってくれるのも…心配してくれるのも、助けてくれるのもアニーだけだから…嬉しくて。だって僕はさ…ううん、やっぱり何でもない!本当にありがとう!」
やっぱりアニーは優しいね、クシャリとした笑顔に何故か答える言葉が見つからなかった。
【ゴルドーとクラッコ】
ゴルドーは独りぼっちだった。
皆と仲良くしたくても、このトゲだらけの体では触れる事も出来なかった。
本当は仲良くしたいんだよ!と呼び止める声も言葉も無かった。
ゴルドーには誰も近寄らなかった。
それが何故なのか知らないまま、ずっとゴルドーは過ごしてきた。
ゴルドーは寂しかった、どうしたら良いのかも分からなかった。
そんなゴルドーの前に現れたのはフワフワ大きなわたあめみたいな雷雲だった。
「あ?おいおいお前…なーんでそんな所で泣いてんだー?」
ゴルドーは驚いて固まった、それは自分より大きくて怖そうだからじゃなくて、声をかけてくれたからだ。
他ならない自分に。
その気持ちが大きくなり喜びに変わった瞬間、ゴルドーは思わずフワフワに飛び付いてしまっていた。
「ギャアっ!?な、何すんだ急に…!!!」
遂、やってしまった!
嬉しくなると飛び付いてしまう癖で、今まで沢山の人達を困らせてしまったのだ。
「たくよー、泣いてたと思ったら今度はいきなり飛び付きやがって。」
ゴルドーはビクリと震える…また嫌われてしまっただろうか?
痛いことをしてしまったのだろうか?
ゴルドーはきっとこのフワフワも自分から離れてしまうのだ…そう思うと悲しくて堪らなかった。
「飛び付くにしてもなー、何か言ってから飛び付け!ビックリするだろうが流石のオレも!」
ったくよー…そう言ってフワフワは自分を乗せて空を飛び出してしまった。
ゴルドーはまた固まってしまった、それは高い空から見えた遠い地面を怖がったわけではなく、初めて注意を受けたからだ。
怒りでも、涙でも、拒絶でもなく。
「何があったのかは知らねーが、嫌なことがあったら取り敢えずぜーんぶ!投げ出してみるのも良いぞ?…そんでまあ、気が済んだらまた考えりゃいい。」
こんなに優しいフカフカの感触も、声も、初めてだ。
「つーわけで!今日はこのクラッコ様がお前を空の旅に連れ出してやる!言っとくがスゲェ特別な事だからな!!」
お日様の柔く暖かい香りがこんなに気持ちいいなんて知ったのも、初めてだ。
「楽しめよー!もし泣いたとしても、お前の涙なんて天気雨がちょろっと降ったくらいにしか思われねーしな!だから何にも気にすんな!」
誰かが側にいてくれる楽しさを知ったのも、初めてだ。
「おい、ルドー!何してんだ行くぞー!」
「………!」
貴方から貰った初めての愛称、幸せな居場所の名前。
あの日から沢山の初めてを貰い続けている。
そんな貴方に、いつかきっと、初めてを渡してあげられたら良いのにな。
【グランクとスクイッシー】
「おや、グランク殿なにを見ているんです?」
今日はスクイッシーの奴が陸に用事があるというので、次いでに連れていって貰う事にした。
これと言って何かある訳ではないのだが、かといってブリッパーと一緒に居るのはな…という気分だったから。
アイツは基本的に距離感が近すぎるのだ…一緒に居すぎると感覚が可笑しくなりそうで怖いの一言に尽きる。
「ああ、暇だから眺めてたんだ…意外にちゃんと見てみると綺麗だよなハイビスカス。」
「確かにそうですね!特にこの"イカ"したカラーリング!!イカだけに!!!」
ンフフ!今日も絶好調ですね!と一人でツボにハマる奴を無視して、またハイビスカスに視線をもどす。
鮮やかな赤色と黄色の大輪の花は、潮風にそよそよと揺すられる。
その穏やかな動きが、何となく…そう何となくアイツを思い出させた。
水中で小さな尾ヒレを揺らしながら泳ぐ姿を。
「それにしても本当に見事ですね、ブリッパー殿の様な可愛らしい色合いで尚のこと素敵かと!」
まるで自分の考えていた事が見透かされたようで、思わずギクリと触手を震わせる。
アイツと一緒に居ないようにと離れてみた筈なのに、結局こうして連想してしまうとは…もしや、けっこう毒されてしまっているのか?
