花束をあなたへ椅子に座る彼女が脚を組み直す。
スリットの入ったミニスカートから見える光るような肌。
俺は彼女の前に跪いて手の甲にキスをする。
「ジェイくん…、そんなのじゃ全然足りないの…」
彼女はまるでモンスターのようにしなやかに四つん這いになり、跪いていた俺をゆっくりと押し倒す。
細い手で内臓を踏み、心臓を踏み、髪を撫で、唇を喰むようにキスをする。
されるがままに何度も唇を重ね、二人して荒い吐息を吐きながら、獣のように舌を絡ませる。
そこで目が覚めた。
「ッッッ!?!? うぎゃ〜〜ッッッ!?!?」
時間になってもなかなか起きなかったからだろう。
俺のガルクが顔をペロペロ舐めていた。
今朝はガルクとのディープキスで起床。
がんばって起こしてくれたわけで最悪というのはかわいそうだが、まぁ、最悪すぎる目覚め。
△▼△▼△▼△
「ふわぁ〜…」
今日は朝から王国騎士団の会議だ。
まだ眠たい目をこすりながら広場を歩いていると、後ろから誰かが足音もなく近づき、俺の背中に小さくて華奢な手が触れた。
「ジェイくんおはよう!」
「わっ!?」
「あはは!ごめんね、びっくりした?まだ眠そうだね」
「あ…、いや……」
ひょっこりと覗きこんだ愛らしく微笑むその人に、今朝の夢を思い出し、俺の心臓はひゅんと跳ね上がり、急に呼吸の仕方がわからなくなってしまった。
エルガドの海風が彼女の髪を撫で、女性特有の花のような香りがした。
「……?」
どうしたの?と伺うように小首を傾げている。
彼女はカムラの里からやってきた猛き炎と呼ばれる英雄のハンター。
戦う姿はそれはそれはすべてを燃やしつくす炎のように恐ろしく強い。
最初はこんな同世代の女の子が…?と半信半疑だったが、彼女は結局ガイヤデルムというとんでもない巨大な怪物すらなぎ倒し、このエルガドをも平和に導いた正真正銘本物の英雄だ。
しかし、普段の彼女の笑顔は春の陽光のように誰にでも分け隔てなく優しく温かく、そしてその陽光に照らされて風に揺れる花のように愛らしく輝いている。
「ジェイくん、まだ寝ぼけてるの…?」
彼女に名前を呼ばれるだけで胸がむずっとする。
「あっ…あ、いや、あの、俺はこれから会議で…」
「朝から大変だね、寝ぼけてるとまたルーチカさんに怒られちゃうよ?」
「うっ…!?そ、そうデスネ…」
「そうそう!昨日、私のオトモがたくさんハチミツを見つけてきてくれてね、いっぱい元気ドリンコを作っちゃったの。よかったらどうぞ!」
「えっ…!?あ、ありがとう、ゴザイマス…」
彼女は自分のポーチからサッと小瓶を取り出すと、俺の手を取り、それを握らせた。
男の俺の半分くらいしかないような華奢で細い手が温かく俺の右手を包んだ。
そして彼女の反対の手が肩に触れたかと思うと、瞬く間に耳元に近づき、そっと囁いた。
「それとさっきどこかで転んだ?ズボンの縫い目、少しほつれてるよ」
「…っっへっ!?っう、っええっ!?」
「じゃあジェイくんまたね!会議がんばって!」
確かにズボンの縫い目に小さい穴が…
マントで隠れていたからか気がつかなかった。
前回の狩猟の時に穴をあけてしまっていたのかもしれない。
だが、心臓がバクバクと高鳴りそれどころではなかった。
彼女の吐息で震えた鼓膜、ほんのりと感じた彼女の香りや体温…
背伸びするために彼女の手がが触れた肩から伝わる感触
みるみるうちに己の血が沸騰し、顔が真っ赤になるのが自分でもわかった。
自分でもわかっている…
俺は…、俺は彼女を……
しかし、クナイを突き立てるような鋭い気配がして振り返る。
そこには茶屋の前に立つ彼女の師、ウツシ教官
気のせいではない
巨大なモンスターと対峙した時のような恐ろしいほどの黒い殺気
一気に現実に引き戻され、額から冷や汗が流れた。
だがその殺気は注射針を刺された時と同じくらい、ほんの一瞬で消え、男はにっこりと微笑み、元気のよい大きな声を彼女に向けた。
「やぁ愛弟子!おはよう!」
「きょうか〜ん!」
彼女は声を弾ませてすっぽりと男の腕の中に収まった。
剣が鞘に戻されたように、いつもの事と慣れたように、ぴったりと…
そして主人に甘えるアイルーのように幸せそうに微笑み、彼だけに聞こえるように「おはようございます」と囁いていた。
胸がズキンと傷んだ
先程、男に向けられたクナイが、彼女の幸せそうな笑顔によってゆっくりと押され、深く心臓に刺さっていくのを感じた。
血が流れないのがおかしいくらい、深く深く…
彼女はいつかあの男と二人で、仲睦まじく故郷に帰っていくのだろう……
△▼△▼△▼△
「はぁ…………」
ドカッ!
