まじないひとつ「好きだ。」
君は大きく目を見開く、だがきっと、それよりも私の方が目を見開いていた事だろう。
たった三文字の言葉、一体発したのは誰か。
君と私しか居ないこの空間で誰が?その声色は確かに己のもので…つまりそれがどういう意味か…事実を認識するまでに数秒。
困惑と思考の停止を幾度と繰り返す中で、先に口を開いたのは君の方だった。
「……な、なんだよいきなり!ビックリしたじゃねぇか!そりゃ俺様だってお前の事は気に入ってるが!!!」
明日は槍でも降ったりしてな!?急にどうしたんだよ?ん?
そんな風に、きっと気遣いからか茶化して応える君の姿を私はただ呆然と見上げるだけだった。
思えばこの三文字が、我々にとっての大きな分岐点になってしまっていたのかもしれない。
あの時の事はそう、きっと。何か不慮の事故のようなもので…防ぎようがない様なものなのだと思っていた。
しかしどういう訳か、あの日以来、私の口はまるで自分の物ではないかの様に良く回るようになってしまった。
自分の考える言葉と、発せられる語源が何処までも噛み合わない。
「君のそういう所が好きだ。」
「もっと一緒に過ごしたい。」
「私では不満か。」
取り留めのない会話に漂う、似つかわしげな甘ったるさに噎せ返るような毎日…自分が自分でなくなってしまいそうな不安感さえ覚える。
頭が可笑しくなってしまいそうだった…否、既にもう手遅れなのかもしれない。
兎に角この現状をどうにかしなければ…焦燥感に駆られ彼とは自然と距離を遠ざけてしまっていた。
悪いことをしてしまった、彼には何も非がないのに。
罪悪感は確かに抱けど…それよりも今の不甲斐ない姿を見られるよりはよっぽどマシに思えた。
「ねえ、デデデと喧嘩でもしたの?」
パチリ…瞬いた目からは星屑が散った気がした。
何処までも透き通った瞳の先には、全てお見通しなのだと咎められているような…そんな気分だ。
「喧嘩は…していない。」
「なら、どうしてデデデを避けるの?」
「避けるつもり、ではなかったの…だが。」
段々と歯切れ悪くなる自分の言葉に、胸がチクリと痛んだように感じる。
きっと悲しんでいるのは私ではない筈なのに…そう思うと己という者は何処までも自己中心的だなと、他人事のように笑えてきさえした。
「何があったのか教えてよ、僕、知りたいんだ。」
「カービィ…だが、しかし…。」
果たして話すべきなのだろうか、こんな…こんな馬鹿げた悩みを…?
未だ根を上げず、見え隠れを繰り返すプライドのような何かが喉を詰まらせる。
「メタナイトは遠回りにばかり考えちゃうでしょ?だから一人で悩んでてもきっと上手くいかないんじゃないの?」
確信を突くような一言に、押し黙った後…私はポツリポツリと事の経緯を彼に話した。
何となく話していくにつれ、気恥ずかしさのような物が込み上げ気付けば目を伏せてしまっていた。
そんな私を見つめたまま彼…カービィは私の言葉を聞き終えると、まるで何が可笑しいのかといった様子で傾げて見せる。
「うーん…よくわかんないんけど…それって、何かいけない事かな?」
「第一に、大王に迷惑が掛かるだろう。」
「それ!それだよ!どうして迷惑になっちゃうの?」
「何故って…。」
何故だろう、納得のいく理由がどうしてか…思い浮かべられなかった。
思ってもいない言葉を投げ掛けられてはきっと、ただ困らせるだけだから?
それとも、そんな風に誤解を招かれるのが嫌だから?
どこか、なにか、腑に落ちない。
「あのさ、僕は好きだって思ったら、好きだって伝えるよ?言葉にしたくて堪らなくなるし、それで相手に喜んで貰えたら…もっと、とーっても!嬉しくなるから。」
「………。」
「そりゃ、僕らみたいにさ?何だかんだ喧嘩したりいがみ合ったりしてて…それに甘える?っていうのかな…言わなくても分かってくれてる?みたいに思ってて…言葉にしなくてもいーや!とか思っちゃう時もあるかもだけど。」
「……………。」
「でも、好き!って言われて嫌な気持ちになんてきっとならないよ…これっぽっちも!僕らなら尚更ね!!!それにデデデがそんな事で迷惑に考えるなんて有り得ない…というかそんな難しく考えたりしないと思うし。それにメタナイトだって、好きって言われたって迷惑に思わないでしょ?」
「……ああ。」
好き…そうだ、好き。
その言葉に一体どれだけの重りがあるというのか、きっと自分が思うよりも遥かに軽いものなのだ…カービィの指すものは。
風船のようにフワリと、笑顔で相手に手渡せるような…そんな程度のものなのだ。
だというのに、私はその言葉を紡ぐ度に彼に背を向ける…そこに嘘などきっとない筈なのに。
嫌いではないんだ、少なくとも…例え自分の意思とは関係なく漏れ出た言葉であったとしても否定する程の事じゃない。
何も可笑しくないじゃないか、そう思うことの何が悪い?口にすることの何を躊躇う?
「ね、好きっていっぱいあるんだもの!君は確かにそういった気持ちを伝える手段を余り選ばないけれど…何も悪いことではないと思うよ。」
「…そうだな、そう思えてきた。」
思えてきた、のに…まるでスポンジのようにスカスカな胸の内はなんなのだろうか。
未だに何か詰まるような喉の奥は、なんなのだろうか。
「うーん…でも、その勝手に口が動いちゃうのは不思議だよね。」
ハッ!としてカービィに視線を向ける。
そうだ…それもこれも全ての始まりはこの不可解な出来事なのだ。
「心当たりとかないの?」
「ない、な…いつも通りに過ごしていた。」
「う~~~~~~んっ…手掛かり無しじゃお手上げだよ。こうなったら…」
「こうなったら…?」
目を真ん丸く輝かせながら、得意気な顔で高らかに叫ばれたそれは…私にとって最も最悪な最終手段であった。
「マホロアの所に聞きに言っちゃおう!!!」
「……っは…。」
言葉を失ったその数秒に、春風は私を拐い颯爽と飛び去っていく。