「折角ならお土産に持って帰って差し上げれば"イカ"がです?イカだけに!」
「お前…相変わらずイカの圧力強いな。」
「フフン!何せワタクシ、このプププランドいちのお笑いマスターですからね!」
「そうかよ、楽しそうで俺は何よりだ。」
「さあさあ!それよりもグランク殿、早く花を持って帰りますよ!きっとブリッパー殿は寂しがって"ゲッソ"りしてるかもしれませんからね!」
イカだけに!!!
だからもう分かったって…ある意味で素晴らしい友人の自信満々なイカジョークを聞き流しつつ、俺はハイビスカスを一輪ずつ触手で摘み取った。
【ポピー兄弟】
帰ってから、ジュニアの元気がない。
いつもなら兄ちゃん!と駆け寄って抱きつく筈なのに、どうにも様子を伺うような…どこか寂しげな目を向けるだけ。
一緒に食べている夕食も、何時もだったら沢山お喋りをしながらモリモリと元気良く食べ進める…のに少し口にしただけで、今もこうして俯き気味に黙りとしてしまっている。
やはり、何か様子が可笑しい。
ここは兄として自分から優しく問うてみるべきかと、口を開いたときだった。
「兄ちゃん…結婚しちゃうの?」
余りにも突拍子ない言葉に、噎せたような声が喉から飛び出してしまう。
結婚?誰が?私が???
「ジュニア、ごめんね…突然過ぎて何を言ってるのか…。」
「だって、今日おつかいに行った時にシミラさんに言われたんだ。大人は皆、結婚するもんだって…だから…兄ちゃんもいつか結婚っ…するんだって…。」
段々と話す声色が鼻声になり萎んでゆく、心なしか大きな可愛い二つの目には涙が膜を張っているようだった。
なるほど、取り敢えずシミラ殿は後で締め上げるとしよう。
「もし、もし兄ちゃんが結婚しちゃったら…結婚した人と一緒に居るようになって…ぼく、要らなくなっちゃうから…!」
とうとう耐えかねた涙がポロリと雫を溢す、それを見て慌てて弟のもとに駆け寄りソッと抱き締めてやる。
「ジュニア、安心して?私は結婚したりなんてしないよ?するとしても、きっとずっと先の事だから。」
「……でも、だって。」
「よしよし、不安になっちゃったんだね?でも大丈夫だよ…それに私には大王様のお世話があるんだから。そっちの方が忙しくて、結婚の事なんか考えてられないよ。」
「……うん。」
安心させるように、優しく撫でながらポンポンと背を叩く。
ギュウッと私のお腹に抱きついたジュニアの顔を包むように手を添えて、ゆっくりと上を向かせながら額をコツリと合わせた。
「何より、私にはこんなに可愛い弟が居るんだもの…結婚なんてしなくたって幸せ者なんだから。」
「ほんと?」
「勿論、本当だよ。」
「じゃあ、ずっと…ずっと兄ちゃんは、ぼくと一緒に居てくれる?」
不安げに揺れた瞳に、大きく頷き返すとジュニアは漸く笑顔を見せてくれた。
「ほら、もう悲しいことはないね?なら夕食の続きにしようか…折角のご飯が冷めてしまっては勿体ないよ。」
「うん!あのね、兄ちゃん…もし兄ちゃんが結婚できなかったら!ぼくが兄ちゃんと結婚してあげるね!!そしたらずーっと一緒だもん!!!」
「うーん…それは、どうかな?」
絶対だよ!約束だよ!そう言って大きな口を空けながら笑う弟に、嬉しいような複雑なような気持ちになり苦笑いが浮かんでしまう。
けれど大人になればこんな甘えも無くなるのかな?と思うと…ほんの少し寂しいような気もした。