「いっ……てぇ〜っ!」
飛んできた凶器の方向を見ると、横に座っていたルーチカさんが氷のような冷たい視線をこちらに向けていた。
どうやら手に持っている本の背表紙で殴られたようだ。
「会議中ですよ。聞いていましたか?」
「あっ…いっ、いや…、全然まったくひとつも聞いてませんでした!すいませんッ!」
さっき彼女に指摘されたようにルーチカさんに怒られてしまった…
みんな呆れたように俺を見てクスクス笑っている。
「まったく…、その手に持っている元気ドリンコでも飲んだらどうです?」
「え………」
手にはさっき彼女にもらった手作りの元気ドリンコ
「あっ…、こっ…、これは…、飲めないんです……、大事な物なんで……」
「?」
「……猛き炎に…いただいたので……」
バハリさんがニヤニヤ笑いながらヒュ〜!と茶化す
でも本当に今ここでは飲みたくなかったから言うしかなかった。
すると、チッチェ姫が目をキラキラ輝かせ、突然興奮したように立ち上がった。
「はわわ…、わ、わたくし、そういったものを物語で読んだ事がありますっ!そ、それは恋では!?もしかして、猛き炎さんに恋をなさっているのですかっ!?」
「えっ…」
提督と教官だけ目を伏せていたが、その他全員の視線が自分に集中する。
だが、我ながら感情を隠すのが下手すぎて、全員にバレている事は前から知っている。
いつも優しいフィオレーネさんが姫を止めに入ってくれた。
「姫…、今は会議中ですのでジェイの話は…」
「でも…」
すると、アルロー教官が面倒臭そうにさらに姫を制した。
「すみません、姫。ジェイもよォ、会議中に俺はこんな事をいちいち言いたくねぇが、猛き炎はこのエルガドの大事な客人だ。それに彼女にはもう決めた男がいる。どう見ても負け戦だ。それくらいわかんだろうが…!」
「…………」
「俺も若い娘のプライベートをいちいち聞いたりはしねぇが、きっと婚約しているくらいの関係だ。お前みたいな奴が割って入るんじゃねえよ。」
「……わかってます……、俺だってわかってます……、でも……」
ヤバイ……
今まで溜め込んでいた何かが決壊するように、会議中だというのに涙が溢れ出し、元気ドリンコを持っていた手に雨のようにぽたぽたと溢れた。
「でも…!頭ではわかってるけど、ダメなんです……、俺、俺はっ……、いつか、あの人が帰ってしまうと思うと…、俺…」
あまりのカッコ悪さにさらに涙が溢れ出て止まらなくなった。
全員驚いてしまったのか、その場はしんと静まり返った。
隣同士に座っていたチッチェ姫とフィオレーネさんはなぜかしっかりと手を握り合い、頬を薔薇色に染めて瞳を輝かせている。
「フィオレーネ…、こ、これは…!?」
「なんと尊い片思いだ…、実に愛らしい…!」
「わたくし、ジェイを応援しますっ!!!」
「だから姫…、コイツを応援してはいけませんって…」
「嫌です!全力で応援しますっ!!!」
まさか全力応援されるとは思っていなかったのでキョトンとしていると、面白い物を見つけたようにバハリさんが口を開いた。
「ん〜、じゃあこの件どうします?フィオレーネ、いい作戦考えちゃってよォ!」
「なっ…私が!?そ、それは狩りにでも誘うとかなぁ……」
「やだよ、そんなデートは野蛮野蛮!ムードとか考えて!?っていうか、あのウツシ教官っていう殺気丸出し忍者男から彼女を奪わなきゃいけないんだよ?死ぬ気でいかないと!それに完全に出来上がってる男女をブッ壊して奪っちゃおうっていうんだから、ちょっとやそっとのデートじゃダメだね!」
「じゃあバハリはどんな案があるっていうんだ?」
「ん〜、わっかんない!完全にお手上げ〜!」
すると、さすがに会議から脱線しすぎたからか、今まで黙っていたルーチカさんが静かに口を開いた。
「皆さん会議中です。お静かに。」
「す、すいませ…」
「しかしながら、彼女はモンスターではなく中身は普通の女性。いきなり突飛な行動をされても不快に思うだけ。時間はありませんがまずは食事に誘い、地道に信頼関係を築くのが定石では…?」
「!!!!!」
先程、バハリさんに野蛮と罵られていたフィオレーネさんは興奮したように立ち上がった。
「ルーチカそれだっ!ジェイ、彼女をディナーに誘うんだっ!」
「お静かに」
すると、誰も止める人間がいなくなった事をを憂慮されたのか提督が静かに全員を制した。
「会議中だ。その話題はまたにしてくれないか。」
「はっ、はい…!すみません!」
△▼△▼△▼△
会議が終わると、フィオレーネさんが駆け寄ってきた。
「ジェイ、さっきは恥をかかせてしまってすまない。」
「いえ…、俺が未熟者なだけなんで…、すいませんでした…」
「なっ…何を言う!?お前は王国騎士だろ!誇りを持て!しっかりしろっ!」
「えっ、はっ…はい…?」
フィオレーネさんは今から秘密の話をすると言わんばかりに周囲を警戒すると、小さな声で話しはじめた。
「私も一緒に彼女をディナーに誘う」
「…へっ?」
「お前一人と食事ではウツシ教官が警戒するだろう。だから2人で誘う。だが私は用事ができたと適当な事を言って欠席するから、ジェイは彼女を連れて行く店を考えろ。いいな?」
「そ、そんなこと…」
すると俺に気合を入れるように背中を強く叩いた。
「気弱になるな、ジェイ!確かに彼女はウツシ教官と強く結ばれている…。だから泥臭く足掻くしかない。多少強引にでもいかないと、このままではお前はエルガドの友人の一人で終わってしまうかもしれない。せめて思い出になってしまっても、何もしないよりかはいいじゃないか。だから勇気を出すんだ…!」
「う……」
「お前が彼女に惚れてしまうのも、私には何となくわかるよ。あんなに愛らしい女性はなかなかいない。猛き炎という英雄であるはずなのにまるで天日干ししたぬいぐるみのような愛らしさだ…。一緒にいるだけで心が温まる。」
「…ん?ぬい…??」
今、一瞬訳のわからない事を言われたような?
しかし、フィオレーネさんはお構いなしに真面目な顔で話を続ける。
「私は…、彼女に必ずは幸せになってもらいたい。彼女はあまりにも大きな仕事を成し遂げてきた。だからこの世界の誰よりも幸せになるべきだ。」
その通りだ。
彼女が悲しむ姿だけは絶対に見たくない。
世界で一番幸せになって、いつまでも温かい太陽のように微笑んでいるべきだ。
「正直言って、あのウツシ教官という人はどんな男なのか計り知れない。一見人当たりのよい人に見えるが、時折、なんというか…」
「わかります。たまにすごい殺気向けてくるし…」
「その点、お前はとてもいい奴だ。このエルガドでも皆に好かれている。だから安心して彼女を任せられる。」
「へっ…!?」
「彼女とお前のような愛すべき後輩が結ばれてくれたなら、私はとても嬉しい。だから自信を持ってくれ。」
フィオレーネさんは少し照れたようにうつむくと、励ますように俺の肩をぽんと叩いた。
「フィオレーネさん…、ありがとうございます…」
「では今夜だ。彼女には私から伝えるから、お前は今から空いている店を予約しろ。」
「えっ、今夜!?どんな店?飲み屋ですか!?」
「馬鹿っ!洒落た店に決まっているだろうが!それにこういうのは勢いだ!勢いで誘わないと余計に恥ずかしくなるだろう?」
「た…たしかに……」
「私はなるべく時間ギリギリに、彼女が一人になるように強引に誘う。予約の時間だけ教えろ。後はどうにか上手くやれ。」
「えっ、本当にやるんですか……?」
「馬鹿かっ!お前の事だろう!しっかりしろ!今すぐにいい店を探せ〜〜ッッッ!!!」
「はっ、はいぃっ!!了解ですッ!!」
あの優しいフィオレーネさんが珍しく汚い言葉を使い、大声を出した。
あまりにも俺が間抜けだったから鼓舞してくれたのだろう。
それだけ俺の事を思ってくれている、という事なのかもしれない。